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セシリア・フローレンスは諦めない  作者: 羽入五木
第二章
13/20

ナギサという女


 魔王アンヴェルドの言葉を代弁するカミラ。

 それを受けた幹部たちの反応は様々だった。

 武功を挙げられる好機と喜ぶ者、魔王様のためにといきり立つ者、露骨に面倒くさがる者もいた。


「がっはっは! いいじゃねぇの! 人間も最近はやるようになったと聞き及ぶ! ガイノス隊は大歓迎だぜ!!」


 戦いに生きがいを見出すタイプのガイノスは大喜びする者だった。

 彼はここ数か月、出征の命令に恵まれずに事務仕事ばかりこなしていた。

 そのため、幹部会議の面々の中でも大いにカミラの言葉を歓迎する。


「はぁ? 人間界を相手にするの? なんで今なわけ? 魔界の統一とか、神界に攻め込むとかなら分かるけど、人間界? 別にいいけどさ、急過ぎるんじゃない?」


 幹部会議の中でもひと際若い、と言うよりも幼い少女が不平を述べた。

 セシリアはその様子を見て「小さいのに自分の意見がちゃんと言えて偉いですね!」と、静かに称賛を送った。


 彼女の名前はナギサ。

 獣人族のネコ科であり、フワフワした耳と気の強そうなつり目がチャームポイントの、十架戦の最年少幹部。


 獣人族にしては珍しく、強大な魔力を駆使した攻撃を得意としている。

 対して、部隊の多数を占める獣人族は物理攻撃に特化しているため、結果としてバランスが良く、どんな局面でも活躍できるオールラウンダーな部隊として存在感を放っている。


 そのナギサは続けた。


「そもそもさ、人間界の中でも、帝国領でしょ? 今の標的って。別に急いで攻め落とさなくちゃいけない理由ってなくない? 魔王様だってこれまでそんな方針を打ち出してなかったじゃない。そもそも人間って面倒なのよ。数は多いし、やたらと連携してくるし。でも個体は弱くて歯ごたえないし」


 いつの間にか、会議がナギサの独演会になっていた。

 そこで仲裁をするのがガイノス。


「まあ、良いじゃねぇか、ナギサ嬢ちゃん。戦う事が魔王軍の本懐だろう?」

「戦闘バカは黙ってて。別に、直接攻め込まなくてもさ、もっと効率の良いやり方はいくらでもあるってあたしは言ってるの。そんなだからあんたの部隊は中位止まりなのよ」


 序列の話を出されると、ガイノスも弱い。


「こいつぁ参った。俺ぁ降参だ!」


 白旗をあげたガイノスの代わりに、何人かの幹部がナギサに同調する。

 彼らは自発的に発言をしないで、都合のいい意見が出ればそれに乗り掛かる日和見主義者。

 いずれも十架戦の下位でくすぶっている。


「確かに。遠征となればそれなりに労力がかかるな」

「うちは遠征向きではないのだ。それを飛んで行って戦えとは、いささか乱暴ではないか」


 セシリアは隣に座るユイナの横顔を伺った。

 彼女は特に何も言わない。

 命令された事ならば、どんな難題でもこなして見せる自信と野心を持っているからである。


「皆様の貴重なご意見は、わたくしがしっかりと拝聴いたしました。その上でまず確認したいのですが、人間界侵攻作戦に反対の方々。あなたたちは、魔王アンヴェルド様の御意に背かれると言うことでよろしいですか?」


 カミラの口調はいつもと変わらない。

 だが、その瞳はアンヴェルドの命令に異を唱える事を許さないようであり、順番に不平を述べた者たちを睨みつけていく。


「い、いえ! 自分は……! も、妄言でした。お許しください」

「み、右に同じです。決して、魔王様に逆らおうなどとは思っておりません」


 所詮は日和見主義者の下位幹部。

 両名とも、カミラの放つ圧に簡単に屈した。


「ナギサ様。あなたはいかがですか?」

「……べ、別に。反対した訳じゃないし。魔王様がやれと命じられるのならば、あたしの部隊だけで人間界なんて軽く殲滅してやるんだから」


 強気な発言を崩さない姿勢は立派だったが、顔色がやや青ざめており、両耳はペタリとしおれていた。


「それでは、全会一致で異議はないと言うことでよろしいですね? 詳しい作戦概要は今後検討される予定ですが、希望があればわたくし、カミラにお伝えください。アンヴェルド様の御裁可を伺いますので」


 幹部会議は幕を閉じる。

 半数以上の幹部たちは突然降って湧いた面倒事に辟易しているようだったが、セシリアは胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

 人間界の侵略がこんなに早く叶うとは思っていなかったからである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さあ! 戻って訓練の続きをしよう! セシリアも幼年魔法兵団の特訓よろしく!!」

「はい! 任せて下さい!」


 会議室から出て行こうとするユイナとセシリア。

 そこに立ちふさがったのはナギサだった。


「ちょっと、あんた! あんたがセシリア? 噂の超魔力の魔女?」

「ナギサ! セシリアはまだ魔王軍に慣れていないんだから、絡んでこないで!」


 セシリアを守るように一歩前に出たユイナ。

 そんな彼女に「大丈夫ですよ」と微笑むのは、話題の中心の魔女である。


「はじめまして。セシリアと申します。ええと、ナギサさんでよろしかったですよね?」

「そうよ! 魔王軍最強の魔法使いのナギサよ! あんた、どうしてあたしの部隊の獲得要請を蹴ったのよ! 今、どこに属してるの!?」


 セシリアは「獲得要請ってなんでしょうか?」と首を傾げた。

 彼女は即断即決でユイナ部隊に所属を決めてしまったため知らないが、魔王軍で有能な新人が現れた際には、興味のある部隊が獲得要請書を提出し、その才能を奪い合うのが常である。


 魔王軍において、優れた人材を勝ち取れるかどうかも実力主義。

 常に競争意識を持つ事で、精神的な研鑽にも繋がる。

 と、魔王が考えているのかどうかは分からない。


「ちょっ、えっ!? まさか、ユイナ部隊!? 嘘でしょ!? 脳筋の集まりじゃない! どうして超の付く有能な魔女がそんな脳筋部隊に配属されてるの!? ユイナに何か弱みでも握られてる!?」

「ぐぬぬっ。黙って聞いてれば、ナギサ! ちょっと言い過ぎだと思うんだけど!?」


 一触即発のユイナとナギサ。

 彼女たちは同性で年もそれなりに近いため、いつもお互いをライバル視している。

 そうと知らないセシリアは「もしかして、私って魔王軍の中でちょっぴり注目株だったりしますか?」などと、のんきな事を考えていた。


「おいおい。ヤメとけ。またカミラさんに怒られるぞ、ナギサの嬢ちゃん」

「うっさい! あんたがこっち来るとあたしがちっちゃく見えるから、あっち行ってて!!」


 大きな体に大らかな心を持つガイノスは、仲間内の争いを好まない。

 だが、こうも強い口調で言われると反論するのもまた大人げないと考え、「やれやれ。ほどほどにしとくんだぜ」と言い残して会議室を出て行った。


「セシリア? あんたさえその気があれば、ナギサ部隊はいつでも歓迎するわよ!」

「そんなことはさせないから! セシリアはユイナ部隊のエースなんだよ!」

「まあまあ。2人とも、喧嘩はそのくらいにしておきましょう? 同じ魔王軍なんですから、仲良くやっていきましょうよ!」


 ナギサはセシリアの態度に「はあ」と大きなため息を吐いて、ついでに捨て台詞も吐いて去っていく。


「ユイナはラッキーだったわね! セシリアの事はとりあえずあんたに預けておくけど、手に負えなくなったらいつでも言いなさいよね!」

「結構です!! 余計なお世話だよ!!」


 言いたい事を言って去っていく背中に、ユイナは精一杯の反論をした。

 それから、セシリアの手を引いて「わたしたちも行こ!」と部屋を出ていく。


 後日、ユイナ部隊のオーガたちからセシリアが聞いた話によると、ナギサ部隊は十架戦の3位に位置しており、ユイナ部隊の目の上のたんこぶなのだとか。

 それを聞いて「そうなんですかぁ。やっぱり皆さん出世競争が大変なんですねぇ」と、まるで他人事のような感想を述べた。


 その魔王軍の若き才能たちがこぞって奪い合っているのが、自分だとはまるで気付かないセシリアである。



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