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セシリア・フローレンスは諦めない  作者: 羽入五木
第一章
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賢者のセシリア


「ふぅ。思ったよりも時間が掛かってしまいました」


 彼女の名前はセシリア・フローレンス。

 ローブを身に纏い、灰色の髪をたなびかせて青い瞳は真っ直ぐに前を見据え、姿勢よく廊下を歩く。


 胸に抱えているのは古代の魔導書。

 今の彼女の仕事は、レスコーネ城で魔法学について見識を深め、多くの教え子に知恵を授ける事である。


 セシリアはレスコーネの英雄として名を馳せる賢者。

 帝国領内で魔王軍の動きが活発になってから約5年。

 帝国の王族が住むレスコーネ地方にもその魔の手は迫っていた。


 魔法兵団と守護兵しかいないレスコーネ地方は、魔王軍の侵攻に対してあまりにも無力だった。

 帝国の周りには強力な城が多くあり、「まさかここまで攻められまい」とたかを括ったツケである。

 各所の砦は次々と破壊され、城に魔王直属の幹部の軍勢が迫る。

 誰もが命を諦めたその時、森で静かに暮らしていたセシリアが悪の芽を摘むために立ちはだかった。


 彼女の魔法は魔王軍をたった1人で圧倒し、数日で侵攻を食い止め、数週間で完全撤退させるに至る。

 そのような優秀な人材をこの地方を統べる王族が放っておくはずもなく、彼女は城に迎えられた。


 本来ならば静かな森で魔法の研究をしていたいセシリアだったが、「もしまた魔王軍が攻めて来たら!」とすがりつく人々を無下にはできない。

 彼女は実力だけではなく、心根の清らかさも英雄としての素質を秘めていた。


「セシリア様! 遅くまでご苦労様です!」

「あ、はい! 皆さんも夜の警備お疲れ様です。無理しないで下さいね」


 城の守衛の交代時間と重なり、廊下を慌ただしく兵士たちが走る。

 だが、彼らはセシリアを見るとどんなに急いでいても立ち止まり、敬礼する。

 心の底から彼女の事を尊敬しているのだ。


 セシリアは「もう少し気軽に接してくれてもいいのですが」と思っていたが、彼らの敬愛の念は素直に喜び、今日も笑顔を向ける。


「今日はもうお休みになられるのでありますか?」

「はい。これから王子様に頼まれていた魔導書をお渡ししたらですけど」


「後進の育成から魔法の研究まで……! さすがです、セシリア様!!」

「あ、いえいえ! お給料や私にはもったいない程のお部屋も頂いていますので。このくらいは当然のお仕事です」


 「すみません。王子様をお待たせしていますので」と頭を下げて、セシリアは再び歩き始める。

 その後ろ姿をうっとりした目で見つめる兵士たち。


「可愛いよなぁ。セシリア様。しかもスタイルまで良い! ああ、目の保養になるぜー!」

「バカ野郎! この国の英雄様だぞ! なんと言う不埒な目で見ておるか!!」


「先輩だって鼻の下伸ばしてたじゃないですかー。この国で1番可愛いっすよ、セシリア様は!」

「……それは否定せん。さあ、我らも仕事だ! 英雄様だって時間外労働をしておられるのだ。我らはシフトを順守するぞ!!」


 セシリアは、この国の誰からも好かれていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 セシリアは「はぁ」と息を吐いて、控えめに扉をノックした。


「誰だ」

「あ、ええと、セシリアです。お約束の魔導書をお持ちしました」


「おう、セシリアか! 入れ、入れ! 俺しかいない! 侍女たちは帰らせたから遠慮はいらんぞ! さあ早く入れ!!」

「は、はい……。失礼します」


 本来ならば王子の寝室に女性が入るなど、許される事ではない。

 だが、セシリアは例外だった。


「そうか、魔導書か。そんな事も頼んでいた気がするな!」

「それでは、説明させて頂きますね。この魔導書には主に土属性の術についての契約と行使の技法が——」


 レスコーネ地方を統べる王の第一子。

 名をルーファス・レスコーネ。

 彼はセシリアを大変気に入っていた。


「ああ、いいんだよそんな説明は! 魔導書は今度暇な時にでも読むから、その辺に置いておけ!!」

「……はい。それでは、こちらに」


 対して、セシリアはこのルーファスの事があまり好きではなかった。

 彼は絵に描いたような放蕩者であり、その軽薄な態度を隠そうともしない胆力はさすが王子と呼んでも良いが、どうやっても尊敬には値しない男である。


「セシリア。なんでも魔法兵団に新たな術を授けたらしいじゃないか。評判は聞いているぞ。いやぁ、君の優秀さには俺も王子として誇らしく思っている」

「あ、ありがとうございます」


 隠しようのない態度を恥も外聞もなく晒しているため、結論から言ってしまおう。

 ルーファスはセシリアに惚れている。

 これが純愛であれば、セシリアもここまで嫌な顔はしない。


 このルーファスと言う男、放蕩者に相応しく女癖が非常に悪かった。

 侍女であろうとメイドであろうと、気に入った者には手を出して自分のものにし、それに飽きたら興味のなくなった玩具は何の未練もなく捨て去る。


 時には城下町に出て行き、権力に物を言わせて村娘を婚約者の元から奪い去った事もある。

 それらの悪評は城内の女子たちが噂をしており、当然セシリアの耳にも入っていた。


「それで、どうなんだ? この城に来てもう2年になるか? 恋人は出来たか?」

「……いえ。そのような事はありません」


「そうだろう、そうだろう! お前のように容姿も良ければ実力もある女となれば、並みの男では釣り合わない。だが、例えばこの俺だったらどうだ?」

「あー。あははー。いえ、私には恐れ多い事です。ご冗談はおよしくださいませ」


 セシリアからすれば、まさに悪い冗談だった。

 気ままな森での生活を捨てたのは困っている人たちを救うためであり、このような男のものになるためでは断じてない。


「冗談なものか。今宵はこの話をするためにお前を呼んだのだ。そろそろ、俺と恋仲になっても良いだろう? 俺の妻となれ! 父上もきっとお喜びになる!」


 貴重な古代の魔導書を放っておきながら、いやらしい目でこちらを見て来るルーファス。

 温厚なセシリアも我慢の限界であった。


「いえ、結構です」


 彼女にしては珍しいきっぱりとした拒絶。

 ルーファスも驚いた表情を見せる。


 そして、その表情はすぐに怒りへと変貌した。


「どうしてだ!? この俺が求婚をしてやっているのだぞ!? 何が不満だ!? 王族になれるのだぞ! 森でしょうもない研究をしていただけの小娘がだ!」

「魔法の研究はしょうもなくなんてありません!」


「お前……! 少し魔法が使えるから賢者などともてはやされて、いい気になっているな!? もう1度だけ聞いてやる! 俺の誘いを断ると、そう言うんだな!?」

「はい。正直に申し上げますと、ルーファス様は私の好みではありません」


 放蕩者の王子様は、もしかすると女性にフラれた経験がなかったのかもしれない。

 この地方で王族の権威は絶対。

 ならば、彼の口から出た言葉が法となるのだ。


「もうご用がないようでしたら、私はこれで失礼します」


 セシリアはペコリと頭を下げて、毅然とした態度で退室した。

 「本当に、困ったものです。魔王軍との戦いの先頭に立つべき人が……!」と、彼女は憤慨しながら自室に戻った。


 その晩は怒りのあまり、彼女はなかなか寝付けなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから5日が過ぎた。

 その日のセシリアは珍しく予定がなく、午後のひと時を読みかけの恋愛小説を相棒にして、窓際の椅子でのんびりとくつろいでいた。


 そんな彼女の部屋のドアが乱暴に開けられた。


「な、なんですか? どうしました?」


 セシリアの抗議はもっともだった。

 乙女の部屋のプライバシーを侵すのは重罪である。


 だが、守護隊の兵長を先頭に20人もの兵士が部屋を埋め尽くして、セシリアは呆気にとられる。

 そんな彼女の隙を突いた訳ではないだろうが、兵長がセシリアの罪を読み上げた。



「セシリア・フローレンス!! 国家転覆未遂により、貴様に処刑命令が出た!!」



 理不尽な炎が物語の始まりを告げる。



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