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セシリア・フローレンスは諦めない  作者: 羽入五木
第一章
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転生……成功?


 それは永い眠りのようであり、一瞬の夢のようでもあった。


 セシリアは目を覚ます。

 まるで、いつの通りの朝を迎えたかのように。

 あまりにも自然な感覚に、彼女自身が戸惑っていた。


「……うん。記憶の障害はありませんね。魔力も。……はい。以前と同じです。むしろ、少し強くなったくらいです。成功したのでしょうか、転生魔法は」


 独り言を呟いて気付く、過去の自分よりちょっと高い声。

 辺りを見渡してみると、記憶をどんなに遡ってもそこは知らない場所だった。


 ひどく薄暗く、瘴気が蔓延している。

 足元もぬかるんでおり、どうやら毒の沼の上にいるようだった。


 もしかして自分は死んで地獄に落ちたのではないか。


 セシリアの脳裏に嫌な予感が駆け抜ける。

 どう見ても人間界のそれとはかけ離れた景色に、彼女は少しばかり混乱した。


「……あなた、どうしたの?」

「あ、すみません。……えっとー」


「わたしはソフィーリア」

「ソフィーリアさん。私はセシリアです。あの、ここはどこなのでしょうか?」


「……そっか。あなたは知らないうちに捨てられたのね。ここは『毒の大釜』だよ。これからわたしたちは魔獣の餌になるの」

「魔獣の餌ですか……。見たところ、ソフィーリアさんは人間には見えませんが」


「……何言ってるの? 魔界に人間がいるはずないでしょ」

「魔界。ああ、なるほどー。そう言う事でしたか。納得です」


 鏡がないので自分の姿を確認する事が出来ないものの、手や足を見るに、セシリアも子供の姿になっているようだった。

 周囲には魔族の子供たちで溢れている。


 どうやら転生魔法は成功したらしいが、その転生先が予想とは違う場所だった。

 「困りましたね。まさか魔界に転生してしまうとは思いませんでした」とため息をつくセシリア。


「捨て子ども! これより魔獣エグゼドラーの餌としてお前らには贄となってもらう! 精々元気に逃げまわれ! 活きの良い餌の方が、エグゼドラーも喜ぶってもんだ!!」


 セシリアはまだ現状の把握が済んでいなかった。

 できれば、もう3時間、せめて2時間は考える時間が欲しかった。


 だが、虎の獣人が巨大な魔獣を連れて毒の大釜に現れる。

 この毒に侵された沼地は、魔族の捨て子たちを適度に弱らせるためのものであり、魔獣エグゼドラーの餌として高品質な状態を保つためのものだった。


「……うん。考えている場合じゃありませんね。こんなところでご飯にされるのは困ります。……使えるでしょうか。成長魔法! 『グランディールド』!!」


 魔法を唱えると体が光を放つ。

 続いて、彼女の体内の温度が急上昇し、「うっ!」とセシリアは短く喘いだ。


 転生魔法はもちろんのこと、成長魔法だって自分で使うのは当然のことながら初めてである。

 彼女は自分の研究が役に立っている事を複雑な心境ながら喜んだ。


「ふぅ。どうにかなりました。フードを着ていたのは幸いでしたね」


 セシリアの体は、彼女が1度目の人生を生きていた頃に限りなく近いサイズまで成長していた。

 18歳くらいだろうか。


 大きくなった体が露わにならず済んだことにホッとする。

 彼女にはまだ人間らしく羞恥心が残っていた。


「おい! そこのお前、今何をした!? 急にデカくなりやがって! そ、そいつぁまさか、成長魔法ってヤツか!? なんでそんな高度な魔法を使えるヤツが、魔獣の餌に紛れ込んでやがる!? おい、何とか言いやがれ!!」


 虎の獣人が他の子供たちをかき分けて、セシリアの腕を掴んだ。

 反射的に攻撃魔法を放ちそうになるが「ダメです、ダメです!」とすんでのところで踏みとどまる。


 魔界とは言え、せっかく転生できたのだ。

 わざわざ事を荒立てる必要もない。今はまだ、状況を探る時である。


「てめぇ、言葉が喋れねぇのか!? じゃあなんで成長魔法なんて使えるんだ!? 言っとくが、あの魔王様だっておいそれとは使わねぇ秘術だぞ! ええい、ちくしょう! オレじゃ判断ができねぇ!! エグゼドラー、食事はお預けだ! オレぁこの女は連行する!」


 あえて沈黙を選んだセシリア。

 それはどうやら正解だったようで、虎の獣人は勝手に色々と口走ってくれた。


 なかでも聞き捨てならないものがあった。



 魔王様。



 ここは、もしかして魔王城のある、魔族の総本山ではないのか。

 そんな疑念を抱いたセシリアは、虎の魔獣に連れられて毒の大釜から抜け出す。


「これ着てろ! いくらなんでも、そんなみすぼらしい恰好で魔王城に連れて行けるか!」

「あっ」


 それは慣れ親しんだ魔術師のローブだった。

 まさか、魔王の根城でこの服を着る事になるとは。


「ぐははっ! これはとんでもねぇ拾い物しちまったかもしれねぇ! おら、行くぞ!!」


 虎の魔獣に腕を引っ張られながら、セシリアは自分の奇縁について思いをはせていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 「本当にここは魔王城のようですね。すごいところに来てしまいました」とセシリアはどこか他人事のように自分を俯瞰する。


 どうにかいきなり処刑されずに済みそうだと安堵しながらも、気が抜けない状況には変わりがなかった。


 魔王の姿を見た事がないセシリアだったが、彼女が戦った魔王軍大元帥の1人、テオドルフと勝負がつかずに何度も引き分けた事を踏まえると、それを統べる魔王は自分よりもはるかに強大であると考えるのが自然である。


「なんだお前は。魔王様の謁見の間に向かっているようだが?」

「こ、これは! テオドルフ様ぁ! ああ、いえね、ちょいと貢物がありまして!!」



 噂をすれば魔王軍大元帥・テオドルフ様。



「その小娘がか? ……ほう。なるほど、面白いものを拾ったな」

「へ、へい! きっと魔王様もお喜びになられるかと! へへっ」


 テオドルフの検問をクリアして、虎の魔獣と共に長い廊下を進むセシリア。

 そろそろ良いかと思い、彼女は口を開いた。


「あのー。魔王様ってどんな人なのでしょうか?」

「うぉい!? お前、喋れたのかよ! いきなり声掛けんなよ!!」


「あ、ごめんなさい」

「いや、良いけどよぉ。お前、謁見の間に着いてもその調子で変なタイミング狙って喋ろうとか思うなよ?」


「ええと、それは魔王が……失礼しました、魔王様が恐ろしいからですか?」

「恐ろしいなんてもんじゃねぇよ! オレなんか、睨まれただけで次の瞬間にゃ腹に穴が空いて、てめぇが死んだことにも気付かねぇであの世逝きだ!!」


 「無詠唱の魔法でしょうか」とセシリアは考察する。

 詠唱破棄で魔法を唱えることくらいはセシリアにもできるが、彼女は自分が世界で1番の賢者などと思うような驕りはなかった。


「トラさん。私はこれからどうなると思いますか?」

「トラさんって……。オレにも名前があんだぞ。まあいいや。魔王様のお眼鏡にかなえば、もしかすると妾になれるかもな! お前は器量が良いし! それがダメでも、その魔力だ! どこかしらの魔王軍に配属されるだろうよ!」


 トラと一緒に歩いた長い廊下もようやく終わり、眼前には禍々しい扉が待ち構えていた。


「テオドルフ様から報告は受けている。獣人よ、入室を許可する」

「へへっ。すみませんね!」


 門番にペコペコ頭を下げるトラ。


 最後に彼はセシリアの顔を見て尋ねた。


「ところでお前、種族は? なんか見たところ人間に近い気がするけどよ。ダークエルフとかか? いや、それにしちゃ、耳が尖ってねぇな」

「私は人間です」


「はっ!? に、人間!?」

「開門! 魔王様、下賤な獣人が供物を持参いたしました!!」



「いや、ちょっと待って! 待ってくだせぇ!!」

「トラさん、往生際が悪いですね。諦めて下さい」



 ギギギと不穏な音を立てて、謁見の間の扉が開かれる。


 広い部屋の中心に玉座があり、そこに1人の、人と言う単位が適切かは分からないが、魔王と思われる人物が座っていた。


 体は鉱石で造られているのかと感じるほど生気がなく、だが骸骨のような頭部には真っ赤な瞳が2つ備え付けられており、一瞥するだけでその者を委縮させる。

 その圧には説得力があり、確かに彼が魔族を統べる王であると。


 魔王なのだとセシリアは理解する。


「……何用か」


 低く冷たい声が謁見の間に響いた。



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