ホームパーティー 5
インターフォンを鳴らしてアルフィーの家に入ってきたのはやはり親族ーーーつまり王族だった。
エラとハンナは緊張しきりの顔で一通り彼らと挨拶をして、母が勧めるままに椅子に座って食事に手をつけていたが、緊張しているせいだろう、全く食事が減っていかない。
それはそうだろう。エラなんて母と会うだけでも緊張していたのだし、祖父や伯父、従兄弟達と一度に会うなんて緊張しないわけがない。ハンナだって母に対しては耐性があるが、王族なんて基本的には関係なく過ごしているのだから、母以外の王族と聞いて緊張しているだろう。
しかし、会話をしているうちに幾らか緊張も取れてくる。
ハンナは歳の近いダイアナと気が合ったらしく、ぽつぽつと会話をし始めたし、エラはエラで父が魔石について話を振ったおかげもあり、魔石について話しているうちに、少し肩の力が抜けたようだ。
今は魔石工になった経緯を話していて、十八で家をでたと聞いたアルヴィンが興味津々になっていた。
「じゃあ高校を出てからすぐにコブランフィールドに?」
「はい。ずっと魔石工になりたかったので…無理を言って弟子にしてもらったんです」
「すごいなぁ、夢の為に家を飛び出したんだ。俺は絶対にできないからなぁ」
「そりゃあアルヴィンが家出なんてしたら、軍と警察が総出で探すだろうな。でも、エラが魔石工になる為に家を出るのって親は反対しなかったの?」
「お母さんもだけど…、お父さんに物凄く反対されたわ。でも私が魔石に夢中なのは家族全員が知ってたから、妹が一緒になって説得してくれたの。そうしたらお母さんもそこまで言うのならいい、って言ってくれて。お父さんが最終的に折れた」
「へえ。よく許したね、話に聞いてるとエラのお父さんって絶対に娘を手元から離したくなさそうだったけど」
「もう大喧嘩したわよ。私とレーナが許してくれるまで口利かない!って子供みたいな事言って、本当に一切口を利かなかったのが一番堪えたみたいだけど…」
「それはお父さん、堪えただろうね…話すようになったら感激でハグしそうだけど…」
「よく分かったわね。その通りよ。本当に強烈なハグで、レーナと二人で大抵抗したわ…二人がかりでも放してくれないんだもの…」
「そんなに?すごいお父さんだね」
「うちの父、趣味が筋トレの…その、娘馬鹿で…毎回帰省のたびに大騒動なんです。私が溜め息でもつこうものなら、何があった!?って飛んできて、理由を話すまで追いかけ回してきます…」
「…さっきから思ってるんだけど、俺にも普通に話してくれていいよ。アルフィーと同い年なら、俺とも歳一緒でしょ」
アルヴィンが軽くそう言うと、父の愚痴を溢していたエラが困ったように曖昧に微笑みつつアルフィーを見てきた。
その意図を正確に察知し、アルフィーは肩を竦める。
「本人がそう言ってるからいいよ。実際アルヴィンも俺たちと同い年だし、名前も呼び捨てでも」
「ま、俺とアルフィーはほぼ一年違うけどな」
余談だがアルフィーは初夏の生まれだが、アルヴィンは秋生まれである。
「じゃあ…えっと、アルヴィン…」
物凄く躊躇いがちにエラがアルヴィンを呼ぶ。
呼ばれたアルヴィンはにっこり微笑んだ。
えらく恐縮した様子でエラは言葉遣いも普通に戻しつつ話をしていく。
途中からはダイアナとハンナも合流して、一番歳下で進路で悩むハンナの愚痴をダイアナと一緒になって聞いていた。
ちなみに、ダイアナにもアルヴィンと同じようにしてくれと言われてエラはまた恐縮しながら呼び捨てにしていた。
腰が低すぎないか?と若干思うが、それは王族の末端である自分の感想なので、口には出さなかった。
少しずつエラの緊張も取れていき、笑顔が見せ始めると両親達や祖父母まで彼女に話しかけ始めた。
少しは離れても大丈夫そうだな、と思い始めた頃、アルフィーはがっしりとアルヴィンに肩を組まれた。
「何だよ」
素気無く水を向けると、アルヴィンは王家に多く生まれる緑の瞳を面白そうに細めた。アルヴィンもまた妖精の月の瞳と称される緑の瞳を持っているのだ。
ちなみに、アルヴィンはアルフィーとは少し色味が違う黒っぽい茶髪なので、王宮に遊びに行くとアルフィーとアルヴィンを間違える侍従やメイドもいる。名前も似ているのでややこしいのだろう。
「随分、可愛らしい子を捕まえたじゃないか」
「…いい子だろ」
無難な答えを口にすると、アルヴィンがくつくつと笑う。
「確かに良い子だな。あと魔石が大好きなのも本当らしいな。遠慮してるけど、魔石について話す時はなんか、こう…うずうずしてるというか」
初対面のアルヴィンに見破られてるのに少し呆れながらも、それがエラらしくてアルフィーは内心で苦笑した。
「魔石について聞くと嬉々として答えてくれるぞ。本当に大好きなんだよ、魔石」
「魔石工なんて職人になろうとしてる時点でそれは分かるけど……」
じ、と妖精の月の瞳がアルフィーの左耳に注がれる。
そこにあるのは黒水晶のピアスで、エラが破邪退魔の魔法を込めた魔石だ。
「よく危険に晒されるお前のために、そんな魔石作るなんてな。本当に一途でいい子じゃないか。ーーー将来、美談になるかもな」
「アルヴィン」
ギロリ、と従兄弟を睨む。
睨まれたアルヴィンは自分の失言に苦虫を噛み潰したような顔をした。
アルヴィンは今、『エラが王妃になった時』の話をしたのだ。
ここにいるのがもしアルヴィンだけなら、ふざけるな、と怒鳴っていたかもしれない。
アルフィーは心底王位なんて興味がない。というか自分が王位に着くなんて有り得ないと思っているし、もし万が一アルヴィンに何かあって、王位継承が危ぶまれた場合は現在進行形で公務をしているダイアナを女王にするべきだと思っているし、その為に男児しか王位を継げないなんて決まりを変えて欲しい。いくら人気の王女の息子とはいえ、一般人とほぼ同じ自分が突然王座に担ぎ上げられても国民が反発するだけなのは目に見えている。
けれど、アルヴィンにはアルヴィンの理由がある。魔力不全なんて厄介な病気になった彼は、たまにアルフィーの前でだけ弱音を吐く。公務に忙しい両親を煩わせないように、両親を悲しませないように、普段は病気なんて気にしない態度を取っているが、やはり常に死と隣り合わせのような状況と、それに伴う国内の混乱を憂うと弱気になってしまうのは仕方のない事だろう。
別に弱音を吐かれるのは構わない。アルフィーだって、常に危険に晒される身の上を両親の前ではその身の上を嘆かないようにしている。そんな事をすれば、特に母が傷つく事くらい分かっているし、両親や祖父母が何度も自分に護衛を付けられないか軍に相談していた事も知っているから、たまにアルヴィンと二人っきりの時だけ愚痴を溢している。
だから、アルヴィンがアルフィーに弱音を吐くのはいい。お互いにそれで心の均衡を保っていた時期もある。
けれど、それは二人の時だから許される事で、今はその時じゃない。エラにも、祖父母にも、アルヴィンの両親にも聞かせる話ではないのだから。
「…悪い、失言だった」
「言っていい事と悪い事があるぞ」
「思ってたより疲れてたみたいだ。ついだ。許せ」
「…いいよ。お前が大変な事は分かってるからな」
アルフィーはすぐに従兄弟を許した。アルフィーの知らない何かがあったのかもしれない。
「……というか、お前があんないい子を連れてくるのが悪い。何だよ、危険を回避する為に魔石を作ってくれるって。しかも破邪退魔?あれ、難しい古代魔法じゃないか。それをお前の為に勉強して作ったって?羨ましい!」
「…おい」
何だかアルヴィンの愚痴の方向性がおかしくなってきた。
「俺なんて、将来王位は確実だし、病気持ちだしで大学でも女性に避けられてるのに!お前だけずるい!分かるけども!俺なんかと一緒にいたら将来的にプライベートなんて無くなるしな!俺はプライベートなんて無いのは慣れてるけど!」
「…………」
呆れかえるアルフィーを今度はアルヴィンが睨む。先程と立場が逆転している。
「別にそれ、俺のせいじゃないだろ…」
「そうだけどさ…俺だって普通に憧れたっていいだろ」
何故か不貞腐れているアルヴィンが、アルフィーから視線を外しておしゃべりに花を咲かせている女子グループに目を遣った。
アルフィーもエラの方を見た。やっと緊張が完全に取れたのかリラックスした表情でダイアナやハンナと話している。母が飲み物のお代わりを持ってきても落ち着いて受け応えをしている。最初の緊張はもう無くなったようだ。よかった。
母からジュースを受け取ったエラに、今度は何故か警備をしていたマテウスが端からやってきて話しかけた。
エラはまたびっくりした様子で肩を跳ねさせ、ぺこぺこ頭を下げている。心なしがエラの頬が薄暗闇でも分かるほど赤い。
それが何だか………。
「何だ、グレイ少佐が気になるか?」
笑いを抑えたアルヴィンに聞かれて、アルフィーは自分がどんな顔でエラを見つめていたのか気づき、今度は自分が苦虫を噛み潰したような顔をしてエラから顔を背けた。
そんなアルフィーにアルヴィンはおかしくてたまらないといった様子だ。
「そうだよなぁ。グレイ少佐は男の俺たちから見ても男前だし、経歴だって完璧だ。エラがコロっといってもおかしくない。心配する気持ちは分かるよ」
「…うるさい」
「お前、困るととりあえず『うるさい』って言うよな」
「………………」
自分の癖を指摘されて、アルフィーは益々半眼になる。
そんな舌打ちしそうなアルフィーにアルヴィンは構わず続ける。
「コブランカレッジ魔術科出身の天才魔術師にして三十歳で少佐の地位を賜った、将来将官クラス間違いなしの軍人だ。しかもアイドルや俳優だって尻尾巻いて逃げ出すような見た目で金髪碧眼ときた。聞いた話だと魔法だけでなく、武器の扱いも完璧らしい。コブランカレッジの魔術科、って点ではアルフィーも同じだけど、他は現時点で負けてるからなぁ」
「どこが同じだ。あっちはコブランカレッジを首席合格、首席卒。俺は必死こいて勉強してやっとこさ入った普通の学生で、どう頑張ったって首席卒は無理だ。全く違う」
マテウスの華々しい経歴を聞き、付け足しをしながら、本当に何でもできる奴だなと嫉妬と憧憬が入り混じる。
勿論マテウスは誰かに狙われる人間でもないし、普段は柔和で人当たりもいい。もしアルフィーが女で、自分とマテウスを並べてどちらかを選べ、と言われたら間違いなくマテウスを選ぶだろう。少なくともアルフィーはマテウスの欠点らしい欠点を知らない。格好悪いが嫉妬してしまう事くらい大目に見て欲しい。
はあーーーと特大の溜め息をついて、アルフィーは嫉妬心とアルヴィンに一言物申したい気持ちを抑えつける。
「ま、エラは少佐に靡くような子じゃないと思うがね」
するとアルヴィンが確信したようにそう言った。
何でそんな事が言い切れるのか、思わずアルヴィンに視線を遣ると彼はやれやれと言わんばかりにアルフィーの視線を受け止める。
「自分の野心の為に人を利用しようとする奴はいるし、野心とは言わなくても…そうだな、守ってもらいたいみたいな夢見心地な理由で色恋を利用しようとする人間もいる。でもエラは違うだろ?彼女の野心は今は精々優秀な魔石工になりたいくらいだし、その為に色恋を利用するようなタイプでもない。夢の為に家を飛び出して、弟子入りを志願するような人が、出会う人任せにするわけがないと思う。だから少佐の経歴に惹かれる人ではない。もっと言うと、俺を怯えていた様子からも虚栄心を満たす為に王族と繋がりたいって人物でもないな。ーーーだから真実、アルフィーの事が好きでここにいるんだろう」
「………………」
うるさい、という言葉を呑み込んで、アルフィーは赤くなりそうな顔を頬杖をつく事で誤魔化す。
そんな事は分かっている。エラは王族と縁続きになりたいわけではないし、マテウスのような華々しい経歴に惹かれるような女でもない。そもそもアルフィーと出会った頃、彼女はアルフィーの正体を知らなかったのだから。
つまり自分の嫉妬は完全に取り越し苦労なのだが、だからといって英俊豪傑、才色兼備、文武両道、完璧超人のマテウスに自分の恋人が頬を赤くしているのを見て、嫉妬するなと言う方が無理な話だ。
マテウスはしばらくエラと言葉を交わした後、警護任務に戻っていく。
エラはというと、キョロキョロと視線を巡らし、アルフィーを見つけると席を立って寄ってきて無言でアルフィーの隣りに座る。
「どうかした?」
「……緊張しただけ」
短くアルフィーの質問に答えると目を伏せて持っていたジュースに口を付けた。
ふぅ、と溜め息を吐き出したエラはテーブルの上に残された料理に視線を向け、直後に上目遣いにアルフィーとアルヴィンを交互に見て、恥ずかしそうに首を竦めた。
「あの、残ってるソーセージ貰ってもいい?」
「いいよ」
テーブルにあった料理をエラの方へ押しやると、アルヴィンがフォークを取ってくると席を立った。
それを聞いて慌ててエラが立ち上がろうとするが、そんなエラの肩を優しく制してアルヴィンはスタスタと別のテーブルにあるカトラリーを取りに行ってしまう。
「……王子様を立たせちゃった…」
「気にしなくていいって」
エラがアルフィーの所に来たのは気が休まるからだろう。それを正確に察知してアルヴィンはカトラリーを取りに行く事を建前に少しだけ席を外してくれたのだ。
いいのかなぁ…?と半信半疑なエラにアルフィーは嫉妬心を押し隠して何でも無い事のように尋ねた。
「ところで、マテウスと何話してたの?」
「マテウスさん?連絡先を交換してた。アルフィーに虐められたら叱るから教えてねって言われたけど…たぶん、これって何かあった時の緊急手段よね?」
「あー…たぶんそう」
マテウスは気を遣ったようだが、流石にエラも気がついたようだ。その番号を使う事が無い事を祈る。
「やっぱりそうよね。使わずに済むといいなぁ」
同じ事を願うエラにアルフィーは申し訳なく思う。エラにどんどん要らぬ重荷を背負わせている気分だ。
「…ごめん」
思わずポツリと謝罪すると、エラはきょとんとした様子でアルフィーを見た。
空にある妖精の月と同じ色の瞳が見つめてきて、本気で不思議そうに小首を傾げる。
「何で謝るのよ」
「いやだって…負担じゃない?俺がこんな中途半端な身分だから…」
思わず弱気になってしまうが、エラはパチパチと瞬きをしてから何故か笑った。
「私はマテウスさんの番号知って安心した。だってアルフィーに何かあった時、私だけじゃ冷静に対処できる自信ないもの。でも、何かあったらとりあえずマテウスさんに電話すればいいって分かったから…それくらいならどんなにパニックになってても出来そうだし……。一番は何も無い方がいいんだけど」
頼りなくてごめんね、と今度はエラが何故か謝るので、アルフィーは思わず手を伸ばして、テーブルの上に置かれたほっそりとした手を掴む。
「ーーー本当に負担になってない?」
あまりにもエラが平然としているので、逆に不安になる。
普通なら嫌じゃないのだろうか。何かあった時、何故連絡しなかったと責められる可能性を考えたりしないのだろうか。真面目なエラは気負いすぎてないだろうか。
アルフィーの不安を他所に、やはりエラは平然と首を振る。
「全く負担になってない、って言ったら嘘になるけど…でも、アルフィーに何かあった時に何もできない方が嫌だし。それにーーーアルフィーは簡単にやられないでしょう?」
柔らかく聞かれて呆然とする。
目の前の妖精の月の瞳には確信と信頼が色濃く映し出されていた。
確かにマテウスに鍛えられたから魔法で守るだけならそう簡単に負けるつもりはないし、そもそも母から王族仕込みの姿を隠す為の魔法も習っているから、見つかりにくい自信もある。
だが、だからといって危険な目に遭わないわけではない。去年のオータムフェスティバルが良い例だ。あの時もアルフィーは魔法を使って存在を誤魔化していたのに狙われた。祭りの人混みで見つかりにくいだろうと油断していた事は否めないが、彼女だってあの時、一瞬とはいえ危険な目に遭わせたのに。
今でもあの時状況が分からず、怯えていたエラを覚えている。だから真実を伝えていなかった事を後悔した。
それなのに、彼女はアルフィーなら簡単に負けないと信じてくれているのだ。
「アルフィーは心配し過ぎよ。私、結構図太いんだから」
エラがへにゃりと笑う。
そしてアルフィーの手を握り返して、柔らかく訊いた。
「また明日もフランマに来てくれる?」
既視感のある台詞。
あの時何と答えたかは覚えている。嫌われてないのを確認したくて、質問に質問で返した。そうしたらエラが瞳を涙で揺らしながら何気ない約束を守る為に来て欲しいと言ってくれた。
今は何と答えるのが正解だろうか。
アルフィーはずっと心のどこかで恐れている。いつかエラがアルフィーを取り巻く環境に嫌気が差して去っていく事を。
アルフィーの性格が気に入らないとか、こういう思想は受け付けられないとか、アルフィー自身に問題があればまだいい。それは自分の意思で変えられる可能性があるから。
でも環境は変えられない。アルフィーの母親は国際的にも有名なプリンセス・エイブリーで祖父はラピス公国国王。アルフィー自身は望もうと望むまいと王位継承権第三位であり、王位継承権第二位の従兄は病気を患っている。
そして面倒な事情から護衛が付けられず、犯罪に巻き込まれやすい。いつか誰かを巻き込むかもしれない。
そんな厄介な環境を物怖じしつつも受け入れてくれたエラが、やはり無理だと言い出したらーーー考えただけで真っ暗な絶望に支配されそうになる。
でも、そんなアルフィーの恐れをエラは真正面から簡単な質問で蹴散らしてくれるのだ。
「…行くよ。当たり前だろ?」
「よかった。待ってる」
質問に答えたアルフィーにエラが嬉しそうに微笑みを深くする。
それに釣られてアルフィーもやっと微笑むと、左耳だけにある魔石のピアスが風に揺れて、その存在を主張した。
人に去られる恐怖は消えないが、エラはきっとアルフィーを環境のせいで嫌うなんて事はしないだろう。




