混乱する王子たち
レスコーネ城では、日が昇ったのを合図に慌ただしい1日が始まろうとしていた。
サウスユニスの生き残りの兵が早馬を飛ばしてやって来たのだ。
サウスユニスは辺境とは言え、ルーファス・レスコーネ王子の直轄領。
その地が落とされたと言うのだから、穏やかではない。
「それは本当か!? たった数時間で外壁だけではなく、街そのものが焦土と化したと、そう言うのだな!?」
リンツ兵長は優秀な武人である。
もたらされた報が全て真実であると仮定した場合、事の重大さは計り知れない事を理解していた。
「ま、まあ、サウスユニスの兵士は訓練不足でしたからなぁ」
この現実と向き合おうとしない男はケンプ大臣。
レスコーネ城の内政のトップである。
何かと理由を付けて起きた事に対して都合のいい解釈をする点は、ルーファスに似ていた。
「何を悠長な事を言っておられるか! これは一大事ですぞ!!」
「わ、分かっております! しかし、まだ不確定な要素が多いではありませんか!」
「王子の直轄領が攻め落とされるなどと、前代未聞の事態ですゆえ。これは帝国の首都にも既に伝わっているでしょう。おい、王子はどうなさっておられる!?」
「はっ! まだ眠っておられます!!」
リンツは唇を噛む。
彼には家族がいる。
だから、それがどんなに無能でも王子に従い、王子の助けとならなければならない。
「起こしてこい!! 事の重大さをお伝えしろ!!」
「は、ははっ!! 行って参ります!!」
それからルーファスが会議室に現れるまで、1時間ほどを要した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、なんだ。人が気持ちよく女と寝てるってのに。しょうもない事で呼び出したんだったら許さないからな」
「我らもそうあって欲しかったですが、一大事です」
リンツ兵長は、ルーファス王子に事の次第を伝えた。
ケンプ大臣に任せなかったのは、王子の機嫌を損なう事を嫌って事実を事実として伝えないからである。
レスコーネ城の腐敗は進行し切っており、セシリアがいた頃と何も変わっていない。
「お、俺の領地が!? 父上からお預かりしているサウスユニスが落とされた!? どういうことだ!? なんでそんな事になる!?」
リンツは「あなたがしっかりとした兵を派遣しないからです」と言いたいところを我慢して、現状を端的に無能な上司に伝える。
「報告によれば、あまりにも短時間で壊滅的な被害を受けております。人間の仕業ではないでしょうな。魔族の、魔王軍の侵攻かと思われます」
続けてリンツは被害実態を語った。
何百もある民家は全てが焼け落ちており、サウスユニスのシンボルであるルーファス王子の銅像は特に被害が大きい。
雷に打たれたのち、地獄の業火で炙ったのだろうか。
原形を留めないほどに損傷している旨を伝える。
「恐れながら、ルーファス様。なにやら通常の魔王軍の侵攻とは違う気配を感じます」
「何が言いたい!? ハッキリと申してみろ!」
「では……。ルーファス様に対する怨恨の念を感じるのです。わざわざ辺境のサウスユニスを襲った点もそうです。帝国領を侵攻するのであれば、南東の端に位置するサウスユニスなど落とす利点が魔王軍にはありますまい。それに……」
「まだ何かあるのか!?」
感情的になるルーファスに対して、リンツは毅然とした態度で応じた。
「先ほども申しましたが、ルーファス様の銅像だけが酷い損傷具合です。これは明らかに意図して銅像を狙っています。……王子、何者かの恨みを買っておられませんか?」
「こ、この俺を恨んでいる輩がいると言うのか!?」
「そう申し上げております。これが万が一、魔族ではなく人間によるものであれば、ルーファス様の御身に危険が迫る可能性も。真剣にお考え下さい」
「ぐっ……。ぐぬぅ……」
自分の身に危険が及ぶと言われては、傍若無人を旨とするルーファス・レスコーネも言葉を失う。
だが、彼には「自分に恨みを持っている者」を特定できない。
候補が多すぎるのだ。
態度が気に入らないと言って無実の罪を被せたのち、処刑した領主の遺族か。
美しい妻を奪い去るために因縁を付けて流刑地送りにした騎士もいた。
若い頃には暇潰しと称して村を1つ焼き払った事もある。
ルーファスは真剣に思い出そうとしているが、その様子を見ているリンツは頭を抱える。
自分の主君がこれほどまでに残虐の限りを尽くしていて、それを止められない己にも嫌気がさす。
彼は家族の写真が入っているロケットペンダントを見て、首を横に振る。
今は悔いている時ではない。
リンツは考える。
サウスユニスは外壁こそ物理攻撃による被害が出ていたものの、領地全体の被害を見ると魔法攻撃によるものが圧倒的である。
つまり、強力な魔法を使う者の犯行である。
主犯ではないかもしれないが、部隊の中でそれなりの行動権限を有している者が、明確な王子への恨みを抱えて侵攻して来ている。
万が一にもそれが人間だった場合、リンツには1人だけ該当する人物の顔が浮かんでいた。
かつて領民に乞われる形で帝国軍に加わり、その比類なき力で魔王軍と互角以上の戦績を残し、王子の欲望と言うどうしようもない理由で無実の罪を着せられ、ギロチン刑に処されたこの地の英雄。
セシリア・フローレンスである。
セシリアは確かに死んだ。
それはリンツも見届けていたので、間違いない。
だが、不可解な事が1つだけあった。
処刑ののち、遺体の処理を任せた部下が数日後、口々に言うのだ。
セシリアの遺体がある朝、塵のように消えていたと。
「だからなんだ。見間違いに決まっている」と思う一方で、あの賢者には何らかの、例えば自分の理解を大きく超えた秘術や大魔法の類を使って、密かに生き延びていたとしても何ら不思議ではないともリンツは考えた。
「ルーファス様。これは可能性の、極めて微細な可能性の話なのですが」
「なんだ!? 言ってみろ! 今は緊急事態だ! どんな意見も聞いてやる!!」
「セシリア・フローレンスを覚えておいでですね?」
「あ? セシリア? ……ああ、あのバカ女か。確か、俺の誘いを断った愚か者だな。それがどうした?」
「彼女が今回の侵攻に関わっているとは思えませんか? もちろん、確率にして数パーセント、いえ、もっと低いかと思われます。……が、そう考えると全ての辻褄が合うのです」
「なんだと!? あいつの関係者は全員が俺に忠誠を誓ったはずだろう! 充分な金品をくれてやった!! ……ヤツら、裏切りやがったか!?」
「いえ、ルーファス様。今問題にしているのはそこではなく」
「くそったれども!! 許さん!! おい、そこのお前! セシリアの1件で特に手厚く褒美を与えた者どもを全員ひっ捕らえて来い!! 今すぐにだ!!」
リンツは進言が失言だったと反省した。
この男は考え方が短絡的であり、直情的なのだ。
やはり、この1件の処理は自分で行わなければならない。
それが兵長としての責務であると、リンツは考えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
数時間後。
王子の勅命を受けた兵士たちが、仕事を済ませていた。
「おやめくださいませ! わたくしは王子様に楯突くような愚か者ではございませんわ!!」
「黙れ! ルーファス・レスコーネ様の命令である!! 貴様には国家反逆罪の容疑がかかっている!!」
「そんな! わたくしは無実でございます!!」
まず、聖女のリタが捕らえられた。
彼女はかつて似たようなセリフを吐きながら無罪を訴えたセシリアと同じ立場に立っていた。
「小隊長殿! 魔法兵団のクロエをはじめとしたセシリアの元弟子たちも全員捕えました!」
「よし! すぐに牢獄へ叩き込んでおけ!!」
「クロエさんたちまで……!? どういうことですの!? どうか、王子様に直接申し開きの機会をくださいませ!! これは何かの誤解でございますわ!!」
「黙れ! 貴様の意見など聞いていない!! おい、こいつも地下牢獄に収監しろ!!」
「はっ! 来るんだ、聖女リタ!!」
「どうして!? わたくしの話を聞いて! 少しでいいのです!! お願いでございます!!」
願いはかなわない。
その事をよく知っているのは、他ならぬ過去の彼女自身であった。




