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魔石工房フランマ 1

 いくつかの豊かな鉱脈と美しい森。都市部では忙しなく人が行き交い、農村部では長閑で変わりない毎日が繰り返されている。

 ラピス公国は、どこにでもある小さな国である。

 公国と名前がある通り王族がいるが、王族が政治をしていたのはもう百年も前の話で、今は議会に政治を委任したという形の元、国の行事を取り仕切り、この国の代表として存続している。

 少し変わった所といえば、この地には沢山の妖精が住んでおり、国民は妖精を重んじるためか魔法に優れた人材が多い事と、妖精の土着信仰が未だに生きている事くらいだ。周りの国は歴史の中で失い、世界で一番信仰されている宗教に染まる中、ラピス公国は未だにアニミズムの宗教が残っている。

 そんなラピス公国の首都ストーナプトンから程近いコブランフィールドという街の片隅に魔石工房『フランマ』はある。この国ではちらほら見られる普通の魔石工房で、陽に照らされたドアが開けられた。

「…よいしょっと……」

 青く光っているようにも見える黒髪を揺らしながら出てきた女性は、腰くらいまである黒板でできたウェルカムボードを設置すると満足そうに頷いて、店の中に戻っていく。

 彼女はエラ・メイソン。この店の見習い魔石工だ。一年半前に地元のグリーン高等学校魔法技術科を卒業し、いつか自分の工房を持つ事を夢見てここ『フランマ』へやって来た。店長であり師匠のルーク・フレッチャーは穏やかだが、魔石作りに妥協はしない職人気質の人で、とても尊敬している。

「店長、お店開けましたよー」

 店の奥、工房側にエラが顔を出すと、店長であるルークがスマホを切ったところだった。しまった、話しかけるタイミングが悪かった。

 ほんの少しだけエラは気まずい気持ちを持て余したが、こちらを向いたルークは困ったような顔をした。

「エラ、悪いが午前中は店番を頼んでもいいか?」

「大丈夫ですけど、どうかしたんですか?」

「いや、母親が階段から落ちたらしくてな。救急車で病院に運ばれたらしい」

「え!?大丈夫ですか!?」

「骨折で済んだそうだから大丈夫だろう。今の電話も母親からだ。でも書類やら入院準備やらをしてやらなくちゃいかんからな…午前中、出てくる。店番と天日干ししてる魔石頼むな。午前で終わりそうになければまた連絡する」

「分かりました」

 エラがルークの説明に頷くと、彼は必要な物を持って店を出て行く。

「大丈夫かな…」

 しかし、心配ばかりもしていられない。店番を任されたのだから。

 エラは自分のスマホで降水確率が0%であることを確認し、とりあえず天日干しされている魔石は大丈夫だろうと考え、店番をしつつ簡単な魔石を作ろうと下処理を終えた青い瑪瑙を取り出した。

「とりあえず魔力付与しよう」

 魔石というのは魔法を天然石に込めた石だ。その作り方は手順が多く、面倒な上に天候に左右される。

 まずは天然石の『神秘の力』に魔法が付与できるよう天然石に魔力を流し込む。これが『魔力付与』と呼ばれる最初の手順で最初の難関だ。

 天然石の神秘の力はパワーストーンとしての効果であって魔力ではない。けれど神秘の力は魔力を付与でき、付与された魔力を長時間宿し続ける事が可能という性質を持っている。

 そのため魔法を組み込む為の魔力を天然石に流し込む事が必要なのだが、意思を持たない天然石の神秘の力に魔力を流し込むのは単純に難しい。天然石の中にある神秘の力は散らばっていて小さく、それを己の魔力で掻き集めて纏め上げ、練り上げた所でようやく魔力付与ができるからだ。エラもこれがルークに及第点を貰えるまで一年かかった。

 次に付与した魔力を育てるため天日干しをする。

 これは天候に左右される点を除けば楽な作業だ。十日間、太陽光に当てるだけ。これだけで太陽からのエネルギーが天然石の中の魔力を育てる。ただし雨や雪に濡れるとせっかく太陽の光で育った魔力が不安定になって一からやり直しだし、曇りでは魔力が育たないため、天候への配慮が必要な点が面倒だ。

 天日干しの次は月光干し。

 これは夜に行う。夜は黄金の月と妖精の月と呼ばれる黄緑色の月が出る。月光干しはこの妖精の月の光に十日間当てなければならない。

 妖精の月は微弱な魔力を発しており、それに当てる事で天然石の中で育てた魔力が包まれ安定する。天日干しと同じように天候への配慮が必要で、今は天気予報で天気への目処が立つが、天気予報なんてものが無かった時代の魔石工は大変だっただろう。

 これで魔石の下準備は終わりだ。

 下準備を終えた魔石は魔法付与をされるが、これが最も大変だ。育てた魔力に一つだけ魔法を組み込めるが、この組み込む作業が大変なのだ。石の中の魔力に魔法陣や呪文を己の魔力で書き込むのは集中力がいる上に、うっかり魔法陣や呪文を間違えて組み込めば魔石にはならないし、己の魔力を注ぎ過ぎると石が割れていままでの苦労がパァだ。ちなみにエラはまだこの最後の過程は練習途中。

 最後に万人に使えるよう、天然石の内側の魔力と外側から与えられる魔力の目に見えない回路を作る。これは魔力付与に比べたらだいぶ簡単だ。

 これを終えて天然石は魔石となる。魔石は持ち主が少し魔力を流し込む事で、天然石の中の魔法が発動するのだ。

 ちなみに、天然石に宿した魔法を留めておくための魔力は魔石を使っていくうちに消費してしまうため、そのうちただの天然石に戻る。

「もうすぐ夏が来るから、風と氷あたりの沢山作らなきゃね」

 夏が来たら当然暑い。だから風や氷の魔石を買う客は多くなるので、春の終わりも近づく今のうちに沢山作らなければ。

 魔力付与を無心にせっせとしていたエラだったが、カランカランと店側のドアのベルが響いたので魔力付与の精神統一を止めた。ああ、もう少しでこの石の魔力付与が終わる所だったのに!

「いらっしゃいませ」

 工房側から店側に顔を出すと、エラと同い年くらいの青年と目が合った。

 この人、私と同じ妖精の月の瞳だわ。

 青年は茶色の髪に黄緑色の瞳をしていた。妖精の月に似た色の瞳はラピス公国ではまんま『妖精の月の瞳』と呼ばれ、妖精に縁があるのだと好まれている。

 青年の方もエラと目が合ったせいか、ぱちりと妖精の月の瞳を大きく瞬かせ、首を傾げた。

「…妖精?」

「はい?」

 何言ってんだ、こいつ。

 素で思いっきり顔に出すと、青年は一瞬体を固まらせて気まずそうに頭を掻いた。

「いや…すみません。一瞬、本気で妖精かと思ったんで」

「え?貴方、妖精が見えるんですか?」

 妖精が見える人は一定数いる、らしい。とても希少な能力で、エラは一度もそんな人には出会った事がない。都市伝説みたいなものだ。

「いや、見えないよ」

 見えないのか。

「濡羽色の髪に妖精の月の瞳だったから、夜の妖精かと思ったんだ」

「………」

 何と返事をしたらいいのか分からない。

 確かにエラは光に当てれば青く光るような濡羽色の髪と黄緑色の妖精の月の瞳を持っている。けれどその容姿を夜の妖精に例えられた事なんて人生で一度もない。こいつ、ナンパな男なのかもしれない。というか夜の妖精って何だ。聞いた事ない。

 ちょこっとばかし警戒心を露わにすると、青年は少し困った顔をして「夏用に氷の魔石が欲しいんだけど」と尋ねてきた。

 ……普通のお客様だった。

 商売なら話は別だ。エラは気を取り直した。

「ごめんなさい。まだ夏用の氷の魔石は置いてないんです。再来週には出るんだけど」

「そっか。冬に炎の魔石をここで買って祖父に贈ったら喜んでくれたから、夏用も買おうと思ったんだけど…再来週か……じいさん所に行くのには間に合わないなぁ」

 こういう時、見習いなのが悔しい。ここにルークがいたら下準備を終えた氷の魔石があるから彼の必要とする氷の魔石を作ってくれるだろうが、エラはまだルークから及第点を貰えるような魔石は作れない。

「おじいさんの家は遠いんですか?」

「ああ、うん。コーリーっていう、ノータウンの更に奥の田舎町に住んでるんだ」

「ノータウンって本当に北の端じゃないですか」

 名前の通りラピスの北の端の町。更にその奥というから国境近くなのかもしれない。ラピスは南北に伸びた国土で、首都のコブランフィールドは国の中央よりだいぶ南寄りだから、本当に遠そうだ。

「あの確約はできませんけど、店長が帰ってきたら氷の魔石を頼んでみましょうか?」

「え……いいの?」

「はい。店長は本日、所用で出掛けていますが明日にはいると思うので…私が頼んでみます」

「ありがとう!」

 本当に嬉しそうな青年にエラも嬉しい気分になる。

「来週までにできそうかな?」

「はい。下準備は終わってるし、あとは魔法を付与するだけなので、店長ならすぐに作れると思います」

「ありがとう。また来るよ」

「ありがとうございました」

 青年は笑顔で店を出て行った。

 それを見送ったエラは工房側に戻り、魔力付与に集中しだした。


 

初めまして、小雪です。初投稿、初連載です。

まだ投稿機能やら何やら使いこなせていませんが、のんびり更新していきます。よろしくお願いします。

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