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ヨルクドン 7

 部屋の前でアルフィーと別れたエラは、毛布と寝袋に包まれると今度は疲れからすぐ眠りに落ちた。

 次に目を覚ました時はスマホのアラームが鳴った時で、エラは起き出して支度を済ませると、寝袋と毛布を委員会の人達に返してアルフィーやルーク達と合流し、朝食を取りに町へ向かった。

 バイト学生の為に開かれている食堂で朝食を食べていると、昨日エラに助け舟を出してくれた女子大生も何人かの女子グループでやってきて、エラを見つけると親しげに手を振って隣りに座った。

「昨日はありがとうございました」

 そういえばろくにお礼もしていなかったと思い至ったエラが女子大生に礼を言うと、彼女は事実を言っただけだと笑った。

 改めて自己紹介すると、彼女は笑顔を見せる。

「あら偶然。私もエラって呼ばれてるの」

「そうなんですか?偶然ですね」

「愛称だけどね。エレノア・ベイリーよ」

 なるほど。だからエラなのか。

 エレノアはエラの一つ上だそうで、来年は就職しているだろうから今年が最後のバイトだったらしい。活発そうなショートヘアは焦茶色で誰にでも愛想がよく、眩しいくらいの笑顔を見せ、考えるより行動!という印象を受ける。でも薄い茶色の瞳は聡明な光を宿しており、それが見た目とのギャップを生み出していた。

 歳が近く、話し上手なエレノアの話に相槌を打っていると、更にアルフィーの友人だという人達が食堂にやってきた。

 アルフィーが紹介してくれたバッカス・ベインはエラやアルフィーと同い年のコブランカレッジ生で、バッカスに付いて来たというアルジャー・ブレイスガードルはガンドカレッジ生らしい。

 ちなみに、ガンドカレッジも名門大学である。

「にしても昨日のエラはかっこよかったわ」

「魔石の説明なんか分かりやすかったよね」

「そ、そんな事……」

「それ思った!確かに魔法を大きくしたり小さくするのに呪文や魔法陣が変わる事ないもんねぇ」

「言われてみれば、魔力を流し込むのって人によって差異があって当たり前なのに魔石ってみんな同じ効果になるから、魔石側で何かしらの処理してるのが当たり前だよね」

「あ、はは……」

 歳が近いためか、集まったバイト生は昨日のエラの働きぶりを称賛してくれる。

 が。

 この人達、全員私より頭いいのに居た堪れない…!魔石工の常識を語っただけなのに…!

 ここにいるのはコブランカレッジを始めとした名門大学に通う魔術師の卵達ばかりで、エラがコブランフィールドに出て来なければ、絶対にこんな風に話す事は無かった人達だ。

 そもそもエラは頭が良くない。もし大学に進んだとて、彼らの通う大学は絶対に目指さなかった。

 だから、彼らと話す機会なんて一生無かったはずだったのに、確実に賢い彼らに褒めてもらうなんて変な感じだ。

「良かったら連絡先、交換しましょ!」

「私も!エレノアから聞いたわ!姿隠しの魔石、私も欲しいの。使うのは妹だけど」

「そういえば通販ってやってないの?俺も見てみたいんだけど、ガンドカレッジだからコブランフィールドは遠いんだよな」

 通販。

 エラは戸惑いつつ、ルークを見た。

 ルークも気まずげに頭を掻いており、シンディも目が泳いでいる。

 三人とも、通販なんて考えた事はあっても通販サイトを運営する自信がなくてやった事がないのだ。

「そういえば、フランマって通販やってないよね?」

 フランマを良く知るアルフィーの追い討ちにうぐ、と三人が固まる。

 その様子で何となく察したらしい。

「…ネットショップサービスを使えば楽だと思うけど」

「わ、私も店長もシンディさんも、そういうの苦手で…」

 魔石工なんて超アナログな職人にそんなハイテクな事できない。

 と、心の中で言い訳をする。

 そんなエラにエレノアが気さくに話しかける。

「あら、そんなに難しくないわよ。私、アクセサリー作るのが趣味で使ってるから、よかったら教えるわ」

「か、考えておきます…」

 うう、ただでさえ苦手な古代文字やら魔法陣に苦戦してるのに更にネット販売まで……。

 いやいや、これ決めるのは店長だし。

 どうするかは分からないが、とりあえず今考えるのはやめよう。

 その後は歳の近い人達と楽しくおしゃべりをしながら朝食を取った。

 アルフィーがあまり話さないのは気になったがバッカスが話しかければいつも通りだったし、アルジャーに話を振られれば受け答えをしている。考え過ぎか。

 朝食を食べ終わると、エラはルークと共に委員会の人達に挨拶をして仕事を終えた。

 砦は今日の夜から観光客を迎え入れるためにバイト学生達はそれぞれの手段で帰り始め、砦を運営する関係者が出入りしている。

「エラはこの後どうするの?」

「昨日は資料館しか行けなかったので、アルフィーと観光して帰ります」

 シンディの質問にエラは当初の予定を伝えた。

 それを横で聞いていたルークが「そういえば」と切り出した。

「エラは明日も休みでいいぞ」

 驚くエラに、突然休み宣言をしたルークは荷物を車に積みながら続けた。

「昨日はほとんど仕事してただろう。ちゃんと休みは必要だ」

「あらあなた、気が利くじゃない。普段からそうならいいのに」

「悪かったな、普段は気が利かない男で。ーーーとにかくエラは休みだ。お前がヨルクドンの砦についてしっかり調べたからあんな美しい砦が再現できたんだし、折角の旅行を台無しにしてまで頑張ったんだ。ご褒美だとでも思っておけ」

「あ、ありがとうございます!」

 エラはパッと顔を輝かせた。

 仕事は好きだが、やはり休みも好きだ。

 資料館に行ってみるというルーク達と別れて、エラはアルフィーの車に向かった。





「弟子が弟子なら師も師だなぁ…」

「何が?」

「資料館に真っ先に行くのがそっくりだなって思って」

「昨日店長が作った砦の魔石、私の試作を元に作っただけだから、ちゃんとどんな魔法だったのかを知りたいんでしょ。言われたままに魔石作って、それが変な物だったら大変だもの」

「確かに」

 約束通り、エラとアルフィーは小さな観光街を歩きながらお土産屋を見て回った。ヨルクドンの冬の間の保存食やこの辺りの名産などが所狭しと置かれている。

「ところで、あの詐欺の件はどうなったの?」

「さあ?これから委員会の人達がどうするか決めるんじゃない?とりあえず店長も私も鑑定の証言はするって言ってあるから、必要ならフランマに連絡が入るよ」

「そっか」

 詐欺を働いた魔石工がどうなるかは分からない。それを決めるのはエラではないし、委員会の人達に一任するしかないだろう。

 昨日を思い出して、少し苦い思いが溢れる。

「…結構、ショックだったの。私の知ってる魔石工って店長もディランおじさんも、みんな凄い人ばっかりだったから。魔石工なのに詐欺を働くなんて、って。世の中、皆がみんな善人なわけないのに」

「エラ…」

「馬鹿だよねぇ、私」

 昨日ぐちゃぐちゃだった感情を整理しようと弱々しい声に出す。

 エラは魔石工に憧れが強い。神聖視してると言ってもいい。

 憧れの職業についている人達は、きっと皆が善人だろうと無意識に思っていたのかもしれない。

 そんな憧れが詐欺を働いていると知ってショックだった。

 そのショックに加えて、魔石を鑑定して詐欺を見抜いたプレッシャーやら、試作を作る緊張や成功した喜びや、寒さからくる疲れやらで昨日は感情がぐちゃぐちゃになっていて、だからアルフィーを真っ直ぐに見た瞬間にぐちゃぐちゃな感情のままに泣き出してしまったのだーーーと、今なら分かる。

 だってアルフィーがエラを見る時、彼は絶対に優しい瞳をしているから。

 だから無意識に安心してしまう。

 沈鬱な雰囲気にしてしまったので、エラは目についた砦のスノードームを手に取って、わざと明るい声を出した。

「わあ、可愛い。一個買ってこうかな」

「……俺はさ、人の悪意に晒されて生きてきたから、周りを全て疑ってる」

 唐突にアルフィーが零した。

 何を言い出すのかとエラがアルフィーを見ると、アルフィーは適当なお土産を手に取りながら寂しげに続けた。

「俺が無条件に信じられるのって両親と親族だけなんだ。もちろん、今はエラも信じてるし、デイヴやバッカスも信じてるけど、幼馴染のデイヴはともかく、エラやバッカスの事だって最初は警戒してたよ。だから真実を言わなかった」

 ふ、と彼自身を軽蔑してるかのようにアルフィーが鼻で笑い、苦しそうに眉を顰める。

「初めから誰も彼もを疑ってかかるより、エラみたいに善人だって信じてる方がきっといいよ。だから、エラのショックは当然だし、馬鹿じゃない」

 危険に晒されず、呑気に生きてきたエラには絶対にわからないアルフィーの苦悩。

 でも、とエラは反駁したい気分だった。

 警戒する事自体は悪い事でも何でもない。寧ろ、正直者が馬鹿を見るという程だ。何でも信じてしまっていてはいつかきっと騙されるので、ある程度の警戒は必要な事ぐらいさすがにエラでも分かる。

「じゃあ、私とアルフィーを足して割ったら丁度いいね」

 あえて明るく言うと、アルフィーが目を見開いた後に片手で顔を覆って特大の溜め息を吐いた。

「…ほんとエラって……」

 その言い方が呆れていたので、エラはムッとして口をへの字に曲げた。

「何よ」

「何でもないよ」

「嘘。絶対に馬鹿にしてるでしょ!」

「してない。呆れてるけど」

「何ですって?」

「ほら、次行こう、次」

「え、じゃあ待って。さっきのスノードーム買う」

 エラは慌ててスノードームを会計に持っていった。





 その年のヨルクドンの青雪の砦は波打つ青い結界が有名になり、例年より更に観光客が訪れ、大成功を収めた。

 もう高齢で山を降りてしまった元ヨルクドン住まいの百八歳の老人がテレビのインタビューに答えていた。

「子供の頃に見たきりの、あの景色をまた見れるとは」




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