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ヨルクドン 4

 黙々と本を読んでいたエラは、何度も響くバイブ音に気が付かなかったが、ふと意識が本から離れた瞬間にようやくスマホが鳴っているのに気が付いた。

「スマホ…スマホ……あ、切れちゃった」

 鞄の中を探っている間にバイブ音は鳴り止んだが、またすぐに鳴り始める。

 ええ?何事?

 スマホを探し当てたエラは画面に表示された名前に首を傾げた。アルフィーからだ。バイト中じゃないの?

 とりあえずアルフィーの電話に出る。資料館には自分しかいないので電話がうるさいと言う人も居ないだろうが、静かな資料館の邪魔にならないよう出入り口に向かう。

「もしもし?」

『もしもし、エラ?突然で悪いんだけど、エラって青い光を発する魔石って作る事できる?』

 唐突に掛かってきた電話は唐突な質問をしてきた。

 けれどその質問にエラは即答できる。

「無理。魔法の呪文を知らないもの」

 知らない魔法は魔石にできない。当たり前である。

『呪文は俺が教えるって言ったら?』

「二、三回で壊れる魔石でいいならできる。たぶん」

『だよね…』

 まだ私が未熟なの知ってるわよね?と言いたい気分だが、アルフィーはどうやら真剣に問いかけているらしい事を察してエラは自分から話を振った。

「何?どうしたの?」

『…この砦って、観光客用に魔石が置いてあるんだ』

「え!?そうなの?知らなかった」

 そんな事実を知らなかったエラは素直に驚き、今日か明日見に行こうと決める。

 が、すぐにそんな希望はアルフィーによって叩き壊された。

『ライトアップするだけの魔石なんだけどさ、どうやらそれが使えないらしくて』

「ええー…見れないのか…」

 がっかり。

『余分に置いてあった魔石も使えないらしくて、エラってその魔石が使えない理由を鑑定する事ってできる?』

 うん?突然仕事の話になった。

 驚きつつも、アルフィーが何故電話してきたのか理解したエラは真摯に答えた。

「普通の鑑定ならできるから、魔石の異常なら鑑定で分かると思う。他の理由で使えないなら分からないかもしれないけど」

『そっか…』

 エラが質問に答えるとアルフィーは黙り込んだ。どうやら自分の思考に没頭してるらしい。

「……アルフィー?」

 耐えかねてそろりと声を掛けると、アルフィーは躊躇いがちに言った。

『面倒事に巻き込むかもしれないけどいい?』

 アルフィーは躊躇っていたが、魔石工として役立てるなら嬉しいと心の底から思っているエラは、あっけらかんと言い放った。

「鑑定くらい面倒事じゃないわよ」

 寧ろ、鑑定できるなんてエラに取っては願ったり叶ったりだ。アルフィーが持ち込んだ火の魔石以降、鑑定をしていないので腕が鳴る。

 責任が伴うのは少し怖いけど。

『ありがとう。じゃあ、ちょっと電話を切らずに待っててくれる?』

「うん」

 エラはスマホを耳に当てたままアルフィーの返答を待った。




「ありがとう。じゃあ、ちょっと電話を切らずに待っててくれる?」

『うん』

 エラに電話して了解を得たアルフィーはテントへ向かった。

 テントの下では委員会の人たちが机を囲んで対策を議論している。

 どうやって新しい魔石を調達するか、資金はどうするのか、魔石は今日明日中に手配できるのか、そんな事を話し合っているが、どれも答えは出ないようだ。

「あの…」

「何だい?すまないが、今少し立て込んでいてね」

「いや、事情は聞きました。魔石が使えないんですよね?しかもその原因も分からない」

 アルフィーは手近にいた人に声を掛けて確認する。

 最初は面倒な学生をさっさと追い払おうとしていた壮年の人は、片眉を上げつつも頷いた。焦っているのだろう、目には焦燥が見える。

 それを見て、アルフィーは腹に力を入れてスマホを指差した。

「知り合いの魔石工見習いが今資料館にいますが、呼んでみます?魔石の鑑定くらいならしてくれるそうです」

「……え!?」

「何!?」

 途端に机を囲んでいた人達がアルフィーに注目した。

「本当に魔石工の人が?」

「まだ見習いです。でも魔石の鑑定はできます。僕も以前やってもらいました」

 見習い、という単語に委員会の人達は一瞬だけ戸惑ったようだが、すぐに目配せをし合い、今回の委員長を任されている人がアルフィーに向かって頷いた。

「見習いでもいい。是非呼んでくれ。頼む」

「…だってさ、エラ」

『お役に立てるよう頑張ります』

 電話口で営業用の言葉に変えたエラに申し訳なく思いながら、アルフィーは委員会の人達が出す車に乗り込むよう指示された。





 資料館に迎えに来たワンボックスカーに乗って、エラはアルフィーと共に魔石の場所へ向かった。

 運転してくれる砦の組織委員会の人は申し訳なさそうにエラに謝ると同時に、たまたま居た事に感謝してくれた。

 まだ見習いのエラとしてはそんなに丁重にされると返って居心地が悪いが、どうやら本気で困っていたらしいと分かればやれる限りの事をしようと心の中で拳を握る。

 魔石が設置されているのは砦から歩いてすぐの場所で、すでにそこには組織委員会の人達やアルフィーのようなバイトと思しき人達の人垣ができていた。

「ここです。この魔石が使えなくて…」

 車を降りたエラは委員会の人に案内されて魔石がセットされた石碑に通された。石碑の脇には段ボールの中に丁寧に仕舞われた他の魔石もある。

 今回の委員長だという人に挨拶されて、エラは自己紹介をしてから魔石の鑑定に取り掛かった。

「この魔石です。ここ最近は十分に光らなくて…」

「ここに置いてある他の石もです」

「触ってもいいですか?」

 許可を貰ってから手袋を取ってコートのポケット仕舞うと、エラは石碑にセットされた魔石を取り出してもらい、手のひらに乗せた。

 十分に光らなくなっているなら、単純に魔石の寿命だと思われる。魔石の中にある魔力が流出してしまえば、魔石はただの石になるのだから。

 それを調べる為、目を閉じてその石の中の魔力を探る。

「……………あれ?」

 思わず疑問を口に出した。

「どうかしましたか?」

「原因がもしや分かった……」

「や、待って下さい。……あの、他のも鑑定してみてもいいですか?」

 意気込む委員会の人達にエラは慌てて手を振り、難しい顔をして手の中の魔石を睨んだ。

 これはもしかして。

 エラは片っ端から魔石を鑑定していき、していくたびに眉を剣呑に顰めた。

 あまりに険しい顔をするので、委員会の人達はソワソワと落ち着きがなくなっていく。

「…この魔石を作ったのはどこの魔石工ですか」

 地を這うような声だった。

 そんな声を出した事に気が付かないほどエラは怒っていた。

 エラはまだ見習いであるが、魔石工という職業に誇りを持っている。ディランもルークも尊敬すべき魔石工だし、ルークを通じて知り合った魔石工も皆素晴らしい魔石工だ。

 そんな魔石工達をこの魔石の作者は馬鹿にしているとしか思えない。

「えっと作ったのは、毎年頼んでる人で、魔石工の…」

「毎年頼んでる?これで?」

 怒りを隠しもしないエラの反応に委員会の人達が顔を見合わせて、そろそろ答える。

「え、ええはい…消耗が激しいとかで毎年作った方がいいと…」

「二度とその魔石工を名乗ってる人に魔石を依頼しないで下さい。私の師匠なら同じ条件で三年は保つ魔石を作れます」

 エラは手に持っていた魔石を委員会の人に差し出した。

「酷い粗悪品ですよ、これ」

 見習いとはいえ、魔石工としての責任を取らなければいけないという事を忘れる程の怒りを覚えながらエラは断言した。




 エラは一度アルフィーの車まで戻って、持ってきた荷物からディランと昔作った七色に光る魔石を取り出した。

 それを委員会の人達に見せる。石柱の水晶をチャームに加工した魔石。

「これはもう十年前に作った魔石で、まだ使えます。虹色に発光する魔石です」

 エラは実演をしてみせた。魔力を込めると魔石は七色の光を発した。

 最近は使っていなかったが、まるで本物の虹が現れたかのように光る石に、優しい過去の光景を思い出して自然とエラの唇が弧を描く。

 けれどそんな優しい思いはすぐに現実に引き戻されて険しくなる。

「十年前の魔石でさえまだ光るんです。ここの砦って作られてからまだ二ヶ月くらいですよね?」

「魔石自体は使い始めてから一ヶ月半くらいですね」

「一ヶ月半しか保たないなんておかしいですよ。この魔石ってそんな頻繁に使うんですか?ライトアップ用の魔石なら毎日夜に一回使うくらいですよね?」

「はい。点灯式をその日に砦に泊まる人達でするので一日一回ですね」

「それで一ヶ月半しか保たないなんて……」

 エラは頭を抱えたくなった。

 魔石は確かに使えば使うほど消耗するので、いつかは普通の石に戻る。魔石の入れ替えは定期的に必要だ。

 けれど、ルークほどの腕が無くても普通の魔石工なら光るだけの魔法でワンシーズンも保たないなんてありえない。

 何故ならこの魔石はかつては灯り代わりに沢山流通していたからだ。今は電気に成り代わってあまり使われなくなったが、かつてはどの家庭にもあった魔石で、この砦のサイズなら最低でも半年くらいは保つ魔石だった。

 実際、遊びで作ったとはいえディランと作った虹色の光を発する魔石はまだ発動できる。発動回数が少ない事も起因するが、それでも十年前の魔石だ。

 エラはディランの魔石を光らせるのをやめて、説明した。

「お年を召された方に聞けば分かる事ですが、昔はこのタイプの魔石はよくあって、照明代わりだったんです。この大きさなら毎日十時間使ったとしても半年は保ちます」

「それは知ってます。ですが、このライトアップは普通の家の魔石とは違って規模が大きいんです。だから消耗が大きいのも当たり前では?」

「あー…なるほど。そこに付け込まれたんですね」

 エラは全て理解した。

 どこの悪徳業者か知らないが、魔石工的には常識の事を一般人があまり知らないからと詐欺を働いているらしい。

 呆然としている人達の前で、エラは説明するより早いと実演する事にした。

 ミニチュアの砦を自分で作ろうと思って鞄の中に入れてきた水晶を取り出す。

「少し時間がかかりますが、魔法付与するので少し離れて下さい。私、まだ失敗ばかりなので」

 エラは一応人から一定の距離を取って、水晶に光りの魔法を付与した。生活魔法の一部なので、失敗せずに一回で済んだのにはホッとした。それでも二十回も使ったらダメになるだろうが。

 そして条件を付ける。光のリミッターはない。

 エラは目を開いて、委員会の人達の所へ戻るとそれを委員長に差し出した。

「それに魔力を込めて下さい」

「は、はい」

 委員会が魔力を込めると魔石は光り出した。適度な光り加減だ。たぶん、それが彼が普段使っている光の魔法の加減なのだ。

「では、光を強くして下さい」

「そんな事、できるんですか?」

「できます。その魔石には光のリミッターを設けてないので」

「ああ!そういう事か」

「あーなるほど」

「え!?まさか…ええ……」

「魔石ってそうやって…」

 エラのリミッターという言葉に反応したのは委員会の一人と、周りの魔術科の学生達だった。魔法に詳しい彼らはエラの言いたい事が分かったようだ。

 魔術師ではない委員長は首を傾げてエラに聞いた。

「ど、どうやって光を強くすれば…?」

「魔力を多く注ぎ込んで下さい」

「こ、こうですか…?」

 委員長が眉を寄せながら魔力を多く注ぎ込めば、光はどんどん強くなった。眩しさに目を開けていられないほどに。

「分かりますか?魔法の規模は魔石の消耗にあまり関係ないんです。だって広範囲に魔法を使うからって呪文が長くなったり、魔法陣が大きくなる事なんてないですよね?魔石はその呪文や魔法陣そのものなので、規模を大きくしたい時は術者の魔力量に掛かってるんです。つまり、魔法の規模が大きいからといって魔石の魔力を多く消費するわけではないんです。魔石の魔力はあくまで魔法を込めておくための魔力なので」

 委員長が魔力を送るのをやめると魔石は光らなくなった。それを委員会の人達は呆然と見ている。

 エラは更に続けた。

「さっき見せた虹色の魔石は、リミッターが作られてます。子供の遊び用の魔石とはいえ、あまり強く光れば何か事故を招くかもしれないからです。夜道で突然あの光が目が開けていられないほど光ったら、車が事故を起こす事も考えられるでしょう?だから、大抵の魔石は発動条件を入れて作られています。こういう条件でしか発動しないとか、これ以上は魔法を強くできないとか。そういう魔石が普通だから、一般の方は魔法の規模が大きいと魔石の消耗が激しいと勘違いするんです」

「………ずっと騙されていたのか」

 ぽつりと委員会の一人が呟いた。

 エラも悪事を暴いたとはいえ申し訳なくなる。

 すると委員会の一人がはっと気がついたかのように魔石を指差した。

「なら、こっちの魔石が使えない理由は?これはまだ使ってないのに使えないのにも理由はあるんだろう?」

「粗悪品だから、石の魔力の流出が速かったようですね。魔法付与の痕跡はありますが、それはもうただの石です」

「何と………」

 エラは申し訳なく思いながらもただ鑑定した事実を述べる。

 溜め息をつく人達は騙され続けていた事に落胆しているのだろう。信用していた魔石工が詐欺師だと知ったショックも大きいし、何より明日からいつも通りに砦が運営できない事が悔しいのだ。金の光を内包する青い砦でなければ、青雪の砦とは言えない。

 エラは周りを見渡してアルフィーを探した。

 ここの委員会の人達は騙されていて気の毒だが、明日からのライトアップ自体をどうにかできるかと言えば、エラにはできない事もないと考えている。

 ただし、これを実行しようとするならアルフィーに運転を頼まなければいけないし、ルークにも今すぐ電話して事情を説明しなければならない。

 存外近くにいたアルフィーの元まで駆け寄ると小さく袖を引いた。

「どうかした?」

「フランマとここ、往復ってできる?」

 アルフィーは目を丸くして、すぐにエラの言いたい事を察したようだが、困ったように頭に手を置いた。

「往復で六…七時間近く?流石に無理かな」

「そうよね」

 であるならば、方法は一つしかない。

 ルークをここに呼ぶ。

 幸いまだ昼だ。公共交通機関にしろ車にしろ、来る事は可能なはず。

「店長に電話してみる。騙された事はどうにもできないけど、明日からのライトアップだけなら店長ならどうにでもできる」

 魔石に関係する事には常に全力投球するエラを理解しているアルフィーは、妖精の月の瞳を仕方なさそうに、でも優しく細めた。

「手伝える事があれば手伝うよ」

 その言葉に励まされる。頭のいいアルフィーが味方ならどうにかできそうな気がしてくるから不思議だ。

 エラはスマホを取り出してフランマに電話を掛けた。




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