エピローグ
戦いは一瞬で幕を閉じた………
その場に膝を着いているのは遠藤クロノの方だ。その隣には、白川ユキが倒れている。二人の周囲は血の赤で染まり、明らかに致死量を超えていた。
特に酷いのはクロノだ。右腕は肘から切断され、その胸には先程までクロノが握っていた漆黒の太刀が深く突き刺さっている。もう片方の手には辛うじて太刀が握られているものの、その太刀は刀身の付け根から綺麗に折れており、折れた刀身は右肩に突き刺さっていた。
その瞳は既に虚ろで何も映してはいない。もはやその命の火も消える寸前だろう。
ユキの方も、決して良い状態とは言えない。その胸からは止め処なく血が溢れ出て、その身体はぴくりとすら動かない。もはや、生きているのかすらあやふやだった。
そんな中、そんな地獄を生み出した本人。ブラス=スペルビアは全くの無傷だった。
いや、流石に多少の手傷は負わせただろう。しかし、その全てが致命傷には遠い。
そして、負わせた手傷の全てが修復され完全再生したのである。
「………ふむ、所詮この程度でしたか」
「……………………」
クロノは答えない。ユキも同様だった。
ブラスの表情には一切の疲弊すらない。どころか、汗一つかいてすらいないのだ。遠藤クロノや白川ユキを相手にしてこのような地獄を生み出したにも関わらず、だ。
どころか、まだ余裕の笑みすら浮かべていた。度し難いほどの怪物だった。
「察するに、貴方たちの敗因は二つ存在しています」
もはや身動き一つしないクロノたちを前に、ブラスは指を二つ立てた。
その顔に張り付けた笑みは、一切嘲りや侮蔑の無い。むしろ敬意すら感じられた。
「一つは私の領域で戦ったこと。それにより、貴方たちは全力の半分すら出せなかった」
これはある種仕方がない。クロノやユキの予想をブラスが上回ったと諦めが付くだろう。
しかし、もう一つに至ってはそうではないだろう。それは………
「もう一つ、それは貴方たちが致命的なまでの慚愧を抱えていた事———」
そう、それこそが致命的だった。遠藤クロノと白川ユキ、その二人が敗北した決定的要因こそが二人がその内に抱えていた慚愧である。
その慚愧により、二人は全力の一割すら出せなかったのだから。
「貴方たちの慚愧、よく理解出来ますよ。此処に来る前に残してきた少年、その少年を我が子のように愛していたにも関わらずそれを伝えきれなかった。そして、しっかりと話しておく事すらせずに分かり合う事もなく残してきた。それこそが貴方たちの刃を鈍らせたのでしょう?」
一から十まで当たっていた。
架空塩基とは、その意思の力こそが主体だ。
故に、その精神力が鈍れば当然力の出力も大幅にダウンするのが道理である。
その致命的要因となったのが、二人が抱えていた慚愧である。
「ですが、ご安心ください……」
そう言って、ブラスはクロノの頭部にその手を乗せた。それは断じて人を安心させようなどという優しさが介在しない、むしろ餓えた獣が傍に居るような剣呑さすらある。
そして、その餓えた獣は今まさに牙を剥いて———
「貴方たちの命は、私の中で何時までも存在しつづけます。生き続けて貰いますので」
次の瞬間、遠藤クロノと白川ユキは周囲の空間ごと捕食された。
その血液の一滴すら残さず。怪物の胃袋へと……
・・・・・・・・・
「っ!お、とうさん?」
その瞬間、僕は何故かそう呟いていた。何故、そう呟いたのか理解出来ず。
次の瞬間には小首を傾げて鍛錬に戻っていた。