表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/114

異変 2

 フランマにやって来たマテウスをエラは一先ず商売の邪魔にならないよう、いつもアルフィーが勉強している書斎兼泊まり込み用の部屋に案内した。

 事情を知らないルーク達にも説明するからとマテウスが言ったので、小さな書斎にはエラ、デイヴ、ルーク、マテウスの四人が集まった。シンディとダスティンは店番だ。

 マテウスはルークに自己紹介をしてからアルフィーが今まで隠して来た出自や彼を襲う危険について説明し、それを聞いたルークはあんぐりと口を開けた。

「じゃあ、アルフィーは国王の孫なのか…!?」

「そうです」

「そのせいで誘拐されたと……」

「はい」

 マテウスは淡々と説明し頷く。

 そして、顔を真っ青にして固まっているエラの方を振り返ると柔和に微笑んだ。

「大丈夫。エラちゃんの作った魔石があるから、アルフィーは無事だよ」

 それはきっと気休めで、エラの焦燥感が落ち着く事は無いが、マテウスの気遣いを無碍にする事もできず、エラは小さく頷いた。

 ルークは考えるように視線を本棚に向け、徐に口を開いた。

「アルフィーの居場所を軍はもう掴んでるのか?」

「まだです。祭りのせいで人が多く、アルフィーが消えた場所の特定もできてません。ですが見つけます。その為にここに来たので。ーーー二人とも、アルフィーが誘拐された現場は見た?」

 エラとデイヴが無言で首を振ると、マテウスは礼儀正しくルークに尋ねた。

「魔法を使っても?」

「え?あ、ああ。構わないーーーいや、待ってくれ。表の魔石を解除してくる」

 どこかに思考を飛ばしていたのか、慌ててルークが頷きかけて、次いで否定して立ち上がると、床を鳴らしながら部屋を出て一階へ降りていった。

 フランマのドアベルには防犯対策で魔石が仕込まれている。その一つに魔法無効化の魔石があるので、マテウスの邪魔をしないように、あるいはマテウスの魔法で魔石が壊れないようにしたいのだろう。

 三分も経たずにルークが戻ってくると、マテウスが手を振って魔法を使った。

 初めて見る魔法だ。デイヴの足元に円陣が現れて、光の粉を撒き散らしながらくるくると回っている。

「これは記憶を覗く魔法です。あとでエラちゃんにも掛けさせてね」

 デイヴは特に驚くことも無く大人しくしている事から、掛けられた事がある魔法なのだろう。

 マテウスが手のひらを宙空に翳すと、丸い球体が出現する。

「さて。デイヴ君、目を閉じて。アルフィーと別れた時を思い出してみて」

「…分かった」

 デイヴが大人しく目を閉じて数瞬間後、丸い球体にエラとアルフィーが映し出された。ただしエラやアルフィー以外の周りの物はぼやけていて、デイヴがチキンを買った店だけは鮮明に写っていた。

『俺、あそこのチキン買ってきていいか?』

 デイヴの声がすると、アルフィーもエラも振り返ってこちらを見た。

 だから気がついた。これはデイヴ目線での映像だ。

『俺の分も頼む。代わりに少し戻ってジュース買って来るよ』

『じゃあ私、あっちのお店、覗いてきていい?』

 それぞれ違う方向に行くからと集合場所を決めたり、ジュースの注文を付けたりする会話がなされて、アルフィーが軽く手を振って元来た道に戻っていく。

「デイヴ君、君はチキンを買おうとした。何故かな」

「腹が減って…」

「そう。なら、美味しそうな匂いに惹かれたのかな」

「…ああ」

「お腹が減った所に、美味しそうな匂いがした。君は空腹を満たそうとしている。アルフィーも君の提案に乗った」

「ああ」

 マテウスがデイヴに話しかけると、映像が不鮮明になり、細切れに映像が浮かぶ。その映像は酔いでも起こしそうな感じでぐにゃぐにゃと歪むのに、チキンの店とエラ、アルフィーだけは鮮明だった。

「飲み物も当然欲しくなる。ジュースを買いに行くと言い出したアルフィーを君は普段通り見送ったのかい?」

「…ああ」

 マテウスの手のひらの上の映像がアルフィーと別れる所になった。

「アルフィーを見送った時、おかしな事は無かった?祭りの間に何度も同じ顔を見たとか、不自然な会話を聞いたとか」

「…無いと思う」

「よく思い出して。さっきも見た顔だ、とか同じ人とすれ違ったとか……王族、プリンセス・エイブリー関係の言葉を聞いたとか……」

 また映像がアルフィーと別れた所に戻るが、程なくしてデイヴは頭を振った。

「……思い出せない」

「そっか。ありがとう」

 マテウスは優しい声で礼を言って、デイヴの足元の円陣を消した。

「じゃあ次、エラちゃんね」

「は、はい」

 何となくエラはこの魔法がどんな魔法か分かった。

 恐らく、これは言葉で記憶を刺激しながら欲しい記憶を映し出す為のものだ。

「エラちゃん、目を閉じて」

 エラは言われた通り手を閉じた。目の前が真っ暗になる。

「デイヴ君がチキンを、アルフィーがジュースを買いに行こうとしている所を思い出して」

「…はい」

『俺、あそこのチキン買ってきていいか?』

『俺の分も頼む。代わりに少し戻ってジュース買って来るよ』

『じゃあ私、あっちのお店、覗いてきていい?』

 記憶の中の自分達が喋っている。

「エラちゃんは別のお店に行こうとしたんだね。何故かな」

「可愛い雑貨屋があって…」

「可愛い雑貨か。何か欲しい物があった?」

「…いいえ。見た目が可愛かったから、ただ見てみたくて……」

「じゃあ少しわくわくしてアルフィーやデイヴ君と別れたはずだ。その時に違和感は無かった?人は些細な違和感は見逃してしまいがちだ。普段は気にしない小さな出来事。何でもいいよ。何か思い出した事はある?」

 エラはマテウスの言葉に従って思い出していく。

 でも分からない。違和感と言われても何も分からない。

 そんなエラに再びマテウスが囁く。

「ゆっくりでいいよ。もう一度最初から思い出してみて」

 言われた通り、記憶を巻き戻す。

 アルフィーの茶髪を見送った。子供の頃は金髪だったらしいけど、今は自然に馴染むような優しい茶色の髪。さらりと揺れるのに、触ると結構硬いのだ。

 ふ、と眉が中央に寄った。

 ……そういえば、アルフィーの背中を見送った時、黒服の男が。

「…誰かが、アルフィーを…」

「うん」

「…アルフィーを、見送って……それで………あぁ…それで……」

「落ち着いて。ここはそこじゃない。安全なフランマだよ、エラちゃん」

「…っ、アルフィーの背中に誰かが被ったんです……そうしたらアルフィーが見えなくなって……」

 今思えば不自然だ。

 普段は気にしない出来事。その意味がよく分かった。

 あの時、アルフィーの茶髪が見えなくなった時。

 不自然なほどアルフィーが見えなくなった。

 アルフィーは背が高い。飛び抜けて高い訳では無いが、それでも背の高い彼の茶髪が一瞬で見えなくなるなんておかしい。目で追いかけていたのに、一瞬で居なくなった。黒服の男がアルフィーの背中に現れて。

 エラは目を開けた。水中で足掻いているかのように呼吸できない。

 もしかして、自分はアルフィーが誘拐された瞬間を見たのだろうか。

「…人混みに、紛れただけだと……思ったんです…だって、そんな……!」

「エラちゃん」

 思い出した事にパニックになりかけているエラに、マテウスがはっきりした声で呼びかけ、いつの間にかきつく握っていた拳を上から包んでくれていた。

 強張った顔でマテウスを見ると、彼は柔和に微笑んでいた。

「思い出してくれてありがとう」

「…マテウスさん……」

「おかげで犯人が分かったよ。北部解放戦線の残党だ」

 北部解放戦線。数百年前の王様を正当なラピス国王だと声高に主張し、王家を付け狙うテロ組織。夏の終わりに警察が踏み込み、壊滅したとニュースになったはずなのに。

 壊滅状態にされたはずの組織が何故。

「よく覚えてたね。アルフィーの背中に立った人物の背中のロゴ」

「あ………」

「あれはティモシー王の紋章だ。遠目でもあれはツルハシじゃない。棍棒だ。確かに北の方では歴史好き相手に土産屋とかでティモシー王の紋章を書いたTシャツが売ってたりするけど、このタイミングだ。歴史好きの奴じゃないのは確かだね。大丈夫だよ、アルフィーは助け出すから。ーーーちょっと失礼」

 マテウスがルークに目配せをして書斎を出て行く。

 呆然とするエラをルークが言葉少なに励ますのを右から左へ聞き流しながら、エラは罪悪感を感じていた。

 あの時、違和感に気がついていれば。もしかしたらアルフィーは。

 どうせ気がついた所で、エラは何もできないと分かっている。エラは魔法も勉強もスポーツも特別秀でているわけではない。気がついた所でアルフィーの足手纏いになるか、あるいは騒ぎ立てたせいで返ってアルフィーを危機に晒すかもしれない。自分が殺される可能性だってあるだろう。

 それでも何かできたのではないか、と後悔が襲う。

「……ラ、エラ!聞いてるのか?」

 怒声に近いルークの声が急に耳に入り、びくりとエラは肩を震わせた。

 周りに目を向けると、心配そうなデイヴと意志の強そうな瞳をしたルークに見つめられていた。

「店、長…」

「落ち着け、エラ。お前が今、アルフィーにできる事が一つだけあるだろう」

「…アルフィーに…できる事……?」

 無事を祈る事だろうか。直接的にエラが誘拐されたアルフィーにできる事があるとは思えず、呆然と復唱するとルークが怒ったような顔をする。

「いつまでも惚けるな。お前の夢は何だ?魔石工だろう!」

 魔石工。確かにエラの夢だ。でもそれが何と関係があるというのか……。

「三年も頑張っただろう。考えろ。お前に今できる事は何だ。アルフィーが付けているピアス、あれがお前の作った魔石なんだろう?ならできる事があるはずだ」

「私にできる事…」

「しっかりしろ。迷子の魔石はどうやって作る?」

「迷子……」

 ルークに諭されるように言われて、エラの頭がゆっくりと回転し始める。

 迷子の魔石は子供を持つ親をターゲットにルークが作ったものだが、あまり親は買っていかず、代わりにペットに付ける人が多い魔石だ。

 迷子の魔石と呼んでいるが、付与しているのは追跡魔法と呼ばれる魔法である。

 追跡魔法はその名の通り物や人を追跡する為の魔法だが、個人やその物を特定できるものでないと魔法が失敗する少々不便な魔法だ。

 例えば迷子の子供を探そうとした場合なら迷子の子供の髪の毛が必要になるし、逆を言えば特定できないものは探せない。

 だから魔術師は魔力で対象に印を付ける。そうすれば自分の魔力を追いかければいいからだ。魔力は個人で全く違うから。

 ルークはこの魔法を上手く応用した。

 迷子の魔石は二つで一つの魔石で、片方にはルークの魔力で印を付け、もう片方は追跡魔法を付与する。その時に“魔法付与をした同じ魔力でこういう印を付けた石”を対象にすると条件付ければ、魔石を発動するだけでその魔石は自動的にルークの魔力で付けた印の魔石を追いかけるのだ。

 ちなみに店で売る迷子の魔石の印は、その石を身に付ける対象の名前を印として刻みつけている。

 印は何でもいい。商品として売る時は他と被らないよう名前にしているだけで、別に印の形は何でもいいのだ。

 印。

 そこでエラは息を呑んだ。ばっとルークを見つめる妖精の月の瞳は大きく見開かれている。

 ルークはエラが辿り着いた答えが分かっているかのように大きく頷いた。

「アルフィーにあげた、魔石を追う魔石を私が作る…?」

「そうだ。お前は何の魔石をアルフィーにあげたんだ?まさか忘れたわけじゃないだろう」

 ルークの助言にエラは頷いた。

 それは一条の光に似ていた。

 同時にとてつもなく難しい事も理解していた。




マテウスの取り調べは洋ドラを参考にしてます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ