デート 2
ーーー当日。
エラはアルフィーの待ってるセントラル駅に着いた。
待ち合わせ場所まで行くと、すでにアルフィーは待っていてエラはホッとして駆け寄った。やはり首都の駅になると人が多すぎて何故か緊張する。
「アルフィー、お待たせ」
「俺も今来たところだよ。じゃあ行こうか」
アルフィーに手を差し出されて、その意図を察したエラはじと…とアルフィーを睨んだ。
アルフィーはエラの視線などものともせずに待っている。
エラは少しだけムッとしながらアルフィーの手に自分の手を乗せた。絶対に揶揄われている。
「クリムゾンショコラまで!」
「はい、ご案内します」
顔を顰めているのにアルフィーは気にしない。
「……悔しい」
「あはは。そんな感想聞くなんて思わなかったな」
「アルフィー、私がエスコート慣れしてないの、楽しんでるでしょう」
「うん、新鮮」
「新鮮?」
「俺の周りはエスコート慣れしてる人ばかりだからね」
そりゃ王族だもの。エスコートするのもされるのも慣れてるでしょう。でなければ他国の来賓をもてなすなんてできない。
エラが一瞬遠い目をする。
けれどすぐにエラはとある事に気がついて首を傾げた。
王族がエスコート慣れしているのは分かる。他国の来賓をもてなす際に相手が女性であるならエスコートする事もあるだろうし、エスコートをすべき場面でしなければ失礼どころでは済まされない。もしかしたら『我が国の〇〇をラピス公国の王族が侮った』などと外交問題に発展する可能性だってある。
もちろん、ラピス公国では最高礼であっても他国の文化では侮辱にあたる事などもあるだろうが、万が一そういう事があっても王族はラピス公国の最高礼でもてなしたのだと伝えるためにも王族が礼儀を学ぶのは理解できる。
でもアルフィーは法律的には一般人のため公務をしていない。エスコートを一般教養として学ぶ事でも無い気がする。一体、どうして覚えたのか。
「アルフィーって、何でこんな完璧なエスコートができるの?」
アルフィーにふざけてエスコートされてから、ちょっと悔しかったエラは少しだけエスコートについて調べた。
インターネットで調べたから全てが正解ではないかもしれないが、アルフィーのエスコートが完璧なのは間違いなかった。一つ一つの所作だって優雅だし、今こうやって手を引くのだって、アルフィーは手を下から添えているだけだ。エラ調べによれば、女性の手を握るのはエスコートとして不合格らしい。
そんな完璧なエスコートを何故彼はできるのだろう。公務をするわけでもないのに。
母親のプリンセス・エイブリーだって多忙だから彼女が教えたとも考えにくいし……などと考えていたエラにアルフィーが肩を竦めた。
「昔、従兄がエスコート術を習うのを嫌がって、なら俺も一緒に習え、って謎理論で俺も習わされただけだよ」
「え、そんな理由?」
「そ。そんな理由。ーーーほら、あそこだよ。クリムゾンショコラ」
アルフィーが足を止め、視線で先を示したそこには人でごった返すチョコレート店があった。
「……うっげぇ……」
思わずうめくとアルフィーが吹き出した。
「なんか、期間限定のチョコレートを売り出したらしくて人気がえげつないらしいよ。妹さんの狙いはそれじゃないかな」
「……買うのやめて帰ろうかな」
半ば本気でそう言ったが、それを察知したかのようにエラのスマホが鳴って、妹からの催促メッセージが表示された。
何とか妹希望のチョコレートを買った。
もうそれだけで疲労困憊だったが、アルフィーに案内されたカフェで昼ご飯を食べたら少し元気になった。
カフェの後で行った宝飾品店では魔石がネックレスやブレスレットになっていて、オーダーメイドの魔石はこうやって宝飾品になるのかと感動したし、ビーズ状の魔石も加工が可能だったので楽しく見ることができた。いつか自分で作った魔石を加工してもらおう。
コーディアルシロップの専門店では自分で作った事のないシロップを買ったし、ウィンドウショッピングも楽しんで、エラは満足な休日を過ごした。
「どこかで夕飯食べていく?」
「うん」
夕方にされたアルフィーの提案にすぐにエラは頷いたが、すぐに失敗したと思った。
少しだけ都会に疲れたのだ。コブランフィールドに出てきて都会に慣れたつもりだったが、やはり真の都会は疲れる。背の高い建物に圧倒されて、常に窮屈な部屋に閉じ込められている気分になる。
だから帰ればよかった、と少し後悔したのだが……。
「…あの…いや、無理よね。何でもない」
「ん?どうかした?」
「………いや、あの………」
エラは何度か言い淀んだ。
こんな事を頼むのは都会では無謀だ。分かっているのにそんな事を頼むのは酷だ。
「エラ」
呼ばれて隣りを見れば、エラの葛藤など見透かしたようにアルフィーが見下ろしていた。
「何?言いたい事は言って」
こうやって近くで妖精の月の瞳が見つめてくるのは何度目だろう。
自分と同じ色の瞳でも、アルフィーの瞳はいつも人を慮る優しい光を宿している。
「……都会に、疲れちゃって、その…」
「都会に疲れた?」
「……ど、どこか、広い所、ない?」
アルフィーの明るい緑の瞳に見つめられて真実を言わないでいられる術は恐らくない。
「広い場所か…」
「無いわよね…?」
エラの抽象的な願いにアルフィーが思案顔になる。
沈黙するアルフィーに馬鹿な事を言ったと反省してエラは視線を下に落とした。
「あのね、故郷のグリーンウィッチは畑ばかりなのよ。ビルばかりじゃないから、だからちょっと息苦しくて。あの、無理よね?いいの。疲れたから家に帰る……」
「広い場所って、別に野原じゃなくてもいい?」
アルフィーが首を傾げた。
それに倣うようにエラも首を傾げた。
「あるの?」
「少し遠いけどね。ーーー行こうか」
またアルフィーが手を差し出した。
エラは少しだけ躊躇ってからその手に自分の手を乗せた。
アルフィーはまず食事を調達した。
飲み物とサンドイッチとナゲットと適当に摘めるお菓子を買い、不思議そうなエラを連れてバスに乗って広い場所へ向かう。
エラの望むような広い場所かは分からないが、このストーナプトンで広い場所といえばあそこしかない。
ビル群を抜けてぽっかり現れたのは、キラキラと輝く並木。
「ここって……公園?」
「そう。レイクパークだよ。今の時期だとイルミネーションもやってる」
そのせいで人が多いのだけれど。
エラが人混みを嫌っているのは気付いているので、アルフィーは「ちょっとだけ辛抱して」と彼女に伝えて歩き出す。
「人が多い」
「イルミネーションしてる場所だけだよ。こっち」
小さな文句を言うエラを連れて、アルフィーはどんどんイルミネーションから離れていく。
イルミネーションから離れれば、もう夜の公園に人はまばらだった。隣りのエラがほっと息を吐き出している。慣れているアルフィーからすればどうって事ないが、慣れないエラは人が多過ぎて緊張するのだろう。
あまりイルミネーションをしている道から離れると夜闇に紛れた犯罪に遭遇するので、アルフィーは人が少なく、でも街灯から離れ過ぎない公園の脇道にあるベンチに腰掛けて、夕食代わりの軽食を広げた。
「都会の公園って広いのね」
「ビルの間に小さな公園もあるけどね。広いのは間違いなくここだから」
やっと息がつけた様子でエラが肩の力を抜いて夕食に手を伸ばした。
「夜のピクニックみたい」
「確かに」
へにゃりとエラが笑って、自然とアルフィーの頬も緩む。
まだ出会って半年というのが信じられない。たった半年でこんなに惹かれる人になるなんて、あの時は少しも思わなかった。
最初は純粋に魔石への興味だったし、その次は古代文字を教えるだけの関係だったのに。
……いつの間にこんなに好きになったんだろう。
見つめる先で夜闇に溶けそうな黒髪が風に揺れた。あの日、夜の妖精だと勘違いした一番の原因だ。
都会の緊張から解放されたエラは腹を満たしてくれるサンドイッチに夢中で、アルフィーの熱の篭った優しい視線には気が付かない。
それすら愛おしい。
「エラ、来月の休み希望とかってまだ間に合う?」
「え、何で?」
「一緒に遠出しない?」
「どこに?」
「ヨルクドンの青雪の砦」
エラが面食らった後、妖精の月の瞳を輝かせた。魔石に関係する場所だから、彼女からすれば観光目的以外にも行ってみたい場所だろう。
「あそこに行くの!?」
「そう。まあ俺は泊まりでバイトだけど」
ヨルクドンとは、ストーナプトンやコブランフィールドよりずっと北にある山を切り開いてできた山間の町だ。田舎町だが、このヨルクドンという名前を知らないラピス国民はいないだろう。
その最たる理由が『青雪の砦』だ。
青雪の砦とは、元々は雪崩被害の多かったヨルクドンを守る魔石でできた結界である。
その昔、山を切り開いて作った町は林業が盛んで、町の周りの無限とも思える木を沢山切り倒しては生計を立てていた。
しかし山と山の間の谷の町なので、冬の間は雪崩被害も多かった。
まだ雪崩被害の原因が分からなかった頃だ。人々は冬に襲う雪崩から町を守るために、町の周りに魔石を設置して代わる代わる魔力を注ぎ結界を作った。
山に入る人への目印になるかのように青く光る結界は、町の暮らしによる金の細々とした灯りを内包し、山の雪に反射して、それはそれは美しい結界だったらしい。
それを誰かがまるで魔法の青い雪の砦のようだと評した事でヨルクドンの青雪の砦と呼ばれるようになった。
今は雪崩の起きやすい原因などの研究も進み、雪崩対策に乗り出したため町が壊滅するような雪崩被害は抑えられている。そのため魔石による結界は無くなった。
しかし現代、ヨルクドンは過疎化・老齢化が進み、若者を呼び込もうと町興しを開始した。
その町興しで町が目をつけたのが、かつてあった雪崩被害の為の結界だ。
同じ物を作っても元々ただの結界だ。面白味がなければ人々の注目は惹けない。
そこで町出身の建築家が魔法の砦を作ろうと思いつき、試行錯誤を経て、今では毎年魔法を使って雪と氷で作られた砦が姿を現すようになった。
冬の間だけ出現するのは、魔法で作られた雪で飾られた並木と、その先に佇む中世風の神秘的な雪の砦。それは町を抜けた先にあり、背中に急な山の絶壁を背負っている。
まるで山から町を守っているかのような砦は青く魔法でライトアップされ、内側からは生活の光が溢れているーーーかつての結界のように。
町興しは成功した。神秘的な魔法の砦は有名になり、毎年一目見ようと観光客が殺到する。最初はただの砦だったが、今は泊まる事もできるようになったので、高いお金を払って魔法の砦に泊まる事もできる。
「バイト?」
「そう。カレッジの魔術科に毎年来るんだよ。砦を作るバイト」
「ええ!?」
「あの砦、魔法でできてるでしょ?」
青雪の砦は魔法で作られている。冬の間中溶けない雪と氷の砦を魔法で作るのは生半可な事ではない。生活魔法を使っている程度では操れない魔法なので、生活魔法以上が使える魔術師がいるのだ。
そこで目を付けられているのが、国内カレッジの魔術科である。安く、しかもある程度の魔法が使える学生を集める事ができるのだ。
アルフィーの通うコブランカレッジにも毎年バイトの紹介がやってきて、アルフィーは今年もそのバイトに応募して採用されているのだ。
それをエラに説明すると、エラは首を傾げた。
「でももう砦は完成してるでしょう?」
「定期メンテナンスだよ。作ってから一ヶ月毎に魔法の綻びがないか調べるんだけど、それに呼ばれてるからさ、行ってくる。で、調べて直すのに一日かかるから、砦に泊まれるんだよ。ま、泊まるっていっても本当に泊まるだけだし、食事は町で自分で調達だし、朝九時には出て行けって言われるけどね」
「……アルフィーが泊まれるのは分かったけど、私は無理じゃない。どこかで宿取るほどお金ないわ。かといって日帰りは遠いし、電車代だって馬鹿にならないし」
「父さんの車で行くから電車代もないよ。エラさえ良ければ、車に泊まってくれてもいいし、寒さは魔石でも俺でも何とかできるし」
うむむ、と唸らんばかりにエラが顔を顰めるが、目が泳いでいるし、すでにかなり行く方に傾いているのは分かる。
アルフィーが大人しく待っていると、すぐに答えがエラの口から漏れた。
「……い、行く」
「じゃあ決まりだ」
「バイトって何日?休みとって行く。ヨルクドンの結界の資料館、一度行ってみたかったの」
すっかり行く気になっているエラに、魔石で簡単に釣れたなぁ、と少し失礼な事を考えながらアルフィーは予定を伝えた。




