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オータムフェスティバル 2

二日間の祭りなので、アルフィーとデイヴは初日を二人で回った。家はそれほど離れていないが、デイヴは少し離れた大学に入ったので最近はあまり顔を合わせる事もなく、幼馴染と会話が続くか心配だったが、そんなデイヴの心配は杞憂だった。アルフィーは以前と同じように話してくれるし、会話が無くてもそれは苦痛の時間ではなかった。

 何より、デイヴがおかしな事をしてしまってもアルフィーは気にしない。寧ろ気遣ってくれる。それがありがたい。変な言い訳を考えなくて済む。

 顔にはあまり出ないが、デイヴはアルフィーと祭りを回るのはかなり楽しかった。

 問題は明日だ。アルフィーの友達が一人増えるので少しばかり気が重い。

 そんな事を考えてフリーマーケットを歩いていたら、デイヴは一瞬だけアルフィーを見失った。

 慌てて周りを見渡すと、少し後ろのハンドメイドらしき店の前でアルフィーが立ち止まっている。

 真剣に悩んでいるようで、でもどこか優しく微笑んでいるようにも見える不思議な表情の幼馴染。

 こんな顔をする幼馴染を見た事がなくて、少しだけデイヴは目を見張った。

「どうかしたのか?」

「あ、いや……」

 デイヴが呼べばハッとしたようにアルフィーは瞬きをして足速にデイヴの隣りに戻ってきた。

 何だったんだろう。

 ちらりとアルフィーが足を止めた店を見れば、やはりハンドメイドの小さな店だ。可愛らしいアクセサリーが並んでいるが、端の方に男物のアクセサリーも混じっている。

「何か欲しかったのか?」

「何でもないよ」

 はぐらかすアルフィーを不審に思ってもう一度店を見る。特に何か特筆するような物も人もない。

 本当にただ目に入ったから立ち止まっただけ、なのだろう。

 そう結論付けたデイヴだったが、翌日の祭りの待ち合わせに現れた人物に納得がいった。

「初めまして。エラ・メイソンです」

 昨日と違い、アルフィーとデイヴは二人で祭りの最寄り駅にやってきたのだが、そこで待っていたのはアルフィーと同じ妖精の月の瞳と緩く波打つ真っ黒な髪を持った女の子がいて、デイヴは驚愕した。

 ーーーちょっと待て、女?

 思わずガッとアルフィーの肩に腕を掛けて、エラに背中を向ける形で引っ張る。

「お前!女なら女って言っておけよ!!」

「え?あれ、言ってなかったっけ?」

「言ってねえよ!!」

「あー…言ってなかったかも?」

 とぼけているわけではなく、本気で首を捻るアルフィーをデイヴは睨んだが、アルフィーは苦笑で答える。

「ちゃんと伝えてなかったのは悪かったって。でもいい子だよ」

 そりゃあ、お前が信用し始めてるんだから悪い奴ではないだろうよ!でも俺は女と何を話せばいいのか皆目分からん!!

 そう怒鳴りたいのを押し込めてデイヴはエラと名乗った女を振り返った。

 動きやすいようにだろう黒いパンツとピスタチオグリーンのインナーに秋らしい茶色のカーディガンを羽織り、さらにキャスケットまで被った女性は自分達とほぼ変わらない歳に見える。

 それにどうやら彼女もアルフィーと同じく好かれる質らしい。

「あの、邪魔なら帰るけど…」

「邪魔なわけないよ。こいつは俺の幼馴染のデイヴィッド・スチュアート」

 エラの方を向いたアルフィーがあっさりデイヴを紹介したので、デイヴは仕方なく自己紹介した。

「デイヴィッド・スチュアートだ。…デイヴでいい。みんなそう呼ぶから」

「よろしく、デイヴ」

 絆創膏が貼ってある手を差し出されたので握手をする。

 すると絆創膏に気がついたアルフィーがエラの手を覗き込んだ。

「エラ、また怪我したの?」

「うん、でも平気。最近、やっと浮遊魔法以外の魔法付与も練習させてもらえるようになったから」

「それで最近また怪我が増えてるのか」

 すい、とアルフィーが手を伸ばして、今まさに手を引っ込めようとしていたエラの手を掴んだ。

「大丈夫だって」

「はいはい」

 困ったような照れたような焦っているような、いろんな感情を混ぜた顔をしてエラが手を引っ込めようとするがアルフィーはお構いなしに反対の手を翳して治癒魔法を使った。どこか楽しそうだとデイヴが分かるのは長年の付き合い故だろう。

 傷を治してしまうと三人は祭りの中を歩き始めた。

 知らない奴と会話、と人知れず緊張していたデイヴだが、アルフィーのおかげでエラともすぐに話せるようになった。元々おしゃべりな娘のようだ。

 それに嫌でも気がついた事がある。幼馴染の表情だ。

「エラは花火の魔法使えるの?」

「一応。子供の頃にやったきりだから心配だけど…」

「それで魔石持ってるの?」

「だ、だって、シンディさんがそれなら一応持っていきなさいって…それに失敗して火事にするよりはいいでしょ?」

「失敗しても俺が何とかするのに」

「…そう、なんだろうけど…」

 いつも通りのアルフィーだが、エラと話している時は妖精の月の瞳の奥に隠しきれない熱がある事に気がついた。エラに向ける表情だって心なしか優しい。

 もしかして、昨日フリーマーケットで立ち止まったのも彼女に何か買おうとしたのかもしれない。

 あーだからか。

 何となくアルフィーがエラに自分の秘密を明かさない理由をデイヴは察した。

 秘密を明かして、彼女が今と変わらない対応をしてくれるのかなんて分からないからだ。もし嘘だって笑われたら、そんな重荷は背負えないと拒絶されたらーーーアルフィーは傷付くだろう。今までだって何度かあって、それでひっそりと荒れていた時期も知っている。

 誰だって好き好んで傷付きたくない。彼女を大切に思い始めているからこそ、明かせない秘密になってしまっているのだ。

 でもきっと、聡明なアルフィーはこのままではいけない事も分かっているはず。

 だからデイヴは何も言わなかった。





 祭りの熱気に押されながら、エラは思いの外祭りを楽しんでいた。

「あれ?こんな所に銅像なんてあったっけ?」

「あ、エラそれは…」

 見慣れない銅像に近づく。銅像の足元には小さな箱が置いてあってコインが入っていた。

 そこに通りがかった女性がコインを入れた。

 途端にエラのすぐ近くにいた銅像が動いた。

「ひっ!?」

「大道芸……って、遅かった」

「こんにちは、レディ」

 投げ銭をした女性に優雅な礼をした銅像は驚いて固まっているエラにもパチン、とウィンクして「驚かしてすみません」と答えて、また動かなくなった。

「…び、びっくりした」

「すごいよね」

「普段はいないのか?観光地の方だとよくいるだろ?」

「たまにいるな」

「私、あんまりこっちの方来ないから…」

「お、デイヴ、的当てがあるぞ」

「ガキじゃねぇんだからやるわけないだろ!」

「昔は毎回やってたじゃないか」

 デイヴを揶揄うアルフィーを見て仲が良い事がよく分かる。

 たまにアルフィーとデイヴの昔話を聞きながら、立ち並ぶ店を回る。

「腹減った。ちょっとそこのポテト買ってくる」

「じゃあ俺とエラはあそこの街灯下で待ってるな」

「なら私もあっちのアップルパイ食べたい」

 デイヴが屋台で買い食いをすると言うのでエラも乗っかる。可愛らしいお店に並ぶアップルパイに興味があったのと、ちょっとお腹が減っていたのだ。

 エラはちょっと行ってすぐ帰ってくる気だったのだけれど。

「あ、俺も行くよ」

 とアルフィーが言い出した。

 え?アルフィーも行くの?

 戸惑うエラを置いてけぼりに、デイヴはああ、と小さく納得してエラ達に背を向ける。

「じゃ、後でな」

「おう」

「ほらエラ、行くよ」

「え、うん」

 とりあえず頷き、目的のアップルパイを買いに行く。

 店主はおじさんだったが、店は祭りの浮ついた気分を表すようにりんごやらハートやらのオーナメントや可愛らしい兎の置物などが飾られている。

「いらっしゃい!注文は?」

「アップルパイを……」

「二つ」

 注文しようとしたエラの横からアルフィーが口を出した。

 店主が包んでくれている間にエラは財布を出しつつアルフィーを振り返る。

「二つって…アルフィーも食べるの?」

「あー……うん」

「はいお待ち!二つ合わせて五百だ、兄ちゃん」

「はい、ありがとうございます」

「え!?ちょ、待っ……」

 何故か店主はアップルパイを二つともエラに差し出して二人分の代金をアルフィーに請求し、アルフィーは何の躊躇いもなく払ってしまうので、エラは慌てた。だが両手にアップルパイを渡された時にうっかり財布を鞄に仕舞ってしまったし、両手が塞がっているのでどうしようもできない。

 慌てるエラに何を勘違いしたのか店主はバチコーン☆と音がしそうなウィンクを投げて「ボーイフレンドに甘えておきな、嬢ちゃん」と言い出した。

 いつまでも店先にいては商売の邪魔なので、エラは店主に礼を言ってから先に店先から離れたアルフィーを追いかける。

「持ってくれてありがとう、エラ」

「どういたしまして…じゃなくて!何で私の分も払ってるのよ!?」

「いや、ああいう場合は個別会計するより一度に会計しちゃった方が店側にもいいでしょ」

「そうだけど…」

 エラはじとりとアルフィーを半眼で睨んだ。

「…じゃあ私が今代金を支払ったら受け取ってくれるの?」

「え?却下」

「ほらみなさい!あんた絶対に受け取らないつもりで買ったでしょ!?」

「だって前にご飯代出させたし」

「あれは治療のお礼だからいいのよ!」

「俺は嫌」

「私が困るの!」

「あのね、この際だから言うけど、あんな簡単な治癒魔法で奢られてるなんて申し訳ないんだけど」

「私だって毎回お礼無しじゃ申し訳ないんだけど。しかも古代文字も魔法陣も教えてもらってるのに」

「あれは俺も復習になるからいいの。ていうかコーディアルシロップだって貰ったし、もうお礼は十分だよ」

「あれは毎年作ってるし、そんな大したものじゃないもの。もー、ちゃんとお金は払わせて!」

「いや」

「何やってんだ、お前ら」

 しょうもない舌戦を繰り広げていた二人を止めたのは戻ってきたデイヴだった。

「「デイヴ、いい所に!」」

「……絶対に間の悪い時に戻ってきた気がする…」

 ハモった二人にうんざり顔で答えるデイヴ。

「デイヴ、お前以前に奢られた相手に何も返して無かったら奢り返すよな?」

「デイヴ、意味もなく奢られるわけにはいかないわよね?」

「……はあ?」

 何となく状況が分かるような分からないような顔をするデイヴに、アルフィーが状況を説明して自分の行動に同意を求めると、エラは横から「ずるい!」と抗議した。そんなの幼馴染であるアルフィーに同意するに決まってる。

 が、あまりにくだらない内容だったのだろう。デイヴは呆れ返っていた。

「…正直言うとどっちもどっちだが……奢られておけばいいだろ、エラ」

「なっ………!?」

「いや、エラの気持ちも分かるけどな。どーせ、好物のアップルパイ見つけたくせに店が女子向け過ぎてエラに便乗しなきゃ買えなかったんだろ。報酬だとでも思って受け取っておけ」

「おい…!」

「…え?」

 今度はアルフィーが慌ててデイヴの口を塞ごうとする。

「余計な事言うなよ!」

「本当の事だろうが」

 珍しく顔を赤くしたアルフィーがデイヴの首を絞めに掛かって、デイヴが「ギブギブ」などと腕を叩いている。

 あ、デイヴよりアルフィーの方が少しだけ背がたかいんだ。デイヴの方が体が大きいから、身長も高いのかと思ってた。

 などとどうでもいい事に気がつく。

 いやそれよりも。

「………アップルパイ、好きなの?」

 エラが尋ねると、大袈裟なほどアルフィーが肩を跳ねさせた。

 代わりに答えたのはデイヴだ。

「大好きだぞ。知らなかったのか?」

「全然」

「あー…また隠してたのか?こいつの母親がさ、たまにアップルパイを作るんだが、それが美味くてな。そのせいでアップルパイが好きなんだが、マザコンって揶揄われてから言わなくなった……」

「おっまえ!普段無口なくせに、こんな時ばっかりペラペラ喋るな!」

「事実だろうが」

 幼馴染特有の気安さだろうか、子供みたいな一面を覗かせるアルフィーとデイヴにエラは毒気を抜かれた。

「喉乾いたから飲み物買ってくる」

「あ!逃げんな!」

 アルフィーから逃げたいらしきデイヴが短く主張してエラにポテトを押し付け、祭りの雑踏に消える。

 動物なら低く唸ってそうな様子のアルフィーにエラは押し付けられたポテトを持ち直しながら話しかけた。

「お母さんのアップルパイ、そんなに美味しいの?」

 またアルフィーが肩を跳ねさせた。小さく「デイヴめ、覚えてろ」の呟くのが聞こえた。

 思春期ならともかく、別に好物の原因が母親だって誰もマザコンなんて言わないと思うけど。

「いいじゃない。私だって父が作るシチュー好きだし。普段は鬱陶しいお父さんなんだけどね」

「鬱陶しい?」

「うん。娘バカ過ぎて、帰省するたびに大泣きして無事だったか、何も無かったか、ってハグされて、帰省中に溜め息をつこうものなら何かあったのか、って飛んできて、帰る時も大泣きして帰したくない、とか言って強烈なハグをしてくるの。……本当に鬱陶しいわ」

 思わずげんなりする。愛されているのは分かるが、父の愛は過剰だと思う。

「あー……溺愛されてるのね」

「うんまあ……あれはね病気よ、もはや。でも悪い人ではないわ」

 妹と共に邪険にしているが、嫌いなわけではない。

「で、アルフィーは?」

 話をアルフィーに振ると、彼は少しだけ気まずそうにしながら口を開いた。

「昔さ、テレビでアップルパイを見て母さんに食べたいって言ったんだ。子供の戯言なんだから聞き流せばいいのに忙しい中わざわざ作ってくれて、それが子供心に嬉しくってさ。なんかそれから好物になった…」

 どうにも気恥ずかしいらしく、アルフィーはエラから目を逸らしている。

 それが可愛らしくて、エラはほんの少し笑った。いつも冷静だから好物一つでこんなに慌てるなんて意外だった。

「なら、今度は私が作るね」

「え?」

「傷を治してくれるお礼に」

 何かを奢ると喧嘩になるから、と続けると、エラを見たアルフィーが嬉しそうに笑った。

「それなら大歓迎。楽しみにしてる」

 二人はやっと笑い合ってアップルパイに口を付けた。

 しばらくして三人分の飲み物を持って戻ってきたデイヴは、アルフィーの機嫌が治っていたのでホッとしたらしい。




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