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ホームパーティー 2

 アルフィーの両親に会うと決まってから、エラは少しだけ落ち着かない気分で過ごした。

 やはり自国の王女様である。緊張するなと言う方が無理な話だ。

 アルフィーは気楽にしてくれればいい、苦痛だったらすぐ帰すから、と気を遣ってくれるが、そんなわけにもいかないだろう。

 だって少しくらい心象を良くしたい。

 アルフィーとの縁が一生のものになるか、それとも一時のものか分からないけれど、少なくとも今は大事にしたい。

 だから休みの日に買い物に行って新しい服を買った。なるべく感じの良さそうな、でも普段着としても着られる自分らしい服をと悩み、白のブラウスと群青色の膝下のフレアスカート、それから日差し除け兼冷房避けにクリーム色のカーディガンにした。

 さすがに鞄や靴まで新調していては懐が痛いし、そもそも粗雑に扱ってないのでそれほど痛んでないからいつもの鞄と靴を使おうと思う。

 それから何かお土産を持っていった方がいいだろうか。

 ……王族に持っていけるようなお土産って何よ?

 思考がそこで停止した。

 だって超一流の正餐から素朴な郷土料理まで何でも食べた事があるだろうから、生半可なものではよくない気がする。

 めちゃくちゃ悩んだ結果、グリーンウィッチの特産品であるマギスイートトマト(贈答用)をその生産者である父に頼んで送ってもらった。

 マギスイートトマトとは父が開発したトマトの品種で、その名の通り魔法のように甘いトマトである。開発理由はエラもレーナも子供の頃にトマトを嫌ったから。

 ちなみに、母と妹にはアルフィーの素性は伏せて彼氏ができたことは伝えてあるが、父には彼氏ができたことも教えてない。

 当日の昼過ぎ、新調した服を着てから化粧をし、黒髪をハーフアップに纏めて、お守り代わりにアルフィーから貰った魔石入れを付け、全身を確認してから贈答用のマギスイートトマトを持ってアパートを出た。

 パーティーは夕方からだ。今日一日かけてハンナが大学を回るらしく、夕方からの開催だとアルフィーから伝えられている。

 ハンナに付き添う予定のアルフィーとコブランフィールドの主要駅で待ち合わせをしているので、三人でストーナプトンへ向かう予定だ。

 緊張しながらバスに揺られて待ち合わせ場所へ向かう。

 待ち合わせ場所にはすでにアルフィーは待っていて、彼の隣りには濃い金髪に夏空のように真っ青な瞳の女の子がいた。

 一瞬会っただけだからあまり覚えていないが、あの子がハンナだ。

 北の出身らしく真っ白な肌に、顔には少しだけそばかすが散っているが、それすらチャーミングに見えるのはくるくるふわふわの金髪のせいだろう。フリルのついた女の子らしい黒いTシャツに、動きやすいようにだろう、ジーンズを履いている。

 手を振るアルフィーに駆け寄ると、すぐに隣りに立つハンナを紹介してくれた。

「前も会ったよね、従妹のハンナだよ。ハンナ、彼女がエラだ」

「ハンナ・ライトです」

「エラ・メイソンよ。よろしくね」

 お互いに軽く挨拶をして、すぐに三人はストーナプトンへ向かうため駅のホームに向かう。

「エラ、それ何持ってきたの?」

「グリーンウィッチの特産品。招待していただくのに、何も持っていかないのもって思って…」

「そんなに気を遣わなくてもいいのに」

「そんなわけにいかないわよ…今もすごい緊張してるのに……」

「普通のおばさんだよ。なぁ?」

「うん。家の中だと普通…です」

 アルフィーに話を振られたハンナが躊躇いがちに口を開く。

 そう言われても王女のご尊顔なんぞ、テレビでしか見た事がない。

 緊張を逃そうと深呼吸を繰り返す。

 そんな話をしているうちに、ストーナプトン行きの電車がやってきた。夕方のせいか、電車の中はかなり混んでいる。座る場所は無さそうだ。

 駅のホームから電車に乗り込む。

 やはり座る場所はなく、エラ達は立ったまま電車に揺られる事になった。

 電車の中であまりお喋りするのも周りに迷惑だから、三人で固まりつつも会話はない。

 次の駅に着き、また人が乗り込んできたため、エラ達は少し奥へ移動する。

 すると、たまたまエラは冷房の風が直撃する位置に来てしまった。

「………………」

 我慢できない事はないが寒い。

 冷房避けのカーディガンではあるが、さすがに直撃する冷房から体温を守ってくれるほどではないし、冷房を避けられるほどのスペースもない。

 片手で反対側の腕を摩りながら寒さを我慢して立っていると、不意にアルフィーが「エラ」と呼びかけてきた。

「何?」

 首筋の寒気を感じながらエラは普通に振り向いた。

「場所変わる」

 それだけ言ってアルフィーがエラと自分の立ち位置を有無を言わせずに入れ替える。

 おかげでエラに直撃していた冷房はなくなった。

多少冷たい空気が流れてくるが、直撃していた先ほどに比べたら大した事はない。

「…これは寒いな」

「あ、ありがとう」

「そっち側の方がいくらかマシだから」

 エラが寒がっているのに気が付いてくれたらしい。

 こういう細かい所に気がついてくれるのは嬉しくて、くすぐったい。

「さすがに魔法使えないけど…」

 公共交通機関での魔法は基本的にマナー違反だ。電車の中で走ったりするのと同じ迷惑行為なので、育ちの良いアルフィーは絶対にしないだろう。彼が交通機関で魔法を使うとすれば、自分にだけ作用する魔法ーーーつまり身を隠す系の神秘魔法だけだ。

「平気、大丈夫。ありがとう、アルフィー」

「ならいいけど」

 そこで一度会話は途切れた。

 また三人は黙って電車に揺られ、ストーナプトンに着くまで静かに過ごした。

 ストーナプトンに着けば、あとはバスでアルフィーの家に向かうだけと言われたが、エラは今更気になった事をアルフィーに聞いてみた。

「ねえ、私みたいな一般人に家の場所教えてもいいの?」

「え、何で?デイヴも知ってるのに」

「そりゃ……そうだけど。でも……えっと、防犯面とか、その、いいの?」

「いいも何も、じいさん達の家はエラだって知ってるだろ?」

 言われてエラは怯む。確かに知っている。国王の家なんて王宮以外ないだろう。

 でもプリンセス・エイブリーは結婚で王宮を出てからは市井に住んでいる。守られている王宮とは違って狙われやすそうだが、秘密情報とかではないのだろうか。

「でも……」

「いいのいいの。連れて来いって言ってんのは母さん達なんだし、うちのセキュリティを破れるのは妖精か、それこそ軍隊みたいな規模じゃないと無理だと思うよ」

「え。あの家ってそんなにすごいの?」

 びっくりしたようにハンナが青い目を見張るので、ハンナも知らなかったらしい。

 アルフィーが肩を竦めながら魔法を展開する。

「少なくとも少人数では襲撃できないと思う。うち、父さんも古代魔法であちこちに罠仕掛けて守ってるし、マテウスもいるし、魔法で突破はまず無理。武器による襲撃も現役軍人いるし、彼らと渡り合えるのがまず前提条件になる」

「そうなんだ…」

「絶対ではないけどさ。だから気にしなくてもいいよ」

 あっけらかんとアルフィーが言い放ち、エラはそんなものなのか、と思い直した。確かにエラが情報を漏らした所で、エラの周りに今のところ王族を害したい人はいない。魔法が軍属魔術師より得意な人もいないし、現役軍人と渡り合おうとする人もいなーーー。

 そこで筋肉トレ趣味の父が浮かんで、エラは思わず渋面で父の顔を追い出した。

 ちょっと今出てこないで。

 父を頭から追い出すと、ちょうどバスがやってきた。

「これに乗るよ」

 忘れていた緊張を思い出す。

 これに乗ったら、プリンセス・エイブリーに会う事になる。自国の王女様に。世界的に有名な方に。

 萎縮してアルフィーに手を伸ばしかけたが、ハンナがいる事を思い出してエラは自重した。

 甘えちゃ駄目。

 きゅ、と拳を握りしめて手を下ろす。

 大丈夫よ。怖い人に会うわけじゃないんだから。

 エラはまた一つ深呼吸をしてバスに乗り込んだ。




 バスは電車と同じく立ち客がいるくらいには混んでいるので、アルフィーはエラとハンナを座らせて自分は立っていた。

 アルフィーはちらりと目の前の座席に座るエラを見た。また一つ彼女は溜め息を吐き出していた。

 横顔にかかる濡羽色の髪のせいもあるかもしれないが、心なしか顔色が悪く見える気がする。よほど緊張しているのだろう。

 あまりにも溜め息が多いせいか隣りに座ったハンナも気にしているようで、ちらちらとエラの方を見ていたが、全くエラは気がつかない。

 今からでも帰してあげた方がいいだろうか。

 そんな考えが浮かぶが、お土産を持ってきているのに今から帰れと言うのも彼女の努力を無駄にするような気がする。

 とりあえず、家ではなるべく離れないようにしようと心に決める。母には過剰に歓待するなと鍵を刺してあるが、公務が絡まないホームパーティーでは母は舞い上がりがちだ。調子に乗ってエラを質問責めにするかもしれないし、破邪退魔の魔石を作ってくれとか無茶を言い出しかねない。

 ハンナがいるのは幸いかもしれない。完全に一般人で歳下なので緊張する必要のない相手のはずだから、ハンナが話に混ざれば少しは気が楽かもしれない。

 それより心配なのは、母に会った後でエラに避けられる事だ。荷が重すぎると及び腰になり、今後の付き合いは控えたい、とか言い出したらアルフィーは死にたくなるだろう。

 そんな事はないと思いつつも、母の事を知って疎遠になってしまった友人を思い浮かべるとそうとも言い切れないのが悲しい。

 エラはそばにいてくれるだろうか。

 そんな心配を振り払うように、アルフィーは本当に小さく息をつき、前方に視線を移した。

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