お泊まり(不本意) 3
話題になった映画だけあって面白かった、と言われたらそうでもなく、物語的には可もなく不可もなくという映画だ。
内容は完全ファンタジーで、人狼の血を引く青年が、不思議な力を宿した妖精の月の瞳を持つ女の子を、その力欲しさに襲ってくる悪人から守り抜く話だ。
たぶん、妹が見た理由は本当に流行っていたから、という理由だけなんだろう。エラでも分かるほど有名俳優が何人も出ていたし、背景のグラフィックなんかはとても綺麗でちょっと鳥肌が立った。
「この映画の『不思議な力を宿した妖精の月の瞳』って、魔石の伝説から来てるのかな」
唐突にそんな事を言い出したアルフィーを振り返ると、アルフィーはエラを見ていた。
「ほら、魔石の伝説にあるでしょ?妖精の月の石には全ての魔法が込められる、って」
「ああ、あの伝説ね」
ラピス公国では有名な伝説である。
妖精の月の石には全ての魔法を込める事ができる。
つまり、普通の魔石は石一つにつき魔法一つしか込められないが、妖精の月の石は魔術書のようにあらゆる魔法がいくつも込められる万能魔石になるという伝説だ。
だが、宇宙まで行ける時代である。妖精の月に降り立った宇宙飛行士が石を持ち帰ってきたが、魔石にはできなかった事はラピス国内では有名で、では妖精の月の石というのは何かの比喩ではないかとまことしやかに囁かれている。
ちなみに、美しい黄緑色の月はペリドットによく例えられるためか、ペリドットがその例によく上がる。
もちろん、ペリドットを使ったとて万能魔石にはならない。綺麗な黄緑色のペリドットは樹木の魔法を込めた魔石になるが、宝飾品としての位置付けが強いのでフランマではペリドットの魔石なんて扱った事がない。
そもそも樹木の魔法は名前の通り植物に関する魔法なので、一般的に使う魔法ではなく、どこかの企業や事業主からの依頼ーーー例えば林業や花屋などーーーが無ければあまり作る事がない。
「あの伝説がどうして目に関わるのよ。よくペリドットだ、とは言われるけど」
「あれ、知らない?王家って俺もだけど、妖精の月の瞳が多いから、あの伝説は王家の瞳を指してるんじゃないかって言われてるんだよ」
そんな事実を知らないエラは「そうなの?」と首を傾げる。
アルフィーはそんなエラに丁寧に説明してくれた。
「まあ、昔からこの国では妖精の月の瞳は美人の条件の一つだったし、そうなると王家に嫁いでくる人は妖精の月の瞳が多くなるから、今となってはただ遺伝的に多く出やすいってだけなんだろうけど、遺伝なんて分からなかった頃はそう言われてたんだってさ。王家って遺伝的に魔力量も多いから、あの伝説は王族を指すんじゃないかって」
「へえ…あ、だから?あの映画はその伝説を元にしてるって事?」
つまり、王家の瞳に喩えられる事もある伝説をあの映画は小さな女の子に置き換えたという事らしい。
「そう。魔石工的にはどうなの?あの伝説」
急に話を振られてエラは目を瞬いたが、すぐに口を開いた。
「私はあの伝説はトルマリン指すんじゃないかと思ってるのよね」
「トルマリン?」
「トルマリンって色んな色があるでしょう?妖精の月の色みたいな黄緑色のトルマリンもあるもの。だから、トルマリンならどんな魔法であれ、必ず込められる石があるっていう意味でそう言われたのかなって」
あくまで私の考えだけれど、と付け足したエラにアルフィーが「確かにトルマリンは色が豊富で有名だよね」と賛同する。
それが何だか嬉しくて少しだけ頬が緩む。
ふと時計を見ればお昼を過ぎていた。
映画も観終わってしまったし、そろそろ小腹も減っただろう。
「そろそろお昼ご飯にする?何か作るよ」
「手伝うよ」
また二人でキッチンに立って昼食を作る。
冷蔵庫と相談してメニューを決め、二人でのんびりと作っていく。
しかし、出来上がった昼食を平らげて片付けを終えると、またする事が無くなってしまった。
もうこの小さな部屋でアルフィーをもてなすのは限界である。
本気で困る。どうしよう。何もする事がない。
私一人なら洗濯とか色々やる事あるのに!
アルフィーは出掛ける事もできないから、二人で外に行く事もできない。
どうしよう…。
皿を念入りに洗って誤魔化していたその時、アルフィーのスマホが鳴った。
「はい、もしもし」
アルフィーが少しだけエラから離れていく。誰からだろう、と思っているうちに最後の皿が洗い終わってしまった。
アルフィーは「大丈夫」とか「平気だって」などと繰り返しているので、たぶん彼を心配した親族の誰かなのは分かる。
「分かったって。うん……うん。あーはいはい。じゃあもう切るよ。そっちも忙しいんでしょ?……はいはい。じゃあね」
ピ、と電話を切ったアルフィーは小さく息を吐き出して、エラの隣りに戻ってきた。
「誰から?」
「母さん」
思わずエラはぴし、と固まった。
今、電話の向こうにプリンセス・エイブリーがいたの!?
いや、何も慌てる必要はないけどね!?私無関係だし!
そうは思っても、一生接点の無かったはずの王族が電話の向こうにいるなど落ち着かない。
いや、アルフィーも王族の末端だけどね!?
「心配して一応、電話かけてきたみたい」
「…そりゃあ、心配するでしょうね…」
エラだって、家族が狙われてる、なんて言われたらさすがに魔石工の仕事だって放り出すかもしれない。
アルフィーは自身の危険に慣れているせいか、何ら怯える様子もなく済ませてしまうけれど、できればこんな事に慣れてほしくは無かった。
だって普通は犯罪者に狙われない。スパイ活動をしているわけでもないのに、常に気を張って身を守る事を考えなければならないなんて、そんな事を普通の人はしない。
ただ王女の息子だから、王位継承権を持っているから、それだけの理由で狙われ続けて、それに慣れてしまうなんて……悲しい。
「……私、大して頼りにならないけど、出来る事あったら言ってね。アルフィーの為なら頑張れるから」
昨日、アルフィーは言っていた。最初、エラの事は信用していなかったと。でも今は信用していると。
マテウスの言い方も引っ掛かった。
『アルフィーが他所で寝るなんて珍しいから休ませてあげて』
つまり、アルフィーが寝るなんて無防備な姿を晒す事はとても珍しいという意味じゃないだろうか。
アルフィーがエラの前でなら気を抜けるというくらいには信用してくれているのなら、少しくらいその信用に応えたい。
最も、頭の良さも魔法の腕も全く敵わないのだけれど。
……私って本当、役に立たないなぁ。
デイヴなら妖精が見えるし、ヨルクドンで知り合ったバッカスやエレノアなら頭の良さも魔法の腕もアルフィーと遜色ないだろう。きっとアルフィーの役に立てる事も多い。
でも、エラには何もない。まだ魔石工としても未熟だし、そもそも魔術科のアルフィーに魔石なんて基本的に必要ない。
自分で自分の言葉に少しだけ落ち込むエラに、予想外のアルフィーの声が耳に入った。
「……エラって、本当に人をたらしこむのが上手いよね」
「……はい?」
どういう意味?
直前の落ち込みを忘れて、何だか馬鹿にされたと思ってイラッとしたエラは隣りのアルフィーを睨んだ。
でも睨まれたはずのアルフィーは呆れた顔で笑っていて、同じ妖精の月の瞳が優しく細められているのに気がつくとエラは鼻白んでしまう。
あの瞳は駄目だ。勝てる気がしない。
だってアルフィーのあの優しい瞳はいつだってエラをそわそわさせてくれるが、同じくらい安心させてくれるのだ。
ーーー惚れた弱みだ。仕方ない。
仕方なくエラは認めた。
もうかなり前から好きだったと思う。いつからかは分からないけれど、それくらい自然と少しずつ好意が降り積もっていた。
だから、少しだけ大胆な事が言えるのだ。
「…たらしこむも何も、アルフィーに以外、こんな事、早々言わないわよ」
「え?」
「人の事、鈍感だって言ってくれたけど、アルフィーも大概鈍感だと思うわ」
ーーーそもそも、好きでもない相手と二人で旅行なんか行くもんか。
ぷい、と視線を逸らしたのは恥ずかしいからなのか、単純に腹が立ったのか。
だからアルフィーがどんな顔をしているかは分からない。
「ほら、片付け終わったし、次はどうする?うち、アルフィーが満足するようなゲームとか何もないんだけど?」
「…ちょ、エラ」
「あ、もう観ちゃった映画だけど面白いのあるけど観る?というかそれくらいしか娯楽らしい娯楽がな……」
「ストップ、ストップ」
捲し立てるように口を開くエラを、アルフィーが手で制する。
「何よ」
思わず睨む。ほんのり頬が熱い気がするが、気にしない。何故なら、目の前のアルフィーも片手で顔を覆ってるが、いささか頬が赤いから。
「ちょっと待って。色々予想外過ぎて頭の処理が追いつかない」
「……アルフィーって頭いいはずよね?」
「それとこれとは話が別」
頭がいい事は否定しないんかい。
まあ天下のコブランカレッジ生だ。否定されたら否定されたで腹立たしい。
顔から手を離したアルフィーが、困惑した表情でエラを斜に見つめた。
「あの、分かってる?ハッキリ言って俺、不良物件だよ?」
「どこが?」
不良物件って。別にアルフィーは浪費癖があるとか、女遊びが激しいとか、サイコパスの凶悪犯だとか、そんな事はないだろうに。
意味が分からず本気で首を傾げるエラに、アルフィーが俯いてガシガシと頭を掻いて、茶髪が揺れた。
「中途半端な身分だから、何かあるたびにこうやって軟禁されるし、いつか危険に巻き込む可能性だってあるし」
「でもそれ、アルフィーが悪いってわけじゃないでしょうが」
「そうだけど!いや、そうじゃなくて、そういう危険が他の人とは段違いなんだよ!?」
どうやら伝えたい事を上手く伝えられていないと勘違いしてもやもやしているアルフィーにエラは笑う。
そんなの一応分かってる。
でも最初に心配するのがエラの事なんだから、とんだお人好しだ。
だから、根拠もなく大丈夫だと思える。
少なくともアルフィーはエラに危険が迫ったら守る為の行動を起こしてくれるだろうと信じているから。
「そうなんだろうけど、あんまり実感ない」
「実感があったら困る!」
ちょっとアルフィーがバグっている気がする。
なんか新鮮。
いつもテンパっているのはエラで冷静なのはアルフィーなのに、今はそれが逆転している。
呑気にアルフィーを観察していると、立て直したのか、特大の溜め息をアルフィーが一つ吐いた。
「……白状するけど、俺、恋愛経験値なんて無いよ」
「奇遇ね、私もよ」
ずっと魔石に情熱を注いできたので。
エラの心を奪った、あの幻影の魔石からずっと魔石しか見てこなくて、妹には呆れられた。
そんな魔石に魅入られたエラがその情熱のままに好き勝手するのを、仕方ないなぁと笑って助けてくれるのがアルフィーで、だからこそ少しずつ好きになった。
また一つ溜め息をついたアルフィーが、そろりと腕をエラに伸ばしてエラの手を取り、確かめるように、慎重にエラに顔を近づけてくる。
エラは少しだけ肩を跳ねさせて、緊張に身を固くしたが、逃げはしなかった。
こつ、とお互いの額が合わさる。
それに少しだけホッとする。
今はこのくらいが丁度いい。
いきなりキスとかされても、恋愛経験値ゼロのエラはそれだけでキャパシティを超えそうだ。
エラはいつも通り、へにゃりと少しだけ上気した頬を緩ませた。
アルフィーがとんだヘタレだと自分を貶しているなんて少しも気がつかないで、幸せそうに微笑んだ。
その笑顔を見れば、アルフィーも自分のヘタレ具合なんてどうでもよくなる。
いつかのように、二人は額をくっつけて微笑みあった。
その日の夜までアルフィーはエラの家にいた。
結局映画を観たり、魔法陣について教えてもらったりして過ごし、恋愛経験値の低い二人は特別甘い雰囲気になる事もなく、のんびり過ごした。
夜にマテウスの部下だという人がやってきて、アルフィーが彼と一緒に帰っていくのを見送ったエラは、直前までしていた魔法陣の勉強に戻った。
うんうん唸りながら解いた例題の答え合わせに満足して次のページを捲ると、また魔法陣の説明が載っていた。
「防御の魔法陣……普通の防御魔法とは違うの?」
いや、普通の防御魔法は魔法陣ないから別物だろう。
魔法陣の図形を必死に読み解いていくと、普通の防御魔法が人や物に使うのに対し、この魔法陣の防御は建物などに半永続的に使えるらしい。
「防御……防御かぁ……」
頭脳も魔法の腕もアルフィーには敵わないが、少しくらい役に立ちたい。
昼間に芽生えた想いから、エラはぼんやりと考える。
エラが唯一アルフィーより優れていると言えるのはのは魔石の技術だけだ。あとは料理か。
でも料理ではアルフィーの役には立てないので、やはり魔石工としての技術しかない。
何かないかなぁ…こう、アルフィーの役に立てる事…。
たぶん、アルフィーが欲しいのは安心なのだ。ふらふら出歩いても狙われないという安心、あるいは命が脅かされない安心。
オータムフェスティバルの時のように、不意打ちで命を狙われるのが日常茶飯事に成り下がってるなんて、そんなの、やっぱりおかしいし、悲しい。
「不意打ちから守るような魔法とかあるの?」
家にある魔術書なんて高が知れているが、エラは目次で確認していく。
目ぼしいものを開いていくが、なんかしっくりこない。
試しにネットも使ってみるが、他の魔法まで検索で引っ掛かっていまいち分からない。
「うーん…明日店で調べるか…」
フランマならルークの蔵書がある。アルフィーが気に入るくらいだから、何かいい魔法が見つかるかもしれない。
次の夜勤は役に立ちそうな魔法探しに専念する、と決めてエラは自分の魔術書を閉じた。
人物紹介(一旦、終了)
マテウス・グレイ
ラピス公国の軍人。軍属魔術師。淡い金髪にブルーグレーの瞳を持つイケメン。天才。だけど天才過ぎて人に理解されない事が多かったので、ひょうきんで柔和な仮面を被ってる。結構苛烈な面もあるので怒らせると怖い。アルフィーが人を信用するのが苦手なくせに人間関係をそつなくこなせるのは、マテウスを見本にしてるところが大きい。モテる。
彼の話もいつか書きたい。
プリンセス・エイブリー(エイブリー・ホークショウ)
アルフィーの母親。金髪にアルフィーと同じ色の瞳。結婚して王宮出てるけど、王女の身分は持ってる。基本多忙。多忙なせいで、アルフィーが父親っ子になったのが少し悔しい。でも夫も息子も愛してる。世界的な有名人。




