不穏な動き 6
アルフィーが王宮に来ていたのは、本当に偶然だった。
というのも母が公務先で倒れたと聞いたからだ。
その知らせを受けて、アルフィーは仕事を午前中で切り上げて、午後からは休みを貰い、母の運ばれた病院へ急いだ。
しかし蓋を開けてみれば母が倒れた原因は脳貧血で、どうやら慢性的な疲労と連日の公務による睡眠不足、そして今日は立ちっぱなしだった事が祟ったらしい。
心配ないわよー、と笑う母に安心して、とりあえず心配しているだろう王宮の祖父母に報告しようとアルフィーは王宮に来たのだ。もう連絡は行っているだろうが、身軽な自分が直接報告した方が安心するだろうと思って。
まさか王宮の破邪退魔の魔法の張り直しをしているとは思わず、しかもそこに知り合いがいるとも思わなかった。
『あの子、未だに二年前の事件引き摺って泣いてんのよ!?』
さっきエレノアに言われた一言が蘇る。
二年前の事件で、まだエラは泣いてるのか。
泣いているのなら慰めたい。妙な所で甘えるのが下手なエラは、きっと上手く抱えているものを吐き出さずに泣いているだろうから。
……いや。
アルフィーは心の中で頭を振る。
エラが甘える事が下手な事など、彼女の親は当然知っているだろう。きっと上手く甘えさせるはずだ。
ーーー本当に?
小さな疑問に見て見ぬふりをして、アルフィーは家に帰る。
彼女には両親や妹の他にルークもシンディもいる。ダスティンにエレノア、デイヴだって……。
『あの子、今ストーカーに悩まされてるの!』
ドアノブを捻ろうとした手が思わず止まる。
ストーカー。
……怖がりな彼女は平気だろうか。
エラの泣き顔が脳裏にチラつく。
そんな幻影を振り払ってアルフィーはドアノブを回した。
家に入ると電気を付けてキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。母は念のため一日だけ入院だし、父はまだ病院から帰ってきていない。
適当に父の分まで料理をしていると、余計な事ばかり考えてしまう。
エラはアルフィーを待っているから引っ越しはしないと言っているらしい。
なんて馬鹿なことを。
俺なんて待ってないで、さっさと引っ越さなければ危険だ。ストーカーに狙われているなら尚更。
でも勝手に待つわと言ったエラを思い出した。
テレビで見かけた時、まだ首元を飾っていた魔石入れ。
もし今恋人がいるんだったら、前の恋人から貰った物を身につけるだろうか。
ーーーまさか、本当に待っている?
焦げ臭さが鼻を刺した。
もし今もまだ、彼女が自分を待っているのなら。それはーーー自分のせいだ。期待させた自分のーーー……。
ーーーん?焦げ臭い?
ハッとしてコンロの上を見るとベーコンとアスパラが焦げていた。
「げっ!」
慌てて火を消して炒めていたはずのベーコンとアスパラを見れば、見事に焦がしている。
大きな溜め息を吐いてとりあえず皿に盛り付けたが、食べられるだろうか。
何だかやる気を失くして、アルフィーは料理をやめた。
頭の中を占めるのはエラの事ばかりだ。
こんな事は久しぶりだった。
「やめて……やめ、あ、あああぎゃあああああああ!!」
悲鳴が響く中、男にとって必要な目を取り出す。
けれど、どれほどやっても万能の魔石はできあがらない。
「……やっぱり駄目か……」
男は今殺した女を見た。
理想に近いが、完璧ではない。完璧な目を手に入れたかったが、今は手出しがしにくいから、つい理想に近いこの女を使ったが、やはりできない。
一組の男女が映った写真を取り上げる。
やはり、この極上の目を使わないと万能の魔石はできない。
でも大丈夫。パターンは掴んだ。
あともう少し待てばチャンスはやって来る。
男は殺した女の死体を捨てて、また車で走り出した。
エレノアがアルフィーと邂逅して五日が経っていた。
まさかエレノアがアルフィーと偶然とはいえ会ったとは知らないエラは、今まで通り過ごしていた。
「じゃ、俺郵便局行ってくるなー」
「はーい」
昼過ぎ、ダスティンが通販で買われた魔石を郵便局に持っていったのをエラは見送ってから工房に戻った。
早く私も出歩けるようになりたい。
今現在、エラは夜勤も通販の為に郵便局に行く事も禁じられていた。理由はストーカーに付け狙われている時点で危険過ぎるから。
一応、ルークとシンディが付き添ってくれて警察には行ったが、エラが気持ち悪くて証拠品を捨てていた事が災いし、パトロールを強化するくらいしかできないと言われた。
心配したシンディに家にしばらく泊まらないかと誘われたが、そこまで迷惑をかけるわけにはいかず断った。
「エラ、カラス除けの魔石頼んでもいいか?オーダーメイドの方をやりたいんでな」
「作ってもいいんですか?」
「もうほとんど一人前だろう。頼んだぞ」
「ありがとうございます!」
師匠からの信頼は嬉しい。
ルークに頼まれてエラは魔石を作り始めようと椅子に腰を下ろした。
しかし腰を下ろした所でカランカラン、と誰かが店のドアをくぐった音がしたので、エラは石を摘もうとした手を引っ込めた。
「客か」
「私見て来ます」
「いや、いい。俺が行く」
心配性なルークはエラを制して工房から店側に顔を出した。少々無愛想な「いらっしゃいませ」が聞こえてくる。
ルークに任せてエラは石を摘もうと手を伸ばしーーー…。
「エラ・メイソンだっけ?いますか?」
自分の名前が出てきて動きを止めた。
時を遡って三時間前。
アルフィーは相変わらずデールと働いていた。
デールの研究するウィルスを除去する魔法はまだ完成していないが、ほとんど形になっており、あと少しという所だ。
まあ形になった所で、今度はその魔法による植物や土への影響を調べなければならないのだが。
研究の道のりは長い。
「ようホーク、昼飯食べようぜ」
「いいですよ」
アルフィーは先輩達に誘われて食堂へ来た。大学のカフェテリアと一緒で、陳列された料理から好きなものを好きなだけ選んで持っていくスタイルだ。テーブルは長テーブルを幾つか繋げて更に長いテーブルになっており、その長くなったテーブルが全部で七つ並べられている。
アルフィーはサラダとスープ、それからパンとローストチキンを持って、先に座っていた先輩の隣りの席に着いた。
「お、アルフィーじゃん」
「よう、バッカス」
そこへバッカスも先輩と後輩を一人ずつ連れてやって来た。
バッカスも料理を選んで持ってくると、アルフィーの隣りに座った。
「おいおい、そこは俺の席だぞ」
「いいじゃないですか。おい、ドラゴンの魔法やっと使えるようになったよ」
「バッカスにしては時間かかったんじゃないか?」
「なあ、ホーク。お前、水蛇の魔法使えるか?」
「使えますよ」
「お、なら協力してくれ。次の実験段階で必要なんだ」
「分かりました」
仕事や他愛無い話をしながら昼食を取る。
カフェテリアのテレビでは昼のバラエティ番組が流れている。その音には誰も注意を払っていなかった。
『お昼のニュースの時間です』
でもニュースになったので幾らかの人はテレビに意識を向けた。
アルフィーもそんな中の一人だった。
『速報です。今朝、コブランフィールドで女性の遺体が発見されました』
聞こえてきた単語に思わず手を止めて顔を上げた。
コブランフィールド。女性。
不穏な単語に少しだけ心が騒つく。まさか。
テレビに映し出された女性アナウンサーはニュースを読み上げる。
『殺された女性はコブランフィールドに住むルーナ・ミラーさんで、彼女は六日前から行方が分からなくなっており………』
エラ・メイソンじゃない。
それに僅かにホッとする自分に呆れながら、食事を再開する。
でもその手はまた止まった。
『警察は緑眼ハンターの仕業とみて、捜査をしています』
緑眼ハンター。
思わず顔を上げると、女性アナウンサーは緑眼ハンターについて説明していた。
二年前まで五人の男女を殺して緑の目を奪っている事。
最近また活動を再開して、トレーラーパークの近くで二人、そしてニュースになっているコブランフィールドの女性の殺害を相次いで行っている事。
緑の目を持つ人、または緑に見える事がある人は狙われる可能性があるため、なるべく一人で行動しない事。
「うわ、ひでぇ…」
「目を抉るって……」
ニュースを見た何人かが口元に手を当てている。
「緑の目って……おい、ホーク、気をつけろよ」
「分かってますよ」
先輩の忠告に頷く。事情を知っているバッカスが気遣わしそうにこちらを見たが、アルフィーは敢えて反応しなかった。
あいつは王家の目を狙っている。
来るなら来い。マテウスからの警告を受けて、アルフィーは慎重に行動していた。もう二度と不用心な事をして誰かを巻き込むのは御免だ。
もし次に襲われても返り討ちにーー……。
だがテレビを見上げ、そこに映し出された映像にアルフィーは息を止めた。
映し出されたのは今までの被害者。
二年前の被害者五人と、今回の被害者三人。
二年前、光の加減で緑に見える目を持つ被害者以外、全員が見事な緑の目を持っている。
そしてーーー今回の被害者三人は更に暗い色の髪の毛を持っていた。
そう、暗い色。テレビだから正確ではないかもしれないが、今回の三人は全員黒髪のようだ。
愕然とした。妖精の月の瞳と、黒髪というエラとの共通点に。
ーーーそうだ。自分だって思ったじゃないか。
初めてエラに会った時。光に当たると青く光る黒髪と妖精の月の瞳に、まるで夜の妖精のようだと。
ザッと音をたてて血の気が引く。
まさか、緑眼ハンターは王家の目を狙っているわけじゃない?
そう考えると全てのピースが当てはまる気がする。
どうやってアルフィーとエラの旅行を嗅ぎ取った?
組織的な犯罪ならそれは可能だろう。沢山の人がたった一人を監視していれば、小さな情報を拾い上げて行動から予測したりできるだろうから。
でもたった一人でアルフィーの行動を監視できるか?エラだって気をつけていた旅行の情報をどうやって見つけて来た?
ーーーもし、たまたまトレーラーパークとか国立公園でエラを見つけて、衝動的な犯罪に走ったのだとしたら?
そもそも、母は有名人だがアルフィーは違う。確かに王家に詳しい人ならアルフィーを知っているだろうが、アルフィーが母と同じ妖精の月の瞳だとどうやって知った?だいたい、アルフィーを狙うならストーナプトンで狙えばいい。二年前ならカレッジにも通っていたからコブランフィールドでも狙えたはずだ。
何故わざわざ旅行先で狙った?さすがにエラだって事細かに誰かに旅行の日程を話してはいないだろう。
もしもーーーもしも、犯人の狙いが自分でなくエラだったら。
『それに!あの子、今ストーカーに悩まされてるの!』
エレノアの言葉が甦った。
もし、そのストーカーが緑眼ハンターなら?
ゾッとしたのは一瞬で、アルフィーは椅子を蹴倒すと走り出した。
「え!?ホーク!?」
「おい!?」
驚いて振り返る職員達に構わず、アルフィーは走り出す。
「アルフィー!どうした!?」
緑眼ハンターに狙われた事を唯一知っているバッカスが呆気に取られながらも追いかけて来たので、アルフィーは振り返って短く告げた。
「狙われたのは俺じゃ無いーーーエラだ!」




