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その後

 あの後、エラとアルフィーは約二年ぶりに一緒にエラのアパートに帰った。

 車で来ていたアルフィーがエラをアパートまで送ってくれたが、お互い無言だった。

 何を話せばいいのか、何から話せばいいのか分からなかった。

 それでもお互いの存在を手放せない。

「…あ、そういえばスーパー寄らなくていい?」

「あ……よ、寄る。…お夕飯、簡単なものでいい?」

「…食べていってもいいの?」

「何遠慮してるのよ。…前みたいに一緒に作ろう?」

 ふと思い出したかのように尋ねられ、それが会話のきっかけになった。

 少しぎこちないながらも、前のように会話が続いていく。

「お夕飯、何にしようかな」

「…あー…リクエストしてもいい?前食べた豆と豚肉のラグー食べたい」

「え…あんな簡単なものでいいの?」

「うん。美味しいし」

 以前のように会話をしながらスーパーで二人で買い物をして、アパートに帰ってくる。

 しかしそこでポストにまた白い封筒を見つけて、エラはぎくりとした。

 緑眼ハンターに狙われたり、アルフィーとの再会などで色々飛んでいたのですっかり忘れていたが、まだこっちのストーカー問題は解決していなかった。

「どうかした?」

「っ……ううん、何でもない」

 折角楽しい気分に水を差したくなくてエラはいつも通り誤魔化した。

 さすがに二年も離れていれば、アルフィーもエラの微妙な変化に気付かなかったようで、エラは封筒を隠しながらアルフィーを部屋に招いた。

 ストーカーからの手紙は証拠としてとっておく必要があったので、エラは所定の位置にあるボックスに手紙を放り込み、何食わぬ顔で以前のようにアルフィーと夕飯を作ろうとした。

 でもその前にアルフィーがエラを呼び止めた。

「エラ、二年前、酷い事してごめん。ずっと俺の独り善がりだったんだってやっと気づいた。……本当にごめん」

 アルフィーが今までの事をエラに誠心誠意謝った。

 だからエラもちゃんと答えた。

「ううん、いいの。あの時はあれが最善だとアルフィーは思ったんでしょう?……もういいの。こうしてまた、ここに来てくれた。それだけでいい」

 別にエラは怒っているわけでは無いので、あっさり許して二人の間にあった透明な蟠りは無くなった。

「お夕飯、一緒に作ってくれる?」

「もちろん」

 ふ、とアルフィーが気が抜けたように微笑む。それが嬉しい。

 ほっとした気分で料理を始めたエラはーーーかたん、と窓が鳴ってびくりと肩を跳ねさせた。風のようだ。びっくりした。

 ほんの少し顔色を悪くしているエラにアルフィーが眉を寄せた。

「どうかした?」

「ううん。風で窓が鳴ったでしょう?ちょっと驚いただけ」

 正直に答えるとアルフィーが益々眉を寄せた。

 渋面を作るアルフィーにエラの不安が刺激される。

「…え、何?」

「エラ、次の休み、いつ?」

「え?…えっと…あ、珍しく休日休みの日だ」

「本当?」

 スマホを見て休日を確認すると、ひょいとアルフィーが画面を軽く覗き込んできてーーー何故か緑眼ハンターがエラを覗き込んだ事を思い出しーーー思わず肩を跳ねさせた。

「あ、ごめん」

「ううん…驚いただけ…」

 過剰にビクついたエラだったが、アルフィーだってそんな非常識な事をしたわけではないのに、悪い事をしてしまった。

 心臓がバクバクして、エラは落ち着こうと胸に片手を当てて深呼吸を繰り返した。

「やっぱりな」

「ーーーえ?」

 不意にアルフィーが納得したので、エラは彼を振り返った。

 アルフィーは真剣な顔でエラの顔を覗き込み、小さく息を吐き出した。

「エラ、次の休みだけど俺も付き添うからカウンセリングに行こう」

「え?」

「早めに専門家に診てもらった方がいい。気づいてないかもしれないけど、さっきから小さな物音に過剰反応し過ぎだ。トラウマになったりPTSDになる前に対処した方がいい」

「…PTSDって……兵士の人がよくなるやつ?」

「そう。無理もないよ。エラは命を狙われたんだから。……心配しなくても俺も昔お世話になった先生だよ」

 呆然とするエラに柔らかくアルフィーが告げる。

「俺は何度も危険な目に遭ったからね。俺も一度フラッシュバックが酷くてカウンセリングを受けたんだよ。腕は確かな先生だし、身元は王家が保証する。優しい先生だから安心して」

「大丈夫よ、そんなの受けなくても…。いつも通りだから」

「エラ」

 心配性ね、と笑おうとしたのに存外真剣な声で名前を呼ばれ、手を握られる。優しい緑の目が気遣わしげな色を乗せてそっとエラの目を覗き込んだので、エラは口をつぐんだ。

「何も無ければ無いでいい。ベイリー先輩に聞いたけど、緑眼ハンターにストーカーもされてたんだろ?」

 え?

「緑眼ハンターにストーカー?」

 思わぬ言葉が理解できず、アルフィーの言葉を鸚鵡返しで尋ねると、今度はアルフィーがきょとんとした。

「え?…ストーカーされてるって聞いたけど」

「う、うん。それはそうなんだけど……緑眼ハンターはストーカーと関係無くない?何の事?」

「だからストーカーって緑眼ハンターだろ?」

「え?……あ、ああそっか。警察で聞いたけど私の事監視してたんだっけ」

 いまいち噛み合っていない会話にエラは整合性を合わせようと必死で、失言には気がついていなかった。

 エラを付け狙うストーカーは緑眼ハンターだったと思い込んでいたアルフィーが、エラの失言から別物だと気付くのにそう時間はかからなかった。

「待った。もしかして、緑眼ハンターとは別にストーカーもいるのか?」

「え?………あ」

 しまった、と思って顔色を変えたエラに、すぐにアルフィーはエラの状況を理解して溜め息をついた。

「嘘だろ……あーもう…」

 がしがしとアルフィーが頭を掻く。

 エラは心配をかけまいと口を開いた。

「大丈夫よ。ちょっと付けられたり、手紙入れられたりするくらい…」

「手紙?もしかしてさっきの?」

 また失言だった。

 何と言っていいか分からず、口をもごもごさせてしまう。

 これ以上喋ったらボロしか出ない…!

 が、喋らなくてもすぐに言葉が出て来ない時点ではいそうですと言っているようなものである。

 アルフィーはエラが手紙を入れた場所を覚えていたらしく、ぱっと振り返るとずんずんとボックスに向かった。

「え!?あ、ま、待って…」

「待たない」

 ひょいと手紙を一つ取り出したアルフィーは躊躇い無く取り出し、無遠慮に開けた。

 中身はいつもと同じ、愛を綴った手紙とエラの隠し撮りが入っていた。

 顔色を悪くするエラに対して、更にアルフィーはボックスの中に入っていた小包を取り出すとガサガサと中身を取り出した。開けていなかったから知らなかったが中身は小さなうさぎのぬいぐるみだった。

 アルフィーはそのぬいぐるみのあちこちを触り、何かに気がついたように腹の部分を何度も手で押した。

「エラ、ハサミ貸して」

 慌ててハサミを渡すとアルフィーはぬいぐるみを壊していいかエラに断ってから、ぬいぐるみの腹をハサミで切った。

 何をするのか見ていれば、アルフィーがぬいぐるみの腹の中から黒い小さな機械を取り出した。

「それ何……?」

「たぶん盗聴器」

 縁の無かった単語に恐怖と驚愕で息を呑むと、アルフィーはぬいぐるみと盗聴器をストーカーの証拠を集めているボックスに再び放り込み、コンセントタップなどを見てはエラの物か確認した。

 そうして全てがエラのものだと分かると、ボックスを持って一度出て行き、車に積むと戻ってきた。

「エラ、今日から泊まっていい?」

「え?」

「手出ししないと誓うし、俺はソファでいい。こんな危ない状況だとは思わなかった。…駄目、無理。心配でこっちが眠れなくなる」

「だ、大丈夫よ」

「盗聴器なんて仕込まれてどこが大丈夫なんだ!俺を泊められないって言うなら家に連れて帰るよ?俺の家なら母さんがいれば護衛官が守ってるからね」

「ほ、本当に大丈夫だってば。さっきの盗聴器だって偽物かも…」

「正常性バイアスって知ってる?人間、都合の悪い事実を過小評価したり、無視したりする生き物なんだ。どうせエラ、ぬいぐるみの中にあった盗聴器なんてきっとよく聞こえないから大丈夫とか根拠もなく思ってるだろ」

「あう…」

 叱られて小さくなると、アルフィーが呆れたようにまた溜め息をついて、少しバツが悪そうにまたエラの手をまた取った。

「緑眼ハンターにエラが狙われてるって知った時、心底後悔した。そばにいればもっと早く気が付けたのに、って思った。どうして離れたんだって後悔しかしなかった。だから、今こんな状態のエラを一人にできない。……何かあってからじゃ遅いんだ」

 そんな風に言われてしまってはエラは頷くしかできない。

 それにーーーやはり独りは怖い。

 甘えてもいいのかな…。

 前なら喜んで泊めたのに、今は躊躇ってしまう。

 小さくなっていると、エラ、と優しく名前を呼ばれた。

「俺を泊めるのが嫌なのは分かるよ。エラが嫌なら車の中で寝るから…」

「えっ、ちが………嫌なわけじゃ…」

 エラが躊躇っている理由を勘違いしているアルフィーを思わず否定すると、アルフィーが目を見張った。

 何て言えばいい?

 ザザ、と音がしてエラは音のした窓を振り返った。外の木が風で鳴ったようだ。

 もし、ストーカーが覗いていたら。また緑眼ハンターに狙われたら。

 ぞくりとした。

 急に怖くなった。今まで独りでいたのに。

「………明日の仕事とか、大丈夫なの?」

「早起きするし、研究所に魔法陣あるから最悪転移魔法使う」

「………………本当に迷惑じゃない?」

「今、エラより大事なものなんて無いよ」

「…………ありがとう…」

 少しだけ頬を緩ませると、アルフィーも頬を緩ませた。

 それからは前と同じように過ごした。

 二人で夕飯を作って食べ、それぞれシャワーを浴びる。

 エラはアルフィーがシャワーを浴びている間に簡易ベッドを出すか出さないか迷い、結局出した。流石に再会してすぐ同じベッドは恥ずかしい。

 エラは自分のベッドで、アルフィーは簡易ベッドで寝た。

 ーーー寝たつもりだった。

 風が強くなったのか、カタカタと窓が鳴り、ザワザワと外で木が鳴る。

 それが酷くエラの恐怖心を刺激した。

「っ………」

 怖くて身を縮ませて布団を被っていると「エラ」とそろりと呼ばれた。

「起きてる?」

「………何?」

「大丈夫?」

 平気、と答えようとして声が喉に引っ掛かった。

 ーーー大丈夫では無かった。心が疲弊している。

 いつまでもスタンガンや銃で脅された記憶が頭に蔓延る。

 ーーーアルフィーの言う通りなのかもしれない。

「……………怖い……」

 小さく小さく呟いた弱音はアルフィーに届いたらしい。

「そっち行っていい?」

「………うん…」

 体を起こすとアルフィーも体を起こした所で、彼は移動してくるとエラのベッド端に腰掛け、エラもベッド端までにじり寄った。

 アルフィーが隣りに来ると今まで我慢していた感情が暴れ出して、ぼろぼろと涙が溢れてきた。

「大丈夫だよ、エラ」

 あやすようにアルフィーがエラの肩を抱き寄せて撫でてくれる。

 それが酷く心地良く、エラの恐怖で凝り固まった心を溶かすようだった。

 誰にも言えなかった恐怖が言葉となって出てきた。

「こわ、怖かったの……店長は倒れちゃうし……ダスティンはいないし……こ、怖くて…言う事聞くしかなくて……」

「うん」

「逃げたいのに、足、動かないし……殺されるって……い、いつ、撃たれるんだろうって……アルフィーが来てくれなかったら私……!」

「大丈夫。大丈夫だから…」

「銃も、スタンガンも、初めて見たし……バチバチしてて…て、店長…無事か分かんなくて…店長助けたいのに……怖くて動けなくて……ぜ、全然助けられなくって……」

「エラのせいじゃないよ」

 支離滅裂なエラが泣き止むまで、アルフィーは神経が昂っているエラを宥め続けてくれた。

 少しするとエラも落ち着いてきて鼻を啜りながらアルフィーから体を放した。

「落ち着いた?」

「…ん……」

 涙に濡れた頬を手のひらで拭うと、一つ大きな溜め息を吐き出した。

「ごめんなさい、迷惑かけて…」

 泊まってもらうだけでなく、泣いて就寝を邪魔した事を謝るとアルフィーはなんて事ないように笑った。

「迷惑だなんて思うわけないだろ」

 柔らかくエラの肩をアルフィーが摩る。

 エラは涙に濡れた瞳でアルフィーを見上げた。アルフィーの妖精の月の瞳は相変わらず優しい。

 この瞳が大好きだ。

「……好き…」

 アルフィーが面食らったように目を瞬いた。

 自然と溢れた言葉にエラ自身驚いたが、言葉にしてしまうと今までの寂しさが溢れてきた。

「……寂しかった……アルフィー、いなくて……いつか迎えに来てくれるって言ったからずっとここにいたけど……本当は嘘だって分かった…二度と来てくれないって…思ってた……」

「エラ…」

「…寂しかった……ずっとひとりで…寂しかったの…!」

 また溢れ出した涙をどうする事もできずにアルフィーに縋れば抱きしめてくれた。

「俺も好きだよ、エラ」

「……っ」

「別れたのはエラの為だって言い聞かせてたけど、ずっと心の何処かで後悔してた。…俺も寂しかった。もう二度と離れたりしない」

「二度と離さないで…」

 もう二度と離れたく無い。

「…ずっと……そばにいて…」

 離れている時間は孤独だった。

 周りがどれだけ騒がしくても、楽しく笑えても、ずっと寂しかった。

 まるで片翼を失くしたか鳥のようで、もう一度空を飛びたいとずっと青空を眺めているーーーそんな感じ。

 でも今は長らく支配していた孤独が癒されて満たされている。

 こつ、と額が重なった。

「ずっとそばにいる。ーーー愛してる、エラ」

 短い言葉が嬉しい。

 嬉しくて嬉しくて……エラは涙を零しながらへにゃりと笑った。

「私もずっとそばにいる。愛してるーーーアルフィー」

 お互いに愛情を確かめて小さく笑い合い、二年ぶりに二人は唇を重ねた。





 エラとアルフィーはまた付き合い始めた。

 二人が寄りを戻した事は瞬く間に身内や友人達に広まり、喜んでくれる人もいれば呆れる人もいたけれど、みんな好意的だった。

 でもエラは元気を取り戻したわけではなく、アルフィーが危惧した通り、事件のフラッシュバックで精神的に参ってしまった。

 ただアルフィーがすぐに以前世話になった先生と連絡を取ってエラはカウンセリングを受けたため、精神的に参ってはいても日常生活に差し支えるほどの症状はなかった。

 王家が認めた先生だけあって、とても腕の良い先生だった。おかげでエラは半年ほどでカウンセリングを終了した。

 またストーカー被害があったので、付き合い始めてすぐ引越しもした。もうアルフィーと再会したので同じ部屋に固執する必要が無くなったのだ。

「エラ、いい部屋見つかった?」

「ううん。なかなか安くて丁度いい部屋が無くて…」

「あのさ、ここにしない?治安も悪くないし、部屋も広めだし」

「そこ、いいなって思ったけど家賃が高いし、店は遠くなるし、一人で住むには部屋が広すぎかなって…」

「家賃は俺も半分払うし、二人で住むなら妥当な広さじゃない?」

「え?」

「もう外聞気にするのも、物分かりが良いフリもやめる」

「はい?」

「エラ、同棲しない?」

「……はい!?」

 そんな訳で二人で小さな部屋をコブランフィールドに借りた。

 フランマが遠くなったのでエラは毎日バスで通う必要があるが、ストーカー被害が収まるまではアルフィーが毎日車で送ってくれた。アルフィー自身は転移魔法で職場に移動している。本人曰く「このくらいの遠さなら問題ない」らしい。

 ストーカー被害は引越しするとすぐに収まった。

 引越ししてからも何度か店の周囲でストーカーは見かけたが、心配性のアルフィーが魔法を駆使してエラを隠して送り迎えをした事で転居先が分からないらしく、手紙が送られる事もなくなったし新しいアパートの周囲で見かける事も無かった。

 それでも店周囲でエラを見張ろうとしていたが、ストーカーしている人は分かっていたので、危機感を抱いたアルフィーがマテウスに協力を依頼し、普段なら権力に頼らないアルフィーが珍しく護衛官達を頼ったので、マテウス以下、数人の護衛官が非番の日に協力してくれた。

 おかげでストーカーはようやく撃退でき、エラは平穏を取り戻した。

 二人が再会して一年した頃。

 エラはフランマから独立した。




次最終話!

ちなみにエイブリーの儀礼称号乱用の件は軍によって有耶無耶にされました。アルフィーは盛大に舌打ちをして、マテウスは苦笑しました。

「何で有耶無耶にすんだよ!そこは問題視して法律改正か王室典範変えるかして、俺に護衛を付けるか王位継承権を無しにするかしろよ!」

「あははー。まあエイブリー様の暴走って事にされちゃったからさぁ」

「母さんが暴走した理由を考えろっての!わざわざ俺と母さんで策練ったのに…!」

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