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デート 1

 オータムフェスティバルから二ヶ月経ち、年越しが近づいていた。

「いらっしゃーーーなんだ、アルフィーか」

「こんにちは、ルークさん」

 アルフィーは変わらず、フランマに顔を出す日々を送っている。

 例の命を狙われた件は詳細が分からないままだが、マテウスや他の護衛官達は何も言わないので恐らく大丈夫なのだろうと思っている。とりあえず犯人は捕まっていないし、直接アルフィーを狙っている所を押さえられていないため、仮に犯人が分かっても逮捕はできないのだが、今回の未遂に終わった犯行はテロ組織である北部解放戦線の仕業なのは間違いないようだ。

 ただし、マテウスからしばらくは気を抜かないよう忠告されたので、アルフィーはこの二ヶ月間、魔法を駆使して過ごしている。

 こういう時、田舎に行きたいなぁ、と思う。

 田舎なら閉鎖的な場所が多いだろう。外から来た人間なんてあっという間に噂になるから、身を守るべき瞬間が分かるような気がする。実際はともかくとして。

 都会ではそうもいかない。不特定多数が入り乱れ、どんな人間がいてもおかしくない。

 それはアルフィーが通うカレッジも利用する公共機関も同じで、アルフィーは常に身を守るために気をつけなければならない。

 今、アルフィーが気を抜いて過ごせる場所は自分の家とフランマだけだ。

 アルフィーにとって、気が抜ける場所が増えたのは嬉しい事で、更にそこに好きな子がいてくれるのだからアルフィーは頻繁にフランマに来た。

 いつも通りやってきたアルフィーはルークにエラの所在を聞いた。

「エラいます?」

「いるぞ。あっちで魔法付与の練習してる」

 ルークに指差され、アルフィーは工房側に顔を出した。

 そこにはゴーグルをして真剣に魔法付与に取り組むエラの姿があった。今日は怪我をしてないらしい。

 この二ヶ月でエラの魔法付与の失敗は格段に減った。どうやらコツを掴んだらしく、今は店に並べられるような魔石を作れるようにための練習を重ねているらしい。

 でもエラ曰く、まだ呪文の短い簡単な魔法が成功しただけで、少しでも長い呪文や複雑な呪文になると途端に失敗するらしい。

 エラが小さく息をついた。魔法付与が終わったらしく、ゴーグルを外してこっちを見た。

「あ、アルフィー。いらっしゃい」

「お邪魔してます。魔法付与上手くいったの?」

「うーん…上手くいったけどたぶん、一、二回魔法使ったらもうダメになりそう…」

 つまり商品としては置けない魔石らしい。

「こう、店長の魔石だと魔法付与が深いのよね。まだ私のは浅いから…でもこれ以上魔力を送り込むと壊れるだろうし……うーん……」

 集中し始めたエラを見て邪魔をするのは良くないと判断したアルフィーはルークの方へ戻った。

「ルークさん、書斎借りてもいいですか?」

「構わんぞ」

 許可を貰ったアルフィーは階段を登って書斎に入った。

 明かりを付け、机の上にアルフィーは持ってきた本とノートを開いてペンを持った。

 静かに勉強するにはもってこいの場所で勉強することしらばく。

「ーーーません。オーダーメイドを…」

「店長!オーダーメイドのお客様です」

「すみません、これはどういう魔石ですか?」

「そちらは……」

「すみませーん、お会計」

「はい!ただいま」

 何やら下の店内が騒がしくなった。

 普段静かなのに騒がしいのが気になって、アルフィーが書斎を出て一階に降りると、エラが一人で三人の客を相手にしていた。工房側ではルークが一組の客を相手にしている。

 とても分かりやすい人員不足だ。珍しい。

 更に客がやってきてオーダーメイドの魔石を依頼するものだから、エラが明らかにテンパっていた。

 客側もエラが一人で対応しているのを見て、彼女が空くのを待っている。

 ルークは弟子としてエラを取っているくらいだからフランマは十分に繁盛した店だが、普段はこれほど一気に客は来ない。繁盛する時期はあるが、客が一度に何組も来て人手を割かれる事はあまりないのだ。

 だからアルフィーはオーダーメイドを依頼してきた客に寄っていった。

「お待たせいたしました。オーダーメイドの魔石をご依頼ですか?」

「はい。婚約のお祝いに、ダイヤモンドでお願いしたいのですが…」

「分かりました。今店長は先にいらした別のお客様の相手をしておりますので少々時間がかかりますがよろしいですか?」

「かまいませんよ」

「ありがとうございます。よろしければ店内の魔石をご覧になってお待ち下さい」

 アルフィーが一組の客を引き受けながら、忙しなく会計やら魔石の説明をしているエラを横目に見る。

 エラが客の目を盗んでこちらを見たので、小さく頷くとエラも小さく頷いた。

 とりあえず、エラは他の客の相手をして、手が空いたら変わってもらおう。

 アルフィーはエラと違ってここで働いているわけではないが、居心地がいいからとお世話になっている身であるので、エラもルークも手が離せない時は店を手伝うこともある。

 工房側を除けば、客にお茶を出さずにルークが対応しているので、アルフィーは二階に戻り簡易キッチンでコーヒーとお茶請けを用意した。

 それをルークの客の前に出してから店側に顔を出せば、まだエラは商品説明をしていたものの会計は終わり、ひとまず店内は平穏に戻ったようだ。

 とりあえず不測の事態に備えてアルフィーは会計カウンターにある椅子に座ったが、一瞬の嵐だったようで、その後は平穏なものだった。

 アルフィーは再び書斎に戻り、勉強をしながら閉店を待った。





 フランマの閉店業務を終えたエラはアルフィーにアパートまで送ってもらっていた。

 最近、アルフィーは閉店までいると必ずアパートまで送ってくれる。

 最初は気恥ずかしかったエラだが、回数を重ねるうちに慣れた。

「買い物に寄るけどいい?」

「いいよ」

 アパートへの道から少し外れて夕飯の買い物を二人でするのももう慣れたし、荷物をアルフィーに取り上げられるのももう慣れた。

 そうやって過ごす時間が長くなってくると、アルフィーはかなり気を遣って魔法を使っているのに気がついた。二ヶ月前の事もあるし、警戒しているのだろう事は想像に難く無い。彼はずっとこうやって身を守ってきたのだろう。

 その身を守る為の魔法の中にエラも毎回入れてもらっているので、アルフィーが一緒の帰り道は全く怖くない。

 他愛ない話をしながらアパートへの道を辿っていると、高校生くらいの女の子が自転車で隣りを通り過ぎた。

 それを見たせいで、ふと妹の頼みを思い出したエラは切り出した。

「そういえば、アルフィーの家はストーナプトンにあるのよね?」

「そうだよ」

 ラピス公国の首都ストーナプトン。コブランフィールドからそれほど遠くない場所で、アルフィーは前にストーナプトンにある家から電車でコブランカレッジに通っていると教えてもらった。

「あのね、ストーナプトンのセントラル駅の近くにクリムゾンショコラってお店があるの知ってる?」

「知ってるよ。有名だもんね、あの店。首都土産の定番だし」

 そうなのか。

 甘いものは好きだが、エラはグルメではないし、有名店への興味も無かったので知らなかった。しかも田舎育ちのエラの中では首都圏の有名店イコール混むという図式がある。田舎育ちからすれば、何時間も並んで何かを買うとか食べるなんて無駄にしか思えないので、エラは基本的に混む店には行かない。

 ただし、今回は可愛い妹の頼みである。

「そこって簡単に分かる?妹が限定品を買ってきて欲しい、って言ってて今度の休みに行こうかと思ってるんだけど…」

 エラの妹のレーナは流行り物に詳しい。そういう場所に行って流行り物を買う、食べる、体験するのが大好きだ。エラがコブランフィールドに来る時だって、都会に出るお姉ちゃんが羨ましい、とずっと言っていた。

 尤も田舎から見るとコブランフィールドは随分な都会に見えるが、首都ストーナプトンを見るとコブランフィールドはそれほど都会に見えないのだから不思議である。

「クリムゾンショコラはすぐ分かると思うけど…次の休みってフランマの休業日?」

「そう」

「なら一緒に行く?年末休暇に被るから俺もカレッジ休みだけど」

「本当?行く行く!」

 エラは一も二もなくその提案に飛び付いた。田舎娘からすると都会に出るだけでも結構体力を使うものだ。案内がいるのであればそれに越した事はない。

「行きたいのはそこだけ?あと行きたい所ある?魔石を宝飾品に変えてくれる店なら知ってるけど」

「行きたい!」

「コーディアルシロップ専門店は?」

「行きたい!」

「なら決まりだ」

 エラは素直に喜んだ。これで妹の頼みを完遂できる上に自分好みの店まで行けるのだ。

 でもはたと気付く。これってもしかしてデート?

 …….考えないようにしよう。

 エラは騒ぐ心を無視して、ただのお出掛けだと言い聞かせた。





 とか思っていたのに、エラは目についたコロンを一つ買ってしまった。トップノートにベルガモットの香りがするコロンだ。他にも何か混ぜてあるらしく、少し甘めな香りもするのでベルガモット特有の苦い香りはなりを潜めている。

 香りを気に入って思わず買ってしまったが、決してアルフィーとのお出掛けを楽しみにしているわけではない。

 そう、楽しみになんかしてない。行く理由だってレーナのおつかいだし。

 本当に気に入ったから買ったのよ。たまにはいいでしょう?

 誰にするわけでもなく、エラはコロンを買った帰り道で言い訳を自分に繰り返した。




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