ホームパーティー 6
アルヴィンがカトラリーを持って戻ってくると、エラは残っていた料理を平らげた。
本人曰く、最初は緊張で食事なんて喉を通らなかったせいか、慣れてきた今は猛烈にお腹が減っているらしい。
料理のおかわりもして、母が更に持ってきたデザートも目を輝かせて食べて、おしゃべりをして。
ちゃんとホームパーティーを純粋に楽しんでくれているようだ。
まだ祖父母や伯父夫婦、母に話しかけられると緊張するのを隠しきれないらしいが、同い年のアルヴィンと二つ歳下のダイアナとは打ち解けたようで、王族に対する遠慮は見せるものの緊張はしなくなったようだ。
ハンナとも親しくなったらしく、来年一人暮らしをするかもしれないハンナに自分の一人暮らしを始めた頃の話をしていた。
そろそろパーティーもお開きという頃、エラがスマホを抱えながらアルフィーの所にやってきた。
「あのね、そろそろ帰ろうかと思って。明日は仕事だし、あまり遅くなるのも…。この電車に乗りたいんだけど…駅に行けるバス停だけでも教えてくれる?」
スマホを持つエラの手元を覗くと、コブランフィールドに向かう電車の時刻表が表示されており、エラの細い指がその一つを指差している。
頭の中でその電車に乗る為の予定を瞬時にたてて、余裕のある時間を計算する。
「ん、了解。なら、三十五分後くらいに出よう。車で駅まで送っていくよ」
アルフィーとしては当然の事を口にしただけだが、エラはびっくりしたように目を見開く。
「え!?い、いいわよ。自分で帰れる…」
エラが遠慮するのはいつもの事だが、ここでエラを送らずに放り出すなんて選択肢は騎士道精神を叩き込まれているアルフィーにない。そんな事をすればここにいる王族全員に叱られるし、何より緊張していたエラを労いたい気持ちもある。
「この状況下でエラ一人で帰らせると思う?」
「…思わない…けど……」
エラがチラッと躊躇いがちに視線を逸らす。逸らした先にいるのは祖父で、今は父と談笑している。
なるほど。祖父に気を遣っているのか。
孫のアルフィーをエラが連れていっては悪いと思っているのだろう。
「たまに会ってるから気にしないよ。……父さん!」
「ん?何だ?」
「車貸して。エラ、もう帰るって」
「もうそんな時間か…いいよ。使いなさい」
「あら、もう帰ってしまうの?」
「は、はい。明日も仕事なので…」
エラがそう言うと母が残念そうにエラの所にやってくる。
「残念だわぁ。またいつでも遊びに来てくれていいからね。そうだ、お土産もあるの。待っててちょうだいね」
「あ、ありがとうございます」
すると次にダイアナがやってきて帰る事を惜しみ始め、更に父もやってくる。
次々にやってくるアルフィーの親族に囲まれて、また一通りの挨拶を受けているのを横目に見ながらアルフィーも出掛ける準備をしようとすると、アルヴィンがにやにや笑いながら隣りにやってきた。
「三十五分後って言ってなかってか?」
嫌な事を言ってくる従兄弟を睥睨する。
「お前らに会うからって、最初は卒倒しそうなくらい緊張してたんだぞ。ハンナも緊張して疲れてるだろうし、何か買ってくるよ」
「え?俺たちが来る事は知ってたんだろ?」
「知らされてなかったんだよ」
「…嘘だろ?」
「嘘なわけあるか。母さんの大暴走だ」
数時間前を思い出して苦々しく思う。顔色を悪くして泣き出しそうだったエラを思い出すと、本当に申し訳ない。
「じゃあ、送ってくる。ーーーエラ、行くよ」
アルヴィンから離れて、親族に別れを惜しまれているエラに声をかける。そうでもしなければ全員がエラを放してくれなさそうだ。
「あ、うん!あの、今日はお招きして頂きありがとうございました」
呼ばれたエラがパッと顔を上げて、慌てて頭を丁寧に下げている。
そんなエラを連れてアルフィーは家を出た。
アルフィーはエラを駅まで送ってくれた。
それで別れて終わりかと思ったが、駅の構内にあるカフェまで一緒にやってきて、アルフィーは甘いキャラメルラテを二つとコーヒーを一つ買った。
どうするんだろう?と帰ってきたアルフィーを見ていると、彼はキャラメルラテを一つエラに差し出してきた。
「ーーーえ?」
「あげる。今日は迷惑かけたし、疲れたでしょ?これ飲んで帰って」
「い、いいわよ!私、今日パーティーに呼んでもらったのに…」
「両親に会ってもらうだけのつもりだったのに、まさかじいさんやばあさんまで来ると思わなかった…ごめん」
「やだ、アルフィーのせいじゃないでしょ?…確かに緊張はしたけど」
申し訳なさそうなアルフィーを思わずフォローしたエラだが、つい本音も漏れる。
だが、本音をアルフィーに言った事でエラも気が抜けたらしく、冗談を言う余裕が出てきた。
アルフィーから差し出されるカップをとりあえず
受け取りながら、ふふ、と笑う。
「きっと私が世界的な有名人でも一生できない体験だったわ。貴方のお母さんの手作りのディナーよ?最後にチョコレートまで貰っちゃった」
よく考えずとも王族に歓待される機会などまずないのだ。それに世界的な著名人とか国を代表するような政治家になったら王族に招待されて晩餐を共にする事があるかもしれないが、その場合はシェフが作った正式なディナーだろう。
王女手作りのディナーで王族全員がいるホームパーティーに招かれるなんて、そんな事があるだろうか。
一度笑い出したら、それまでの緊張が波のように引くのと同時に、無性に誰かに甘えたくなった。
誰か、と言っても甘えたい相手は一人だけだ。
エラはその甘えたい気持ちのままに、カップを持っていない方の腕を恋人の手に絡め、頭を彼の肩に預ける。
「どうかした?」
「んーん、何でもない」
少しだけ額をアルフィーの肩に擦り付ける。
そうすると、甘えたい気持ちは満たされて、極度の緊張の反動なのか酷く安心した。
もう少しこのままでいたいと思うが電車の時間を考えるとそうも言っていられないだろう。
残念に思いながらも、明日以降にまた甘えさせてもらおうと勝手に決めて、頭を離し、腕を放そうとした時、アルフィーが抱えるコーヒーとキャラメルラテが目に入る。
「そういえば、何でもう一つ買ったの?」
「ああ、これ?ハンナも緊張しただろうし、何か買ってってやろうかなって」
そういえばハンナも緊張していた様子だった。従兄の従兄妹など会う機会がないのは普通だろうし、ハンナもエイブリー以外に面識は無かったのだろう。
そう考えると、今あの家で完全な一般人はハンナとアルフィーの父親だけだ。アルフィーが送ってくれるのは嬉しいが、ハンナは大丈夫だろうか?
「ハンナちゃん、今あの家で一人だけど大丈夫?」
「父さんもいるし大丈夫だろ。ダイアナとは気が合ったみたいだし」
心配したエラとは対照的にアルフィーはあっけらかんとしたものだ。
アルフィーが言うのだから大丈夫だろう、と結論付けてエラは予定通りの電車に乗る為に改札に向かった。




