ナギサの過去
ハイセントリム侵攻作戦の前日。
ユイナ部隊は全軍でベルリコットに集結していた。
「ウルミちゃん、せっかくの故郷ですから自由にしていいですよ。ユイナが許可をくれましたから」
「は、はい。ありがとうございます。でも、私はお師匠様の傍にいます。お師匠様よりも大事な人はいませんので」
「う、ウルミちゃん……!! なんていい子!! お礼に敵を石に変える禁術を教えましょうか!?」
「やめなってば、セシリア! もぉー。弟子に甘いんだから」
ユイナ部隊はつい先日ベルリコットを訪れているので、首脳陣はもちろん末端の兵士までリラックスできている。
これは、村人たちが協力的な部分も大きい。
「皆様、お茶をお持ちいたしました。軽食も用意しておりますので、どうぞご遠慮なく」
「長老さん、ありがとうございます。さあ、皆さん、食べましょう!!」
「……セシリア? 食べ過ぎないでね?」
「お師匠様は体内魔力の量がお化けなので食欲は仕方がないそうです」
セシリアはサンドイッチを両手に持って、幸せそうな顔で食べている。
ユイナやウルミもその様子を見て、微笑みながらお茶を飲む。
その様子を遠巻きに見ている少女がいた。
「なによ、この村。ユイナ部隊の拠点って言うだけでも気に入らないのに。家はボロいし、なんか暑いし。じめじめするし」
「そちらの隊長様も、お茶などいかがですかな?」
エルフの長老は不機嫌な表情を隠そうともしないナギサにも親切に接する。
「……そこに置いといて。あとで飲むから」
「かしこまりました」
それに対しての塩対応。
これは良くない。すぐにユイナが飛んできた。
「ちょっと、ナギサ! お礼くらい言いなよ! 長老さんに失礼でしょ! この村を拠点に使わせてもらっているのだって、ご厚意なんだよ!?」
「あー。もう、うっさいわね。優等生ってこれだから嫌いなのよ」
争いの気配を察知して、さらにセシリアが飛んでくる。
ユイナ部隊の自慢はフットワークの軽さである。
「まあまあ、2人とも! ナギサさんも食べませんか? これ、美味しいですよ! フルーツが入ってて、甘いヤツもあります! 戦いの前ですから、少しくらい糖分を取っておかないと! はむっ、はむっ」
「……あんた、ものすごい勢いで食べてるわね。……分かった。貰ってあげる」
「あ、それはダメです! これから私が食べるので!」
「どーゆう事なのよ!? あ、あんたが食べろって言ったんでしょ!?」
セシリアは誰に対しても壁を作らない。
その態度が、ナギサの表情を緩ませる。
「セシリア、こんな子放っておきなよ。エルフの皆にも悪態ついてさ」
「戦いの前で感情が昂っているんですよ。私、しばらくナギサさんと一緒にいます」
「ユイナ隊長! 飛竜の確認をお願いできますか!」
「あ、はーい! すぐ行くね! ……まったく、セシリアのお人好しにも困ったものだよぉ」
ユイナが離席すると、ナギサは少しだけ世間話を始めた。
どうやら、セシリアに対しては心を許し始めている様子である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あたし、そもそも遠征任務が嫌いなのよ。魔法職だから体力ないし。汗かきたくないし。ほら、遠征先ってお風呂ないじゃない」
「あー、分かります! 皆さんがまだ元気なのに自分だけ疲れて来ると、何とも言えない気持ちになりますよね! はむっ、はむっ」
遠征で真っ先に体力がなくなるのは魔法使いあるあるらしかった。
「しかも、今回はユイナ部隊と合同任務だし。あたし、アイツのこと嫌いなの」
「えっ!? そうなんですか!?」
「えっ!? むしろ仲が良いと思ってたあんたに戸惑うわよ! どこら辺を見てたらそうなるの!?」
「いつも激論を交わしているので、てっきり認め合うライバルなのかと。はむっ。はむっ」
「……ところで、あんた。どんだけ食べるのよ。あたしの分までなくなってるんだけど」
「はっ! これはうっかりしていました! 新しいのを貰って来ます!!」
セシリアはダッシュで駆けて行く。
戻りは非常にスローだった。魔法職の体力不足は深刻である。
「……ありがと。あんたって、魔王様のスカウトで軍に入ったんだっけ?」
「スカウトと言うか、押し売りですね! 私が無理やり入れてもらいました!」
「そ、そうなの。やっぱすごいわね、あんた」
「ナギサさんはどうして入隊したんですか?」
サンドイッチを摘まみながら、ナギサは少しバツの悪い顔を見せる。
彼女が他者に弱みをさらけ出すのは極めてレアなのだが、セシリアは気付いていなかった。
「昔ね、カミラさんに決闘を申し込んだの。あたし、世界で1番の魔法使いだと思ってたから。そしたら、ボッコボコにやられちゃってさ」
「あー。カミラさん強いですよね。魔力の扱いに無駄がないですもん」
「それで、悔しくてさ。次こそ勝つから! って言ったら、魔王軍に入るなら再戦してやるって言われて。そこからはがむしゃらに修行して。気付いたら部隊の隊長になっちゃってた。あはは。おかしいでしょ?」
「なるほど。人に歴史ありですねぇ」
「それに、魔王様の事は尊敬してるし。あの方、優しいのよね。見かけによらず。うちの部隊は魔法使いが大半だから危ないだろうって、優先的に防御力の高い法衣を都合してくださったり。だから、魔王様のお役に立ちたい気持ちは誰にも負けないつもり」
「むむー。それは困りました。私も魔王様の事は尊敬していますし、1番頼りになるのはセシリアだなって言ってもらいたいので! ですけど、ナギサさんの事も好きですから、これは大変な二律背反です。困りましたねぇ……」
ナギサは「ぷっ」と吹き出すと「あはは」と笑った。
屈託なく笑顔を見せるナギサは年相応の魅力で溢れており、セシリアもつられて笑顔になる。
それからしばらくの間、2人は魔法について語り合った。
セシリアが「苦手な属性はありません!」と胸を張ると、「あ、あたしは一点特化型なんだから!」と応戦する。
そのやり取りは戦いを控えた彼女たちの心をリラックスさせるには充分だった。
「ちょっとぉ! いつまでセシリアの事を独占してるの!? 言っとくけど、セシリアはうちのエースなんだから!!」
「あー。うっさいのが帰って来ちゃった。じゃ、あたしは寝かせてもらうわね。あ、そうそう、セシリア」
ナギサは去り際に振り向いた。
「はい? なんですか?」
「あたしの事も、ナギサって呼び捨てでいいわよ。じゃ、おやすみ」
上機嫌でコテージへと向かって歩いて行くナギサ。
心中穏やかでないのはユイナ。
「せ、セシリア!? なんでナギサと打ち解けてるの!? ねぇ、ユイナ部隊ヤメるとか言わないよね!?」
「ふふっ。どうでしょうか? ……嘘ですよ! ユイナもナギサと仲良くなってくださいね! そうなった方が、私は嬉しいです!」
ユイナは気まずそうにしながらも「ど、努力はするよぉ」と答える。
なにやら、セシリアが魔王軍の幹部2人を手玉に取り始めた気配を感じずにはいられないのは何故か。
◆◇◆◇◆◇◆◇
明朝。
セシリアは独り、転移門を構築していた。
「お、おはよ。ナギサ」
「……なによ。気持ち悪いわね」
「な、なにさ! 人がせっかく挨拶してあげたのに!!」
「べ、別に!? 感想を言っただけだし? ……お、おは」
「2人ともー! 転移門の解放準備が済みましたよ! 指示があればいつでも展開できます! ……あれ? どうかしましたか?」
ユイナとナギサ。
犬猿の仲である彼女たちが朝の挨拶を交わすと言う歴史的な瞬間を破壊するセシリアであった。
「……よぉし! じゃあ、ユイナ部隊は準備いいね!? 攻め込むよー!!」
「ナギサ部隊も当然大丈夫よね? あたしたちは後方から援護射撃だから、魔力を溜め始めていいわよ!!」
セシリアが魔力を込めると、巨大な門が現れる。
青白い光を放つ円錐形の魔法結界が、ユイナ部隊、ナギサ部隊の両陣営を一気に人間界へと転移させる。
戦いの時がやって来た。




