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ヨルクドン 6

 ルークは砦を照らす魔石だけでなく、各部屋や廊下にある光の魔石を全て鑑定していた。

 氷の天井から吊り下げられた鋼の入れ物から魔石を取り出しては鑑定して元に戻す。

 骨の折れる作業だが、外のライトアップ用の魔石が粗悪品である以上、全ての魔石を調べるのは雇われた魔石工として当然の事だった。

 もう委員会が望むライトアップ用の魔石は作った。後はこの砦の魔石を全て調べ、ライトアップをしてみるだけだ。

 エラの試作の方も後で試して、どちらが良いかは委員会に決めてもらう。

 ふ、とルークの口元が緩む。

 愛弟子は粗悪品を見抜いたし、試作も楽しみだ。きっとできるだろう。

「店長!店長!」

 そんな事を考えていたら、愛弟子がルークの所へ駆けてきた。

 その顔を見れば分かる。

 だからルークは短く聞いた。

「できたか?」

 エラは真剣な顔で頷いた。

「はい!」

「なら、実演だ」




「おかえり。彼女、大丈夫そうだった?」

「おう」

 魔法付与が成功して、ルークの元に行ったエラと別れてアルフィーはバッカスやアルジャー達が集まっている場所に戻った。

「夜なのにあんな吹きっさらしの所にずっといるからびっくりしたよ」

 そばかすが散った顔を見て、アルフィーは短く「教えてくれてありがとう」と言った。

 エラが凍えてないかと一番最初に心配したのはアルジャーだった。

 砦の中で仕事をしていたアルフィーと違い、アルジャーは外で仕事をしていたらしく、ルークがテントに戻っても一向に戻らないエラを心配してアルフィーを呼びに来てくれたのだ。

 それを聞いたアルフィーはすぐにバッカスに仕事を任せてエラの所へ向かったが、あんなに凍えているとは思わなかった。

「彼女、あんな所で何してたんだ?」

「魔石作ってたってさ。一人の方が集中できるからって。今、ルーク…あーっと、彼女の師匠の所に持っていってるから、もうしばらくすれば砦のライトアップされるんじゃないかな」

 試作がどういう意味か、詳しく聞かなかったアルフィーには分からない。ルークがライトアップ用の魔石を作るのは分かるが、まだ見習いだというエラが作ったのはどういう魔石で、何の試作なのだろう。

 バッカスが差し出した温かい飲み物を貰い、口を付ければ冷えていた内臓が温まる。後でエラにもあげよう。甘い物が大好きだから、何か甘い物がいいだろう。

 適当に集まった学生達で他愛無い話をしていると、パッと砦が光った。

「やっぱりこうじゃなきゃな」

「おー、綺麗だな」

 雪の砦は青くライトアップされて美しく光っていた。三年間、毎年見ている光景だ。

 集まっていた学生達の数人が口笛を吹いたり、拍手を打って美しい砦を称賛する。

 しばらくすると消灯された。ひとまずの確認が終わったのだろうか。

「粗悪品の魔石だったんだろうけど、ライトアップの役割はちゃんと果たしてたんだなー」

 誰かがそう言った。

 まあ確かに。

 その点はアルフィーもそう思う。まあ詐欺なんてある程度本当だと思わせなければならないのだから、その点は間違えなかったのだろう。

「あーっ!疲れた!」

「どうなるかと思ったけど、明日からもちゃんと運営できそうだな、この砦」

「今年も頑張った!」

「いや、今年始まったばっかだから」

「そろそろ飯食いに行こうぜー」

 自分達が作った砦を心配していたのだろう学生達が、その憂いを取り払えたため、安心して夕飯を食べに行こうと移動し始めたその時。

 ふわり、と砦がほのかに明るくなった。

 それに思わず振り返った関係者全員が息を呑んだ。

 それはアルフィーも同様で、思わず目を見張った。

「……これ、作ってたのか…」

 呆然とする関係者の眼前にあるのは、流れる大河のようにゆるりと波打ち、青く発光する結界に覆われた砦だった。砦を形作っている雪や地面に降り積もった雪が結界の揺めきを柔らかく反射して、青雪と言わせるためだけに青くライトアップするよりよほど風情がある。砦の明かりも、波打つ結界に内包されたせいで金の光りをゆらゆらと揺れており、まるでそこだけが水の中のようだ。

 それに『青雪の砦』と形容された理由が今は分かる。

「……青い、雪だ」

 青く発光する結界は、天から降ってくる雪にも柔らかく反射し、その光を反射した雪は青白く光っている。

 この結界が、かつて町全体に施されていたのなら、山間部にあり縦長の町であるヨルクドンはまさに青い雪が降る砦のようだったのだ。

「これが本物か……」

 この三年間で一番美しい砦だと思った。

 きっと今ここにいる全員が思っているだろう。

 ただライトアップするより、こちらの方がよほど美しく、観光資源としても適切であるとーーー。





 結局、エラはアルフィーと夕食を食べに行く事ができなかった。

 というのも、エラが作った試作の魔石を是非今後も使いたいと委員会が申し出、ルークや委員会の人達と流動の魔石を作る為に短時間であれこれ委員会側の要望を聞き、さらにそれがまとまるとルークが新たに魔石を作り直している間に、砦中の光の魔石を鑑定して回ったからだ。

 夕食はシンディが調達してくれた。

 ルークが作り直した新しい魔石に更に注文が入り、食事を食べながらルークと委員会の希望を叶える為に魔石のアイディアを出し合い、突貫工事で魔石を作り上げる。

 超特急で働きまくり、気がつけば夜中近くに砦の個室に案内されていた。

 寝袋や毛布を渡されて、疲れ切っていたエラは説明された通りに毛布や寝袋を使って寝る準備を始めたのだが。

 ーーー眠れない……。

 はあ、と溜め息を吐いてエラは身を起こした。

 じゃあ何かしようと思っても、憧れの雪と氷で作られた部屋に泊まれたのに、疲れ過ぎているのか写真を撮ろうとか妹に自慢しようとか、そういう考えが浮かんでも実行に移せない。

 のろのろとエラは寝袋から出てくると、しっかり着込んでから部屋の外へ出た。

 散歩でもしよう。まだ砦の中、ゆっくり見てないし。

 当ても無く砦の中を歩いていると、塔に出たので何となく階段を登る。

 中世の再現度が高い塔は、屋上に出られるようになっていて、重たい雪の扉を開けてエラはそっと屋上に出た。

 空には水面の結界があり、水の中から夜空を見上げているようで、結界の向こうには町の明かりが見える。

「……きれい」

 これが町全体を覆っていたのなら、どれほど美しかっただろう。

 ぼんやりと外の景色を見ていると、寒さにくしゃみが出た。

 でも戻る気にならなくて、ただぼんやりと外を見ていると、閉めたはずのドアが開く音がした。

 誰だろう、と思って振り返り、エラは目を見開いた。

 それは相手も同じで、エラと同じ妖精の瞳を見開いている。

「エラ?」

「アルフィー?」

「いや、何してんの?今、夜中」

「それこっちのセリフ。アルフィーこそ何してるの?」

「俺は寒くて目が覚めたから車に毛布取りに行ったんだよ。そしたら屋上にエラがいたから気になって来ただけ」

「ええ……」

 思わぬ理由にエラは何と返せばいいのか分からなくなる。

 よく見れば、確かにアルフィーは小脇に毛布を抱えているので、本当に心配してきてくれただけだろう。

 なんせ数時間前に凍えていたばかりだ。

「エラは何してたの?」

「…別に」

 聞かれても答えられない。

「ただ外を見てただけ」

「そう?あー寒…」

 毛布を羽織りながらアルフィーがエラの隣りにやってきた。

 ちょっと毛布を羨ましく思い、寒いなら戻ればいいのに、と意地悪な事を考える。

「なんかごめん」

「え?」

 急に謝ってきたアルフィーが何に謝っているのか分からず、エラは首を傾げた。

 そんなエラの顔を真っ直ぐに見て、アルフィーは苦笑する。

「折角休み取ってもらって旅行に連れてきたのに、仕事させちゃったからさ。ゆっくりする暇なかったでしょ?」

「そんな事ないよ。資料館は楽しかった」

 まあ、確かに昼からは、特に夕方からはバタバタしていたけれど。

「こんなに綺麗な結界も見れたし」

「そういえば、これ何の魔法なの?」

「流動の魔法って書かれてた」

「あれってこんな使い道あったの?危険物を動かす以外で使ってるのなんて見た事ないんだけど」

 それこそ使い方を知らなかったエラは「あの魔法、そんな風に普段は使うんだ」と思ってしまう。

 答えあぐねるエラを他所に、アルフィーは「あ、そうか。あの魔法は液体を包んで動かすから反転すれば雪崩を受け流せるのか」などとぶつぶつ呟いている。

 エラにはよく分からない。資料館で見た情報を元に魔石を再現しただけだ。

「寒っ……そろそろ戻ろう」

 アルフィーが手を差し出して、砦の中へ誘う。

 でもエラは首を振った。

「もう少しいる」

「いやいや、風邪引くよ?ここの気温分かってる?」

「…っくしゅ!」

「ほら、言ってるそばから…」

 溜め息をついたアルフィーから視線を外して、ただ水面のような結界を見る。

 何でこんなに気分が沈んでいるんだろう。

 初めてルークから魔石を作るよう言われて、一歩かもしれないけれど成長したかと思ったのに。試作とはいえ、お客様に見せる魔石を作れたのに。

 嬉しいはずなのに何で。

 どうしてだか溢れそうな涙を堰き止め、アルフィーに見られないように俯くと、肩に温かい物が掛けられた。

 驚いて肩を見れば、それはさっきまでアルフィーが羽織っていた毛布で、呆れた顔をしたアルフィーが斜め後ろに立っていた。

 妖精の月の瞳がかち合う。

「明日も長時間運転しなきゃいけないから俺は戻るけど、これ貸すからエラも本当に風邪引く前に戻……エラ?」

 ほろ、と堰き止めていた涙が一粒だけ零れ落ちた。

 そうしたら、涙の堤防は一瞬で崩れ落ちた。

 後から後から溢れてくる涙に、アルフィーの方がギョッとして慌てているなんて気がつかないまま、エラははらはらと涙を零し、両手で顔を覆って咽び泣いた。

「ちょ、エラ?何かあったの?それとも俺が何かした!?」

 とんだ勘違いをしているアルフィーに、顔を覆ったまま必死に首を振る。

 どうして泣き始めたのか自分でもよく分からない。

「…っ……ちが………っ、分かんな……」

「……エラ?」

 どうして涙が溢れるんだろう。どうしてこんなに悲しいんだろう。どうしてこんなに寂しいんだろう。

 いい事、あったのに。少しだけでもルークに認めてもらえたのに。

 なのに、何で。

 訳も分からず溢れる涙をどうにかもう一度堰き止めようとするが、上手くいかない。

「……後から怒らないでよ、エラ」

 アルフィーが呟いた言葉の真意を確かめるような余裕はエラには無かった。

 ただ、肩を引かれるままに足を少しだけ動かしたら目の前にアルフィーの肩があった。

「っ……」

 そこしか寄る辺がないように、エラは自分から手を伸ばしてアルフィーにしがみつく。

 ぎし、とアルフィーが固まった事なんて気付かず、エラはアルフィーに縋る。

 少ししてあやすように背中を撫でてくれる手の温もりを感じながら、エラはしばらく涙を零していた。






 肩を抱き寄せただけなのに、エラが抱きついてきてアルフィーは内心みっともないくらい動揺していた。

 何がどうしてこうなった!?

 そりゃ、少しの下心もなく肩を抱いたのかと言われたらそうじゃないけど!!

 でもこれは予想外過ぎる!

 エラが元気なら、普段平気そうな顔でエスコートだなんだってやるくせに!と怒られそうな事を考えながら必死に動揺を押し隠す。

 エラが泣いているので、表面上は何ともない顔をなんとか取り繕ったが、体はそうもいかない。

 つか、何で突然泣き出したの!?

 誰かに何かされたとか、自分が知らないうちにエラを傷つけたとか、そういうわけではないらしい。

 寒さではない理由で震えている細い肩があまりにも哀れで、落ち着かせようと毛布を被せた背中を恐る恐る撫でる。

 今日、そんな泣くような事あったっけ?

 愛おしく思っている存在を撫でながら、今日一日を振り返る。

 昼前に到着して、エラは資料館に行った。その後は魔石騒動で砦まで来てもらって魔石の鑑定をして詐欺を見抜き、委員会の人達にルークを呼ぶよう提案して、それが通った後は資料館でかつてあった魔石について調べてた。

 ルークが着いてからはルークと仕事をしていたし、離れていたのはアルフィーが駆けつけた魔法付与の時だけだ。

 資料館で何かあったのだろうか。

 ……いや、違うな。

 資料館に迎えに行った時も、ルークが到着して合流した直後もエラはいつも通りだった。

 もう一度今日を思い返して、アルフィーはふと思い至った。

 緊張が切れたのかもしれない。

 よくよく考えたら、エラは今までずっと魔石工を目指して働いていたが、アルフィーが知る限り、ルークの監視下にない状態で責任を全て負って魔石工として働いている所を見た事がない。

 店番は一人でもしているが、エラが店番をしてる時は魔石の鑑定やオーダーメイドの受付は行っておらず、店主不在のため後日の予約を取り直しているので見習いとしての責任は真っ当しているが、魔石工としての責任は今日初めて負ったのではないだろうか。

 しかも、他に誰の支援も望めない状況下で詐欺まで見抜いて、怖気付く事なく砦の為にできる限りの事をして。

 見習いの言う事を信じるのかと言われながら、それでも自分の鑑定を信じていた。

 ルークが来てからも任された魔石を作って、休みなく仕事をしていたから、一人になってからも上手く肩の力が抜けなかったのだろう。何が切っ掛けか分からないが、それが突然切れたのかもしれない。

「お疲れ様、エラ」

「うーー……」

「やっぱりエラが泣いてるの、俺のせいじゃん。俺が巻き込んで、色々仕事させたから疲れたんでしょ。たった一人で全部背負ってさ」

 腕の中でエラが泣いたまま首を振るが、勝手にアルフィーは話を続けた。

「エラを泣かせるの、二度目だね。ごめん」

 またエラが首を振る。

 優しいなぁ、と呟いて、落ち着かせる為に背中を撫で続けた。

 しばらくすると、エラの肩の震えがようやく治まり始め、涙を拭きながら体を離した。

 それを少しだけ名残惜しく思いつつも、エラが泣き止んだ事に安心する。

「ご、めん、突然、泣いて」

「いいよ、俺のせいだし」

 赤くなった目を擦るエラを見下ろすと、アルフィーに抱きついていた事を自覚したのか、丁度エラがじわじわと顔を赤くしていく所だった。

 ここで照れないで欲しい。

「……ほんと自惚れたくなる」

「っ……な、にが?」

「エラも大概鈍感だよね」

「………」

 赤い顔のまま、ぷい、とエラがそっぽを向くのに笑いながらアルフィーはエラから完全に手を離す。

 エラは体が離れて寒くなったのか、羽織っている毛布を胸の前で掻き合わせた。

 それ俺のなんだけどなぁ、と思いつつも騎士道精神を親族に叩き込まれているアルフィーは毛布を取り上げる事はしない。

 代わりに手を差し出した。

「ほら、戻ろう」

「…うん」

 今度は素直に頷いたエラに、少しホッとしてアルフィーはエラと屋上から砦の中に戻った。




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