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婚約者は魔王使い  作者: 瀬嵐しるん


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2/2

後 編

初夏の庭園には色とりどりの花々が咲き乱れている。

わたしはヤーヒム様のエスコートでゆっくりと散策を楽しんでいた。


その日王城では14歳になった貴族の子供たちを集めて、お茶会デビューのパーティーが開かれていた。

一口に貴族と言っても上下関係があり、付き合い方はいろいろ難しい。

親の力関係のせいで高位貴族の子供に顎で使われている子もいる。

14歳にして媚びる姿勢が身についているような子も。

幸不幸でとらえるか、処世術ととらえるか、それは本人次第だろう。


そんな中で、ヤーヒム様とわたしはのほほんとしていられた。

ヤーヒム様のお父様であるマハーチェク伯爵は、王宮に仕える魔法使いとして実戦部隊のトップである。

また、わたしの父ハロノヴァー伯爵は外交官として飛び回っており、王宮内の派閥に煩わされてはいない。

親のお陰の気楽さだったが、それはつまり社交に疎い、とも言えた。


ヤーヒム様とわたしが連れ立って歩いていると、自然に視線が集まって来る。

それもそのはず。パーティーに参加している貴族の子息方の中にヤーヒム様に並ぶ美貌など見当たらなかった。

注目を浴びる自慢の婚約者にほくそ笑んでいると、

「男どもがヘルミーナを見てる。気に入らないな!」

なんてヤーヒム様がおっしゃる。


そりゃ、今日も伯爵夫人とメイドさんに盛ってもらってはいるが、自分自身ではそれほどとは思えない。

曖昧に笑っていると

「ヘルミーナはとびきり可愛いんだから、気を付けなければ!」

と至近距離で不意打ちされて、顔から火が出そうになった。


そんなわたしたちに声をかける人がいた。

服装からして、そこそこ高位の令息だろう。

「そこの二人、王子殿下と王女殿下がお呼びだ」

態度でかっ! とは思ったが、王子王女ともなれば主催側。

ここは大人しく従った。


ついて行くと広い芝生の中に、まるでサロンのような空間が出来ていた。

砂漠を渡ってきた舶来の絨毯が惜しげもなく敷かれ、涼し気で座り心地のよさそうなラタンのソファがいくつも置かれている。


そこに集まっている人々は大きく二つのグループに分かれた。

男性のみの令息グループと女性のみの令嬢グループ。

中央でそれぞれふんぞり返っているのが王子と王女らしい。

推定王子が上から命令した。

「そこの女、こっちに来い。男はあっちだ」

雑な命令だなー。

そしてパワハラ&セクハラ。


絨毯の周りにスイーツ山盛りのテーブルがいくつもあって、そこにいた従僕の一人が私たちに気付いて慌てて走っていくのが見えた。



さて、この状況下で今のところ、王子王女側は落ち着いていた。

ここにいる令息令嬢は身なりがいい。公爵家や侯爵家の子供で、お互いよく見知っているのだろう。

わたしたちのことを知らなくても伯爵家以下の身分だということはわかっているから、命令すればどうにでもなると慢心している。


片やヤーヒム様は身分差なんて屁とも思っていないきらいがあるので、王子の言葉も右から左へ抜けていくだけ。


一触即発の事態に気付いているのはわたしくらいだろう。

こじれる前になんとかすべきだ。


わたしはヤーヒム様に耳打ちした。

それを聞いたヤーヒム様は、わたしの頬に小さくキスを落としてから一歩前へ出た。


「王子殿下ならびに王女殿下、本日はお茶会へのお招きありがとうございます。

不肖、ヤーヒム・マハーチェク、ささやかながらお礼に変えまして…」


そう言うと、ヤーヒム様の開いた両手の中に大輪の氷の薔薇が咲いた。

薔薇は宙へと昇っていきながら、どんどん大きくなっていく。

そしてふいに弾けた。

光の粒が降り注ぎ、少し汗ばむほどだった庭園の気温がすっと下がる。


落ちてきたのが氷の粒かと手に取ってみれば、瞬く間に消えてしまう。

幻影魔法と気温を操る魔法の組み合わせだった。


「とっても綺麗です。素敵ですわ、ヤーヒム様」

彼はわたしに優しく微笑んだ。


思いがけない真昼のイリュージョンに大歓声が沸いた。

そこに、国王陛下とマハーチェク伯爵が到着する。

ヤーヒム様の魔法を見た陛下は驚きに目を瞠っていた。

伯爵は顔色が良くない。


その場でずっと見守っていた侍従が陛下に従っていた宰相閣下に何事か告げた。

そして宰相閣下から陛下に、次第が伝わったようだ。


「マハーチェク伯爵子息ヤーヒム、見事なイリュージョンであった。

茶会を盛り上げてくれたこと、礼を言う」

「もったいないお言葉でございます」

国王陛下から直々のお褒めの言葉だった。

ヤーヒム様も如才なく答える。


「何か褒美をとらせたいが」

「いえ、私の力は国のため、王室のためのものです。

少しでもお役に立てましたら、無上の喜びに存じます」


「そうか。今後の活躍を楽しみにしておるぞ」

「ありがたき幸せにございます」

ヤーヒム様の受け答え、完璧!


国王陛下が現れたことで、王子殿下たちはそれ以上なにかを言ってくることもなく、お茶会は無事終了した。



その日のディナーの後、談話室で伯爵が裏話を教えてくれた。


ヤーヒム様がお茶会に招かれるにあたり、父である伯爵様の進言(密告?)でなるべくヤーヒム様を刺激しないよう注意が促されていたそうだ。

しかし、14歳のお茶会デビューリストにそんな危険人物が載っているとは普通思わない。

情報が十分に行き渡らないまま、王子王女殿下から呼び出されるという最悪の状況が出来つつあった。


「誰かがうっかりヘルミーナに触れたりしたら、王城が半分消し飛びかねなかった…」

伯爵は思い出して、また顔色を悪くしていた。


従僕に紛れていた文官や騎士が走り回り、国王陛下が到着してなんとか無事に収まったのだった。


「それにしても、お前があんなに見事にふるまえるとは。

感心したよ」

「まあ、成り行きに任せたら、口から出てきましたね」

口上も受け答えも、ヤーヒム様が自身でなさったことだ。

必要なことは、ちゃんと身についている。


「幻影魔法も初めて見せてもらったが、素晴らしいな」

わたしは驚いた。

私の中では、ヤーヒム様といえば幻影魔法、だったから。


「ヘルミーナが見たいと言ってくれたので。

せっかくの広い会場でしたから、少し派手にやりました」



初めて会った5歳の時。

二人で遊んでいた中庭で、ヤーヒム様が小さな手のひらに一輪のデイジーを咲かせたのだ。

語彙の少ないわたしはただ「きれい」「すごい」「すてき」と繰り返し口にした。

記憶の中の美少年は少し泣きそうな顔で「ありがとう」と言っていた。


魔法の勉強を始めたばかりのヤーヒム様は、興味が横に逸れがちでなかなか伯爵様に褒めてもらえなかったそうだ。

あの時、わたしの単純な言葉が彼を励ましたのだったら、とても嬉しい。



ヤーヒム様とわたしは少しずつ心の距離が近づいていく。

同じ屋敷で暮らしているのだし、気を引き締めて常識的に歩み寄らねば、とわたしは考えていた。


伯爵夫人は側にいない実の母の代わりに、よく相談に乗ってくださる。

実の親子だったら言わなくてもわかるだろう、と甘えてしまう部分がないのが良かったのかもしれない。

結構、事細かになんでも話した。


そんな後ろ盾があれば、わたしも出来ることは自分で考えて対処する勇気が持てる。

ヤーヒム様は日常生活や対人マナーがまともになったとはいえ、まだまだやらかしてくれるのだ。


ある日、わたしとの距離を縮めたいと、わたしたちの部屋の間にあった壁を魔法でぶち壊した。

思ったままに魔力が溢れてこうなっちゃった、らしい。


さすがに婚姻前の男女なので、部屋は隣同士ではない。

つまり、間にあった三部屋の客間もすべてぶち抜かれた。

「ヤーヒム様」

「なに? ヘルミーナ」

笑顔で私を見る彼の顔が眩しい。

こんな馬鹿なことをやってても美形は美形。

しかし、今は絆されちゃダメ。


「婚姻まで四年もあるのですから、距離を縮めるのはもっとゆっくりにしたいんです。

それに、壁のこちらとあちらでお互いを思いあうのも素敵ですよ」

「ヘルミーナは大人だね」

「いいえ。大人になったら無くなってしまうかもしれないドキドキを楽しみたいだけです」

「ドキドキするの?」

「今日のヤーヒム様も格好良かったな、って思い出してドキドキします」

ヤーヒム様はすごく驚いていて、そして少し赤面して言った。

「そうだね、私も壁の向こうで、今日のヘルミーナも可愛かったな、って思い出してドキドキするね」


二人して赤くなった顔のまま視線を床に落としていると、音を聞いて駆けつけてくる足音がする。

ぶち抜かれた部屋を見て、顎が外れそうになった伯爵はヤーヒム様の魔法であっという間に元通りになるのを見て、今度は腰が抜けた。



翌年度のこと、マハーチェク伯爵の俸給は突然三倍になった。

お茶会でのイリュージョンに始まり、伯爵家でのあれこれが国王陛下に伝わっているらしい。

ヤーヒム様は成人を待たずして、逆らってはいけないヤバい国民リストに名を連ねた。

一部では魔王とも噂されるヤーヒム様をうまく手懐けておけという、言うならば魔王手当だそうだ。


そして、わたしはと言えば、ヤーヒム様に溺愛されていることが伝わり、唯一魔王を操れる人間だと誤解されたようだ。


自分が『魔王使い』と陰で呼ばれていることを知るのは、ずっと後のことになる。









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― 新着の感想 ―
[一言] 単純な興味ですが、お父ちゃんがいきなり三倍なら仕官した際の彼の初任給はどのくらい?
[一言] 魔法使いより怒らせてはいけない人、それは魔王使い…! はからずも国で一番の重要人物になってしまったような…?? 後編の展開がびっくりどっきりでやられたー!!という気持ちでした。楽しかったです…
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