殲滅完了
開戦の合図にしては、セシリアの放った『メテオ・フォール』は強大過ぎた。
凶悪と言い換えても良い。
降り注ぐ隕石弾はサウスユニスの外壁に大きな穴を空けていた。
その好機をユイナは見逃さない。
「5人あたしについて来て! セシリアが作ってくれた穴から一気に北側の外壁を制圧するよ! バリスタの矢には注意してね!」
「おおっ! 我らにお任せを!」
「行くぞ兄弟たち!!」
コカトリスを駆るオークがユイナの指示に従って外壁に取り付く。
指揮官であるユイナはバリスタに警戒してその少し後ろを飛び回る。
「ユイナってば、指揮官がそんなに前に出ては統率に問題が出るのでは……」
ユイナは前線に立つ戦法を好む。
一兵卒だった頃は戦いの一番槍を競うように突進していた。
その頃の名残と言うべきか、既に身に付いてしまった習性と言うものはそう簡単には変わらない。
セシリアは突撃したくてうずうずしている部隊長に協力する事にした。
魔界で出来た友達の役に立てる事は、彼女にとっても嬉しい事である。
「私が後衛を守りますから、ユイナは自由に行動して下さい!」
「わぁ! セシリア、頼りになるー!! じゃあお言葉に甘えるね!!」
サウスユニスの外壁に設置されているバリスタは全部で4基。
この規模の都市を防衛するのならば適正数であるが、それを扱う兵士の質が低すぎる。
これだけ対空攻撃を受けながら、まだ一撃も迎撃できずにいる。
その隙を見逃さないユイナ。
コカトリスを巧みに操り、バリスタ目掛けて降下する。
「もらったぁぁ! 風の刃ぁぁっ!! てぇぇぇいっ!!」
「うおっ!? あぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ようやくバリスタを作動させようとしていた愚鈍な兵士を、ユイナの一太刀が両断する。
オーガ族は物理攻撃を得意とする種族であるが、剣の一振りを極めればそれはもう立派な飛び道具である。
「すごいです! 魔法を使っていないのに、『エアスラッシュ』のような真空波が!」
「えへへ! 続けて行くぞー!!」
ユイナは背後を気にせず、次のバリスタへと向かった。
何故ならば、彼女の背中を守るのはセシリアだからである。
「あのリーダーの女を殺しさえすればどうにかなる! 弓兵、全員であいつを狙え!!」
「バリスタは諦めろ! むしろ、良い囮になる!!」
10人ほどの弓を携えた兵士が外壁の隙間からユイナに狙いを定める。
セシリアは右手を彼らに向けた。
「やらせませんよ。『エクレール・スピア』!!」
彼女が放つのは雷の槍。
その威力は人間だった頃とは比較にならないほどであり、魔法を放ったセシリアも驚いていた。
雷の槍は兵士たちを串刺しにし、絶命の悲鳴すらあげる事を許さない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ユイナ部隊の強さは圧倒的だった。
だが、セシリアから見れば部隊の攻撃にはムラがあり、それぞれが好き放題に移動するため隙も多い。
この場合は、サウスユニスの兵士のレベルが低い事も付言すべきだろう。
彼女は思い出していた。
忌々しいルーファス・レスコーネ王子の事についてである。
あの愚物は自分の愛人や重用している人間をこの都市に住まわせているのにも関わらず、まともな統治を行っていない。
それどころか、王族としての責任を放棄して適当な者を領主に任命していた。
セシリアにも覚えがある。
「俺の代わりに都市を3つほど統括してくれないか? 褒美は弾むぞ!」などと言って、帝国軍に加わったばかりの頃の彼女にも耳を疑うような事を囁いていた。
その中には軍事拠点として重要な都市も含まれていたのだから、目も当てられない。
「ユイナ様ぁ! 南の外壁は攻略完了です! 兵士の首もこんなに!!」
「お疲れさま! 北側もそろそろ終わりそうだよ!」
その結果がこの様だと言うのだから、笑えない。
成す術もなく、魔王軍に蹂躙されるサウスユニス。
愚か者のルーファスの事を思い出していると、セシリアは感情が昂って来た。
「はぁぁぁっ! 皆さん、上空に避難して下さい!!」
「えっ!? セシリア!? もうほとんど制圧してるからそんな魔法は必要ないよ!?」
ユイナの制止も彼女の耳には届かない。
目の前には人間の住む家がある。
自分を裏切り、恩を仇で返し、辱め、貶め、嘲笑しながら首を落とした、人間がいる。
「人間を許すな」と、セシリアの中で声が響いた。
「……『プロミネンス・レイ』!!」
セシリアの掲げた手の平には、直径5メートルはある巨大な火球がメラメラと燃え盛っていた。
それが彼女の合図で、一斉にサウスユニスの街に降り注ぐ。
まるで、炎の雨のように。
逃げ惑う人々を見ていると、余計に腹が立ってくる。
セシリアは炎の雨をさらに強めた。
「せ、セシリアー? セシリアさーん? あの、もういいんじゃないかなぁ?」
「そうですぜ、セシリア様! いくらなんでもやり過ぎです!!」
「……すげぇ。あっと言う間に焼野原になっちまった」
ユイナ部隊の面々は、魔王城で見せていた温厚な表情のセシリアしか知らない。
今の彼女は、冷たい笑みを浮かべて、煉獄の炎を操る魔女。
オークやリザードマンが恐れを抱き、驚き戸惑うほどの狂気に満ちた表情だったとこの戦いに参加した者はのちに語る。
「……ふぅ。こんな感じで良いでしょうか。少し効率が悪かったですね。炎属性の魔法だと仲間の皆さんも煙に巻かれて不快でしょうし。これは今後の反省点にしなくてはいけませんね!」
満足気なセシリア。
いつの間にか、いつもの柔和な笑顔が戻って来ていた。
「あー、えっと、セシリア? 満足したかなぁ?」
「あ、はい! って、ああ! すみません、私ってば! 新参者なのに出しゃばってしまいました!! 皆さん、お気を悪くしていませんか!?」
「あ、うん。それは平気。むしろ、みんな冷静になれたみたいで逆に良かったかも。普段はテンション上がった兵士が略奪とかしちゃうの抑えないといけないんだけどね。……今回は略奪するものが残ってないもん」
ユイナの言葉を受けて、セシリアは「あわわ」と慌てる。
「そうだったんですね! 皆さんのお楽しみを奪ってしまって、重ね重ね申し訳ありません!! 次からはちゃんと略奪する分を残しますから!! ごめんなさい!!」
「いや、オレらにお気を遣わず……」
「そうっすよ。……なんつーか、しょっぺぇ略奪して悦に浸ってた自分が恥ずかしいっす」
セシリアは「そうですか? 本当に?」と何度も聞き返した。
その度にユイナ部隊のメンバーは「マジで大丈夫です!!」と語気を強めた。
「んーっ! 久しぶりに魔法が使えたので、私としてはとっても充実した時間を過ごせました! やっぱり魔女になったからか、魔力の質が向上しています! これは帰ったら研究しなくてはいけませんね!!」
大きく背伸びをしたセシリア。
だが、彼女のバイタリティは人間の頃も魔族になった今でも変わらない。
「今日はサウスユニスだけで終わりですか?」
「うぇ!? お、おかわりするの、セシリア!? ダメだよ? 勝手な行動は軍規違反だからね。魔王様に怒られちゃうよ!」
ユイナは部隊長になって初めて軍規の存在に感謝した。
なにかもっともらしい理由を提示しなければ、「調子も良いですし、もう2つくらい都市を攻め落としましょう!」みたいな事をセシリアが言い出すのではないかと、部隊長は気が気でない。
「それでは、魔王様に報告ですね! 褒めて頂けるでしょうか?」
「あー、うん! そうだね、早く帰ろう! 褒めてくれるかは分かんないけど、驚いてはくれると思うよ!」
こうして、セシリア初めての侵略は大成功で幕を閉じる。
帰りの道中、彼女の乗るコカトリスに近づく者は誰もいなかったと言う。