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どーん。ばらばらばらばら。ぱらぱら。…コンッ。
大音響と共に二人の間にあった壁(物理的な)は消滅した。
魔法を使って壊したにもかかわらず、巨大なハンマーで殴ったかのような惨状に計画性の無さがあらわれていた。
「これでよし!」
犯人はご満悦で頷いている。
「ヤーヒム様…」
「ヘルミーナ! お互いの距離を縮めるには、壁を壊すのが一番だ」
何を言いたいのかは何となくわかるが、状況としては受け入れ難い。
とりあえず、うまく言いくるめて壁を元に戻させなければ…
わたし、ヘルミーナ・ハロノヴァーは伯爵家の娘で14歳。
両親が外交の仕事で長く家を空けているので、婚約者ヤーヒム様のお家、マハーチェク伯爵家に行儀見習いを兼ねてお世話になっている。
ヤーヒム様も同い年の14歳。
マハーチェク家は魔法使いの家系で、現伯爵は魔法使いとして王宮にお勤めだ。
長男のヤーヒム様は魔力も才能も申し分なし。
将来を大いに期待されている。
期待されている、が…はっきりいって馬鹿である。
常識というものがない。
思ったままに魔法を使い、たいていのことはどうにかしてしまう。
婚約が決められたのは幼いころで親同士が忙しいこともあり、あまり頻繁に会うことはなかった。
伯爵家でお世話になることが決まり、久しぶりにヤーヒム様に会って驚いた。
あまりの非常識ぶりに。
一緒に食事をすれば、ヤーヒム様は魔法で肉料理を食べやすく細切れにしてしまい、スプーンですくって飲み込むだけ。
その間、魔法書から目を離さない。
ならんで中庭を歩けば、ヤーヒム様は身体を浮かせて滑るように移動し、庭師が丹精込めた薔薇の花すら見ていない。
そしてその間、魔法式の構築についてノートにひたすら書き込んでいる。
彼の母親である伯爵夫人は、私がこの家に来た日いきなり謝罪した。
「ごめんなさい、ヘルミーナ。
なんとか教育しようと頑張ってきたけど、私では無理だったわ」
その夜には伯爵が、こうおっしゃった。
「ヘルミーナ、行儀見習い中はきちんと面倒見させてもらうけれど、君が嫌だったらいつでも婚約解消に応じるからね」
そこまでかーい! と心の中で叫んだ。
しかし、一宿一飯の恩義は返したい。
婚約解消の件はともかく、少しでも馬…非常識を直すため出来ることをやってみようと考えた。
まずは注目されなければ話を聞いてもらえないだろう。
そのためには美容だ。
マハーチェク伯爵夫人はいつも美しい。
素がいいのは勿論だが優秀な美容系専属メイドがいると見た。
わたしは伯爵夫人を持ち上げた。
「伯爵夫人はどうして、そんなにお綺麗なのですか?
わたしも伯爵夫人に少しでも近づきたいです。
せめて、お手入れの仕方だけでも教えていただけませんか?」
娘のいない伯爵夫人はすぐに絆された。
嫁に来ないかもしれない嫁候補にノウハウを教え込み、美しく仕上げてくれた。
伯爵夫人の指導と、美容系専属メイドさんの施術のおかげで大人っぽく変身できたわたしに直球の質問が投げられた。
「ねえ、ヘルミーナ。
もしかして、あの馬…ヤーヒムのために綺麗になろうとしてくれているの?」
伯爵夫人の問いに、私は正直に答えた。
「お世話になっている分だけでもお返ししたいのです。
ヤーヒム様は頭はいいのですもの。
なにかきっかけがあれば非常識を直せるかも、と思って。
まずは私を見てもらえないと駄目でしょう?」
伯爵夫人は、全面協力するわと力強くおっしゃった。
そして、ある日。
中庭でお茶をしましょうとヤーヒム様を誘い、わたしはわざと遅れてその場に着いた。
「申し訳ありませんヤーヒム様。遅くなってしまって…」
「…うん」
こっちを見ないのはいつものことだ。
わたしは、そこに植えられた薔薇に目を向ける。
「あら? 薔薇の色がいつもと違うみたい。
ヤーヒム様、この薔薇おかしくありませんか?
魔法でもかかっているのかしら。ちょっと見てくださる?」
魔法、と聞いて流石に立ち上がり歩み寄って来る。
ルートばっちり、角度ばっちり、歩数を数え斜め下からの……上目遣い。
ヤーヒム様と視線が合う。
「………」
ヤーヒム様は薔薇なんか見ていない。
視線は私に釘付け。
ちょっと沈黙が長い、かな?
「ヤーヒム様?」
「ヘルミーナ、なんか雰囲気変わった?」
よっしゃ! かかった!
「伯爵夫人にアドバイスしていただいて、少し大人っぽくしてみましたの」
「素敵だ」
え? さっきまでわたしを見もしなかったのに、手を取ってテーブルまでエスコートしてくださる。
わたしを見てくれたら、いろいろ意見しようと思っていたのに。
こんなにじーっと見つめられては、何も言えなくなってしまう。
「…ヤーヒム様?」
「なんだい、ヘルミーナ?」
甘~いんですけど…
恥ずかしくて、お顔を直視できない。
魔法馬鹿で非常識なヤーヒム様だが、お顔はすこぶる綺麗で、すごく好みなのだ。
今まで彼がわたしを見なかったせいで、その綺麗なお顔を堪能していたのに…
何も言えないままのお茶会が終わり、ディナーの席でのこと。
侯爵ご夫妻が驚愕していた。
ヤーヒム様がナイフとフォークを器用に使い、ちゃんとしたマナーで食事をしていたからだ。
「本当にヤーヒム?」
「母上、なにか?」
「いえ、あなた今まで食事中のマナーなんて守った例がないじゃない?」
「幼い頃に、きちんと教えていただいています。
今までは、時間がなかったのでやむを得ず、です」
「時間がなかった?」
「出来る限りの魔法学を学び、今後の新しい知識も短時間で馴染めるようなメソッドの構築等々。
今後、十分な時間をとるために、幼いころから頑張ってきたのですから」
怪訝顔の伯爵も尋ねた。
「今後、とは? 何かあるのかい?」
ヤーヒム様は目を見開き、さも当たり前のように答えた。
「これから、お茶会デビュー、二年後には夜会デビュー。
さらに二年後には婚姻の予定です。
ヘルミーナと交流する時間を十二分にとらねばなりません!」
「お前はヘルミーナを気に入っていたのか?
彼女が屋敷に来てから、ろくに顔を見もしないし婚約解消もあり得ると思っていたのだが…」
ヤーヒム様は伯爵様に向けにっこりと微笑んで右手の人差し指をスッと上げた。
その先に青白い小さな光がともる。
綺麗だなと思ったが、伯爵様の顔色が悪い。
「…いやいや、もちろん、お前の意思を一番に考える。
考えるから、大丈夫だから!」
「はい父上、信用しております」
指先の光は、すーっと消えていった。
あの光が究極の高熱魔法で、しかも無詠唱での発現が正に非常識だということをわたしは知らなかった。
そして、この時点でヤーヒム様の発言力が伯爵様を上回ったことも。
「それにしても突然で驚いたわ。
ヘルミーナが来てからも、あなたのマナーはとんでもなかったのに」
揶揄うような調子で、伯爵夫人が言った。
「それは、その…ヘルミーナが一段と可愛くなっていて、ちょっとでも時間を詰めたいと焦りましたから」
心の距離はむしろ開いて行ったのだが、それはどうなんだろう?
食事の後、二人でよく話し合いなさいと談話室に押し込まれた。
「ヘルミーナ、今までちゃんと言ってなくてごめん。
初めて会った時から君が大好きなんだ。
あんまり好きすぎて、早くイチャイチャしたかったんだけど、大人になるまで駄目だと母上に言われて」
早熟な子供だー。初めて会ったのは5歳の時だった。
「じゃあ、そのために今出来ることは、って考えたら、とにかく魔法の勉強だったんだ。
けして、君を軽んじてたわけじゃない。
これからは、出来るだけ一緒に過ごすよ。
君に寂しい思いも、嫌な思いもさせないから」
超好みの美形にまっすぐ見つめられて、是以外の答えが出来るはずもない。
「嬉しいです、ヤーヒム様。仲良くしてください」
「こちらこそ」
額にキスされたのも、年齢にふさわしい愛情表現。
これからは、婚約者として常識にのっとった生活が出来る、とこの時は思っていた。




