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花の日 8

今日は短いです。

 ハンナはアルフィーから貰ったハンカチを大事に鞄に仕舞った。

 初めてアルフィーからちゃんと物を貰った。これは自分だけのもの。

 でも、何だか思ったほど嬉しくないのは何故だろう。

 この胸を刺す痛みは何だろう。

 昨日見た、黒髪の女性と笑い合う従兄を思い出すたびに胸が疼く。

 あんな風に女の子と笑い合うアルフィーなんて見たくなかった。

 ハンナの知るアルフィーは、伯母に似て優しい顔つきをした穏やかな青年だ。勉強も魔法もできて、スポーツは並だが背も高くて、多少のわがままを溜め息をつきながら、でも仕方ないなあと笑って許してくれるーーーいつか恋人ができたら彼みたいな人がいいと漠然と思っていた。

 だから、勝手に強い理想をアルフィーに抱いていた。勝手にアルフィーの恋人には、誰もが羨むような完璧な美人だと思っていた。だからといって『完璧な美人』が具体的に思い浮かべられるわけではないのだけれど。

 ーーー本当は分かっている。

 アルフィーだって、ちょっと特殊な出自なだけで普通の青年だ。ハンナの理想通りに動くわけではないし、いくらハンナの理想とは違う女を彼女にしていたからってハンナが口出しできるわけでもない。彼が恋人と朝まで過ごす事が悪いわけでもない。

 だからアルフィーが悪いわけじゃないし、ましてや昨日見た黒髪の女性が悪いわけでもないのだ。

 なのに、昨日は理想通りにいかないからと八つ当たりをしてしまった。何も知らない彼女の事を悪く言ってしまった。

 自分は酷い奴だ。理想通りにいかない、醜い嫉妬でアルフィーを傷つけた。

 現実は理想通りにいかない事など分かりきっていたはずなのに。

 睨みつけてきた緑色の瞳を思い出す。いつもは慈愛に満ちた妖精の月の瞳は冷徹な光に代わり、睨みつけられた後はハンナを見てくれる事はなかった。

「……明日、ちゃんと謝ろう…」

 あの緑の目に、もう一度自分を映してもらうために。

 あんなに素敵な従兄と、自分の馬鹿な行いのせいで絶縁されるのは嫌だ。

 ーーーハンナの子供時代が一つ終わろうとしていた。




 

 翌日、従兄弟達と叔母は父方の祖父が待つコーリーへと帰っていった。

 最後にハンナが真摯に謝ってきたのには驚いたが、ちゃんと反省したらしい従妹にいつまでも怒りを引き摺るのも馬鹿らしいし、怒り任せに魔法を使ってしまったのでおあいこだとアルフィーは許した。

 従妹との喧嘩も理想的な形で終わり、アルフィーは清々しい気分で家で寛いでいた。フランマに行こうかとも思ったが今日は特に課題もないし、学会もないし、二階を使わせてもらう理由がないので、エラの仕事が終わる時間に行こうかと思っている。

 だからエラがくれたアップルパイを齧りながら、パソコンのパズルゲームに興じていると、近くに置いていたスマホが鳴った。

 誰だと思いつつスマホを見ると、そこには意外な人物の名前が表示されていた。

「アルヴィンから?」

 それは王位継承権第二位の従兄。王太子の息子からだった。

「もしもし?」

『よ、アルフィー。久しぶり』

「久しぶり。どうかしたか?」

 アルヴィンは歴史が大好きな従兄である。将来の王として必要なこの国の歴史知識は勿論、世界の歴史に詳しく、国内外問わず遺跡というものが大好きだ。公務で遺跡と呼べるものに行くと、毎回現地を案内する学芸員なんかを質問責めにし、沢山の知識を持って帰ってくる。

 将来、国王になるなんて道筋が決まってなければ間違いなく歴史学者になったね、と本人が笑うほどだ。

 そんな気さくな従兄だが、体に爆弾を抱えている。魔力不全という厄介な病気に罹っているのだ。

 この病気は現在有効な治療法がない病気で、体のどこかで滞った魔力が臓器に影響を与えるものだ。その影響を与えた臓器が心臓だった場合、突然死もありえる。

 今のところアルヴィンは心臓に影響はない部分が病巣となっているらしいが、いつ他の部分が魔力不全を起こすか分からないため、病状は落ち着いているのにとても不安定な状況だ。

 そのせいで彼は思うように公務に励めない事も多いし、魔法だって使えないし、なんなら入退院だって繰り返している。

 そんな従兄からの電話にアルフィーはまたアルヴィンが入院したのかと思った。入院中は暇なので、よくアルヴィンから電話が掛かってくるのだ。

 しかし、そんなアルフィーの心配は大きく裏切られて、アルヴィンは興味津々といった様子で電話口から質問してきた。

『お前、彼女ができたんだって?』

「…………そうだけど」

 突然何だ?と間を空けて答えると、アルヴィンは電話口で歓声を上げた。うるさくて思わず耳からスマホを離した。

『本当にか!?妄想とかじゃないよな!?』

 妄想って。

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

『いやー、叔母さんが言ってたの本当だったかー。今度、連れてこいよ。爺さんと婆さんが大喜びして、すでに料理人に若い子の好きな料理は何だろうって相談してるぞ』

「……止めてくれ」

『無理だろ。うちの母も大喜びしてるし』

 アルフィーは天を仰いだ。

 王宮に住む親族は母以上に厳重に守られており、また公務も多いため、なかなか親しい友人と会って交流するだの食事をするだのが難しい。

 そのせいか、とにかく人が招ける口実ができると嬉々として招きたがる傾向がある。

 が、それはアルフィーの知る限りアルヴィンやその妹の学友とかに向かっており、自分に向くとは思っていなかった。

『で、いつ来る?』

「連れていくわけないだろ…」

 どう考えたってエラの重荷にしかならない。結婚とか考えている段階で祖父母に紹介するために連れて行くならまだしも、まだ付き合っているだけの彼女を王宮なんかに連れていったら萎縮してしまう。

 何より。

「まだ母さんにも会わせてないのにそっち連れていくと思うか?」

『そりゃそうだ』

 からりとアルヴィンが笑う。両親に会わせてないのに王宮の祖父母に会わせる事はまず無いと思う。

『ま、爺さん達が喜びに暴走してるだけだから、適当に止めておくよ』

「助かる」

 ふざけながらも話の分かるアルヴィンに短く息を吐き出して、アルフィーは従兄と二言三言言葉を交わしてから電話を切った。

 そしてパズルゲームに意識を戻してアップルパイを食べつつ、夜はまたエラのご飯が食べられたらいいなと思った。





書き溜めていた分が大分消費されたので、毎日更新はここまでです。また不定期更新に戻ります。


読んでいてくださる皆様、本当にありがとうございます。書く事が遅くてごめんなさい。

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