魔王軍、定例会議
ユイナ部隊に所属するメンバーは個々の実力を見ても、他の部隊に引けを取らない。
部隊単位での話になれば、トップクラスであると表現しても良い。
それは、彼らの日頃のトレーニングに裏打ちされていた。
「うぉぉぉぉ!! うるぁぁぁぁ! っしゃあ!!」
「おうっ! いいパンチだな! 気合も乗ってて切れてるぜ!!」
今日もユイナ部隊は魔王城の修練場にて次の任務までの間を無駄に過ごさず、レベルアップに励んでいる。
「それじゃあ、昨日の復習から始めますよ! はい、両手に魔力を集中させてください! それができたら、的に目掛けて魔力の塊を投げつけるイメージです! お手本を見せますね! 『フレア・ボム』!!」
「セシリア様、すごーい!」
「あたしもやってみます!!」
「俺だって! 見ててください、セシリア先生!!」
セシリアは魔女である。
魔女に求められるのは筋力ではなく魔力。
だが、彼女は既に鍛えずとも最強に近いそれを持っている。
もちろん研鑽は欠かさないが、ユイナ部隊のトレーニングにおいて彼女の担う役割は魔法の教師である。
まだ幼く、戦場には出られないがいずれは部隊のメンバーになるであろう子供たち。
彼らの中で魔法の素養のある者を選抜して、未来の魔法兵団を作るべくセシリアは今日も教鞭を振るう。
特にオーガ族の子供たちには魔法を使うセンスがあり、セシリアも熱心に教えていた。
先生役は人間だった頃からお手の物。
忌まわしかろうが何だろうが、経験と言うものは財産である。
「やぁぁぁっ! せぇい! 風の刃ぁぁっ!!」
「ぐぇっ! 相変わらず、何と言う威力……!!」
「まだまだぁ! 次!! どんどんかかって来て良いからね!! 3人まとめてどうぞ!!」
隊長のユイナもトレーニングに熱が入る。
少しばかりオーバーワーク気味であり、心配になったセシリアは声をかけた。
「ユイナ。少し休憩しましょう。オークさんたちもヘロヘロですよ」
「ダメだよ! 少しでも強くなっておかないと! 今がチャンスなんだから!!」
既に休憩を進言するのはこれが3度目である。
セシリアを「ユイナは意外と頑固もので困ってしまいます」と悩ませていた。
そこで、少々作戦を変更することにした。
「ユイナ様ー! お水を汲んできました! とても冷たくて美味しいですよ!」
「うぐっ! セシリアぁー。子供たちを使うのはズルいよー。反則だよー」
「ふふっ。この子たちが一生懸命汲んで来たお水を無視するんですか? 隊長さん?」
「分かったよー。ちょっとだけ休憩するね! ありがとう、お水もらうよ!」
ユイナが汗を拭いながら、セシリアの隣へやって来て腰を下ろした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「この前さ、魔王軍の仕組みについて話したの覚えてる?」
「もちろんです。当面のユイナの目標は、十架戦の上位に加わる事ですよね」
魔王軍の精鋭部隊の上位十隊。
特に秀でた功績を残した部隊である彼らの事を「十架戦」と呼ぶ。
なお、人間だった頃のセシリアは十架戦の上位部隊とも交戦している。
決着のつかなかった部隊の事を彼女は思い出し、「もしかすると、あの方たちが上位ランカーだったのかもしれませんね」と在りし日を思い出す。
ちなみにユイナ小隊も十架戦に数えられてはいるものの、ちょうど中位である。
厳密には6位に立っている。
セシリアはその話を聞いた際に「充分にすごいですよ!」と拍手した。
だが、ユイナの目標は魔王軍最強の部隊、十架戦の1位。
オーガの劣等種である彼女にとって、目で見て分かる実績は魅力的だった。
現状、彼女の事を悪く言う者も少なくない。
ユイナは自分を貶される事に関してはさほど気にしていないが、それが自分の部下に及ぶとなれば話は別である。
両親を失くしている彼女にとって、部隊のメンバーは家族も同然。
その家族に肩身の狭い思いはさせたくない。
「セシリアのおかげでさ、今ってうちの部隊は魔王様に注目してもらえてると思うんだ! だから、ここは一気に功績を挙げるチャンスなんだよ!!」
「理屈は分かりますし気持ちも察するところ大ですが、それで無理をして怪我でもしたら本末転倒ですよ」
「うっ……。それはまあ、そうなんだけどさ」
「子供たちを中心に編成した幼年魔法兵団は順調に仕上がっています! 人間のちょっとした騎士団となら渡り合えるくらいです! ユイナの部下は着々と育っているので、隊長には体を労わってもらわないと困ります!」
セシリアはユイナの事を頑固者だと思っているが、ユイナもセシリアの事を同じように思っていた。
彼女たちは似た者同士。
ならば、お互いの進言はどうしたって正しく本質を突く。
「セシリアって意外と束縛するタイプだよねー」
「そうですか? 全然自覚ないですけど」
「精が出るのは結構ですが、セシリア様の言う通りでございますよ。ユイナ様は注目株ですので、今後は自己管理も徹底して頂かないと」
いつものように瞬間移動で突然現れるのはカミラ。
「うわぁ!? か、カミラさん! もぉー。ビックリするじゃないですかー」
「ふっふっふー。私はもう慣れました! カミラさんの魔力を感知できたら、ほんの数秒前ですが気付くことができますよ!」
「これはこれは。セシリア様はさすがでございますね」
「そんな事ができるの、多分セシリアだけだよ……。魔力がチートレベルだもん」
カミラは「お二人とガールズトークに花を咲かせるのも乙ですが。少々お耳に入れたい事が」と断って、本題を告げる。
「定例会議の時刻が少々早まりました。まずは上級幹部以外の者で通達事項を共有するようにとの魔王様のお達しでございます」
「あ、はい! 分かりました、すぐに行きます!」
「行ってらっしゃい、ユイナ」
「あら、セシリア様もおいでになられてはいかがですか?」
「へっ? 私も参加して良いんですか? だって私、隊長じゃないですけど」
「幹部の中には腹心を連れて出席なさる方も多いですし、ユイナ様もその方がよろしいのではないかと」
「そうだね! カミラさんの言う通り! セシリアも一緒においでよ!」
「うーん。……分かりました。何事も経験ですね!」
1時間後に会議室に集合するようにと伝えたカミラは、例によって音も立てずに姿を消した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
会議室にユイナとセシリアが到着すると、既に半数以上の幹部が集まっていた。
その面々の中には、かつてセシリアが戦った事のある魔族も確認できる。
「あわわ。あの人に顔の傷を付けたの、私です……!」と慌てながら、ペコペコと頭を下げて席に着く。
対して、周囲の視線もセシリアに向けられていた。
「魔王様が特例で認めた魔女がいるらしい」という噂は既に魔王軍の中でも広く伝わっており、噂の魔女を見て「なるほど」と一目で力量を量る者、「ふん、魔女風情が」と顔をしかめる者、無関心を装う者と反応は様々であった。
「よぉ! ユイナ! なんでも遠征でずいぶんと戦果を挙げたらしいじゃねぇか!!」
「ガイノス! えへへー。そうなんだよねー。うちの新戦力が頑張ってくれちゃってさ!」
「ほほう! そっちの姉ちゃんが噂の魔女か! 俺ぁトロル族のガイノス! よろしく頼むぜ! がはははっ!」
「はい。よろしくお願いします。新参者ですので、ご指導ご鞭撻のほどを」
「なんだなんだ、堅苦しい姉ちゃんだな! もっとフランクに行こうぜ!」
「ガイノスは体と声が大きいけど、いいヤツだよ! うちの部隊より順位が1つ上なのは良くないけど! セシリアの事もよろしくね!」
「おうよ! 任せとけ!!」とガイノスが返事をしたところで、カミラが部屋に出現した。
その気配を多くの者が察している様子を見て「さすがですね」とセシリアは思う。
「皆様、お忙しいところご足労頂き感謝いたします。魔王アンヴェルド様の名代として、このわたくしがお言葉を伝えさせていただきます」
一同は黙り込んだ。
それほどに魔王の言葉は重いのである。
カミラは会議に先立って宣言する。
「魔王アンヴェルド様がお決めになられました。今後、人間界への侵攻作戦をより積極的に行って参ります。具体的には、いくつかの拠点を攻め落とす計画がございます。そのための準備をお願いするのが本日の主題でございます」
静まり返っていた会議室が、にわかにざわつく。
「ついに来たか……!」と十架戦の幹部たちも口々に感想を述べる。
それはセシリアも同じであり、彼女は待ちわびていた指令に胸を躍らせるのだった。




