魔石工房レイヴン
エラの故郷グリーンウィッチと首都ストーナプトンの丁度間にコルコットという観光地がある。
そこにはコル川という川にかかる古くも美しい橋と時代の違う古代魔法の遺跡が二つあり、毎年一定数の観光客が訪れる町だが、元は丘陵地帯の田舎町である。
そんな街とも田舎とも言い難い、のんびりとした場所に新しく魔石工房ができた。
魔石工房レイヴンーーーそれがエラの新しい夢の始まりである。
魔石工房レイヴンがオープンまであと三日。
内装などの仕事を終えたエラは自分の工房で角柱の黒水晶に魔法付与をしていた。
慎重に、丁寧に。
もう失敗する事は基本的には無いが、今度は片耳だけなんて情けない事をしたくない。
魔法付与が終わるとエラは次に手芸が趣味のエレノアに教えてもらった方法で黒水晶をピアスに加工していく。
まだオープンしていない工房で一人作業をするエラは、もう日が暮れている事には気がついていたが、どうしても仕上げたくてちまちまと作業をしていた。
そんなエラしかいないオープン前の魔石工房に誰かが入ってきた。
「エラ?」
もう耳に馴染んだ声にエラは振り返る事なく最後の作業を終えた。
「できた!何?アルフィー」
出来上がったピアスをそのままに、エラは完成した嬉しさを顔に出して工房に入ってきたアルフィーを振り返る。
そんなエラをアルフィーは苦笑をもって受け入れた。
「夜なのに上にいないからどうしたのかなって」
上、とは店の二階三階の事である。
エラの魔石工房はこじんまりとした三階建の家の一階にある。二階と三階は居住スペースで、二階はキッチンなどの水回り、三階は部屋が二つ。あと屋根裏部屋もあるがこちらは天窓が作られていて魔石を干す用の部屋になっている。
そんな上階にエラがいなかったので、アルフィーが様子を見に来たのだろう。
「何作ってたんだ?」
問われてエラは少し照れ臭くなる。
でも今回は自信作なので、エラは作り終えたピアスを手に乗せるとアルフィーに差し出した。
「遅くなっちゃった。やっと作る事ができたの。はい、どうぞ」
「もしかして…破邪退魔の魔石?」
渡されたピアスを手に乗せたアルフィーにエラは頷く。
「今回はちゃんと左右あるわよ?私の趣味で非対称だけど」
片方は魔石の角柱の垂れ下がるフープタイプのピアス。以前エラがあげた物より小さくできた。
もう片方は小さな黒水晶の普通のスタッドピアス。こちらはただの黒水晶。
「ありがとう、エラ」
「どういたしまして。そっちの角柱が破邪退魔の魔石ね。小さい方はただの黒水晶」
ピアスを手にしたアルフィーは早速ピアスを耳に付ける。
「この重さ、久々だ」
どこか嬉しそうにアルフィーがピアスに触れる。
アルフィーは約一年ぶりにピアスを付けたが、その重さがしっくりきた。
エラもピアスを付けたアルフィーが懐かしくて自然と笑顔になる。
そんなエラにアルフィーが笑みを深め、その直後に照れ臭そうにしてポケットに手を突っ込んだ。
「俺からも贈り物があるんだよね」
「なあに?」
「はい、どうぞ」
出されたのは小さなベルベットの箱。
それに予感を覚えてエラの胸は高鳴ると同時に緊張で手が震えた。
そっと箱を受け取って開けると、中にはとびきりの輝きを秘めた透明な小さな石が三つ。三つのうち一つは他の二つより少し大きい。
それを見てパッとエラの笑顔が石に負けないくらい輝く。
魔石工のエラに裸の石を贈ってくれる時点で可能性は一つしかない。
「エラ、俺と結婚してくれますか?」
少し緊張を孕んだ固い声だったけれど、アルフィーを見上げれば妖精の月の瞳は相変わらず優しくエラを見つめていた。
貰った石が転がり落ちないようにちゃんと箱の蓋をしてからエラは腕を伸ばしてアルフィーに抱きついた。
「もちろんよ!嬉しい…!」
抱きついたエラをアルフィーも抱きしめ返して笑う。
エラがルークから独立して店を構えたいと話した時、アルフィーはそれなら魔術研究所を辞めて付いて行くと言い出した。
アルフィーはあそこで生活の役に立つ魔法の研究をしたいと言っていたのにあっさり辞めてしまう事にエラは驚いてあたふたしてしまったが、アルフィー自身は気にしていないらしい。
「就職してみて思ったけど、なんか思ってたのと違うんだよなぁ」
「そうなの?」
「魔法を役立てるなら他の方法も沢山あるし、これから模索する」
そんなわけでエラが店を構える場所を一緒に考えてくれ、店を建てる時も影に日向に支えてくれた。
こちらに引っ越す時も借りていた部屋を引き払って一緒に引っ越してきてくれ、すぐに職も見つけて来た。今は魔法遺跡の解説員をする傍ら、近くの農場で得意の水魔法を使いながら働いている。魔法が得意な彼は他の農場からも引っ張り凧で、ちょくちょく小金を稼いで帰ってくる。
そんなアルフィーと今も同棲を続けているのでいつかはこういう関係になるだろうと漠然と思っていたが、やはり形になると嬉しい。
しっかり抱き合ってから身を離すと、エラは改めてベルベットの箱を開けてダイヤモンドを見た。
少しの明かりでもきらきら光る宝石はこれこらの二人の未来は明るいのだと示唆しているかのよう。
「素敵なダイヤモンド……。一応確認だけど、大きめの一粒は婚約指輪用?」
「そう」
「残りの二つは結婚指輪用よね。もしかして双子のダイヤモンド?」
「うん。……こんな小さいけど、魔石にできる?」
「大丈夫!双子のダイヤだし、小さくても作れる魔石はあるから」
少し自信がなさそうに言うアルフィーにエラは自信満々に告げた。
確かに天然石が小さ過ぎると魔石にはしにくい。魔力付与まではできても、あまりにその魔力が小さ過ぎて魔法付与ができないからだ。
でも昔から結婚の証としての天然石を装身具を贈り合う時は、必ず魔石にする文化がこの国にある。今は他宗教の文化が入ってきたので結婚指輪が一般的になったが、ずっと昔からささやかで小さな魔法付与を魔石工達はしてきた。特に双子の天然石は小さくても特殊な魔法付与ができる。
まあ今回エラが付与したい魔法はもう決まっているし、双子のダイヤモンドである必要は無いのだけれど、少しくらいロマンチストでも許して欲しい。
上機嫌に鼻歌を歌いながらエラはベルベットの箱の蓋を再び閉じる。明日じっくり時間をかけて魔力付与をしよう。
その日からエラは自分達用のダイヤモンドを魔石にし始めた。
そして一ヶ月後。
まだまだオープンしたばかりの店は軌道に乗っていないが、エラの予想よりは少しずつ魔石が売れている頃、ダイヤモンドの魔石は完成した。
「結局何の魔石にしたの?そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
一ヶ月秘密にされているアルフィーが完成した魔石のダイヤモンドを見ながら尋ねてきたので、エラは答えようと口を開いた。
でもやっぱり照れ臭くて口を数回開閉させ、顔を赤くしながらそろそろと答えた。
「正確には魔石じゃないの。双子のダイヤモンドは魔力付与だけで、印になってるだけ」
「印?」
「うん…私の婚約指輪に付ける方のダイヤモンドに追跡魔法が付与されてるの。…アルフィーの指輪を追えるように」
未だにアルフィーは厄介事に巻き込まれている。さすがに誘拐はされていないが、以前誘拐された時に唯一役に立てた自分の技術を今度は迅速に扱えるようにしようと思い立ち、作り上げたのだ。
それを察したかは分からないが、アルフィーがふと笑みを浮かべてエラの肩を抱き寄せると、こめかみにキスを落とした。
「ありがとう、エラ。俺の事、考えてくれて」
「…えっと、実はそれだけじゃなくて」
以前アルフィーが心配性だとエラは思ったが、こんな付与をするなんて自分も大概心配性だと思うと、恥ずかしくてエラは僅かに視線を下に向けながら口を開いた。
「追跡魔法の印にもなってるけど…実は転移魔法の魔法陣になってて……」
「……はあ!?」
近くで大声を出されて思わず首を竦める。
「転移魔法!?」
なんかデジャヴだなぁ。
アルフィーが大声を出して驚くのも無理はない。転移魔法は魔法陣を使用している事から分かるように古代魔法の分類である。破邪退魔ほど古い魔法ではなく、古代魔法の中でも比較的新しい魔法ではあるが複雑なのには変わりない。普通アルフィーやマテウスのように魔術師として働くような人でなければ学ばない魔法である。
でも緑眼ハンターに狙われたエラを助ける為にアルフィーが駆け付けてくれた時を思い出してこれだと思ったのだ。
「一ヶ月でどうやって……」
「えっと…その……前から勉強してたの。分からない所はエレノアに教えてもらいながら…」
アルフィーの質問に小さな声で答える。
さすがに魔術師でも何でもないエラでは、転移魔法が失敗した時の事を考えたらおいそれと魔石にできない。転移魔法は失敗すれば術者が死亡する例もあるほどのものだからだ。
だから勉強もエラが印として考案した魔法陣もちゃんとエレノアに見てもらったし、なんなら話を聞いたマテウスにも見てもらって魔法陣として完璧だと二人の魔術師から太鼓判を貰っている。
前から勉強していたのはいつかこういう関係になった時にスムーズに魔法付与ができるように……とは流石に恥ずかしいから教えない。
「これならアルフィーがまた誘拐されても追跡魔法で追う事もできるし、マテウスさんやエレノアなら転移魔法ですぐに助けに行けるでしょう?…できれば活躍して欲しくないけど」
「…え、でもこの印としての魔法陣、覚えていられるの?」
「あ、だから私の方のダイヤモンドに同じ魔法陣を残してあるの。間違って魔法陣として発動しないように魔法陣の法則を一つ破ってるから誤作動もしないし、もし私が魔方陣の法則忘れててもマテウスさんとかエレノアならすぐ気付けるような間違いにしてあるわ。それに印としてのダイヤモンドなら魔石工以外は普通のダイヤモンドだと思うだろうから警戒もされないし……というかそもそも石に印を付けてる時点で魔石工しかどんな印が付与がされてるのか分からないと思うけど」
エラだって足りない頭で必死にアルフィーの安全を考えたのだ。
妻が魔石工だと敵が知っていれば石には注意するだろうから、分かりやすく耳に付ける黒水晶は破邪退魔の魔石。これは一度発動すれば敵の前でもう一度発動するのは、魔力を消費してふらふらになり自分を危機に陥れてしまうため、はっきりいって誘拐された後だと役に立たない。エラだって元々不意打ちから守れるようにと作った魔石なので、黒水晶のピアスは最悪外されても問題ない。……と思う。たぶん。
でも一つの石を外してしまえば、更にそれが破邪退魔の魔石であれば敵も油断するだろうとマテウスやエレノアは言う。エラもまさか結婚指輪の石に追跡魔法の印にも転移魔法の陣にもなる魔法陣が書き込まれているとは思わないだろうと思う。というのも結婚指輪の小さな石に付与する魔法は小さな石にも付与できる呼応魔法や証明魔法くらいだからだ。
呼応魔法は片方の石に魔力を込めればもう片方が光るだけの魔法で、早い話、メッセージや電話に気がついていない時の連絡手段である。結婚指輪の石が光ったらメッセージや電話を確認してね、というだけのもの。
証明魔法は双子の天然石にしかできない方法で、二つの指輪に魔力を送ると二つで一つの絵や文字が浮かび上がるものだ。それによってお互いの指輪を確認できるというだけのもので、ハッキリ言ってあまり実用的ではない。
お金持ちで大きめのダイヤモンドが買える人や、ダイヤモンドに拘らず安くても大きめの天然石で装身具を作る人であれば他に魔法付与ができるが、新婚の時にそんな実用的な魔石にする人は少ない。ルークの所によく依頼された婚約や結婚の祝いの魔石は、大抵加護や愛情の魔法だ。加護の魔石は自分以外に掛けられる防御魔法で、愛情の魔法は自分以外に掛けられる呪い避けの魔法。どちらも双子石で作られる魔石だ。
そんなわけで、まさか結婚指輪の小さなダイヤモンドに魔法陣のみが組み込まれているとは思わないだろう。魔力を流し込んでも何も反応しないのはただの石も同然だ。
だからアルフィーが身に付けていても油断してもらえるはず。勝手に失敗作の魔石だと思ってくれるだろう。たぶん。
さっきからたぶんばかりだが、悪人の思考回路なんて分からないので許して欲しい。
アルフィーの反応が気になってエラは上目遣いにそろりと尋ねた。
「どう、かな…?」
「本当、エラって……」
アルフィーは呆れたように笑い、ダイヤモンドをベルベットの箱に仕舞うとエラを遠慮なく抱きしめた。
「最高だよ!」
「わっ」
喜色満面のアルフィーに遅れてエラも笑顔を見せる。よかった。喜んで貰えたらしい。
「喜んでくれてよかった」
「もう婚約期間飛ばしたいくらいには嬉しいよ」
「えー。一生に一度しかないんだから、婚約期間も楽しませてよ」
アルフィーの腕の中でくすくす笑うエラは幸せで輝いている。
魔石工になる夢は叶った。
店も持った。
これから隣にはずっとアルフィーがいる。
もう二度、離れたりしない。
「ねえ、アルフィー」
「ん、何?」
「…ずっと隣りにいさせてね」
幸せと願いを込めて柔らかく呟くと、アルフィーも柔らかく微笑んだ。
「もちろん。…だから俺もエラの隣りにいさせて欲しい」
「アルフィーが隣りにいなきゃ嫌よ、私」
「俺も」
こつり、と額を合わせてくすくす二人は幸せそうに笑い合う。
出会ってから沢山の事があった。楽しい事も苦しい事も。笑い合う日もあれば喧嘩した日だってある。相手が予期せぬ事態に巻き込まれて、お互いに焦燥を抱いた日もあるし、無事だと分かって安堵した日もある。
きっとこれからも嬉しい事も辛い事もあるし、どちらかの事情で相手が怪我をする日が来るかもしれない。
でもきっと二人で乗り越えて行ける気がする。
そうして笑い合っていた二人は互いの未来を約束するようにゆっくりと唇を重ねた。
「あ!!アルフィーと結婚したからといって、なんか王族の教育を受けるとかそんな事はないわよね!?」
「ないと思うよ」
fin
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!気が向いたら番外編とか書きたい…!
初めてこんな長編(なのか?)な小説を書きました。でも100話を越えるとは思ってなかったです。あと伏線を回収するってこんなに難しいのね…!?
これからものんびりオリジナル小説を投稿していきますので、暇つぶしにどうぞお寄り下さい。




