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ヨルクドン 3

 アルフィーは小さな町を車で走っていく。

 今日は砦がメンテナンスの日の為に町は静かだろう、とエラは思っていたが、今朝ヨルクドンを出発する観光客が小さな観光街に溢れていた。この町の特産品らしき店や、ミニチュアの砦などを扱う土産物屋が所狭しと並ぶそこは、田舎とは思えないほど活気付いている。

 町を抜けると、両サイドに雪の結晶を飾られた並木道が現れた。

 その道の先に青白い中世風の砦がある。無骨な塔が二本とそれを繋ぐ建物。魔法と雪と氷でできた砦だ。砦の背後には断崖絶壁の雪山が聳え立ち、塔の片方は一階部分に当たる場所が山と一体化している。

 これこそが現、青雪の砦である。

 エラは興奮に頬を赤くしてアルフィーを振り返った。

「わあっ……!あれをアルフィーも作ったの?」

「作ったって言うと語弊があるけど…魔法で雪や氷を解けなくしたり、崩れたりしないようにはした」

「はーー…すご……」

 アルフィーは砦へと続く道の脇にある資料館に車を停めた。

 ここからは二人は別行動だ。

「じゃあ俺バイトだから」

「うん。また後でね」

 エラはアルフィーに手を振って、彼の車が砦の方へ去るのを見送ってから資料館の扉をくぐった。





 ーーーとある資料館職員視点。


 一人の若い女の子が青雪の砦資料館に入ってきた。

 どうせ冷やかしだろう。いくらヨルクドンが青雪の砦という観光資源を作って成功したとはいえ、元はただの田舎町なので娯楽もないし、半日もあれば全ての観光客向けの店を回れてしまう。しかも本来の砦はただの魔石による結界。今の砦しか知らない人達は昔の砦がただの結界だとこの資料館で知り、大体落胆する。

 だというのに。

 ……何であの子、あんなに目を輝かせてるのかしら。

 時に真剣に、時に楽しそうに、くるくる表情を変える女の子。その子の持つ妖精の月の瞳と呼ばれる綺麗な黄色が混じった緑色の瞳がそれはもう雄弁に楽しいです!と語っている。

 この狭い資料館でよくそれだけ長居ができるな、と感心するくらい女の子は資料館の展示品や説明書きを隅から隅まで見て、申し訳程度に置かれている砦やヨルクドン関係の本を手に取ってベンチに座って読んでいた。

 変わった子。

 ………………熱中し過ぎて鞄の中でスマホ鳴ってるのに気がついてないけど、いいのかしら?





 アルフィーはバッカスと一緒に魔法が綻びかけている場所に魔法を掛け直していた。

 毎年アルフィーはこのバイトに応募しており、バッカスも同様で、この三年間、二人はいつも一緒にヨルクドンの砦を作っている。

 バイトは二人一組で魔法修復を行うことになっており、誰と組んでも良いため去年もアルフィーはバッカスと組んで魔法修復に当たっている。

 今も魔法が綻びかけている壁面の雪にアルフィーは魔法を掛け直し、バッカスは割り当てられた場所の紙を捲りながら次の魔法を確認していた。

 その手を止めないまま、バッカスは徐に口を開いた。

「そういえば」

「凍てつけ。……何だよ」

「何で今日車だったんだ?」

 聞かれたアルフィーは瞬きの間だけ動きを停めた。

 それは一瞬で、たぶん気がつかれてない。

 だからはぐらかした。

「何でだと思う?」

 アルフィーは一昨年も去年も公共交通機関で来ていたし、去年はバッカスと一緒に来ていたのに、今年は突然車で行くと言い出したので不思議に思ったのだろう。

 そしてどうせ頭のいい彼はその理由に薄々気がついている気がする。

「んー…そうきたか」

 おかしそうに笑ってバッカスは顎に手を当てた。

「じゃあ質問を変えるよ。今日は俺たちと砦に泊まるのか?それとも別の宿?」

「砦」

「ふぅん。ーーーじゃあもう一人は?」

「もう一人?」

「今までカレッジの図書館に入り浸ってるか、研究室に篭りきってた奴が、半年くらい前から突然カレッジのどこにも居なくなった。最初は魔法使って姿を消して家に帰ってんのかと思ったけど、明らかに頻度が多い。しかもお前はそう簡単に人を信用しない」

「いやそんな事ないだろ…」

「自覚ないんかい。お前、どうでもいい奴には態度が冷たいんだよ。正確には冷たいというより、にこやかに素っ気ないんだよなぁ。まあそれは置いといて。そんな奴が頻繁に居なくなる理由が気になって魔法の跡をつけたんだよなー」

「……いつからストーカーになったんだ?」

「なってないなってない。どっちかっていうと腕試しだな。お前の魔法を何処まで追えるかなーって」

「で?結果は?」

「途中までしか追えなかった」

「途中まで追えたのかよ……俺もまだまだだな」

「で、途中まで追ったけど見失ったから、見失った辺りでふらふらしてたんだよな。あの辺に行った事なかったし」

「……大体先が読めた」

「フランマって魔石工房からお前が女の子と一緒に出てきたのを見た瞬間は驚いて二度見したね」

「……おっ前……見てたなら声かけろよ…」

「ヤだよ。俺はアルフィーを一番怒らせたくない」

「バッカスの中で俺は一体どんな奴だと思われてるのかね」

「さあ?」

 バッカスが肩を竦めるのを横目にアルフィーは「次」と仕事の指示を催促した。

 バッカスが示した場所を魔法で探り、綻んでいる魔法を強化する。

「で、彼女はどこに泊まるのさ」

 確信を持って聞いてくるバッカスにアルフィーは観念して吐いた。

「俺の車」

「え、車中泊?まあアルフィーが魔法使うなら大丈夫だと思うけど…明日は一緒に帰るのか?」

「今日もバイト終わったら夕飯は一緒に食べる約束だよ。明日は観光して帰る」

「へえ。次はそこね」

 バッカスに示された場所にまたアルフィーは手を翳す。

「どんな子なんだ?あの魔石工房の売り子さん?」

「いや、魔石工見習いだよ」

「だからここに連れてきたのか」

「ああ。今は資料館にいる」

 今頃魔石の資料に目を輝かせているんだろうなぁ、と考えると少し可笑しい。

「バイトの諸君、食事だ!」

 突然響き渡った声に二人は顔を見合わせた。魔法で拡声された声は外から聞こえる。

「昼飯だな」

「行こう」

 二人は連れ立って砦の外へ向かう。

 エントランスから外へ出れば、そこには毎年恒例の地元民の炊き出しがあった。メンテナンスのバイトは一日で終える必要があり、食事処へ行く時間と食事代を浮かせるために毎年地元民が炊き出しをしてくれる。パンとスープの質素な食事だが、温かいスープは嬉しい。火の魔法で防寒しているとはいえ、冷たい空気を吸っているので内臓が冷えているのだ。

 バッカスと並んで炊き出しを貰い、近くで立ったまま食べていると俄かに砦の入り口付近にある本部のテントが騒がしくなった。

「何だ?」

「さあ…?」

 騒いでいるというよりは慌てているようで、バイトの総括をしている委員会の人達がある一方へ駆けていく。

 その人達の輪から一人の学生が外れて炊き出しの方へ来たので、すかさずバッカスが捕まえた。頭に被っている帽子に描かれたマークから、どうやらバイトで顔見知りになった他大学の人らしいと当たりをつける。

「なあ、おい。どうしたんだ?」

「お、バッカス。いや、砦の外にさ、観光客向けの魔石があるだろ?」

「ああ…ライトアップ用の魔石だっけ?」

 バッカスが答えるのを聞きながらアルフィーは思い出す。

 青雪の砦は、かつての本物を模倣するため青く光る魔石が設置されている。青く光るだけで雪崩を防ぐ働きはなく、観光客が魔力を石に送れば石から青い光が発せられるだけだが、砦にも魔石があり、砦の魔石は金に光るため、昔の結界が見た目だけ再現されるのだ。

 ライトアップはイベントの一つであり、毎日観光客によってなされる。点灯式みたいなもので、観光客達は自分達でライトアップした砦の前で写真を撮るのだ。

 その魔石がどうかしたのだろうか。

「そうそう、その魔石。なんか今年は消費が激しいらしくて、あまり光らなくなったらしい」

「……それってかなり問題じゃないか?」

「問題だろうなぁ」

 思わずアルフィーが呟くとバッカスが同意する。

 青年も頷いた。

「大問題だよ。これじゃあライトアップできない。俺たちにとっては大した魔法じゃないけど、青色ってのがなぁ….」

 ただ光を発するだけの魔法は柔らかい橙色、炎の色だ。これ自体は難しい魔法ではないので、生活魔法の一部で誰でも使えるだろう。

 ただし、色を変えるのは難しい。

 光を作り出すだけの魔法は火の魔法の一つなのだが、色を変えようと思うと他の魔法を混ぜなくてはならない。青の場合は氷の魔法。炎と氷なんて相反するものであり、二つを同時に使おうとするのは一般人からすればかなり難しい。慣れてしまえば大した事ない魔法なので、ここにバイトにくる魔術科学生は普通に使えるが、一般人は魔石どころか化学に頼った方が早い。

「でも余分な魔石くらいあるだろ?何であんなに慌ててるんだ?えーっと……」

「アルジャーだ。アルジャー・ブレイスガードル、ガンドカレッジの魔術科だ」

 青年ーーアルジャーはそばかすの散る茶目っ気のある顔に笑顔を浮かべて手を差し出してきた。

「アルフィー・ホークショウ。バッカスと同じコブランカレッジ。よろしく」

 アルフィーも自己紹介を返して、同じエルフを冠する名前の青年が差し出した手と握手を交わす。

 アルジャーは笑顔を困ったような顔にして続きを教えてくれた。

「さっきの続きだけど、何か余分な魔石も使えないらしいよ。魔力込めても反応しないとか…それで組織委員会が慌ててる。今から魔石を作って取り寄せるなんて難しいから、明日に間に合わないって。こんな小さな町に魔石工もいないし、山を降りた町にもいないんだってさ」

 何でまたそんな事態に。

 呆れるアルフィーだったが、たった一人この事態を解決できそうな人物に心当たりがあるのだからどうにかすべきだろうかと思案する。

 でもエラ自身も言っているが、まだ彼女は見習いだし、魔法付与だって完璧じゃない。呼んだところで、使えない魔石の原因くらいは魔石鑑定のできる彼女は分かるだろうが、魔石を作ってくれと頼まれた場合は無理だろう。そもそも魔石を一から作ろうと思ったら天候に恵まれて最短で二十日だ。フランマに帰ればすでに魔法付与をするだけの石はあるかもしれないが、その石が、ここの魔石を嵌める石碑に合致するとは限らないので、ルークに頼むのも難しいだろう。

 どうしたもんかなぁ、と思案に暮れるアルフィーをバッカスが何か言いたげに見てくる。

「………………」

「………………」

「……………………」

「……………………」

「…………………………………何だよ」

 耐えかねて友人を見れば、今度はバッカスが困ったような顔になった。

「さっき、この事態をどうにかできそうな存在を知ったばかりだけどなって思っただけ」

「……彼女、まだ見習いなんだけど」

「見習いでも俺たちより役に立つんじゃないか?魔石工と魔術師は違う」

「そうだけどさぁ……魔石って一から作るのに最短で二十日かかるんだよ」

「それは知ってるけど…魔石が使えない理由くらいその子でも分かるんじゃないの?」

「…鑑定はできるみたいだけどさ」

 アルフィーも魔石に興味を持ってから勉強した。理論的に勉強してからはルークとエラを心底尊敬した。魔石への魔力付与や魔法付与は理論的には簡単だったが、それがどれほど難しい事なのかは魔術科のアルフィーには分かる。あれは石と対話するのに等しい作業だ。魔術師と魔石工が近いようで全く違う職業なのも納得できる。

 だからエラは魔法付与に苦戦しているのだろうし、ルークも辛抱強くエラの成長を見守っているのだろう。決してエラが魔石工に向いてないから魔法付与が下手な訳ではないのだ。寧ろ、あんな理論的には簡単だけど実践するのは難しい事を毎日のように挑戦しているエラの神経が凄いし、あれを軽々とやってのけるルークはある意味化け物だ。

 故にルークのような魔石工は少ないし、魔石の事は魔石工にしか分からない。

 この砦の作業員は魔術師の卵ばかりだし、委員会の人だって魔石工はいない。

 ………解決の糸口でさえ掴めないまま日が暮れるよりは。

「……聞いてみるよ」

 アルフィーはスープを飲み干してからスマホを取り出した。




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