ホームパーティー 4
アルフィーの家の庭は一本のニワトコがある以外は特に特徴のない庭だった。
目隠し目的だろう木造の塀に沿って魔法が展開されており、夏なのに涼しい。
庭の真ん中にはテーブルと椅子が置かれており、淡い金髪のすらりと背の高い男性が魔法で椅子を運んでいた。
「マテウス?何でいるんだ?」
アルフィーが声をかけると、男性はこちらを振り返った。
柔和に微笑むブルーグレーの瞳、すっと通った鼻は高過ぎず、低過ぎない絶妙な高さで、左右対称の言っても過言では無い整った顔立ちをしている。すらりとしているのにヒョロヒョロしている印象がないのは、半袖から覗く腕にしなやかな筋肉が付いているのが分かるからだろうか。
どこかで見たような?
はて?と首を傾げつつも、エラはすぐに名前から昨年のオータムフェスティバルでアルフィーを迎えにきた軍人だと気がついた。
そして心の中で反対側に首を傾げる。
あの時とだいぶ顔の印象が違う。あの時は怖そうな人という印象だったけれど、今は随分優しそうな人に見える。
「おかえりアルフィー、ハンナちゃん」
「こんにちは」
ハンナがぺこりと頭を下げると、彼はエラにその柔和な微笑みを向けた。
「エラ・メイソンさん、だよね?」
「はい。エラ・メイソンです。こんにちは」
エラも頭を下げると、アルフィーが軽く教えてくれた。
「知ってると思うけど、母さんの護衛官の一人ね。軍属魔術師のマテウス・グレイ少佐」
「前に電話でも話したけど、改めて、マテウス・グレイです。よろしくね」
「よろしくお願いします」
ヨルクドンから帰ってきた日の事を思い出しながらエラは頭を下げ、そういえばあの時も同じような感想を持ったな、と思い至る。
改めてマテウスをよく見ると、彼はあまり軍人らしくない人だった。
エラのイメージでは、軍人といえば短く刈り込んだ髪に強面で筋肉質なイメージだが、マテウスは柔らかそうな淡い金髪を風に遊ばせている所から軍人らしくないし、背が高く、整った顔立ちやすらりとした手足のせいで軍人というよりモデルのように見える。
神話とかで神様に愛される人間が本当にいたら彼みたいな人なんだろうなぁと思う。
……でも、こう、見た目が整いすぎてて気後れするというか、直視するのを躊躇うというか…エイブリーとは別の緊張で、足を引きたくなる。
アルフィーの後ろに隠れたいのを我慢していると、アルフィーが胡乱気に片眉を上げた。
「ところで何でマテウスがいるんだよ。今日は非番で、大佐が来るって聞いてたけど」
「んー?本来なら休みだから今日はいないはずだったんだけど…まあ、サービス残業的な?」
「はあ?」
「気にしない気にしない。とりあえず、いるなら手伝おうかと思ってね。パーティーの間は警護に徹するけど、今は優秀な部下がこの家の周りを警護してるおかげで俺の出る幕はないし」
「その理論ならパーティーの間もいらないだろ」
「そうなんだけどね。俺、一応国軍最強の魔術師だから」
「自分で言うのか…」
「少なくとも俺に魔法で敵うラピス軍人はいないねぇ」
随分と砕けた会話にエラは目をパチパチさせた。
勝手にプリンセスの護衛官だし、オータムフェスティバルではアルフィーにすごく丁寧に接していたから普段から改まった話し方をするのかと思ったが、そうではないらしい。
マテウスがテーブルと椅子をセットしているのをぼんやり眺めながら二人の会話を聞いていたが、後ろからエイブリーが料理を持ってきてエラはハッとした。
王女様に準備させて自分はのんびりしてるなんて。
呼ばれた側の身とはいえ、何もしないのはおかしいだろう。
とりあえずパーティーの準備を手伝おうとエラは声をかけた。
「あの、何かお手伝いします」
「いいのいいの。エラちゃんはお客様でしょ、ゆっくりしてて」
「でも…」
「エラ、座ってなよ。ーーーあれ?」
遠慮するエラにアルフィーが軽く声をかけた後、ふと眉を訝しげに寄せた。
どうしたんだろう?と不安になってアルフィーを見上げると、アルフィーはじっと母親であるエイブリーの手元を見ていた。
「何?どうかしたの?」
「いや………」
「アルフィー?」
エイブリーが眉を寄せ、ハンナが不思議そうに頭を傾ける。アルフィーとエイブリーは母子なだけあって、仕草と眉を寄せた顔もそっくりだ。
アルフィーが答えないので時間が止まったような錯覚に陥る。
「どうしたんだい?」
そこへ穏やかな低い声が割り込んできて、エラはそちらを向いた。
庭に続くダイニングの窓から、アルフィーと同じ茶髪に薄い青の目をした男性が顔を出していた。
「あらあなた、おかえりなさい」
エイブリーの一言で、顔を出した男性がアルフィーの父親だと知れる。顔は似ていないが、穏やかな雰囲気がアルフィーそっくりだ。
「ただいま。招待客は全員揃ったのかな?」
「まだよ」
「…まだ?」
アルフィーの父親の質問に答えたエイブリーに、アルフィーが益々眉を中央に寄せた。
エラは一人で難しい顔をするアルフィーを眺めながら首を傾げた。
ホームパーティーに招待された時、エラやハンナの他にも招待客がいると言っていたからアルフィーが何を疑問に思っているのか分からない。
アルフィーは突然目を見開いたかと思うと、次の瞬間にはギロリと母親を睨みつけた。
「母さん、まさか……」
「何かしら?」
「今日の招待客、まさかと思うけどダイアナじゃないよな?」
ダイアナ、と言われてエラだけでなくハンナもぎくりと固まった。
アルフィーが出した名前、ダイアナは王太子殿下の娘、ダイアナ王女と同じ名前だ。
「あら、何のことかしら」
にこにこと微笑みを崩さずにエイブリーは答えるが、彼女の隣りに立ったアルフィーの父親は息子の台詞を聞いて周りを見渡すと呆れた顔をした。
「エイブリー、微笑みで誤魔化すんじゃない」
「あら、そんなつもりはないわ」
「じゃあ誰が来るわけ?俺、てっきり父さんが誰かを招待してるのかと思ってたけど違うんだろ?俺はエラしか呼んでないし、だとしたら残りの招待客は母さんの客だ。その料理はダイアナの好物だし……非番のはずのマテウスがいる時点でおかしいと思ったけど、今日の警備は母さんの警護にしては厳し過ぎる」
「私服の軍人も何人か家の周りで見かけたよ。まるで国王陛下でも迎えるような警備だね、エイブリー?」
夫と息子、二人に責められてもエイブリーは微笑みを崩さない。
だが、それが逆に王族が来るのを誤魔化しているように見える。
待って、国王陛下?
その単語の意味を呑み込んだ瞬間、エラは頭が真っ白になった。
エイブリーに会うだけでも気が重かったのに、更に王女様や国王陛下に会えって事?
控えめに言って無理だ。
「マテウス、一体誰が来るんだ?」
答えようとしないエイブリーに痺れを切らしたアルフィーはマテウスに話を振り、マテウスは困ったような顔をした。
「全員、って聞いてるよ」
「はあ!?」
驚いているのはアルフィーだが、内容を理解したエラは泣きたくなってきていた。
全員ってどう言う事?国王夫妻と王太子夫婦、それから王子、王女?
それが『全員』の意味ならこの国の王族全員じゃないか。
ぐらぐらと世界が揺れているような錯覚を覚える。
「マテウス!何で言っちゃうのよ!」
「…エイブリー、それはさすがにハンナやエラさんが可哀想だよ」
「大丈夫よ。外では王族やってるけど、お父様達だって普通の人間なんだから」
「そういう問題じゃない」
「もういい。父さん、俺、エラとハンナ連れて外食行ってくる……」
ピンポーン、とインターフォンがタイミング悪く鳴った。
親子喧嘩に発展しつつある会話なんて右から左に聞き流していたが、やけにインターフォンの音が混乱するエラの頭に響く。
誰が来たの?
恐くて無意識にアルフィーの腕を掴んだ事にエラは気が付かなかった。
完全にパニック状態になっていたエラは周りが見えていなかったのだ。
腕を掴まれてエラを振り返ったアルフィーと、そんな息子の行動に釣られてエラを見たエイブリーは泣きそうに張り詰めた顔をしたエラを見てさすがにバツの悪そうな顔をした。
ちなみに、エラの隣りでハンナも緊張に顔色を悪くしている。
一瞬空気が固まったがすぐにアルフィーの父親が指示を出した。
「とりあえず、エイブリーは対応に出なさい。アルフィーはエラさんとハンナを部屋に案内してあげなさい」
「分かった。エラおいで。ハンナも」
緩く指先を握られて、エラの意識が急浮上する。
緊張で冷たくなっている指先に、温かいアルフィーの手は心地よい。
自国の王族が来るのに、挨拶もしなくていいの?
というか、普通に考えてホームパーティーに呼んでもらっておいて、緊張するからその家の人達と顔を合わせたくない、なんてありえない。そんなの幼児のする事だし、幼児なら許されるが大の大人に許されるわけもない。
元来真面目なエラはパニックになりながらも、いくらか冷静に自分の状況を見た。
少なくとも友達の家にお呼ばれした時は、どんなに偏屈な家族ともちゃんと挨拶はしたのだ。
それを王族だからしないなんておかしい。状況的に許されないとか、そんな訳ではないのだ。いくらアルフィーが気遣ってくれるからって、不敬過ぎじゃない?
そう思ったら足が動かなかった。
「エラ?」
動かないエラを不思議に思ったのか、アルフィーが少しだけ身を屈めて覗き込んでくる。左耳に付いている黒水晶のピアスが揺れた。
エラは強張った表情のまま何とか口を開く。
「あ、挨拶くらい、ちゃんとする。パーティーに呼んでもらったのに…その、挨拶しないのもおかしいでしょう?」
「エラ、無理しなくても…」
心配そうに顔を歪めるアルフィーに、エラは小さく首を振った。
「頑張る…。…何か、やらかしかけたら止めて欲しいけど…」
それに、とエラは続ける。
「せっかく準備した…してくださったアルフィーの、お母さんにも…申し訳ないし…」
少なくとも、エイブリーはウキウキした様子で準備していたし、エラを歓迎してくれたのだ。非番ということは休みだったはずのマテウスも手伝って準備していたのに、それを招待客側のエラが放り出すのはおかしいだろう。
「…そ、そうよね。叔母様が用意したのに、外食なのも気が引けるわ」
緊張した様子のハンナが援護してくれて、エラは幾らか気が楽になった。
「…平気。大丈夫」
表情は強張っていたけれど、何とか微笑みを形作る。
その顔を見てアルフィーは何とも言えない顔をしていたけれど、小さく息を吐き出すといつもの優しい声音で囁いた。
「疲れたり、帰りたくなったらいつでも言ってくれたらいいから。それでいいよね?父さん」
「ああ。エラさん、ハンナも無理しなくていいからね」
「はい…。ありがとうございます…」
何とかエラは返事をして、もうすぐ相見える王族の為に背筋を伸ばした。




