オータムフェスティバル 1
暦上は秋になった。まだ残暑が残っている。
アルフィーは新学期が始まり、フランマに顔を出すのは休日が多くなった。しかし特別忙しいわけではないらしいく、エラの夜勤にもやってきて古代文字と魔法陣を教えてくれている。
「これが木……育つ……これは強い…」
「合ってる」
「んー……大きい……直線?何のための魔法なのかさっぱり……」
「ヒントは城とか砦とかを造る時に使われた魔法陣だよ」
「…城…………あっ、分かった!これ、城の柱とかになるような大きな木材を作るための木を育てる魔法陣ね!」
「正解」
まだ古代文字の辞書を離さないエラだが、アルフィーのおかげで辞書を引きながら魔法陣の勉強をしている。アルフィーの教え方は本当に分かりやすい。
ただ、教えるために顔や手が接近するとちょっとだけ緊張する。いやだって、下手に触れたらアルフィーに拘束の魔石が発動するかもしれないし。
その緊張にほんの少しだけ熱が上がるのには気づいているけど。
一つ魔法陣が分かったので新しい魔法陣に取り組み始めようと次のページを捲るとアルフィーが「そういえば」と口を開いた。
「月光干しの魔石、ほとんどが黒か紫色だったけど何か理由があるの?」
「神秘魔法と防御魔法のためよ。夏の終わりから秋口はこれが売れるの」
エラは自分の腕にある紫水晶の魔石を指差した。それはエラが夜勤をするためにルークが作った魔石で姿を隠す魔石がある。アルフィーが前に試してエラを驚かせたあの魔石だ。
それだけでアルフィーはなるほど、と頷いた。
「女子大生が買っていくのか」
「正解」
コブランフィールドにはアルフィーの通うコブランカレッジ以外にもいくつか大学がある。女子大もあるので、一人暮らしを始めた女子大生のお守り用に本人や親が買っていくのだ。
「姿隠しの魔石が一番売れるけど、他にも防御系の魔石も売れるから今は紫水晶や黒水晶の魔石を作ってるのよ」
神秘は紫、防御や攻撃は黒色の魔石と相性がいい。ちなみに透明だと何色でも染まれるためどんな魔石にもなれる。
「この時期が終わると今度はオータムフェスティバルが始まるからしばらく掻き入れ時よ」
オータムフェスティバルはコブランフィールドの収穫祭だ。祭り最終日には魔法の花火を打ち上げる習慣があり、花火を打ち上げる魔法が使えない人達(主に子供)のために花火を打ち上げる幻影の魔石を作って売るのだ。
何故幻影の魔法なのかというと理由は簡単。本当の花火の魔法だと魔石の発動場所を間違えた場合ーーー例えば家の中とかーーー火事になるからだ。
なので子供がふざけて魔力を込めて発動しても物理的な害がないように花火の幻影ができる魔石が作られた。
「じゃあしばらく忙しいのか」
「まあね」
そうアルフィーに教えて二週間、フランマは姦しくなった。
「これこれ!この魔石、高いけど便利よ!」
「買っておいて損はないわ!私もお世話になってるもの!」
「バイトの帰りとか重宝するよねー!」
何故かと言えば女子大生がグループで押しかけてくるからだ。
一人暮らしや寮暮らしを始めた女子大生で魔石のお守りを持っていない子が、先輩や仲良くなった友達に勧められて買いに来たり、このフランマの魔石を買って行った人達が大学で広めてくれたりして親御さんがわざわざを足を運んだりとフランマは連日騒がしい。
特にほとんど歳の変わらないエラは声をかけられやすく、女子大生達に囲まれて毎日何回も同じ商品説明に励んでいた。
「つ、疲れた……口の中がカラカラ…」
「お疲れ様」
閉店して二階に上がったエラに、遊びにきていたアルフィーは甘いカフェオレを差し出す。いい加減、エラの好みも分かっている。
「あう、生き返る……」
商品説明でカラカラになった喉を潤すとほっとした。
「ルークさんとシンディさんはブラックでよかったですか?」
「おう、すまんな」
「大丈夫よ」
アルフィーはルークとシンディにもコーヒーを差し出した。ルークの方もきゃぴきゃぴした女子大生達の相手に疲れ顔だ。シンディは特に疲れた様子はないが、二人だけでは回らなくなり、本業が休みだった彼女は急遽呼び出されて来たので疲れてはいるだろう。
そんな三人を労いつつアルフィーは自分のコーヒーを啜る。マグカップはエラが買ってきてくれたものだ。
一息ついたルークとエラはそれぞれの飲み物を持って徐ろに立ったまま会議を始めた。
「次はオータムフェスティバルだな。明日からの日干しはまた紫水晶と水晶なんだが…いくつ作るかな」
「去年は三百作りました」
「それで大分余ったな」
「でも去年は花火当日が雨だったからですよ」
「あれは当日に買う人が多いからなぁ。やはり三百作るか」
「うーん…寧ろ去年、花火ができなかった分、今年こそはって意気込む人が多いんじゃないですか?」
短い会議が終わるのを待っていると、二人の会議が邪魔にならない程度の声でシンディがアルフィーに声をかけてきた。
「アルフィーはオータムフェスティバルはどうするの?」
「いえ、特に決めてませんけど…でも幼馴染がこっちに遊びに来るって言ってたからそいつと適当に回ろうかと…」
「それにエラを連れてってくれないかしら?」
「え?」
アルフィーは目が点になった。
祭り当日、フランマは忙しいとたった今話していた。つまりエラは仕事だろう。
「エラは仕事ですよね?」
「仕事です」
聞こえていたのかエラも口を出してきた。
しかしシンディは頬に片手を当て小首を傾げながらズバリと言った。
「だってね、エラったら毎年仕事だからコブランフィールドに来てもう三年目なのに一度もオータムフェスティバルに行った事がないのよ」
「は?」
思わず変な声を出してエラを見ると物凄くバツの悪そうな顔をしたエラと目が合った。その目が雄弁に本当ですと言っていた。
「去年も一昨年も仕事だからってここにいるの。ありがたいんだけどね。せっかくコブランフィールドに来たのなら行かなきゃ損じゃない?折角のお祭りなのに」
「私はお祭りは別にいいですって。混むだけだし」
「でもねぇ、私も今年は休みを取ったのよ。親戚が来るからルークと二人で案内するつもりで」
「…………」
何となく話が見えてきて、アルフィーはなるほど、と内心で納得した。どうやらまたシンディのお節介が発動したようだ。
「というわけで、お店も最終日は閉める予定なのよね」
「ええ!?」
素直に驚いたエラが思わずといったようにルークを見て、ルークはルークで何も言わないからエラはぐぬぬと口をつぐんだ。
「じゃあアルフィー、エラをよろしくね」
シンディににっこり微笑まれてアルフィーは頷くしかなかった。
ーーーオータムフェスティバルが始まった。
アルフィーは駅で幼馴染と久しぶりに顔を合わせた。
「久しぶりだな、デイヴ」
「おう」
趣味でテニスをしているデイヴはスポーツマンらしく刈り込んだ焦茶色の髪だが、ヘーゼルの瞳は何もかもを見透かしたような知的な印象を与える。たぶん、彼の特殊能力をアルフィーは知っているからそんな風に思うのだ。
「……相変わらず、好かれてるな」
「それが見えたら楽しいだろうなぁ」
「馬鹿言え。苦労するだけだ」
「でも俺を助けてくれただろ」
からりと笑えば当時を思い出したのかデイヴは小さな溜め息をついた。
デイヴはアルフィーより一つ年上の幼馴染だ。つまりアルフィーの秘密を知っている。バッカス同様気の置けない友人だ。
「今は大丈夫なのか?」
「カレッジに入ってからは何もないな。まあ、通学の時に魔法使ってるし、生半可な魔法じゃ追えない程度には鍛えられたからなぁ」
カレッジに入る前を思い出してアルフィーは苦笑する。実家からカレッジに通うにあたって、アルフィーは両親とマテウスから改めて身を守るための魔法を叩き込まれた。この国の魔術師として五指には入るだろう実力のマテウスと、身を守るために神秘魔法を叩き込まれた母からとんでもなく厳しい稽古をされたので、アルフィーは難しいと言われる神秘魔法を使いこなせるようになったのだ。ついでに防御系の魔法も得意になった。
マテウスの奴、本気で攻撃してくるから本気で防御しないと俺の命が危なかったんだよなぁ。
アルフィーは淡い金髪とブルーグレーの柔和な男を思い出す。にこにこ笑っているのに恐ろしい威力の魔法が飛んできてかなりの恐怖だった。
思わず遠い目をしてしまう。
もちろんマテウスは手加減していただろう。アルフィーの本気の防御力に合わせた威力の魔法を使っていたと思う。たぶん。
「そういえば、明日はもう一人一緒に回るんだっけ?」
話が変わり、アルフィーは少し固い表情で頷いた。
この後どんな質問がされるのか、アルフィーは分かっていた。
「どんな奴だ?お前の事は知ってんのか?」
「…まだ知らない」
思っていた通りの質問に素直に答えると、デイヴは「そうか」と短く答えただけだった。
「信用できない奴なのか?」
「いや……」
聞かれてエラの顔を思い浮かべる。
彼女は信用できる人間か、と聞かれたら信用できる人間だと思う。惚れた贔屓目かもしれないが、少なくともエラは裏表の無い女性だし、おしゃべりではあるが守るべき秘密は守るタイプの人間だ。
けれどそれはあくまでアルフィーの主観で、客観的にみてそうなのか判断できない。
「信用、できそうな気はする」
「ならいいじゃねぇか」
「よくない。今まで俺がどんな目に遭ってきたのか知ってるだろ?」
「それはっ………そうだが…」
幼馴染のデイヴは知っている。アルフィーがプリンセス・エイブリーの息子というだけで、法律の問題でアルフィーに軍の護衛を付けられないためにいかに危険な目に遭ってきたか。今は無傷でここに居られるが、二回ほど命の危機に瀕した事もあるし、何度も軍に保護された事もある。
それを知っているからそれ以上デイヴは何も言えなかった。
ただ、もう一つだけデイヴは知っている事がある。
この特殊能力のおかげで見えるそれ。それのおかげでアルフィーは何度危険な目にあっても無事なのだと思う。
しかし、それをアルフィーに告げた事はない。彼らは気まぐれで、いつも役に立つとは限らないとデイヴは知っているから。
何だか雰囲気が暗くなってしまったので、デイヴは辛気臭い空気を追い払うように改めて尋ねた。
「で、明日一緒に回る奴はどんな奴なんだ?」
話しやすい奴ならいいなぁ、というのはデイヴの希望である。デイヴはあまり話す事が得意じゃないのだ。
ただ、アルフィーが信用しかけているという事は悪い奴ではないのだろう。
「コブランフィールドで働いてる見習い魔石工だよ」
「魔石工?」
意外だ。アルフィーは魔石に興味なんてなかったはずだが。というか魔法が得意な彼は魔石に頼る必要がないだろうに。
「じいちゃんに魔石買った時に知り合ったんだ」
「へぇ」
ああ、なるほど。確かアルフィーの祖父は魔法が苦手だと聞いた事がある。魔法が得意だったのはもう亡くなった祖母の方だとも。
余談だが、魔法は苦手だが勉強はできた祖父と、魔法だけは得意だった祖母、その二人の良いとこ取りをしたのがアルフィーの父親で、その良いとこ取りをそっくりそのまま貰った上に母親の魔力量を受け継いだのがアルフィーだ。
明日一緒に回る奴はどんな奴なんだろう、と思いながらデイヴはアルフィーと駅の外へ歩いていった。




