『異世界転生したら色欲の魔王様がいました!』
俺の名前は暁 朔斗。ごく普通の高校二年生だ。今日も学校に行って勉強してそのまま家に帰る。
至って普通の高校生活を送っている。彼女も居なければ友達もそこまで多くない。いても……三人くらいか。部活も特にしてるわけでもない。終わったらそのまま帰る言わば帰宅部と言うやつ。
小学校の頃はもっとたくさんの友達が居たけど転校やら高校入学やらでかなり友達の数も減った。
正直、この当たり前な生活にうんざりしている。かと言って何かをするわけでもない。
何か夢がある訳でもない。クラスメイトの中には「役者になる」と言う生徒や「プロバレー選手になる」と言ってる生徒もいる。
みんな叶えたい夢がある。だけど、俺にはそんなものはなかった。
多分ごく普通に生きて死ぬ。
待っているのはこれだろう。
子供の頃はそんなことなかった。今と違って夢はあった。
今となっては恥ずかしいが、俺はヒーローになりたかった。
弱い人たちを助ける正義のヒーローに。
でも年齢を重ねる度にそんなこと空想上の事と思うようになり、気づけばこのざまだ。
今日も授業が終わり、部活もなくそのまま家に帰宅する。
その日俺はいつもよりぼーっとしながら歩いていた。
角を曲がると目の前には大きなトラックがあった。
気づいたときには目の前は真っ暗になっていた。
あれ?俺どうなったんだ?
「お前さんはたった今死んだ」
死んだ?何言ってんだよ。俺は今学校から帰ってる途中だぞ?
「いやいや本当に死んだんだよ」
気がつくと目の前には白い服を着て杖みたいなのを持ったおっさんが居た。
「おいーっす。神様で〜す」
「は?」
ずいぶんとお気楽な神様だな。
おっさんは懐から白い紙を取り出す。
「え〜っと、ごほん!暁 朔斗。えっ〜年齢は16歳で間違いない?」
「えっ?あ……はい」
確認し終わるとおっさんは白い紙を再び懐へしまう。
「さっきも言ったと思うけど、お前さんはさっき死んだ。トラックにぶつかってな」
「はっ!?嘘だろ!?」
「い〜や、ホントホント。即死だよ即死」
そう言っておっさんは杖の先をを地面を数回突くと足元に画面が表示された。
そこには涙を流す俺の両親と、ベッドで横たわる……俺!?
「ほらな。言ったろ?」
「嘘だろ……。こんなに早く俺の人生終了なのかよ」
完全に落ち込む俺。下を向いて涙を流すにも流せない。
おっさんはニヤニヤしながら俺に言う。
「生き返りたい?」
その言葉に俺はすぐ様おっさんの方を向く。
「生き返れんのか!?」
「生き返ると言ってもこことは別の世界だけど。まぁいわゆる異世界転生と言うやつだ。知ってるだろ?」
異世界転生?あの本とかでよく見るアレのことか?
いやいや、だってあれは妄想話だろ?
「そんなこと本当に出来んのかよ」
「もちもち。と言ってもお前さんの世界にある本のように魔王を退治して世界を救う!……訳ではないんだな」
違うんかい。俺の中の異世界転生ってそんなイメージしかないんだが……。
おっさんは話を続ける。
「異世界転生してのんびり楽しく暮らすだけになるが……それでもええか?それかこのまま成仏するか?」
「異世界転生で!異世界転生でお願いします!はい!」
成仏なんてゴメンだ。せっかく生き返れるんなら異世界で新しい人生やり直したほうが絶対いい!
「よ〜し。では行くぞ〜」
そう言うとおっさんは杖を俺の方へ向ける。
次の瞬間、俺の足元に魔法陣が現れる。
魔法陣が俺を持ち上げながらだんだん持ち上げていく。
「よ〜し、そのまま目を閉じろ〜。眩しくて目が死ぬぞ」
俺は言われるがままに目を閉じる。
新しく始まる楽しい異世界生活!今度こそ俺は楽しい人生を送ってみせる!
そう思ってた時だった。
「お前さんどっから入ってきた!……やめんか!ちょっ!あっ!!」
何やらおっさんが誰かとモメてる?
そのまま俺の体は光の中に包まれた。
そっと目を開くと……。
知らない場所に座っていた。辺りを見るとなんか童話で見たことあるような城の中だ。
目の前を見るとそこには玉座に座る一人の美女が居た。
座っているけどわかる。めちゃくちゃグラマーなスタイルをしている。しかも巨乳。
しかし、美女の頭部には角のようなものがあり、尻尾もある。
完全に普通の人間じゃない。もしかして魔物とかそんな感じのやつか!?
すると美女は立ち上がり、俺の方へ歩きながら言う。
「どうやら成功したようだな。まずは上出来と言ったとこか」
成功?なんの話だ?
美女は俺の前に立つと座り込み、まじまじと俺の顔を見る。
俺の視線は自然と美女の谷間に。
あの、見えそうで怖いんですが……。
「ん〜。そこまで悪くない顔立ちだな。転生しても問題ないだろ」
「はい?」
俺の反応に美女は笑みを浮かべた後、立ち上がる。
「ようこそ異世界の来訪者。我がラスト眷属一同、君を歓迎する」
はい?ラスト眷属?なんの話だ?神様が言ってた楽しい異世界ってここなのか!?
混乱している俺を見て美女は続けて言う。
「私はフェルト·ルクスリア。このラスト眷属の魔王をしている」
ま、魔王!?楽しい異世界に魔王だと!?
俺は立ち上がり彼女に言う。
「ちょっと待て!名乗ってくれるのはありがたいんだが、ここは神様が言ってた楽しい異世界なのか!?」
すると彼女はこう答えた。
「いいや。違う。全く別の異世界だ」
「はぁ!?全く別の異世界ってどういうことだよ!」
「まぁまぁ。とにかく順序を話す。とりあえずそこの椅子に座れ」
彼女が指差した先を見るとそこには如何にも生き物の骨で作ったような椅子があった。
マジか……。俺これに座んのか。
俺は嫌々椅子に座る。
彼女も再び玉座へ座ると足を組んだ後、順序を話しだした。
「まず、神様が異世界転生させようとしていた君を横から奪い取ったのは私だ。ちょっと君にやってほしいことがあってね」
「やってほしいこと?」
彼女は腕を組み重たそうな胸を支える。
「害虫駆除をしてもらいたい。私の下僕として……ね♡」
「害虫駆除?えっ……と話がイマイチわかんないんですが」
こんな見た感じ人間じゃない人の害虫駆除なんて想像するだけでもある程度は予測がつく。
人間を殺すか裏切者を殺すことのどちらか。いや、もしかしたらその両方かもしれない。
すると彼女は胸から一枚の紙を出す。
どっから出してんだよ……
紙を俺の方へ投げ渡す。
髪はゆっくりだがそのまま直線状に俺の方へ向かってくる。
俺は紙を掴むとそれを見る。
そこには……。
『私たちの街にはぐれ悪魔が夜遅くに街の人たちを誘拐して捕食しています。魔王フェルト様、どうかこの街を救ってください』
と書かれていた。これってもしかしてSOSメッセージ?
「害虫駆除と言っても人間を殺す訳じゃない。それはもう何千年も前の話だ。今は人間界と呼ばれる場所に住む人間達を襲う害虫を駆除することが私たちの仕事だ」
「つまり貴女は俺にはその害虫駆除を手伝ってくれってことですか?」
「その通り。暁 朔斗くん、確か君はヒーローになりたかったんでしょ?」
……っ!?なんで俺のこと?
しかも、幼い頃の夢まで。
「お前のその夢。ここなら叶うんじゃない?」
「で、俺にどうしろと?」
彼女は再び玉座から立ち上がり俺の前に立つと、手を差し伸べる。
「神魔族に転生してほしい」
人間を辞めろってことか?
どうする……。
悩みに悩んだ結果俺は……。
「悪い……。神魔族ってやつには転生出来ない。俺は人として生きたい」
「そうか……。残念だな。ならちょっとだけ私の仕事を見学してみない?」
「見学?つまり悪魔退治を見ろってことか?」
「その通り。それを見てから決断してくれても構わない」
そう言うとフェルトは俺の手を取って魔法陣を展開した。
何十年ぶりかの女性の手の感覚。彼女の手はとても柔らかくさらさらとしていた。
魔法陣が眩しく光ると周囲は別の場所へ転移していた。
そこはファンタジーの様な世界だが俺と同じ人間がたくさん住んでいた。
昼頃で日差しがまだ眩しい。
「ここが人間界と呼ばれる場所だ。ちなみに私たちが居た場所は魔界だ」
ま、魔界!!?
俺はここでようやくどこに居たのか知った。楽しい異世界で新しい人生を堪能するはずがこんなことになってしまうなんて。
この先、俺は一体どうなってしまうのか……。
「っていうか貴女平気なんですか?悪魔とかってなんか夜のイメージが強いって言うか……」
率直な疑問だった。普通悪魔の類は昼間は活動を停止して夜に活動する夜行性のはず。
だから自然と日光とかには弱いはず……弱いはず……?
彼女は大きく背伸びをしていた。
「私たち神魔族は昼間でも全然平気なんだよ。まぁそのことは君が神魔族に転生したら教えてあげる。あと私のことはフェルトでいいよ」
えぇ〜……。魔王を呼び捨てってなんかな〜……。
「ほらほら。早く行くぞ〜」
疑問を残したまま彼女は歩いていく。俺はその後をそのまま付いていく。
街を二人で歩いていると……。
「フェルト様!?」
「本物……!?」
街の人達がフェルトの方へ集まっていく。
「来てくれたんですね!」
「ありがたや〜……」
「これで安心して夜が過ごせる」
凄い人気だな……。本当に魔王だったのか。
改めて感心する俺。
「はいはい。ちゃんとはぐれ悪魔は駆除するからちょっと離れて」
フェルトがそう言うと街の人達は素直に離れていく。
すると彼女が俺を手招きする。
なんだ……?
駆け足で彼女の方へ行くとある方向を指差した。
その方を見てみるとそこには大きな山があった。
「あそこにこれから私たち行くぞ」
「あの山に何かあるのか?」
「まぁ付いてきたらわかるさ」
フェルトに言われるまま付いていき、山の奥の方までやってきた。
そのまま歩いていくと一つの小屋を見つけた。
小屋の前で足を止めるフェルト。俺も彼女の後ろで足を止めた。
「ここだな……」
そう呟くとフェルトは右手を小屋の前に出すと……
「【神魔族の鎮魂歌】」
その一言と共に手のひらから赤黒いオーラが小屋を包み込む。
すると小屋から見た目が怪物の様な奴が苦しみながら出てきた。
「サクト、あれがはぐれ悪魔だ」
あれがはぐれ悪魔!?見た目は結構エグいな……。
「で、これからどうするんだ?」
「駆除する」
「どうやって?」
「こうやってだ!!」
そう言うと残った左手で手の形に加工した赤黒いオーラを形成する。
「【神魔族の鉤爪】!!」
そのまま爪のように用いてはぐれ悪魔を複数回に渡って大きく切り裂く。
「ぎぃやぁぁぁぁ!!!!」
はぐれ悪魔はそのまま絶叫を上げながら消えていった。
「ふぅ……」
一仕事終えたように手を払うフェルト。
「まぁ、これが私たちがやってる仕事の主なこと」
「こんな事を俺に手伝えっていうのか!?」
「そうだ。何、心配するな。神魔族になればこんなの楽勝さ」
驚く俺をお構いなしにさらっと凄い事を言うフェルト。
彼女はそのまま小屋の中へ入っていく。
「サクト。ちょっとこっちへ来い」
フェルトは何かを見つけたのか俺を呼ぶ。
呼ばれるがままに行くとそこには……
たくさんの人達が血塗れになって倒れている。
あまりの衝撃の事に一瞬吐きそうになる。
口を抑えながら俺はフェルトに問う。
「なんだよこれ……」
「さっきのはぐれ悪魔が食べてた街の人達だ」
嘘だろ!?これ全部!?
ざっと見ただけで二十人くらいは確実に居るぞ。
死体の中には首がないものや片足、片手、両足、両手と様々。
中には元は人間だったとは思えないようなくらいぐちゃぐちゃになっているものもある。
「これがこの人間界の今の現状だ。はぐれ悪魔……いや、基"旧魔王"がやっていることだ」
"旧魔王"?昔の魔王ってことなのか?
フェルトは拳をそっと握りしめながら続ける。
「防ごうにも奴らを何とかしないとこの現状は何も変わらない。しかし、今の魔界の戦力では数が圧倒的に足らない」
そう言うとフェルトは俺の方へ振り向き、頭を下げる。
「頼む。この世界の人達を守るために力を貸してくれ」
この世界の人達は俺が居た世界より過酷で厳しい生活を送っていた。
簡単に命が奪われてしまうこの世界。普通なら恐怖と絶望で塞ぎ込んでしまうだろう。
でも、街の人達はそれでも必死に生きようとしていた。辛くても笑って過ごしていた。
そんな命を俺が神魔族ってやつに転生すれば本当に守れるのか?
でも、本当に守れるなら……
「神魔族に転生すればさっきみたいな奴をぶっ倒すことができるのか?」
俺の言葉に顔を上げるフェルト。
「あぁ。それはもちろんだ。私の力の一部をお前に与える。まず負けることはない」
負けることはない……か。凄い自信だな。
でも負けることがないなら。
「わかった。やってやるよ。人の命が救えるなら神魔族でもなんでもなってやるよ!」
「本当か!?本当に本当なんだな!?」
俺の返答に目をキラキラさせながら俺の手を握るフェルト。
しかもめちゃくちゃ顔が近い……。
「あ、あぁ。本当だ!」
「ありがとう。この恩は一生忘れない」
少し涙目になりつつもお礼を言うフェルト。
なんだか照れくさいな……。
「では早速街の者たちに駆除の報告をした後にすぐに転生の準備をしよう!」
そう言うとフェルトは俺を背負ってもの凄いスピードで走り始めた!
なんだこのスピード!ジェットコースター並みに早い!!
その後、街に戻った俺とフェルトは街の人達にはぐれ悪魔の駆除が完了したことを伝えた。
まぁ俺はあまりのスピードに吐きそうになってダウンしていたんだが……。
「よしっ。では早速魔界に戻って転生の準備だ。行くぞサクト!」
ダウンしている俺の手を握り魔法陣で魔界へ帰っていく。
頼む……少し休ませてくれ。
こうして俺の新たな人生が幕を開けた。