魔王の勅命
「はい、みんなもっと集中力を高めてください! 手でも目でも胸でもいいですから、体の1か所に魔力を集約させる事を意識しながら、魔力の放出を続けましょう!」
修練場にてセシリアはユイナ部隊の幼年魔法兵団に修行をつけている。
子供たちは文字通りまだ幼いが、魔法の才能を認められて十架戦の部隊メンバーに加わっているだけあって、誰もが才能を持っていた。
磨けば光るダイヤモンドの原石を見つけたら、磨き尽くすのがセシリア流。
彼女の指導は口調こそ優しいが、内容は割とスパルタである。
そんな彼女を少し離れたところで見つめる瞳があった。
「なるほど……。意識して魔力を一点に収集させると、魔法の威力はあがるのですね。でも、その分1発に使う魔力が大きくなるので、使いどころが難しそうです」
ウルミである。
彼女は現在、模造刀の手入れをしながらセシリアの授業を聴講していた。
セシリアも、ウルミに声が届くように立ち位置を考えている。
ウルミに合わせてセシリアが動く。
セシリアが動けば子供たちも動く。
周囲で剣を振るリザードマンたちが「今日もセシリア様はよく分からねぇことをしてるなぁ」と微笑ましいものを見つめていた。
「なあ、先生! 見てくれよ! 俺、フレアボール2個同時に作れるようになった!」
「ちょっと、先生はこっち! わたしたちに風魔法教えてー!!」
「分かりました。でも、順番ですよ。ちゃんとみんなのお話を聞きますから。ウルミちゃんも手が空いたらこっちに来てください」
セシリアは子供たちに人気がある。
それまでは部隊に魔法をろくに教えられる人材がいなかった事もあるが、彼女の物腰柔らかな態度は子供の琴線に触れるところ大の様子。
「は、はい。あ、あの、皆さん、お邪魔します……」
「そんな小さい声じゃ、強い魔法使いになれねぇんだぜー!」
「あ、あぅ……。ごめんなさい。頑張って大きな声出します」
「えー。いいじゃん。個性はそんちょーされるものなんだよ! ウルミちゃんはそのままでいいよー!!」
ウルミも少しずつではあるが、幼年魔法兵団の子供たちと打ち解け始めていた。
なにせ同年代の子供に交じるのも初めてな上に、エルフはユイナ部隊に1人だけ。
それでも健気に頑張るウルミを見て、セシリアは「偉いです!」と日々感動している。
昼前になると、ユイナ部隊の全体演習が始まった。
有体に言えば、筋力トレーニングである。
「は、はひぃ……。ゆ、ユイナ、わた、私はもうダメです……」
「はいはーい。だからセシリアは参加しなくていいって言ってるのに。ウルミー! セシリアにお水飲ませてあげて!」
「わ、分かりました。お師匠様、しっかりしてください。お水です。冷たいヤツです」
「んんっ。ぷはぁー。生き返りますー。ありがとうございます、ウルミちゃん。それにしても、ウガルルムやオークの皆さんは凄いですねぇ。特に凄いのはオーガの皆さん。力強さが群を抜いています!」
ユイナを先頭に、何キロあるのかセシリアには想像もつかない岩を持ち上げてスクワットをしているオーガたち。
彼らはユイナ部隊の精鋭であり、信頼関係も抜群で連携攻撃の練度も高い。
当然だが、ユイナの事を「劣等種」呼ばわりする不届き者はいない。
彼らは同族でありながら部隊の隊長を務め、隊員の誰よりも努力を欠かさない彼女を尊敬している。
そんな姿を眺めているセシリア。
これがユイナ部隊の日常である。
その日常に、ひと際目立つ来訪者がやって来たのは、ちょうど昼休みになった頃だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「相変わらず、ここは汗臭いわね。まーた筋トレしてたんでしょ。ユイナ」
「な、ナギサ! ちょっと、軍規違反だよ! 各部隊の修練場に入るのは許可を取ってからでしょ!!」
そう言いながら、ユイナはセシリアに目配せをした。
「ウルミを隠して」という意味をすぐに理解したセシリアは、大事な愛弟子に簡易的な封印魔法をかける。
「細かいことにうるさいわねー。って言うか、聞いてないの? 魔王様の勅命」
「何のこと!? わたし、聞いてないけど!?」
そこでセシリアが思い出した。
今朝、カミラに「魔王様からの書状です。ユイナ様に渡しておいてくださいませ」と言われて、封書を預かっていた事を。
「あ、あははー。すみません、ユイナ。これを渡すの忘れてまして……」
「もぉー。セシリアー! 貸して、貸して!」
慌てて書状に目を通すユイナ。
彼女の代わりにナギサの相手を買って出るのがうっかり屋さんの凄腕魔女。
「お久しぶりです、ナギサさん。お元気そうでよかったです」
「あんたもね、セシリア。そろそろナギサ部隊に転属する決心はついた? って、あら。そっちの小さいのは見かけない子ね。オーガじゃないし、獣人族でもないし」
「この子はウルミちゃんです! エルフさんですよ! 私のお世話係です!」
「ふーん? ま、セシリアの実力だったら傍仕えの1人くらい居るわよね」
セシリアの封印魔法の成果もあり、どうにかウルミの魔力を誤魔化すことに成功。
だが、問題と言うものは次々に発生する。
「えーっ!? 人間界への遠征が、うちとナギサ部隊の合同なの!?」
「あ、そうなんですか!?」
「そうなのよ。困ったものだわ。脳筋部隊と一緒だなんて」
ため息をつくナギサに反論するユイナ。
「それはこっちのセリフだよ! ……絶対上手くいかないのに、魔王様はどうしてこんな命令を出したんだろう」
「知らないわよ! ただ、魔王様の勅命なんだから、従うしかないでしょ!!」
ユイナも「それはそうだけど」とトーンダウンする。
魔王軍にとってアンヴェルドの言葉は全てに優先されるのだ。
「それでね、セシリアって人間界に詳しいらしいじゃない? ちょっと話を聞こうと思って来たの。 ……この脳筋ルームに」
「頭でっかちなナギサには、筋肉の素晴らしさが伝わらないみたいだね! 別に無理して来てくれなくて良いんですけど!?」
十架戦公認の犬猿の仲である2人は、そうするのが当然のように口論を再開した。
その間にセシリアはユイナの手から「失礼しますね」と断って、書状を読む。
決行は1週間後。
場所は帝国領の南西にある都市で、名前はハイセントリム。
セシリアも良く知っている都市だった。
ハイセントリムには冒険者ギルドがあり、周囲の街から腕自慢の猛者が集まる場所。
2部隊の合同作戦である事を考えても、苦戦は必至だろう。
「セシリア、その都市ってどんな感じ? ……あ、その顔はあんまり良くない感じだ」
「そう、ですね。失礼を承知で言いますけど、かなり苦しい戦いになると思います。……もっと言えば、負けてしまうかもしれません。少なくとも、負傷者では済まず、死者も多く出る事を覚悟しなければなりません」
軍議において気遣いは無用。
事実だけを端的に並べなければ、正しい判断は下せない。
「ちょっと! そんなに厳しいの!? じゃあどうするのよ!」
「んー。私の頭では魔王様の御意志は分かりかねますが、もしかすると完全に制圧、あるいは壊滅させる事はお望みじゃないのかもしれないです」
セシリアの言葉を受けて、ユイナとナギサが「うーん」と同じタイミングで唸る。
軍議において悲観的な意見だけを述べるなら二流。
セシリアは元人間界の英雄で賢者。当然だが彼女は一流だった。
「私が魔法で転移門を構築します。それでしたら、撤退がスムーズに行えるので、状況に応じた作戦が運用できるのではないでしょうか。それから、攻め込むのなら、ハイセントリムの西の街が良いと思います。確か、冒険者の宿泊施設があったと記憶しています。まずは戦力の高い者から潰すのが理想かと」
ユイナはセシリアの意見を聞いて「おおー! なるほど! それならイケそう!!」と表情を明るくさせた。
ナギサは「あんた、やっぱり有能ね。この戦いが終わったらうちに来なさいよ」と勧誘のような感想を述べた。
「ちょっとぉ! うちのセシリアにちょっかい出さないで!! とにかく、やるからには頑張るよ!」
「はぁー。面倒くさい。まあ、あたしもやる事はやるけどさ。あんた、足引っ張るんじゃないわよ」
情報を共有したのち、再び2人は口論を始める。
セシリアはその様子を眺めながら「2人ってなんだかんだ仲良しですねぇ」と思うのであった。




