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”豊穣”を冠する後継の勇者  作者: ネツアッハ=ソフ
勝利~アドナイ・ツァバオト~
23/61

4,表裏/裏表

 その頃、クロノとユキは外界から隔絶(かくぜつ)された異空間の中で体力の回復に(つと)めていた。


 体力と力の回復は順調だ。このまま上手(うま)く行けば、もう間もなく復活出来るだろう。


 しかし、先程からユキの様子がおかしい。何処(どこ)か、そわそわしているような。或いは落ち込んでいるようなそんな何処か不安定(ふあんてい)な様子だった。


「……ユキ?どうした、そんなにそわそわして。それに何か(なや)み事でもあるのか?さっきから一人で落ち込んでいるようだけれど」


「…………うん、えっと?」


 問い掛けてみるも、当のユキは何処か上の空。というよりも言い(づら)そうにしていた。


 或いは、ただ言いたくないだけなのかも知れないけれど……


 思わずクロノは苦笑する。何故なら、クロノはユキのその理由(りゆう)に心当たりがあったからだ。


「ユキ、今のお前の気持(きも)ちを当ててやろうか?」


「……何を?」


「お前は今、自分を役立(やくた)たずだと思っているだろう?今回の敗北(はいぼく)で、星のアバターとも呼ばれた自分の力が全く通じずに足をひっぱる事になったと……そう(おも)ってるだろう」


「…………」


 何も答えず、ユキはぎゅっと膝を抱えて項垂(うなだ)れる。どうやら図星(ずぼし)らしい。


 実に分かりやすい。クロノは思わず声に出して小さく笑った。


 泣きそうなユキの(そば)に、クロノは黙って身体を寄せその背中に腕を回す。くしゃりと、ユキの表情が歪み更に泣きそうになった。


「一つだけ、ユキの誤解(ごかい)を解いておこうか……」


「誤、解………」


 今にも泣きだしそうな目で、ユキはクロノをじっと見た。もう一杯一杯という感じか。


 だが、クロノは敢えて其処には()れない。そのまま小さく頷き話し始めた。


「先ず、最初に言っておくとユキの異能(いのう)は決して役立たずではない。ただ、それを操るユキ自身の理解が浅いのが問題なんだよ」


「私の理解が、浅い?」


「ああ、ユキが自身の異能をきちんと理解すれば。或いはユキはかつての父親(ヨゾラ)にも、またはブラスの暴食の異能にも十全以上に戦えた筈だ。文字通り、最高位(さいこうい)の異能なんだよ」


「っ⁉」


 驚いた。ユキは自身の異能がそれほどまでの力を有している事を知らなかった故に。


 しかし、同時にユキは目の前に希望を提示(ていじ)された気がした。それはつまり、それを知れば自身はもう無力感を味わわずに()むという事だ。


 そして、それを知るからこそクロノは()えて突き放すような事を言う。


「けど、俺はユキにそうあって欲しくないと思っている」


「っ、それは何で?」


「……かつて、俺は自ら自身の力を手放(てばな)した。ユキと別れたすぐ後の事だ、俺は人を救うだけなら戦う力なんか()らないんじゃないかとそう理解したんだ」


「………………」


 そして、その(おも)いは今も変わっていない。


「人を(すく)うだけなら、ただそっと手を差し伸べるだけで良い。かつて、お前の父親を救うのに異能の力を必要としたけど。それは特殊(とくしゅ)な事情だっただけだ」


 少なくとも、人を救うためだけなら異能(きせき)の力は必要ない。特殊な力なんか必要ない。


 そう、思っていたが。ユキは静かに首を横に()った。


「クロノ君、それでも私は自分の力を理解したい。理解して、(つよ)くなりたいよ。後になって私自身がどうしようも無く後悔(こうかい)するより、もっと自分の事を理解して高めていきたい」


 だって、とユキは続けた。


「それは、クロノ君自身の強さでもあるでしょう?」


「ユキ………」


「私は、クロノ君の全てを理解してその上で全てを救うその意思(おもい)に救われたもの」


 そう、ユキは真っ直ぐクロノの目を見て言った。かつて、ユキ自身がそうありたいと願いそうあろうとした生き方をなぞるようにして。


 そして、それを理解したからこそ。クロノは心底安堵(あんど)したように笑みを浮かべた。


 ユキの覚悟に()れ。彼女なら大丈夫だと判断出来たが(ゆえ)に……


「ああ、分かった。そこまで言うなら俺も安心(あんしん)した」


「私の異能について、(おし)えてくれる?」


 ユキの真っ直ぐな視線に、クロノは(こた)えるように頷いた。


「ああ、ユキの異能。星のアバターは惑星(わくせい)規模の異能でありながら無限に並行(へいこう)する多元宇宙に干渉しうる最上位の異能だ。それはつまり、惑星規模でありながら多元宇宙規模でもあるという事」


「多元宇宙規模?」


「ああ、ユキの異能は惑星規模の環境制御能力だ。しかし、おかしいと思わないか?惑星規模の能力でありながらその実、その異能は多元宇宙にまで規模を拡張(かくちょう)させているという事実に」


「と、言うと?」


 ユキの言葉に、クロノは頷いた。


 彼女の疑問に、一つ一つ答えていくように。クロノは()げる。


「ユキが得意とする力に神話の世界からの召喚(しょうかん)がある。それは簡単に言えば、仮に神話の物理法則へと変異させた世界を定義(ていぎ)し、その神話世界から特定の生物や事象を召喚するという事。それは裏を返せば惑星規模でありながら多元宇宙規模にまで手を()ばせるという意味だろう?」


「っ、それは‼?」


 ユキは何かに気付いたらしい。そして、それは間違いなく一つの事実を(あらわ)わす。


 クロノは頷くと、話を締めくくるように(こた)えを提示した。


「ユキには膨大な経験(けいけん)がある。あの滅びた文明を生きて来た経験も含め、改変された世界を生き続けた経験の全てがユキの中に蓄積(ちくせき)している。その経験があれば、ユキの異能の真価(しんか)を発揮させるのに十分な力になりうるだろう」


 そう、それは文字通り星の海を統べる女王(アバター)としての覚醒。その産声(うぶごえ)だった。


          ……… ……… ………


 それは、かつて〈暴食〉の怪物がまだ一人の少女(こども)だった頃の話。


 少女は、ブラス=スペルビアは自身の中にある怪物性(かいぶつせい)を持て余していた。


 お腹がすいた。腹がへった。絶え間なく(おそ)う飢餓感と空腹感、それは彼女が生まれながらに暴食という概念そのものへ(いた)っているという何よりの証明だった。


 彼女の異能の特性上、彼女に捕食(ほしょく)出来ない物は存在しえない。例え、それが生物であろうと非生物であろうと有毒無毒であろうと。(ほし)に至るまで捕食可能だろう。


 彼女に捕食出来ないものはない。文字通り、何でも捕食し己の(かて)とする。


 彼女は生まれ付いての怪物(モンスター)だった。


 しかし、それ故に彼女は孤独だった。自身に比肩(ひけん)しうる存在が居ないという事実に。


 そして、例えどのような存在であれ自身の(えさ)としか見れないだろうと理解しているが故。


 それ故に、彼女は孤独だった。他者の、生命の輝きを理解しているが故に。


 そしてそれを理解しているからこそそれを()らいたいと思うが故。彼女(かいぶつ)は孤独だった。


 ———そう、ある存在(かいぶつ)が目前に現れるまでは。


「へえ?中々面白いのが居るじゃねえか、ご同類(どうるい)


 突然、少女に声を掛けてきた少年。(とし)は少女より二つか三つ上だろうか?黒髪に赤い瞳、それにまるであまねく他者を(あざけ)るような微笑(びしょう)を浮かべている。


 そして、何より周囲に誰一人として寄せ付けない。今にもこの首が()たれて落ちそうな、そんな鋭く物騒な気配を発していた。そして、事実として少年の腰には一対(いっつい)のナイフがあった。


 少女は一目で理解した。目の前に現れたその少年、彼は断じて(えさ)ではないと。


 文字通り、彼は自身の同類。即ち、純粋な概念そのものへ至った者であると。


 理解したが故に、少女は歓喜(かんき)にも似た感情を(いだ)いた。


 この世に生を受けて、初めて出会った同類に。


「誰ですか?貴方(あなた)は」


「おっと、すまねえな。俺の名はゼノ、死神(しにがみ)だ」


 そう、彼は一言で言えば死神だった。純粋な〈死〉の概念、その顕現(けんげん)だ。


「お前の名前は何だ?俺と一緒に(あそ)ぼうぜ!」


 そう、死神ゼノはふざけた事を言ってきた。だが、不思議と少女は高揚(こうよう)していた。目の前の景色が一気に開けたような気さえした程だった。


 そして、その出会いが少女の運命(うんめい)を大きく変える事となる出会(であ)いだった。

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