魔石工房フランマ 6
「魔法陣を使うのって基本的に古代魔法なんだよね。だから魔法陣の意味は古代の人の考えを読み解かなきゃいけない」
「ふむふむ」
「例えば昔の人は海はどこまでも続くと思っていた。だから永続的な効果を発揮する魔法陣には海のマークが出てくる事がある。同じように先祖の頃から空にある太陽や月も同じで“永遠”の象徴の事がある」
「へぇー」
「だから魔法陣に使われるマークは象徴的に考えた方がいい。それから古代文字も多いから、魔法陣の勉強する前に古代文字を覚えた方がいい」
「うげ……」
「うげって……古代文字苦手?」
「だって模様にしか見えないんだもの」
「でも古代文字を今の文字に置き換えれば魔法陣は発動するよ。父さんが魔法陣を自分で書く時は古代文字なんて使ってない。現代語になってるよ」
今、エラとアルフィーはフランマの二階、泊まり込み用の部屋ーーーもとい、書斎に来ていた。
部屋に踏み込んだ瞬間は書斎に感嘆し、ルークの集めた魔術書などに興味を示したアルフィーだが、今はエラに頼まれて魔法陣について教えている。
書斎に置かれた机と椅子はエラが使い、机を挟んで反対側にアルフィーがいて、こちらは立ったままだ。
教えてもらってる側が座っているのに、教えてる側は立ったままで少々居心地が悪い。
しかも私、お茶やコーヒーの一つも出してないわ……。
教えてもらっているのに申し訳ない。
「エラ、聞いてる?」
「はい!?」
「……聞いてなかったでしょ」
「…ごめんなさい……」
自分が悪いので素直に謝る。
アルフィーは肩を竦めてから本棚を見た。
「魔法陣より先に古代文字を覚えよう。これだけ魔石書や魔術書があるならどこかに古代文字の教本もあるんじゃないか?」
「あるけど……」
「どこ?」
「えっと……」
エラは席を立ち、本棚の前にしゃがんで下の方を探す。アルフィーも同じようにしゃがんで「これ?」と本を一冊本棚から取り出した。
「うん、これ」
パラパラとページをめくったアルフィーは口元に指を当てて考え始めた。エラと同じ妖精の月の瞳が忙しなく左右に動く。
そんなアルフィーを見つめていたエラは首を少しだけ傾けた。さらりと緩く波打つ黒髪が胸元に落ちる。
……樹木の妖精、ってこんな感じなのかしら。
アルフィーはエラの事を『夜の妖精』と言ったが、エラからするとアルフィーこそ『樹木の妖精』みたいだ。
茶髪に黄緑色の目ーーー色の取り合わせが初夏の新緑のよう。強い日差しに負けない生命の色。
「エラ」
突然名前を呼ばれて考え込んでいたエラは驚いて固まった。
「今度俺の古代文字の本貸してあげるよ」
アルフィーはエラの様子には気づかずに手にしていた本をしまう。これは古いし難しい、と呟いて。
「とりあえず古代文字の勉強は今度だな。魔法陣の勉強もその後」
そう言われてしまえばエラにはこれ以上は頼めない。
「分かった。ありがとう」
「いや結局全然教えてないけど……エラの休みっていつ?」
突然会話の内容が変わったのでエラは少し反応が遅れた。
休み?
「えっとちょっと待って……」
パタパタと足を鳴らして机の上に置いてあるスマホまで移動して取り上げる。
確か夜勤が続いた後は休みだけど。
シフトを確認すれば、やはり五日後は休みだった。
「五日後よ。雨が降った分の月光干しは店長がやるから」
夜勤に関しては師と弟子、ついでに師の奥方も加わった熾烈な争いがあって、十日間はエラ、十日間のうち月光干しができなかった分はルークがすると決まっている。そして毎回ルークはエラの十日間の夜勤の後は店の定休日に設定しているので、夜勤の後は確実に休みなのだ。
「ならその日に予定は?」
「無いわ」
「じゃあその日に本を持ってくるよ。ついでにカレッジも案内する」
「え」
「そうだな、十時にコブランカレッジの東門に集合でどう?」
戸惑うエラを横目にあっさりアルフィーが決めてしまう。いや、一応了承の返事を待っているから決めてしまったわけではないか。
いやそれより。
「平日じゃない。授業あるんじゃないの?」
「サボる。あの教授の授業、つまらないからね。それにあの教授に教わるよりマテウスに聞いた方がよっぽど分かりやすいし」
「マテウス?」
知らない名前に反応すれば「父の部下」と答えが返ってきた。
というか大学の授業ってサボっていいものなの?
「サボるのは良くないんじゃ……」
「単位は落としてないから大丈夫だよ」
ならいいのか?
……よく分からないがたぶんいいんだろう。
大学の事がよく分からないエラは考えるのをやめた。