囚われのアルフィー 3
マテウスはストーナプトンの警察署に出張し、部下から逐一上がってくる報告に目を通していた。隣りには捜査協力をしている警察もいる。
「まだ当たりは引きませんね」
「ええ……この辺りの北部解放戦線のアジトはほとんど捜索したはずですが……範囲を広げますか」
「お願いします」
アルフィーが誘拐された件に関して、軍も警察もほとんど情報がなかった。魔法を使った形跡もなく、流石に天才と言われる軍属魔術師であるマテウスもお手上げだ。
エラによって北部解放戦線の残党による犯行だとは早くに分かったので、軍や警察が把握していたアジトを片っ端から捜査しているが、今のところアルフィーは見つからない。それらしい情報も入らない。
アルフィーの携帯も鳴らしてみたが、知らない女が出た。どうやら祭りで落ちていたのを拾ったらしい。
『盗んだんじゃないわ!本当よ!その…ちょっとは使ったけど……』
必死に否定していたが、あわよくば手元に入れようとしている事はバレバレだった。
もっとも今の問題はどこで拾ったかだ。
警察に呼び出された女は拾った場所を覚えていたし、そこにマテウスも行ってみたが何も無かった。
乱暴に扱われて画面にヒビが入ったスマホの待受は黒髪の女性がどこか恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑って花束を持っている。エラだ。
ずっとアルフィーの待受なんて初期設定のままだったのに、今やすっかり普通の青年と同じように恋人を待受にしている。
たった一つの出会いをとても大切にしていて、その出会いが今、彼の安全の一部を保証していた。
スマホが捨てられていた辺りは、どれだけ探しても黒水晶のピアスは落ちていなかったのだ。
つまり彼は破邪退魔の魔石を身につけたままのはず。
ピリリ、とマテウスの思考を遮るように隣りの捜査官の携帯電話が鳴った。
資料を見るマテウスが視界の端で確認すると、彼の部下からの電話のようだ。
「どうした?………何?………ああ、分かった。少佐」
呼ばれて、マテウスは資料から目を上げる。
捜査官は携帯電話を通話状態にしたままマテウスに告げた。
「アジトの地下に通じる扉が魔法で保護されているそうです。魔法で打ち破れますか?」
マテウスは頷く代わりに「何処のアジトですか」と尋ねた。
少しうとうとしていたらしい。
バンッ、と乱暴にドアが開いた音がして、アルフィーはびくりと驚きで体を震わせた。
「ちっ、建て付けが悪い」
舌打ちと愚痴が聞こえてきて、誰かがアルフィーが囚われている地下室に降りてきた。声の低さからすると愚痴を言ったのは男のようだ。
すぐにアルフィーは警戒体制を取る。後ろ手に縛られた状態で、魔法も封じられていては大した事はできないが。
それでも足音のした方を睨みつけていると、痩せ細った女が現れた。異常な痩せ方で、目だけがギョロギョロと動いている。
彼女は汚物でも見るような目でアルフィーを睨み「何でアタシがこんな奴の面倒なんか…」と呟いた。
文句は言うが、それが彼女の役目なのか手に持っていたビニール袋からパンを取り出した。
「いらない」
食え、と言われる前にアルフィーは一言言い放った。
途端に女がぎろりと睨みつけてパンから手を離した。
「あ?何だって、お坊っちゃん」
「いらないって言ったんだ」
「生意気だね。じゃあ腹減らせて餓死でもしちまいな!」
女はビニール袋事アルフィーの方に勢いよく投げた。
大した物は入って無かったので体に当たってもそう痛くは無かったが、怒った女が去って少しホッとする。
こんな風に捕まってて、女からの食べ物を口にするわけないだろ……。
アルフィーは伸ばせる筋だけ伸ばして、床に落ちたビニール袋から覗くパンとミネラルウォーターを見遣る。
毒殺は圧倒的に女が使う方法だ。自分に悪感情がある女が持ってきた物など、何が入っているか分かったもんじゃない。
人質の自分はそう簡単に殺されないと思うが、無事という保証はどこにもないのだ。
「……あー…アップルパイ食べたい」
現実逃避をしながら、アルフィーは空腹を我慢する。帰ったらエラにアップルパイを焼いてもらおう。そうしよう。
勝手に決めて、再び周りの情報に気を配るが、どのくらい時間が経過したのかも分からない。
しばらくは静かだったが、また地下室の扉が開いて誰かが降りてきた。
今度は男で、アルフィーを見ると片眉を上げた。
「食わねえのか?」
「……………」
手足が縛られた状況で食わないも何もないと思う。
アルフィーが答えずにいると、男は徐にパンを取り上げ、一口齧った。
「てめぇに今死なれちゃ困るからな。ほれ、毒なんか入ってねえよ」
そのまま男はアルフィーの目の前でミネラルウォーターも開け、一口飲んだ。
確かに即効性の毒は仕込まれていないようだ。
男が差し出してきたミネラルウォーターにようやくアルフィーは口を付けた。男が食べさせてくれるようだ。
屈辱的だが大人しく従い、パンを食べ、ミネラルウォーターを飲む。
その時また誰かが地下室に入ってきた。
ばたばたと音をたてている様子から、相当慌てている事が分かる。何かあったのだろうか。
「おい、東のアジトの魔法が破られたぞ!」
「何?」
東のアジト?
「これでしばらく撹乱できるな」
「それはそうだが……フリーマンの魔法がいとも簡単に破られたんだぞ!?」
「ふん、元軍属魔術師だが、結局二流か」
その一言だけで、アルフィーは察した。
マテウスだ。あの天才魔術師の前ではどんな魔法も意味はない。
だが、彼らの言葉を丸ごと信じるなら、マテウスは違う場所にいる。
まだ助けは来ない。
アルフィーは少し落胆した。まだ来ないか。仕方ない。
撹乱という言葉が気になるが、マテウス達が簡単に騙されるとも思えないので、気にしない事にする。気にした所で、アルフィーにできる事はない。
アルフィーは暗い地下室で、助けをじっと待っていた。
エラは魔石作りに集中している。夫はそれに付き合っている。
シンディは夜食を片付けたあと、一度家に帰ってきていた。
きっと魔石ができるまでエラは無理をするだろうし、夫も愛弟子を放っておけず付き合うだろう。
シンディはそれが分かっていたから家に帰ってきて睡眠を取った。二人が無茶をするなら、それを適度に止めるのは自分の役目だ。
シンディだってアルフィーが王族と縁のある青年だったと知って驚いたし、親しくしている青年が誘拐されたと聞いて動揺している。
でも自分にできる事はアルフィーの無事を祈る事以外には夫とエラを応援するしかできない。
だからシンディは二人のサポートに徹しようと決めた。
数時間睡眠を取って目を覚ますと、朝が明けてきていた。きっと朝ご飯も食べずにいる二人に、朝ご飯を準備しておかなければ。
気を紛らす為にテレビを付けてキッチンに立って冷蔵庫を開け、何を作ろうかと考えていると、ニュースが耳に飛び込んできた。
『次のニュースです。先日、警察の捜査が入った北部解放戦線が男性を昨日誘拐しました。彼らは男性の解放と引き換えに、逮捕・勾留されている幹部の解放と身代金を要求しているようです』
聞いたようなニュースに思わず振り返ってニュースを見ると、北部解放戦線に誘拐された男性がプリンセス・エイブリーの息子で、アルフィー・ホークショウだとはっきり報道されていた。報道によれば信じられない額の身代金と、捕まった幹部の解放を王家に要求しているらしいが、王家、というか政府はテロに屈する事はないと報道陣に回答している。
ざあ、とシンディの血の気が引いた。
まさかそう簡単に政府がアルフィーを見捨てるとは思っていないし、政府としてはテロに屈しないと報道しなければならない理由が分からないほどシンディは馬鹿じゃないが、それでも見捨てられるのではという混乱が頭を渦巻いた。
こんなニュースをエラが知ったら、集中力を欠いてしまう。
シンディは慌ててスマホを取り上げ、夫に連絡した。
どうか、このニュースをエラが見ませんように。




