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ホームパーティー 3

 アルフィーの家はエラが思っていたより、こじんまりした普通の家だった。

 何度も乗せてもらった黒いファミリーカーが停められた駐車場にはあと二台くらい車が停められそうで、その脇に少しお洒落な金属製の門がある。門の向こうには手入れされた小さな前庭があって、白い花が咲いている。名前は知らないが見た事がある花のおかげで、前庭の向こうにある煉瓦造りの赤茶けた家の雰囲気が明るく感じられる。

 ホームパーティーは庭ですると聞いているが、前庭はさすがに小さ過ぎるのできっと裏庭もあるのだろう。

 ………前言撤回。家はこじんまりしてるかもしれないけど、都会にしては敷地が広い気がする。

 いや、よくよく見ると家も都会にしては大きいような……?自分が田舎の出身だからつい田舎の基準で考えてしまうけれど、そこそこ都会のコブランフィールドの一般家庭並みに大きくない……?

 口元が引き攣りそうなのを必死にエラは押し留めた。

 やっぱりお金持ち(?)なんだ、と益々緊張してしまう。

 アルフィーに連れられて敷地の中に家に足を踏み入れると、門の前にいかにも軍人らしい少し強面の男性が立っていた。

「お疲れ様です。ーーー母さんの護衛官だよ」

「こ、こんにちは…」

 アルフィーの簡単な紹介にとりあえず挨拶をすると、男性はにこりと微笑んで挨拶を返してくれた。強面だが、微笑めば親しみやすい顔になる。

 アルフィーはぐるりと頭を回して軍人に尋ねた。

「何か今日は警備が厳しくないですか?」

「パーティーに紛れて変な輩が入ってきたら大変ですからね」

 苦笑気味に軍人が答える。

 その答えにいまいちアルフィーは納得していない様子だったが、ハンナが早く進んで、と急かしたので足を動かした。

 そのままアルフィーに案内されて、エラは前庭を抜け、玄関にやってくる。

 そしてーーー当たり前だが何の躊躇いもなくーーーアルフィーが玄関を開けた。

「ただいま」

「ただいまー」

「お邪魔します…」

 緊張しているのはエラだけのようで、ハンナは普通に家に入っていく。

 それに続いて家にお邪魔したと同時に、近くのドアが開いて金髪緑眼の女性が顔を出した。

 びくりとエラが固まったのを誰も責めないで欲しい。

 そこにいたのはテレビでお目にかかる正装とか王族らしい洋装でこそないが、何度も画面越しに見た顔があった。

 ごく普通のシャツブラウスに、スキニーのジーンズ、そしてエプロンを付けているが、間違いなくアルフィーの母親、プリンセス・エイブリーだ。

 驚きから呆然としつつも、挨拶しなきゃ、とエラが口を開きかけたその時、プリンセス・エイブリーがぱあぁっと効果音が付きそうなくらい破顔した。

「まあー!いらっしゃい!あなたがエラ・メイソンさんね!私はエイブリー。アルフィーの母親よ、よろしくね!」

 先に挨拶されてしまい、エラは慌てて頭を下げた。

「こ、こんにちは。エラ・メイソンです。あの、お招きして頂いて、ありがとうございます」

 頭を下げた時に、持ってきたマギスイートトマトが目に入り、頭を上げると同時にエラはおずおずとお土産を差し出した。

「あの、これ、よかったら…」

「まあまあ、ご丁寧にありがとう。何かしら?」

「マギスイートトマトです。わ、私の父が作ってて…その、洗えばすぐ食べられます。すごく甘いので、その、デザート感覚でも食べられます…」

「マギスイートトマト…初めて聞くけど…赤くてとても美味しそうね。早速洗って出そうかしら。それにしても……」

 じっとエイブリーに見つめられて、エラは緊張で体を固くした。何か粗相があっただろうか。

 しかし、そんなエラの心配は次の瞬間戸惑いに変わった。

「なんて綺麗な黒髪かしら!勝手に茶混じりの黒髪を想像していたけど、本当に真っ黒なのね!それに妖精の月の瞳!ちょっとアルフィー、話に聞いてたよりずっと可愛らしい子じゃない!」

「そ、そんな、ことは…」

「母さん、分かったからエラを家に入れてあげて。俺も入れない」

 突然外見を褒められ、しどろもどろになるエラとは対照的にばっさりアルフィーが口を挟んだ。

 息子に指摘されてエイブリーはぱちりと緑の瞳を瞬いた。

「あらごめんなさい。そうだったわ、ここ玄関だものね。失礼。アルフィー、お庭に案内してあげて。まだロルフが帰ってきてないけど、先にパーティーを始めちゃいましょ。ハンナちゃんも、荷物置いたらお庭にいらっしゃい」

「はーい。アルフィー、今日は案内してくれてありがとう」

「どういたしまして。……母さん、焦げ臭くない?」

「え?…やだ!焦がしたかしら!?」

 完全に身内の気安い会話に変わっている。

 パタパタと戻っていくエイブリーと、荷物を置きに行くというハンナを見送り、エラはやっとアルフィーと二人になった事で肩の力を抜く事ができた。緊張し過ぎて肩が凝ってしまっている。

「大丈夫?」

「…大丈夫…」

 気遣ってくれるアルフィーに力なく返して、エラは一つ深呼吸をすると気を取り直した。人生で一番緊張した気がする。

 意識的に全身の力を抜いていると、「セーフ!」とエイブリーの嬉しそうな声が聞こえてきて、エラは少しだけ笑った。

「テレビで見ると完璧な王女様だけど、家の中だと上品な普通のお母さんなのね」

「上品…?家の中だと結構おっちょこちょいだし騒がしいけど」

「そうなんだ」

 世界的にも人気な王女様も人間らしい一面がやはりあるようだ。

 アルフィーの案内で家の中を通っていくと、開け放たれたドアから見える部屋の棚の上や壁に写真が飾られているのが少しだけ目に入った。

 王族でもこういう所は普通の家族と変わらない。家族のぬくもりが目に見えて感じられる。

 ーーーあ。

 不意に目が入った写真に目を止め、思わず足を止めかける。

 それは本当に一瞬だったけれど、そのせいでエラとアルフィーの距離が少し空いた。

「どうかした?」

 足が遅れたエラを不思議に思ったのか、アルフィーが足を止めたのでエラもハッとして自分の行いを振り返る。

 人の家でキョロキョロし過ぎたかしら?

 はしたなかったわ、と赤面する。

「何でもない」

 恥ずかしい行いを誤魔化そうとつい首を振ると、不思議そうに首を傾けて周りを見渡した。

「何か気になる?」

「何でもないってば」

「嘘。何?」

 何で嘘って分かるのよ、と内心で毒突くエラは、すぐ表情に出る素直な性格を分かっていない。

 じ、と緑の瞳に覗き込まれるとエラは逆らう事ができなくなる。

 あう、と変な躊躇いを見せつつ、エラはおずおずと口を開いて一つの写真を指差した。

「大した事じゃないのよ…。その、あそこの写真……」

「写真?」

「あれ、アルフィーでしょ?小さい頃は金髪だったんだなぁって」

「ああ…」

 エラの指差す先にあるものにアルフィーが納得したように頷く。

 それはリビングの背の低い木製の棚に置かれた写真だった。

 エラの目に入った写真は、母親に抱きしめられたアルフィーの写真で、そこには金髪の幼い彼が写っていたのだ。

 一度口に出してしまえば、躊躇いが消えてエラはスラスラ話し出した。

「髪の色が変わるのって不思議。周りにもいたけど、どんな感じなの?私、生まれた時から真っ黒な髪だったし、染めた事もないし…周りの友達は金髪のままがよかった、って言ってる子が多かったけど」

「俺は別にそんな事なかったな」

 人に紛れやすい茶髪の方が狙われにくいし、という言葉を寸ででアルフィーが呑み込んだ事には気が付かず、エラは無邪気に「そうなんだ」と返事をする。

「私は十三歳くらいで金髪に憧れたなぁ」

「へえ。でも染めなかったんだ?」

「いや、染めようとは思ったのよ。でもほら、髪が真っ黒だから最初から金髪は難しいんじゃない?って友達に言われて、お小遣いの範疇超えそうだし諦めたのよね」

「なるほど。魔法でやってみたりは?」

「あのねぇ…私、あなたほど魔法得意じゃないんだってば。それに、ああいう見た目を変える魔法って神秘魔法の範囲じゃない。私にできると思ってんの?」

「勉強と練習すれば誰でもできるようになるよ。魔法なんだからさ。間違いなく破邪退魔の魔法より簡単だし」

「それはっ……そうだけど!」

 アルフィーの正論にエラは不服そうに答えた。

 確かに魔法は技術面としての繊細さも求められるが、学問として浸透している事から分かるように、勉強すれば使える面も大きい。例えるなら料理や裁縫なんかと同じだ。

 でもエラはアルフィーのように勉強が苦にならないタイプではなく、一般的な他の人と同じように基本的に勉強は好きでは無いし、日常生活を送る上で無くても困らない勉強をしようとは思わない。魔石関係なら頑張れるけれど。

 む、としてエラが眉を寄せるとアルフィーがくっく、と笑いを噛み殺しつつ顎に指を当てた。

「何だっけ。えーっと……ああ、こうだ」

 パチン、とアルフィーが指を鳴らす。

 何だろう、と思っていると、アルフィーがエラを見て何とも言えない顔をした。何よ。

 不思議に思いつつも、パタパタ足音がしてついそちらに意識をそちらを向けば、濃いふわふわの金髪を揺らしながらハンナがリビングにやってきた所で、エラを見て青い目を丸くした。

「エラさん!?どうしたの!?その髪……って、アルフィーの魔法?」

「え?」

「そうなんだけど…」

 歯切れの悪いアルフィーには気が付かず、エラは慌てて自分の髪を摘んだ。そこにはいつもの黒髪ではなく、見事な金髪があった。

 びっくりして固まっていると、またパチンとアルフィーが指を鳴らして魔法を解いた。

 すると持っていた金髪は色が溶け出すように真っ黒に戻る。

「あ…」

「懐かしい。昔、よくアルフィーに頼んで髪の色を変えてもらったよね」

「ピンクとか水色とかな」

「目の色は変えられないんだっけ?」

「変えられない。色を保つ為の魔力が流れちゃうからできない…というか正確には数分で戻る。だから髪も長くは無理」

「流れる?」

「目の周りって魔力の細い流れが多いから、それに乗って色を変えてた魔力が流れるんだよ。髪の毛は魔力は通ってないけど、頭皮には魔力が通ってるから根元の辺りの魔力は流れる。だから根元の辺りの髪色はそのうち元に戻るよ」

 アルフィーとハンナの話を聞きながら、エラは髪から手を離した。残念。ちょっと金髪の自分を見てみたかったのに。

 今度頼んでみようかなぁ、と思いつつアルフィーに続いてリビングから庭へ移った。




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