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月兎の十二ヶ月

水晶の窓

作者: 矢宵羽鷺

月の光が華やぐ四の月。

この季節を待ちわびた花々が、今を盛りにと競い咲きます。

そして、月に住む十二兎(じゅうにと)の月兎たちの心も華やぎます。

銀色の被毛と長い耳、星空色の瞳、そっくりな姿で、月の主ツクヨミ様に仕えています。

月兎たちは、月とその主を守るためにいます。

まんまるい月の上で、暦を数えながら忙しくお務めに励んでいるのです。


月兎たちが住む十六夜の塔には、十二の天窓がありました。

それぞれの窓は、彗星便(すいせいびん)が届いたり、天候の様子を観察する窓もあります。

その中の一つ、窓と呼ぶには風変わりな形のものがありました。

細長く逆三角形で、漏斗(じょうご)のように先端が内側に向いていました。そして、先端には小さなフラスコが括り付けられています。

この窓に嵌められた玻璃(はり)は特別な水晶で、月兎たちは、この窓で光を集め「月の雫」を作ります。

そして、満月の光だけが「月の雫」になるのです。

うっすらと月色に染まった雫は、その色で季節が分かります。

月の雫はそのままでも滋養がありますが、月兎たちは果実を漬けたり、水薬を作ったり、たまには月光花茶(げっこうはなちゃ)にひと雫たらします。


「よし、月の雫を作ろう」

夕餉の食卓で玉兎(ぎょくと)が言いました。

「ど、どうしたの? 確かに今夜は満月だけど、きみが当番だった?」

白兎(はくと)は飲みかけの月光花茶を、卓に置くと玉兎に問いかけました。

「今宵は華月(かげつ)の満月じゃないか! 一番腕の良い者がやらなくちゃ!」

確かに、玉兎は十二兎の中でも月の雫を集めるのが一番上手でした。

「玉兎、ボクにも手伝わせて!」

銀兎(ぎんと)は急に立ち上がると、玉兎にお願いしました。

「うむ、銀兎、良い心がけだ」

玉兎は満足げに頷いて、手順を教えるからと、手招きをしました。

「お、おい、大丈夫なのかい?」

「白兎、まかせておきな!」

そうそうに夕食を済ませた二兎(にと)は、屋根裏に登っていきました。

少し短気な玉兎が、癇癪を起こさないで銀兎に手ほどきできるのだろうか……と、白兎は心配そうに見つめました。


屋根裏は少しほこりっぽくて、乾燥した薬草の匂いがします。

薬草棚に小さな瓶に入った月の雫が並んでいます。

「わあ、キレイな色だね!」

「冬は青、春は黄、夏は赤、秋は紫紺。どれも少しずつ味も違うんだ」

玉兎は銀兎にそれぞれの雫をなめさせてくれました。

「ホントだ、青はひんやりするし、赤のはすっぱい!」

「そして、これが華月の雫だ」

玉兎は、内緒話をする時のように、声をひそめて囁きました。

華月の雫は、角度によって色を変化させました。どの色でもなく、どの色でもある、その雫は入れ物のふたを開けた瞬間に、ふわりと花の匂いがしました。

百花繚乱の花畑にいるように、たくさんの花の香りがしました。

「んわぁ…… 」

銀兎の鼻孔はふくらみ、ふくよかな香りを胸いっぱいに詰め込みました。

「ほらほら、なめてごらん」

ぺろりと銀兎がなめると、これまた甘く芳醇な極上の甘露でした。

「うわっ、うわっ!!」

「これは花の季節の月の雫。月に花が咲く間にしか作れないんだ」

「そうなの? だから、今なんだね。月が花盛りだもん! 」

月の丘も、トーミさんのところも、森や谷も……

月の上だけでは狭くて、天にも零れそうに花が咲いています。それは本来の月の色を隠してしまうほどです。

赤、青、黄色、桃色、白、橙、紫、数え切れない色が月を装っていました。

「さあ、光が一番集まるように、窓の角度を変えるよ」

玉兎は窓の角度を変えながら、この特別な水晶の窓のいわれについて話してくれました。

「この水晶は蜥蜴水晶(とかげすいしょう)竜骨座(りゅうこつざ)有翼蜥蜴(ゆうよくとかげ)、ゲッコー族が守っている特別な水晶なんだ。どうして特別かと言うと、彼らの食糧だからさ……」

「……しょくりょう?」

「ひっひっひっ、腹を空かした有翼蜥蜴が襲いに来るかもね……」

玉兎は声を低くして囁きました。

「…っ! う、嘘だよね」

銀兎は息を詰めて、青ざめました。そして、玉兎の腕をギュッと掴み、目をまんまるに見開いて、固まってしまいました。さらに、歯の根が合わないのかカチカチと音がします。

玉兎はちょっと脅かしすぎたかな、と銀兎の頭をポンとしました。

「銀兎、ここはツクヨミ様のおわす月ぞ。蜥蜴なんて来れん……」

ずしぃぃぃぃん!!!

その時、十六夜の塔が震えました。

屋根裏の十二の窓のすべてが、ビリビリビリっと鳴って、二兎を頭の上から襲いました。

「……ぎょ、玉兎、な、な、な、なに?」

頭を抱えて丸くなった銀兎が問いかけると、それに応えるように、天井の窓をガタガタと揺らす者がいました。

二兎は視線を交わして頷くと、おそるおそる天窓を仰ぎ見ました。

窓の外には大きな黒い影が留まってました。ハッ、ハッ、ハッ……と、荒い息づかいもします。

そして『うるるるるる』と、低いうなり声も響いてきました。

「だ、だいじょ、ぶ……」

震える声の玉兎は、ぎこちない動きで窓の近くに寄りました。銀兎も離れるのが怖くて、玉兎の後を追いました。

そして、二兎はそおっと窓枠の影から外をのぞきました。

「うわぁぁ……!!」

「ゆ、有翼蜥蜴? えっ? ホンモノ?? なんで?」

こちらの声に気づいた訪問者は、バサバサッと薄い皮膜の翼を羽ばたかせました。そして、全身には魚によく似た鱗が、満月に照らされて鋼色の鈍い光を発していました。

翼をたたむと有翼蜥蜴は鋭い爪で、水晶の窓を引っ掻き始めました。

「まずい、水晶が壊れる!」

水晶窓が無くなったら「月の雫」が集められなくなります。それは月兎にとっては一大事。慌てた玉兎は、天窓から身を乗り出して叫びました。

「ま、ま、まって!」

その制止に動きを止めた有翼蜥蜴は、のそりとこちらを振り返りました。

金色に光る大きな瞳には、玉兎と銀兎が映っています。

「ゔゔゔゔゔ……!」

さっきより、威嚇の強い唸りがしました。銀兎は玉兎の背中にしがみついて、瞼が無くなったように蜥蜴から目が離せませんでした。

「ね、ねえ、玉兎。このひと、オコっ、怒ってる?」

「ひっ! い、いや、大丈夫。言葉が通じるって主様が言ってたから」

ごくんと喉を鳴らした玉兎は、震える手で銀兎の腕を掴むと、「よしっ」と話しかけました。

「もしもし、そこのあなた様は、ゲッコー族の方ですか?」

「ゔぅぅ? おいはゲッコーじゃ。おまいらはなん? そのきしゃなかケムクジャラは、なんね?」

有翼蜥蜴は細長い首を二兎の方に向けて、フンフンと匂いをかぎました。大きく裂けた口からは、鋭い牙が歯車のようにかみ合っていました。

青臭い息はとても熱くて、二兎は思わず、塔の中に避けました。有翼蜥蜴は、二兎を追い窓から首を突っ込むと、中に入ろうとしました。

しかし、細く長い首とは違って、丸い体がどうしても窓枠に引っかかってしまいます。

無理矢理入ろうと、窓枠をガタガタ揺らしましたが、やっぱり入れませんでした。

「こげん、こまい窓から入られんけん」

有翼蜥蜴が塔の中に入れないと分かると、玉兎と銀兎はホッとしました。

「ゲッコーさん、ここは月です。ぼくらは月兎です」

「ツキ? ここは月なん?」

「そうです、何か御用ですか?」

有翼蜥蜴は少し考え込むと、ぼそりと言いました。

「……おいは、故郷に帰りたか。ここには仲間の ”気” があるとよ」

話しを聞くと、この蜥蜴は故郷への帰り道を見失ったのです。銀河をぐるぐる迷っているうちに、仲間の気配を感じてここまで来たのでした。

「あ、あの、ええっと、月にゲッコー族はいないですょ……」

「ゔゔゔゔゔぅぅぅぅ! 嘘つき兎め、確かにおると!! そこじゃ、そこにおる……」

有翼蜥蜴は前足だけ塔の中に入れて、薬草棚の一番大きな引き出しを指し示しました。

「こげん狭かトコに、ゲッコーを閉じ込めよる、月兎とはおそろしかケモノよ……」

そう言うと、ぶるぶると震えだしました。

すると十六夜の塔も一緒にぐらぐら震えます。このままでは、月兎の住処が壊れてしまいそうです。

「……なんだよ、オソロしいのはこっちだよ」

玉兎は有翼蜥蜴に聞こえないように呟きました。後ろを振り返ると、背中にくっついた銀兎の向こうに、心配顔の白兎が立っていました。

そして階下に繋がる梯子には、月兎が鈴なりになってこちらを見上げていました。

白兎は無言で、有翼蜥蜴が指し示した引き出しを開けました。

「ゔぉぉぉぉぉ、ゔぉぉぉぉ……!」

ギリギリと歯ぎしりをする有翼蜥蜴の口元から、尖った犬歯が折れて屋根を突き破りました。

「……ご先祖様、こげんとこにおらした!」

引き出しから出てきたのは、竜の鱗でした。

綺麗な流線型で雫に似ていました。鈍色(にびいろ)が根元に向かって群青色になって、光が当たると、全体が虹色に輝きました。

玉兎と銀兎、そして他の月兎も目をまんまるにして驚きました。

ただ、白兎だけは落ち着いて、その鱗を大切に抱いて有翼蜥蜴の見えるところに持っていきました。

「ゲッコー族の方、こちらは蜥蜴水晶と共に、我らが主に贈られた品です」

「うるるるる、そげんこつわかっとる。贈られんば水晶は持ち出せんけん。ばってん、これがなかと、おいは帰られんけん……」

ゔぉーゔぉーゔぉー……ついには有翼蜥蜴は、泣き出してしまいました。

竜骨座に住むゲッコー族の水晶は、とても希少です。中でも特に希少なのが、ゲッコー族の食料になっている蜥蜴水晶です。それは透明度、硬度、美しさ、どれを問っても特別です。

ですから、竜骨座の外へ持ち出す事は出来ません。

ただひとつの例外は、ゲッコー族からの友好の証として、竜の鱗と共に贈られること。

月に、ツクヨミ様にも、そうして蜥蜴水晶が贈られたのでした。

「泣いてないで、話しを聞かせて下さい」

白兎は優しく有翼蜥蜴に話しかけました。

「……鱗は、こ、故郷への道を知っとるばい」

「え、あなたの鱗は道を知らないのですか?」

「ゔゔ……、おいはまだ小さかけん、鱗は役に立たん…… ゔぉーおおおお、おーん」

月兎たちは自分たちよりも、数倍は大きな有翼蜥蜴が自分を「小さい」と言ったことに驚きました。こんなに大きな身体なのに、この有翼蜥蜴は子供だったのです。

「うーん、困りましたね…… 鱗を返せば、水晶の所有権が無くなるし」

白兎は途方に暮れてしまいました。

しかし、目の前で泣き続ける有翼蜥蜴が、哀れになりました。

「ね、白兎、お願い。この子に鱗、返してあげて。おうちに帰れるようにしてあげて」

その時、銀兎が白兎に言いました。銀兎の瞳には涙があふれて、ぽろぽろぽろと落ちています。

白兎は『ああ、そうだった』と、思い出しました。

ひとりぼっちで迷子になって、月に帰れなかった銀兎……そして、残されて仲間も、欠けてしまった一人を探すのに心を痛めたのでした。

「うん、そうだね、そうしよう。 例え水晶が失われても、ツクヨミ様はお怒りにならないよ」

白兎は銀兎にそう言うと、有翼蜥蜴に鱗を渡しました。

「ゲッコー族の方、これで故郷にお帰り下さい」

そうして、有翼蜥蜴は皮膜の翼をはためかせて、銀河の向こうに去っていきました。

友好の証を失なった水晶は、いずれ砕けることでしょう。


しかし、あれから幾月経っても、蜥蜴水晶は変わらず窓枠に納まっています。

もちろん、満月の夜には、月の雫がぽたりぽたりと集まります。


そして、十六夜の塔の屋根には、有翼蜥蜴の犬歯が竜骨座を指しているのです。

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