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セシリア・フローレンスは諦めない  作者: 羽入五木
第一章
3/20

セシリア、死す


 セシリアが投獄されてから2日が過ぎようとしていた。

 地下牢には日の光が届かず、今が何時なのか、昼なのか夜なのかも分からない。

 ルーファスの命令は忠実に遂行され、セシリアは食事を与えられていなかった。


 牢屋の中には水を溜めてあるかめがあるものの、中身は清潔とは言い難い。

 だが、それでもセシリアは生きるために汚れた水を啜っていた。


 彼女はただ、無為に時間を過ごしていた訳ではない。


 どうにか状況を打開できないかと考え、考えた結果として絶望感を抱える。

 その繰り返しの中で、彼女は1つの覚悟をしていた。

 魔封じの手錠のせいで単純な攻撃魔法が使えない今、その事に注力するのが最善であると彼女は考えていた。


 さらに3時間後。


「セシリア・フローレンス! 出ろ!!」

「……はい」


 見張りの兵ではなく、リンツ兵長が牢屋の前にやって来てセシリアの首に鎖をかける。

 その様子を見て、彼女は「ああ、その時が来たんですね」と理解する。


「……悪く思わんでくださいよ。自分だってやりたくてやっている訳ではない」

「はい。分かっています。お気になさらずに」


 リンツはセシリアに対してまともな感覚で接する唯一の存在。

 まともであるがゆえに残酷な所業にも手を染めざるを得ないリンツだったが、セシリアは言葉の通じる相手との久方ぶりのコミュニケーションで生きた心地を感じる。


「これから、あなたを処刑台へとお連れします。正気の沙汰とは思えん現実が待っています。悪い事は言わない。辛くなったら舌を噛み切りなさい」

「あなたは良くも悪くも職業軍人なんですね。でも、その性格だと辛いでしょう? これを機に転職を勧めます」


「……考えておきましょう。では、あなたとの会話もこれで最期だ。ご冥福を」

「はい。リンツ兵長もお元気で」


 セシリアの帝国領レスコーネ城における人とのまともな会話は終わる。

 以降は人間の姿をした悪魔たちが出番を待ち構えている。


「守護兵は我に続け! セシリア・フローレンスを処刑場へと連行する!!」

「はっ! 全隊、リンツ兵長に続け!!」


 「逆賊の汚名を着せられたにしては、仰々しいですね」とセシリアは自嘲気味に笑った。

 それは、彼女の事を英雄だった罪人として特別扱いしている証明であり、無実の罪を被ってからも普通に扱われないある種のパラドックスに人の世の不条理を感じながら、セシリアは2日ぶりに外へと連れ出された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 レスコーネを含む帝国領内では、処刑は一般的に絞首刑を用いられる。

 罪人が穏やかに逝けるようにと言う配慮なのだとか。


 だが、広場に特設された処刑場には絞首刑が行われない旨を察するに余りあるものが設置されていた。


 ギロチンである。


 200年ほど前までは斬首刑が行われていたが、その残酷な所業は時代と共に廃れていった。

 そのはずなのに、ひと際存在感を放っている断頭台。


 その刃はあまり手入れがされておらず、ところどころ錆びていた。

 「罪人を苦しませるための仕掛けですね」とセシリアは看破する。

 彼女の聡明さはこの瞬間において、残酷な未来予知にしか使われない。


 日々知識を得ていたのはこの日のためだったのか。

 そんな風に思うと、帝国の英雄として戦った日々も虚しく思えてくる。


「さあさあ! お集まりの皆様! ついに世紀の大罪人! 英雄の皮を被った悪魔! 帝国を乗っ取ろうと企てた、セシリア・フローレンスがやって参りました!!」


 ヨロヨロと鎖に引きずられながら登壇するセシリアを、民衆は大歓声で迎えた。

 かつては凱旋の度にこの声を聞いていた気もするが、このように狂気を孕んでいただろうか。


「……きゃっ」

「ご覧ください、お聞きください!! このように、生娘のような悲鳴を白々しく上げる悪魔の姿を! 魔封じの手錠のおかげでどうにかわたくしも無事ですが、この手枷がなくなれば皆様! あなた方も炎で焼かれるのです! 恐ろしいですねぇ!!」


 処刑執行人も、通常の者とはまるで違う。


 執行人は黙々と仕事をこなし、罪人とは言え死者の魂に敬意を表するのが通例。

 だが、この執行人はまるでサーカスの団長ではないか。

 完全にセシリアの処刑をショーとして盛り上げようと言う品のない性根を隠す気もない様子。


「それでは、それでは! お待たせしても仕方がありません! 早速準備に取り掛かりましょう!! おい、押さえつけて台座に首を据えろ!!」

「はっ!」


 セシリアは断頭台に固定される。

 ただし、それだけでは終わらない。


 彼らはセシリアが苦しむ姿をとことん愉しむつもりのようだった。

 彼女は口に縄を噛ませられる。


 猿ぐつわのようであるが、その用途は別にある。


「ご覧くださいませ! こちらはその昔、貴族に楯突いた者に罪を後悔させるために使われていた、その名も『水飲み鳥』と呼ばれる処刑方法です! セシリア・フローレンスの咥えている縄が命綱! それを離した時、頭上からは刃が振り下ろされます!! 必死に抗う姿は水飲み鳥を思わせる滑稽なものになるとか! さあさあ、どの程度の時間この女は耐えられるでしょうか! 皆様、近くの方々とギャンブルに興じられるのがよろしいかと!!」


 民衆からは「ぎゃはははっ」と品のない笑い声が飛び交う。


 セシリアは「ふーっ、ふーっ」と必死に縄を噛み締めながら、その集まった者たちを見る。

 よく行ったパン屋の主人が。

 冒険者ギルドの見知った受付嬢が。

 本の読み聞かせをしていた子供たちまでもが。


 セシリアを見て、死に瀕している彼女を指さして笑う。


 誰ともなく石を投げつける者が現れると、それは瞬く間に波及し、運動会の競技のように民衆は競って彼女に石を投じた。


 セシリアはそんな彼らをついに見限る。

 人間とは、なんと愚かで残酷な生き物なのだろう。


 後ろ手に組まされた右の手の平に魔力を込めながら、彼女は生まれて初めて人を軽蔑した。

 それは、彼女の生涯で最期の感情の昂りでもあった。


「おい、よさないか! 俺に石が当たったらどうしてくれる!」


 そこに現れたのは諸悪の根源。

 帝国の次期王となる、ルーファス・レスコーネ王子だった。


「おお! 王子様!!」

「早くその罪人を殺してくだせぇ!」

「罪人の血で汚れないようにしてくださいね!!」


 ルーファスは相変わらず、顔を醜く歪めるのが上手い。

 セシリアにしか見えないように角度に気を付けながら、ニタァと笑う。

 悪辣な王子は彼女にしか聞こえないように、耳元で囁いた。


「たいした人気ぶりだなぁ、セシリアぁ? 人生の最期をこんな風に華々しく飾れるのは、本来王族だけなんだぜ? いやぁ、実にうらやましいぞ!」


 セシリアはルーファスを睨みつける。

 もはや帝国の王子などに何の未練もない。


 こうして睨みつけている間は、ルーファスも刃を落とす事はない。

 これは、時間稼ぎ。



 セシリア・フローレンスの生涯最後の大魔法発動までの時間稼ぎである。



「おいおいおい! そんな風に涙を浮かべて睨まねぇでくれよぉ。俺ぁ、興奮してきちまうぜぇ? まったく、どうせならそんな表情はベッドの上で拝みたかったなぁ! 実に惜しい! なんて馬鹿な女だ!!」


 セシリアはルーファスから視線を逸らさない。

 その大きな瞳は、自分を陥れた人間たちのトップに君臨する醜い男を目に焼き付けるために、見開かれている。


「頑張るものだな。おい? 苦しいか? 返事をしたらどうだ。よし、返事をしたら特別にお前を救ってやろう! 落ちて来る刃に首と胴体を分けられなかったらの話だがな!!」


 セシリアは感謝した。

 愚かな王子が処刑までの時間を稼いでくれた事を。


 もしもこの魔法が成功したならば、いつか必ず報いを受けさせてやると念じながら。


「ふーっ! ……ふーっ!! …………っ!!!」


 そして彼女は、自分の意志で口に咥えた縄を離した。

 断頭台の刃がその白く細い首に襲い掛かるまで、わずかだが時間がある。


 彼女は自身の研究の集大成として、1度も使った事のない太古の秘術を使用する。

 当然である。

 これは死にゆく者にしか使えない魔法。



 転生魔法。その名は『サンサーラ・サケルド』。



 こうして、セシリア・フローレンスの生涯は終わった。



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