花の日 1
二人が恋人という関係に落ち着いてから、一ヶ月が経過した。
「こんにちは」
「おう、アルフィーか。エラなら郵便局に行ってるぞ」
「あら、アルフィーが来るならもう少し後で行かせるんだったわね」
フランマのベルを鳴らして訪れたアルフィーを、ルークとシンディの夫婦が出迎えた。
相変わらず、アルフィーはフランマに顔を出しては二階で勉強をさせてもらっている。
二人の関係は何故か早々にシンディに見抜かれて、当然ルークにも筒抜けになった。
知られた以上はエラの為にもフランマに来るのを控えようかと思ったが、
「節度を持って接せれば問題ないから、ここに来ないなんてそんな馬鹿な事考えないでね!?」
と何故か思考を読み取ったシンディに釘を刺されて、どうやらアルフィーもエラと同じく息子のように二人から思われているらしい、と気が付き、アルフィーは今まで通りにフランマに来ている。
当然、仕事中のエラにちょっかいを掛けたりもしない。エラも仕事中は魔石に夢中で、はっきり言おう、そういう甘い雰囲気になる事が皆無だ。
というか、二人の休みもなかなか合わないし、付き合って一ヶ月経っているのにキスの一つもしていないのが現状である。
まあ、お互い手探りで付き合っている段階だし、エラは何故か一心不乱に魔法付与を練習していて、仕事終わりのデートも疲れ切ったエラをアパートに送って終わり。
俺の恋敵は魔石だなぁ、と何度思った事か。
ちなみに、変わったのは二人の関係だけではない。
「郵便局?配達ですか?」
「そうなの!ほんと、こんなに注文が来るとは思わなかったわ」
魔石工房フランマは通販を始めた。
エラがヨルクドンで知り合ったエレノアに頼んで通販のやり方を教えてもらい、通販を始めた事をあの時知り合った大学生達に知らせた所、ガルドカレッジ生が何人も通販で買い物をしたらしい。
そうすると、遠いガルドカレッジから中心に話が広がる。コブランカレッジ同様、名門大学の魔術科の生徒が買ったと聞けば、買い手側としても安心なのだろう、飛ぶように、とはいかないが通年ならとっくに落ち着くはずの身を守る為の魔石の注文が後を絶たないらしい。
おかげで寸志が出た、とエラが喜んでいた。何に使うのか尋ねたら秘密だと言われたので、何に使ったのかは知らない。
店に客がいなかったので、三人は雑談に興じた。
「もうすぐ花の日ね。エラに何を送ろうかしら」
うきうきとそう言うのはシンディだ。
本当にエラは師匠夫妻から愛されてるなぁ、と思いつつ、アルフィーも「そうですねぇ」と相槌を打つ。
花の日とは、春の訪れを祝う国民の祝日だ。
そして春に浮かれた妖精達が娘を連れ去っていかないように、女性に贈り物をする日でもある。
ラピス公国の昔話だ。
その昔、春の訪れを知らせる妖精達がとある村で花のように可愛らしい娘達を見つけた。
春の訪れを喜び、歌い、踊る娘達を、妖精達は自分達の春の宴に招待しようと声をかけた。
春に浮かれた娘達は大喜びで、妖精達の誘いに頷いた。
ただ一人の娘を除いて。
その娘だけは頭に飾った大切な人に貰った髪飾りが熱いから行かない、と言って妖精達の誘いを断った。
それならばと妖精達は頷いた娘達だけを連れていった。
妖精達の宴に招待された娘達は楽しく過ごした。どれだけ食べても飲んでも減らない食事、温かな気候、楽しげな笑い声、いつまでも続く音楽ーーー知らない間に娘達は宴の虜となり、人間界の事など忘れてしまい、いつまでも妖精の世界から帰ってこなかった。
ただ一人残った娘は家族と生涯を全うした。
その妖精達が現れて娘達を誘ったのが花の日だと言われている。
そんな御伽噺があり、身に付けるタイプの贈り物をすれば妖精の魔法から贈り物が娘を守ってくれる、逆に妖精の世界に行きたい娘は贈り物を受け取らなければいい、という風習になった。
ちなみに、この御伽噺で人間界に残った娘に髪飾りを贈った『大切な人』は誰なのかは分からない。子供向けの絵本によっては分かりやすく両親だったり、恋人だったり、兄弟だったりするが、本当は誰なのかは学者の間でも諸説あり、そのため大切な女性を妖精から守りたい人が、その女性に贈り物をする日になっている。
なので、この女性とは女児も含む。
なんなら最近は男児も含む。これは男の子も連れ去られたら困る、というより、男女の兄弟で差が出るのを防ぐ為の意味合いが大きいだろう。
余談だが、ラピス公国内では最もプロポーズの多い日でもある。
「今年も金は出すからシンディが選べ。俺は分からん」
「うーん、何にしようかしら。去年は靴下にしたのよね」
「靴下?」
「そう、可愛い猫柄。ヘアゴムは一昨年あげたから、ちょっと変わり種」
「俺はどうかと思ったんだが、エラは喜んでたな」
「あの子、冷え性だもの。夏でも冷房とかで冷やしては指先温めてるから、絶対に喜ぶと思ったわ」
そう言われてみれば、夏にエルダーフラワーのコーディアルシロップをエラはお湯割りにして飲んでいた記憶がある。何でだろうと不思議に思ったが、あれは指先が冷えてたのか。
「今年は猫柄のハンカチにしようかしら。この前、可愛いのがあったのよね」
ちなみにエラは犬猫なら断然猫派だ。よく猫模様の雑貨なんかを見ると可愛いと手に取っている。
「アルフィーはどうするの?」
くるりと振り返ったシンディに話を振られて、アルフィーは頭を掻いた。
「決めてません」
「あら意外。ストーナプトンならコブランフィールドより色々売ってるでしょう?」
心底意外そうにシンディが呟く。
確かにコブランフィールドよりストーナプトンの方が店が多い分、あちこちの店で花の日の為のフェアをやっているが、ファンシーな店に男一人で入るのにはちょっと勇気がいる。
それにエラに言った通り、恋愛経験値ゼロのアルフィーは意中の女性にプレゼントを贈った事がない。何を贈ればいいのか検討もつかない。
「お恥ずかしい限りですが、今まで従妹に強請られてあげたくらいしかやった事なくて…」
ちなみにその従妹は父方の従妹で、あげたのはお菓子だ。文句を言われたが、当日に何かくれ、と言われて困ったアルフィーにはそれしか手段がなかった。
確か、従妹と一緒にいた女の子にもあげたなぁ…。
当時、高校生だったアルフィーはお小遣いを使ってお菓子を買ったので、従妹は文句を言いながらお菓子を食べていたが、その女の子だけは恐縮しながらも嬉しそうにしてくれた。
が、あれはノーカンだろう。能動的にあげたわけじゃない。年下の従兄弟達に構った結果だ。
「あらそうなの?意外ねぇ」
アルフィーとしては苦笑いするしかない。意外と言われても、本当にそれらしい事をした事がないのだ。
一応、喜んでくれそうな物に目星は付けているが、まだ決めかねている。
三人の雑談はエラが戻ってくるまで続いた。
花の日もフランマは通常営業だ。
むしろ、駆け込みで贈り物を買いにくる客の為に開いている。
なので、エラは仕事だ。
だから、アルフィーは当日の朝にプレゼントを渡そうと思っていた。
朝、いつも通り起きてきたアルフィーは、パタパタと走り回る母と、ソファーの上で死んだように眠る父を見つけた。三週間前に地方の遺跡にある古代魔法が何故か発動して、その原因調査に駆り出されていた父は、毎日夜遅くまで残業していたので疲れているのだろう。
そんな父だが、ちゃんと母にプレゼントは渡したようで、母は公務で着る服の胸元に生花を飾っている。父は毎年、魔法により美しく保たれた生花を贈っているのだ。
「おはよう、母さん」
「おはよう、アルフィー。朝からバタバタしていてごめんね。母さん今日公務だから」
「分かってるよ。王宮でしょ?」
「そうなのよー。あら?鍵をどこやったかしら?」
「ここにあるよ」
棚の上の写真の影に隠れていた鍵を投げて母に渡す。
キャッチした母が鍵を鞄に放り込み、次の瞬間にはスマホが無い!と騒ぎ出したところで、インターフォンが鳴った。
アルフィーが対応に出ると、いたのは案の定リサだった。今日は祝日の公務なので母に随行するのだろう。
「おはようございます、アルフィー様」
「おはよう、リサさん」
「きゃーー!リサが来ちゃった!?」
「…エイブリー様は何を探していらっしゃるんです?」
「スマホ。母さーん、今から鳴らすよー」
「お願い!」
母のスマホを鳴らしてあげると、キッチンの方から音がした。
世界中から完璧で素晴らしい王女だと言われている母だが、王女の顔をしなくていい家の中ではよく物を失くす。父曰く、王女の顔をしている時は物の扱い一つでさえ王族として恥ずかしくないようにしなければならいため、家の中では気が抜けて物の扱いがぞんざいになるらしい。
「見つけた見つけた!アルフィー、ありがとう」
「どういたしまして。いってらっしゃい」
「行ってくるわね」
スマホを鞄に仕舞いながら慌ただしく玄関にやってきた母は、一つ深呼吸をして王女の顔になった。
「では、行きましょうか。リサ」
す、と母が歩き出して玄関を開ける。姿勢や歩き方、全てが上品だ。
流石だなぁ、と思いつつ、母を見送る。外には護衛官達がすでにいた。
母を見送ると、アルフィーはブランケットを持ってきて父に掛け、自分は朝食を適当に作って食べた。
出掛ける準備をして、一週間前にようやく準備したプレゼントを持って、アルフィーは家を出ようとした。
出ようと思ったのだ。
二度目のインターフォンが鳴るまでは。
それがとても面倒な事態を引き起こすとは少しも思わず、アルフィーは眠る父の代わりに対応に出た。
段々と文字数が多くなっていく……。
バレンタインやクリスマスみたいなイベントが欲しくて作りました花の日。




