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また始める 2

 アルフィーはマテウスに家に連れ帰られた翌日、仕事は休みを貰い、事情聴取に呼ばれていたので、警察での用事が終わったらフランマに行くつもりだった。

 だが、その日に限ってどこかのテロ組織の過激派が家に火炎瓶を投げ込もうとし、アルフィーは両親と一緒に王宮に避難させられてしまったのだ。王宮に閉じ込められて早二日、アルフィーは不貞腐れていた。

「機嫌悪」

 アルヴィンの部屋で本を読んでいたアルフィーは、ベッドに寝転がって今度の神事の資料を読むアルヴィンから唐突に指摘され、本から視線を上げずに眉を寄せた。

「別に怒ってない」

「んじゃ何で機嫌が悪いんだよ。緑眼ハンターは捕まえたし、エラも無事らしいし、よかったじゃないか」

「…………」

「まあ?やっとエラに会いに行けると思ったのに、王宮に閉じ込められて不本意なのは分かるけどな」

「………………」

「でも良かったじゃないか。エラ、彼氏も作らずに待っててくれたんだろ?あんなに良い子なのに振ったとか言った日はお前と縁切ろうかと思ったけど………馬鹿だなぁ、アルフィー」

「…………うるさい」

 心底呆れたように、でも親しみを込めて馬鹿と言われ、アルフィーは照れ臭くて上手く反論できなかった。もう本の文章を目が追えない。

 今日アルフィーはやっと親友にエラを振った本当の理由を話したのだ。

「俺にくらい話してくれたっていいだろ?」

「……どこから情報漏れるか分からないだろ」

「俺くらいは信用しろよ」

「アルヴィンは信用してるよ。…信用してるから、一度話したらまた俺は弱音を吐く。それを繰り返せば何処かで情報が漏れる。……俺が俺を信用できなかったんだ」

 溜め息混じりに答えれば、やっぱりアルヴィンは呆れたような笑顔を浮かべる。

「で?もういいのか?またエラと付き合う事ができたとして、狙われない可能性が無いわけじゃないぞ?」

 嫌な事を言うアルヴィンに、ついにアルフィーは本から視線を上げ、本を乱暴に閉じた。

「今回の件で痛感した。一緒にいてもいなくても結局同じだ」

「同じ、ね」

「ああ。確かに俺と一緒にいたらエラが狙われる危険性は高まると思う。でも結局、俺に関係なくエラ自身に降り掛かる危険もあるし、その時に俺が何もできないのは嫌だ。……終わってから知るのはもっと嫌だ」

 今回は運が良かったのだとアルフィーは思う。

 たまたま王宮の破邪退魔の魔法の張り直しにエレノアとアルフィーが居合わせ、エラがストーカー被害に遭っていると聞いた事、たまたまニュースを見た事、見た事で被害者像やエレノアの言葉が繋がりエラのピンチに偶然気が付いた事、それで駆け付けたらギリギリの状態だった。

 本当に運が良かった。間に合わなかったらと考えたらゾッとする。もしエラが殺されてから事実を知ったら、エラが撃たれたあの時以上の後悔を一生背負う事になっただろう。

 本当に間一髪だった。

 それに。

「それにさ、俺はもうエラの為に何もかも放り出して動いてしまった。……同じ手は二度は通じない」

 あの時、アルフィーが全てを投げ打って出て行くのを研究所の職員は見ている。少し調べればすぐに誰の為に行動したのかは分かるし、行動した感情的な理由もすぐ察せられるだろう。

「確かに。今からお前がエラとの関係を切って今までのように無関心を装ったとして、調べればお前の弱点はエラだってすぐに分かるだろうな。だから同じ、か」

「…ああ」

 都合が良過ぎるのかも知れない。犯罪者には同じ手が通じないからとまたエラとの関係を持つのは。

 それでも一度手放した彼女の手を取ってしまった今、更にもう一度手放すなんて事はできない。

 しかもエラはあの時の言葉通り、ずっと待っていたのだ。身勝手にも振ったアルフィーに躊躇いもなく手を伸ばしてくれた。

 ーーー今すぐ彼女の所へ行きたい。

「……あー……うちに火炎瓶投げ込んだ奴、誰だよ…」

「いや、投げ込んではないだろ。叔父さんだかグレイ少佐だかの魔法で守られたって聞いてるぞ。ついでに犯人も捕まってるだろ?」

「捕まったけど、洗脳魔法掛けられた一般人だよ。洗脳解いたらパニックになって大変だった…」

「え、解いた?」

「事情聴取で家出る直前だったんだよ。魔法に掛かってるのはすぐ分かったし、マテウスが非番でいなかったから俺が解いた」

「よく解けたな…」

「そんなに難しくない。……あーくそ……いつまでここに居なきゃいけないんだ……」

 チッ、と行儀悪く舌打ちをするとアルヴィンが苦笑して「仕方ないさ」とアルフィーを宥める。

 アルフィーも分かっている。分かっているが納得はしない。

 結局、三日間も王宮に軟禁された。最悪だ。もう絶対に職場にも自分が王族の末端だとバレているだろう。

 王宮から解放されたのは三日目の夕方で、アルフィーはすぐに車に乗るとコブランフィールドに向かった。

 空が夜に染まっていく。アルフィーが好きな美しい夜空だ。ぽかりと浮かぶ黄金の月と妖精の月。

 本当のところ、エラがもう一度アルフィーを受け入れてくれるかは分からない。事件現場で再会した時にはエラも緊張していて顔見知りを見つけて安堵しただけだろうし、その後はそんな事を聞く余裕もなければ雰囲気でもなく、エレノアにぶつけられた言葉でしかアルフィーはエラの心を知らない。それはつまり何も知らないも同義だ。

 だから、今度は自分がエラに振られる可能性もある。

 ーーーそれでもいい。

 まだほんの少しでも可能性があるなら、二年前の関係に今から戻れるならーーーその為の努力は惜しまない。

 二年前によく見た街並みが増える。少しだけ変わっている景色もある。

 それでもよく通った地元商店街は変わらない。

 フランマの近くにある駐車場にアルフィーは車を停める。

 まだフランマは営業中だが、十五分もしたら閉店するだろう。

 アルフィーは車を降りるとフランマの近くまで歩いていき、白い息を吐き出しながらエラが仕事を終えて出て来るのを待った。





 いつもの日常に近付いてきた。

 出勤したエラはダスティンとシンディの三人で店を回した。ルークが入院しているのでオーダーメイドの注文は停止しているが、時期的に売れる魔石があり、エラは率先して魔石を作ったり、事務仕事をして過ごした。ダスティンも店番をしながら魔力付与をしたり、魔法付与の練習をしたりしていたし、ダスティンが配達などで店にいない時にエラが一人にならないようシンディは二階で自分の仕事をしながらエラとダスティンが手が離せない時は店番を代わってくれた。

 ルークがいない以外はいつも通りである。

 でもふとした拍子に手が止まる。はあ、と何度溜め息をついた事か。

 ーーー結構参ってるのかしら…。

 スタンガンや銃を向けられた記憶が甦る。

 頭を振ってその記憶を追い出しながらエラはいつも通り働いたつもりだったが、エラの溜め息が多い事にダスティンもシンディも気付いていた。何も言わなかったのは恐ろしい目に遭った彼女を気遣ったからだ。

 そんな二人の気遣いに気付かず、エラは仕事を終えた。

「ほら、戸締りするから出なさい」

「はーい」

「叔母さん、車?」

「そうよー。エラ、車で送るわ。ダスティンもね」

「ありがとうございます」

「んじゃ、俺ドアベルの魔石、夜間用に変えてくる」

 ダスティンが先にフランマの入り口に行った。

 エラは仕事終わりに飲んだカフェオレのコップを洗って、シンディと一緒に階段を降りたが、降りた所でダスティンに「エラ」と呼ばれた。

「なぁに?」

「お前に客」

「?」

 客、と言われても。

 心当たりが無くて首を傾げる。

「…昔みたいに普通に入って来ればいいのに」

 ダスティンの呆れたような呟きが耳に飛び込んできた瞬間、エラは駆け出していた。

 フランマの入り口を潜り、外に出る。ダスティンの視線が向いている方へ体を向ければ、街灯の下に見知った茶髪で背の高い男性がいた。

 その姿を認識して、方向転換で止まり掛けたエラの足は躊躇いなくまた動き出す。

 向こうもエラをすでに認識していて、駆け出してきたエラと同じ様に足を動かした。

 いつも何処か寂しかった心が消し飛んでいく。

 あの日に失ってしまった感情が動き出す。

 唐突な心の変化に思考が置き去りにされて、勝手に涙が溢れてくる。

 それなのに細い腕は躊躇いなく突き出せた。

「アルフィー!」

 アルフィーの首に腕を絡めると同時に腕の中に閉じ込められた。

「エラ…!」

 抱きしめられて、帰ってきたと感じる。嗚咽と共にぼろぼろ涙を零す。今は余計な言葉はいらない。

 少しするとアルフィーが小さく「ごめん」と呟いた。

 何に対する謝罪なのか分からないままエラは泣きながら首を横に振った。

 謝罪も懺悔も何もいらない。一緒にいてくれるならそれでいい。

 今はただ抱きしめていて欲しい。

 二人はしばらく寒空の下、寄り添うように抱き合っていた。




あと2話!

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