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オータムフェスティバル 3

 ラピス公国の国軍、近衛兵団と幾つかの部署は即席の対策本部を作って騒然としていた。

 その中をすらりと背の高い男が軍靴を鳴らして歩いていく。

 金髪が眩しい男は騒然としている中心ーーー明るく広い部屋の、一際大きな机に向かった。

 そこには上官二名と数名の部下が睨み合うようにして状況を確認している。

「まずいです。アルフィー様はもう祭りに行っています」

「スマホは!?」

「鳴らしてるが祭りの喧騒で気が付かないんだろう…くそっ!」

「すぐに保護しろ!マテウス!」

 上官に名前を呼ばれた金髪の男ーーーマテウスはたった今、プリンセス・エイブリーの護送を終えたばかりなのに、少しの不満も顔に出す事はなかった。

 今、近衛兵団はラピス公国王族の安全確保をしている。テロ組織から脅しが届いたからだ。

 近衛兵団に所属するマテウスもプリンセス・エイブリー付きの護衛官として、彼女を安全な王宮に送り届けた所だった。

 国王夫妻を始め、王族はすでに王宮で保護しており、近衛兵団および警察が守っているため安全である。

 たった一人ーーーアルフィー以外は。

 そして軍内で問題になっているのはアルフィーの安全だった。彼は護衛官が付かないためすぐに安全が確保できないのだ。

 だから今、ここではアルフィーの安全も含めてテロ組織の対策に乗り出している。

 マテウスはすっと上官に敬礼を取った。

「了解」

 そう短く答えて魔法陣も呪文も破棄してコブランフィールドの駅まで転移する。目の前の上司も何も言わなかったし、緊急事態だから転移魔法を使っても構わないだろう。

 一瞬で景色が変わる。

 この国の主要駅は要人の緊急事態に対応できるように転移魔法を使う為の魔方陣が置かれている。マテウスはその魔方陣へ飛んだ。

 飛んだ先は駅構内の駅長室で、そこには転移魔法の陣が彫刻された薄い台座が鎮座しており、マテウスはその上に立っていた。

 突然現れたマテウスに駅長は驚いた様子だったが、すぐに所定の手続きの為に動き出した。

「所属をお願いします」

「ラピス軍、近衛兵団所属、マテウス・グレイ少佐です」

「IDを」

 身につけているIDを差し出すと、駅員はパソコンで照会し始める。

 正直時間が惜しいが、要人を守る為の決められた規則だ。どんなに急いでいても手続きをしなければならない。どちらにしろ、それほど確認作業に時間はかからない。

「確認できました」

「ありがとう」

「お気をつけて」

 マテウスは頷くと、すぐに駅長室から出て駅員達が行き交う廊下を走り出した。

 同時にアルフィーのスマホのGPSを追いかける為に自分のスマホを取り出す。まだ情報部からの情報は来ていないが、マテウスも尊敬する優秀な女性軍人が動いている為、すぐに手元に情報が来るだろう。

「……毎回毎回、こうやって後手に回るんだから、いい加減法律を変えてくれないかなぁ」

 ふつふつと湧き上がるのは政府に対する怒りと、こんな事を引き起こすテロ組織への怒り、そして弟のように思っている彼に何もできない自分への怒り。

 マテウスがアルフィーと出会ったのは、近衛兵団に所属し、プリンセス・エイブリー付きになった時だった。軍属魔術師としてアルフィーを鍛えるように命令が来ていた。

 今でも覚えている。初めて会った時のアルフィーは反抗期真っ盛りで、クラスでも孤立していたため、どこかふてくされて余所余所しく、でもどうやって人間関係を築けばいいのか分からない頼りなさげな複雑な顔をしていた。

 最初はなかなかマテウスに懐いてくれなかったが、アルフィーが誘拐されてマテウスが助けたのを契機に、アルフィーが少しずつ心を開くようになった。思春期らしい悩みも聞いたし、彼特有ともいえる悩みも聞いた。誰にもぶつけられない複雑な感情も聞いた。そのおかげで今ではすっかり兄のように慕われているし、マテウス自身も魔法の弟子というよりは弟のようなつもりで接しているので、近衛兵団の軍人もマテウスがアルフィーに対してのみ口調や態度が改まっていなくても何も言わない。一度だけ上層部が苦言を言ってきたが、それを聞いたエイブリーが上層部に乗り込んで言い返した。

「息子が唯一、私達以外で相談できる歳上の相手なのよ?それを取り上げないでちょうだい。マテウスのおかげで、どれだけ息子が救われたと思っているの?そもそも私の息子は要人でも何でもないとこの国が言ってるんだから、マテウスの態度を咎めるのはおかしいわ」

 エイブリーがそう言ったおかげで、マテウスはアルフィーとの接し方を変えずに今日まで来ている。

 そんな弟のようなアルフィーがまた危険に巻き込まれている。ただ母親が王女というだけで。王位継承権を持っているせいで。法と王室典範の齟齬が正されないばかりに。

 喉元まで迫り上がる怒りをマテウスは何とか抑え込む。

 アルフィーが生まれて二十年も経っているのに、未だ法律は変わらず、王室典範も変更されない。おかげでまた今日のような危険がアルフィーに降り注いでいる。

 いくらマテウスがアルフィーを鍛えたといっても、四六時中気を張って自分を守るなんて事はできない。そんなのどんな人間でも無理だろう。なのに数ある問題に隠されて、国王もエイブリーも頼んでいるのに何の対策も国はしてくれない。

 アルフィーに何かあった時、場合によっては一番困るのは国だというのに。

 でも賢いマテウスは、たった一人の安全のために法律がそう簡単に変わる事がない事も分かっていた。

 ピコン、とスマホが鳴った。

「ーーー来た」

 GPS情報を手に入れたマテウスは走り出した。



 祭りを回る数時間なんてあっという間に過ぎてしまった。懐は痛いが楽しい事に変わりはない。フィナーレを飾る花火は夜七時になってからだから、まだまだ先だ。つまり、まだまだ祭りを楽しめるということ。

「次はフリーマーケットの方行ってもいい?」

「いいよ」

「デイヴもいい?」

「おう」

 何か掘り出し物でもないだろうか、とわくわくしながらフリーマーケットの方へ向かう。

 掻き分けるほどではないが、それなりに人で混んだ道を三人で逸れないように歩いていくと。

「ーーーあ?」

 唐突にデイヴが立ち止まった。

「デイヴ?」

「どうした?」

 少し距離の空いたデイヴに声をかけるが、エラ達を無視してデイヴは宙空を見つめたままだ。

 何だろう?とエラが首を傾げて待っていると、デイヴはカッとヘーゼルの瞳が見開いた。

「アルフィー、すぐに身を守れ!」

 デイヴがそう叫んだ途端、隣りのアルフィーが顔色を変えて魔法を展開する。

 戸惑うエラはグッとアルフィーに肩を引かれて驚く暇もなく、彼が展開する防御魔法の中に閉じ込められる。

「な、何?なんなの?」

「少し待ってて。デイヴ!」

 アルフィーに肩を抱かれたまま大人しくしていると、アルフィーが防御結界を調整してデイヴを中に入れた。

 すると更にアルフィーは魔法をいくつも展開した。その中にはフランマで売っている目眩し系の姿を隠す魔法も入っている。

 一体何がどうなっているのか。

 アルフィーが一息ついたのでエラは魔法が終わったのだと分かった。何となく安全の為に沢山の魔法を使った事も察している。

 そこでエラははたと気がついた。アルフィーに肩を抱かれたままだ。

 エラは小さく身じろぎして、アルフィーの腕の中から抜け出そうとした。

 だって突然魔法を使い始めるから戸惑って大人しくけど、恋人でもないのに肩を抱かれたままって明らかにおかしいでしょ!?

 熱くなる頬にどうしていいか分からなくなる。

「あ…ごめん」

 エラの様子に気がついたアルフィーがそっと手を離した。

 自分のでない熱が離れてホッとしている反面、名残惜しくて、どうしても切なくなる。

 ああ、やっぱり私ーーー。

「う、ううん。平気、ありがとう」

 ちょっと何を言いたいのか分からなくなった。

 いやそれよりも。

「あの、どうしたの?」

 エラが尋ねるとアルフィーはデイヴに視線をやった。

 だからエラも視線をデイヴに向けたのだが、デイヴは決まり悪そうに頭を掻いている。

 もう一度アルフィーに視線を戻すと、アルフィーも同じ様な顔をして溜め息をついた。

「…エラ、その、驚かないで聞いて欲しいんだけど…」

「ーーー俺は妖精が見える」

 ぽつりとデイヴが呟いた。

 妖精が見える?

 聞いた事はある。妖精が見える人はいるのだと。とても珍しい能力で、ほぼ都市伝説みたいなものだ。

 その力を目の前のデイヴが持っている?

「え…?あ、あれって都市伝説じゃなかったの!?」

 思わずエラが思った通りの事を言ってしまうと、二人は面食らった後で、アルフィーは吹き出し、デイヴは半眼になった。

「あははは!嘘だとか、自分も見えるって言い出した人は見た事あるけど、都市伝説だって言ったのはエラが初めてだな」

「……反応に困る」

「いいじゃないか。否定されたわけじゃないんだし」

 けらけら笑うアルフィーに毒気を抜かれたのか、デイヴが溜め息をついて説明した。

「アルフィーは昔から妖精に好かれてるんだ」

「俺は少しも見えないけどね。デイヴが言うには昔から俺の周りは妖精が跳ねてたり、昼寝してりしてるらしい」

 その様子を想像してエラは少しだけ微笑んだ。初夏の木の下でアルフィーが読書をしていて、その周りを小さな妖精達が囲んでいたらとても絵になる気がする。

「……今更白状すると、十五歳くらいまでお前の前によく現れてたフィンって白猫、あれ、妖精だったぞ」

「え、フィンが?」

「猫の妖精なんだろ。王様になるから、ってどこか行ったが」

「猫の王様…」

 そんな御伽噺があった気がする。

「そ、それで?」

 話の続きを促すと、デイヴはちらりと気遣うようにアルフィーを見た。

「…妖精達が言ったんだ。アルフィーが見られてる、大嫌いな鉄が狙ってる、ってな」

「鉄?」

「拳銃って事だろ。たぶん」

 あっさりアルフィーが出した単語にエラは目を見開いた。

 この国では一般市民なんて簡単に拳銃に触れない。警官とか軍人みたいな職務で持つ事が許されている人達以外は。

「な、何で?何でアルフィーが狙われるの?」

「それは……」

 当たり前の質問に言い淀むアルフィー。視線を逸らすデイヴ。

 その態度に不安に駆られたエラはギュッと鞄を持つ手を握り締めた。

 何。何なの?

 ただのコブランカレッジの学生が狙われるなんてありえない。

 アルフィーは何者なの?悪い人?犯罪でも犯してるの?

 エラはアルフィーが犯罪者だとは思えなかった。だってフランマにやってくる彼は普通の青年で、いつも読書や課題をこなしていて、とても犯罪を犯す人にはみえない。あれが演技なら人間不信になってしまうレベルだ。

 でも少なくとも狙われる理由がアルフィーにはあるのだ。

 どうしていいか分からなくて、エラが一歩だけ足を後ろに動かした時。

「ーーー見つけた」

 知らない人の声がした。


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