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見習い魔石工の妖精乙女  作者: 小雪
番外編
108/114

あけましておめでとうございます。番外編です。

いくつか番外編を上げるので、少しの間連載中に戻します。

「ホーク」

 そう自分が彼の事を呼び始めたのは、アルフィー・ホークショウだと彼が名乗った事と、誰にでも礼儀正しいのにどこか冷めた瞳が空を悠々と飛びながら獲物を冷静に探している鷹を連想させたから。

 ホークはデールの後輩だ。

 冷静沈着な後輩は優秀だったし、話しかければ誰にでも愛想は良かったが、どこか近寄り難く、とっつきにくい印象が拭えなかった。

 それが悪い事だとは思わない。ここの研究員の中には実験は得意だが内向的で目立ちたく無いという人もいるし、誰にも邪魔されず黙々と研究をしたいという人もいる。そういう連中に比べたらホークは十分社交的で、研究の話をすれば意見をくれたり、一緒に考えてくれたりと普通の研究員だった。飲み会なのど付き合いは悪いが、別にデールは気にしなかった。

 でも一緒に過ごしていれば、態度は少々冷たくても誰にでも気遣いを忘れない男だと皆が気付く。

 例えば他の研究員が大きな荷物を抱えていればさりげなく荷物を持ってくれるし、得意の水魔法の腕を貸してくれと頼まれれば快く返事をするし、誰に頼まれたわけでもないのに研究に煮詰まっている人にコーヒーを差し入れたりするし。

 特に同じフロアの女性の研究員によれば、ホークの奴は必ずドアを押さえて開けてくれるし、重たい物を持っているとすぐに気付いて持ってくれるし、高い位置の物を取ろうとしていると気がついて手を貸してくれるし、飲み物が空になると必ず周りに追加がいるか確認するし、女性を女性が喜ぶ言葉で褒めてくれるらしい。

 男のデールからすると、女に甘すぎじゃね?そんな女にあれこれ世話を焼かなくても大丈夫だろ?必要なら男手をくれと言えばいいんだから。という感じだが、女性陣は違うらしい。

「すっごく気遣いができる子よねぇ。ちょっとクール過ぎるけど」

「優しいんだけどねぇ…もう少しこう…態度というか表情も優しければ完璧王子様なのに」

 それが女性研究員達の評価だった。

 これが酒の席なら男性陣の文句が入る。例えば「いや、この前俺も荷物持ったじゃん」とか「手伝って欲しいなら言えばいいだろー?」とか「俺達だって十分優しいよなぁ」とか。

 対して女性陣が呆れた顔で反論に出る。

「あのね、手伝って欲しいわけじゃないのよ!」

「そうそう。私達だって重たくても荷物は持てるし、高い場所の物だって取れるし、仕事してる人をわざわざ呼び出すほどの事ではないのよ。人に頼むほどの事じゃないけど、手伝ってくれたら嬉しいなぁって事をホークは何も言わなくても手伝ってくれるの」

「そうそう。しかもそれを恩着せがましく言う事もないし」

「優しいってだけじゃ女は寄ってこないの。その優しさをあんた達は女の子に発揮した事あるわけ?無いわよね?無いなら優しく無いと同義よ!」

「モテないって嘆く前に、ホーク見習って女の子を気遣いなさいよねー」と続き、モテない研究員が泣くまでがデフォルトだ。

 どうやら女性陣からすると、あれくらい甘やかしてくれる男の方がいいらしい。

 ただし態度が素っ気無いので鑑賞に限るようだ。

 そんな態度さえ冷たくなければ完璧と言われていたホークが最近変わった。

 最初は自分の出自がバレたからだと思っていた。

 ホークは一応王族だった。

 少し前にお昼ご飯から戻らず、その場にいた職員によれば突然走り出して何処かへ行ったという話だった。

 唯一理由を知っていそうなバッカスというホークの友人は、何となく理由は察したが言えない、と言って頑として口を開かなかった。あの真面目なホークが仕事を放り出して何処かに行くなんて一体どうしたんだろうと皆で不思議に思ったものだ。

 その後、ホークから電話があって知り合いが事件に巻き込まれて助けに行った事が判明した。

 それからホークは数日休んだ。バッカスはやはり何も言わなかったので、ホークに水魔法を頼んでいたチームや単純に彼を心配した研究員達がホークは実は怪我でもしたのかと上司を問い詰め、気弱でおしゃべりで事なかれ主義な上司はホークの母親がプリンセス・エイブリーで家に火炎瓶を投げ込まれたのだと白状した。どれだけ先輩達に聞かれても絶対に答えなかったバッカスは、ぼそりと「こうやってバラす人が多いからアルフィーが苦労するんだよなぁ」とぼやいていた。どうやらバッカスはアルフィーの母親が誰かを知っていたらしい。

「あの、アルフィーの友人としての助言ですけど、あいつの出自を言い触らさないで下さいね。あいつ、本当に苦労してるんで」

 バッカスの忠告を聞いたのはどれくらいの人間なのかーーーそれは四ヶ月後に判明する。

 その話はまた追々。

 とりあえず、数日の休みから帰って来たホークは何人かに母親が本当に王女なのか確かめられ、困ったような顔で肯定していた。

 その日からホークは少し変わったから、あいつが変わったのは出自がバレたからだと思ったのだ。

 何と言うか…人間臭くなった。ほんの少しだけ、以前より親しみやすくなった。あと出勤方法が車ではなく転移魔法になった。

 別に人への態度は変わらない。相変わらず気遣いはできるが素っ気無い。でもたまーに、スマホを見てほんの少しだけ頬を緩めるようになった。

 ああいう人間臭い顔をホークがするのはデールが知る限りバッカス以外いなかった。カレッジからの友人であるバッカスにはホークも心を許しているらしく、素っ気無い態度ではなかったから。今思えば母親の事を話せるくらいには信頼していたのだろうから、そりゃあバッカスの前でなら気の抜けた態度も取るだろう。実際、バッカスは口が堅い。

 彼にどんな心境の変化があったのか、と疑問に思っていると、その疑問はある日あっさり解消された。

「すみません。不躾なの承知で聞くんですけど、結婚式に彼女を連れて行ってもいいですか?」

 結婚式を挙げるからと前々から部署全員を招待していた奴にホークが尋ねた。

 幸せ一杯のそいつは了承したものの、幸せ過ぎて口が軽くなったのか爆速でホークが彼女を連れてくる噂が広がった。

 ホークは困ったような呆れたような顔をしていたが、噂を否定はしなかったし、彼女を連れてくる理由も教えてくれた。

 何でも彼女は現在ストーカー被害に遭っていて、家バレ職場バレもしていて、とてもじゃないが家に一人で置いておけないらしい。

 で、それを聞いて納得すると同時に疑問も浮き出て来た。

「ねえ、ホークって彼女と同棲してんの?」

「それ思った。家に一人で置いておけないってそういう事だよな」

「ってか、あいついつの間に彼女いたんだ…?」

「それ!」

 ひそひそ噂しつつも、何と無くホークに聞く機会を逃したまま結婚式当日になり、会場に彼女をエスコートしたホークが現れた。

 ちなみに完璧なエスコートを見て、研究所所属の全員が『こいつ本当に王族だったんだ…』と思ったのは余談である。

「エラ・メイソンです。無関係なのに押しかけてすみません」

 現れたホークの彼女は緩いシニヨンにまとめた頭を丁寧に下げた。言い方は悪いがどこにでもいる普通の女の子で、話していても頭がいい印象は無く、本当に普通だった。

 でもホークが彼女の事をとても大切にしている事は嫌でもよく分かった。

 場違いな場所に招いてしまったからというのもあるだろうが、片時も彼女のそばから離れないし、ずっと彼女を気遣っていたし、彼女への態度は終始優しかった。いつもの素っ気無い態度はどこへ行ったと聞きたい。

「意外。ホークってもっと恋愛も淡白な奴だと思ってた」

「いつもとのギャップがすげぇ…」

「でもああしてると本当に“王子様”よねぇ…正確には王子ではないんだけど」

 しみじみと言う仲間に思わず頷いてしまう。

 確かにスーツを着て彼女を気遣っている姿は国王陛下が王妃殿下を伴っている時と同じに見える。

「最近ホークが変わった理由って…彼女ができたからか?」

「先輩、鋭いですね」

 ぽつりと呟いた独り言に突然返事が返って来てデールは驚いた。

 振り返るとバッカスが隣りにいて、のんびりとアルコールを流し込んでいた。

「俺、アルフィーとはカレッジからの付き合いですけど、あいつ、本当に苦労が多いんですよ。カレッジの頃も変な記者に付け回されたり、テロ組織に誘拐されたり……」

「誘拐……。え?…あれ?数年前の北部解放戦線の誘拐ニュースって……」

「あ、覚えてます?あれ、あいつですよ」

「ええ!?」

 思わず驚いてしまったデールにバッカスは苦笑して答えた。

「ちなみにアルフィーを助けたのはあの子です」

「…は?」

 どう見ても普通の女の子だけど?

「あの子、魔石工なんですよ。その技術を使って警察も軍も見つけられなかったあいつを見つけたとか」

「どうやって…」

「追跡魔法の魔石らしいです。あいつに前にあげた魔石を印に見立てて追跡魔法の魔石を作って、それを使ったからアルフィーは見つけられたって聞きました。それだけが理由じゃないでしょうけど、アルフィーの奴、エラちゃんにベタ惚れなんですよ」

「……ベタ惚れ、とかホークから一番遠い言葉じゃね?」

 あの素っ気無いホークが?

 思わぬ言葉に目を点にすると、バッカスはおかしそうに笑った。

「先輩がアルフィーの事、ホーク()って呼ぶの、的を射てると俺は思うんですよね。あいつ、意外と一途ですよ。あの二人そのうち結婚するんじゃないですか?少なくともアルフィーはエラちゃんを手放す気ゼロだと思うんですよねぇ」

 デールの困惑を置き去りにして、バッカスが変わらずのんびりと酒を飲む。

 ホークに目を戻すと、職場では絶対にしない柔らかい微笑みを彼女に向けていた。

 それを見てデールも納得した。あの顔はたまにスマホに向けてしている顔で、という事はあいつは彼女からの連絡に頬を緩めている事になる。

 なるほど、確かにホークを変えたのは彼女の存在のようだ。





「辞める!?」

「はい。やりたい事が他にありますしーーー彼女が独立するのでそれを追いかけようと思います」

 バッカスの予想通り、ホークは彼女を唯一と定めたらしく、独立して店を開く彼女に付いて行くらしい。

 できる後輩がいなくなるのでデールとしては大変に困るが、ここから去った方がいいのかもしれないとも思う。

 というのもやはりホークがプリンセス・エイブリーの息子だと誰かが外でバラしたらしく、変な記者が研究所の出入り口でホークを待ち構え、何かスキャンダルを掴もうとしている事が増えたからだ。ホーク自身はうんざりした顔をしていただけで慣れているらしく、魔法を使って逃げ回っていた。あれをやり続けると考えたら一切の情報を与えず去った方が生活が楽だろう。

 事実、ホークはバッカスとデール以外に彼女が店を開くからそれに付いて行くとは言っていない。ホークの出自をバラしてしまった上司や他の研究員には仕事を辞めて実家でのんびりするとしか言っていない徹底ぶりだ。

 どうやら自分はホークの信用を勝ち得たらしい。

「いらっしゃい」

「よう、いい所に住んでるな」

「ストーナプトンよりは不便ですよ」

「そりゃそうだ。チラッと見ただけだったけど、下の店も雰囲気のいい店だな」

「そうでしょう?エラが必死に間取りから考えた店ですから。まあ仕事熱心過ぎて困るんですけどね」

「何だ、放置されてんのか?」

「休めって言わないといつまでも仕事してるんですよ。ちっとも上に上がって来ないから店に見に行ったら作業台でうたた寝してた事多数。見事なワーカーホリックですよ」

 個人的にホークの新しい家に遊びに行くと、ホークが愚痴混じりにそう言った。

 でも彼女への愚痴も愛情に溢れているし、ホーク自身楽しそうだ。

「それで?もう彼女にプロポーズはしたのか?」

 カマをかけてみるとホークは目を瞬き、照れくさそうに笑った。

「しました。元々そのつもりでこっちに来ましたし…エラはここから動くつもりないだろうし、俺も一生ここに住むでしょうね」

 一生、か。

 自分とホークの歳の差からホークの年齢を思い出し、まだ若いのに、と思う。

 それなのにもう終の住処と生涯の伴侶を見つけたらしい。

 ーーーバッカスの言った通りだ。

 鷹は番を一生変えない。

 だからバッカスは『ホーク』と呼び始めたデールに『的を射てる』と言ったのだ。

 その意味を今理解して、デールは笑って後輩を言祝いだ。

「おめでとう、ホーク」




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