2,魔物の少年との友情と不穏
「無価値の魔物?」
思わず問い返す。すると、ジンと名乗ったその少年は苦笑と共に頷いた。
「元々、俺はとある人間の絶望から生まれた魔物だったんだけどね。その人間が救われた事で俺もただ消滅を待つばかりだったんだ。けど、どうやらそれを良しとしない人間が居たようだ」
「それが、クロノさんとユキさんだと?」
ジンは頷いた。どうやら、正解らしい。そもそも、その人間を絶望から救ったのがクロノさんでありジンが消滅する原因も彼にあったらしい。
だったら、ジンはクロノさんの事を恨んでいるのか?
そう問われると、答えは否らしい。
ジンはそもそもの話、クロノさんの事を恨んではいないのだとか。絶望から解放され、ただ消滅を待つばかりの彼からすれば存在意義を失ったも同然だったらしい。
しかし、そんな彼に対しクロノさんはこう言ったらしい。
『別に滅ぼすだけが存在意義ではないさ。君も、君自身の生きる意義があって良いだろう?』
「そう言って、あいつは俺の前から去っていったんだ。別に、俺はあのまま消滅したところで恨みなど無いんだけどな。だがあいつはそれを良しと出来なかったらしい」
「クロノさんらしいな」
「そう、だな………」
苦笑い。
僕の返答に、ジンは苦笑を浮かべて頷いた。どうやら彼自身もクロノさんの性格は十分以上に理解しているらしい。それでも、やはり納得出来ているかどうかは別らしいけど。
ジンからすれば、消滅を待つばかりだった時に無理矢理起こされたような物なのだろう。
そもそも、彼からすれば後の人生そのものが蛇足なのかもしれない。
なら、
「なら、そうだな………」
「うん?」
「どうせ蛇足の人生なら、僕と友達にならないか?」
「…………は?」
呆然とした顔で僕の顔を真っ直ぐ見詰める。そんなジンの顔を、僕も苦笑と共に見詰め返し照れ臭さをごまかしながら再度言った。
———僕と友達にならないか、と。
「生きる意義が分からないなら、その意義を僕に委ねてみないか?」
「どういう事だ?」
「つまり、だ。僕と友達になって一緒に遊ぼう。一緒に遊んで、世界を存分に楽しもう」
「……………………」
意味がいまいち理解出来ないのか、ぽかんと僅かに口を開いて呆然としていた。
そんなジンに、僕は手を差し伸べて再度言った。
「僕と友達になってくれ。友達になって、一緒に遊ぼう」
その手をじっと見詰め、考え込むように黙り込む。僕は手を差し伸べたまま、ジンの返答をただ待つのみである。じっと、待ち続ける。
考え、考え、考え続けてやがて溜息と共に僕を真っ直ぐに見る。
真っ直ぐに見て、そして言った。
「俺は、世界を滅ぼすために生まれた魔物だぞ?それ以外に存在意義など無い」
「元、だろう?今は別の生き方をしてもバチは当たらない筈だ」
「けど、俺は人間じゃない。お前達とは違う生き物だ」
「関係ない。お前だって僕と同じように生きている」
「………けど」
「うるさい、僕が友達になろうと言っているんだ」
尚も躊躇うジンに、僕は笑いながらそう言った。そう言い、手を取った。
一瞬だけ不服そうにしたジンだったが、それでもやがて苦笑と共に頷いた。
「全く、強引だな。分かったよ、友達になろう」
そうして、この日僕に友達が出来た………
かなり強引だったけど、それでも僕は友達が出来て少しばかり舞い上がっていた。
端的に、嬉しかったのだろう。
・・・・・・・・・
その頃、別の場所では———
「貴方がたが、遠藤クロノと白川ユキですね?」
遠藤クロノと白川ユキの前に、黒い獣が低く唸った。黒いもやのような物が集まったような不定形の獣が其処に存在している。
どうやら、まともな生物ではないらしい。どころか、何処かかつての無価値の魔物に近いような存在感すら感じられる。分類的には、異形の魔物なのだろう。
しかし、あれと同じような存在がそう簡単に生まれるとは思えない。何か、その誕生過程に人為的な何かを感じられる。
問題は、その何かが何なのかだが………
「何者だ、お前?」
「主は私の事をヤミと呼んでおられます。此度は我が主からの伝言を伝えに参りました」
そう前置きをした後、ヤミと名乗った獣は告げた。
「遠藤クロノ及び白川ユキに告げる。我が軍門に降れ。返答は明日までの内に」
そう言って、ヤミと名乗った獣はそのまま霧散するように消えていった。