鈴谷君のお尻を拝む為に!
ボクが民俗文化研究会という大学のサークルを訪ねたのは、ストーカーの心理に興味を持ち、疑似的なものであったとしても、その気分を体験してみたいと思ったからだった。
ボクは心理学研究会に所属しているのだけど、どちらかと言えば自然科学的なアプローチで人間心理に挑んでみたいと思っているものだから、“気分”なんて主観的なものに頼るのもどうかと思ったのだけど、何かしらアイデアが得られる可能性もゼロではなく、ならば取り敢えずやってみるかと思い至ったのだ。
何故、“民俗文化研究会”なのかと言えば、そのサークルにとても魅力的な鈴谷凛子という名の女性がいるからだ。彼女は地味ではあるが、眼鏡超しでも印象的な鋭い瞳はとても美しく、スレンダーな体型はその知的な雰囲気を演出している。ああ、もし付き合えるのであれば、今すぐにでも付き合いたい!
「――だから、あなたは女じゃない。菊池さん。しかも、彼氏いるし」
そうボクが訴えると、冷静に彼女はそんなツッコミを入れて来た。
“ボク”という一人称で実は女だという叙述トリックめいたことは、もう前に一度やろうとして途中で打ち砕かれたから別に良い。が、それにしてもあっさりと台無しにしてくれる。そういう冷たいところもとても良いと思う。
ボクはストーカー気分を味わう為に、彼女のいるサークル室を訪ねた訳だけど、残念ながら二人きりにはなれなかった。何故なら、無粋にも佐野隆という名の男生徒が既にそこに既にいたからだ。
彼も鈴谷君に惚れていて、何かしら彼女の好きそうなネタを見つけては、彼女のサークルを訪ねているのだ。
つまり、彼もストーカーだ。
しかし、ストーカー二人は多過ぎる。一人だけでも充分にホラーなのに、それがかち合っているのだ。ストーカは一人で充分だ! どちらかは消えるべきだろう!
「ここは、正々堂々ストーカー勝負といこうじゃないか。佐野君!」
ボクは男らしく彼にそう勝負を挑んだ。まぁ、ボクは女なのだけども。
「何を言っているのよ、あなたは?」
すると、やっぱり鈴谷君にそうツッコミを入れられてしまった。
「仮にあなた達二人がストーカーだとしたら、二人とも帰ってもらうわよ。と言うか、帰ってくれないかしら?」
その彼女の言葉を受けると、ボクと佐野君は「つれないな」、「それはないよ」と言い、二人同時に「鈴谷君」と言い終えた。
しかし、ボクにはそれ以上続けるネタはなかったのだけど、佐野君にはあったらしく、続けてこんな事を言う。
「折角、鈴谷さんが好きそうな噂話を持って来たんだから」
彼はノートパソコンを持って来ており、何処かのサイトを開いている。
「最近、パワースポットが女子高生の間でブームらしいんだよ。それも、神社とかそういう場所じゃくて、何の変哲もない建物の二階とかで、空に向って願いをかけると叶えてくれるんだって」
鈴谷君は社会科学的な分野を好む。特に民俗的なことが好きらしく、こういう不可思議な噂とかにも興味を示す。
「まぁ、確かに面白そうではあるけど」
と、それを聞いて鈴谷君は案の定、そう言った。
「しかも、一箇所や二箇所じゃなくて、色々な高校の近くに幾つもそういうスポットが存在するんだよ。この近くにもあるみたいでさ」
そう佐野君が言うのを聞いて、ボクは彼の開いているノートパソコンを覗き込んでみた。詳しくは知らないが、女子高生達の間では有名な掲示板のようだ。そこに彼の言う願いが叶うらしいパワースポットの情報がたくさん書き込まれていた。
「ふむ」とボクは言う。
「しかしだね、佐野君。見たところ、そのサイトには誰でも書き込みできそうじゃないか。信憑性は甚だ疑わしいのじゃないか?」
そう言ってみると佐野君は、
「いやいや、菊池さん。こういうのは信憑性とか関係ないんだよ。それを人間が信じているって事実こそが重要なんだ」
なんて言って来た。
「そうだよね、鈴谷さん?」
「まぁ、そうね」
生意気にも鈴谷君まで味方につけて。
ただ、そう言った鈴谷君の表情はどことなく不可解そうな顔をしていた。流石だな、とボクは思う。その不可解そうな顔はとてもキュートで、ボクはやはりとてもキュートだろう彼女のお尻を思い浮かべた。
彼女は就職活動をしているわけでもないのにいつもスーツ姿だのだけど、今日もやはりスーツだった。だから、ズボンなわけだけど、だからといって残念がる必要はない。タイトなそのズボンは彼女の小さなお尻の輪郭を充分に感じさせてくれるだろう!
そんな事を考えていたら、なんだかボクは無性に彼女のお尻をじっくりと観賞してみたくなってしまった。
……いや、ここは敬意を持って“鑑賞”と記すべきか。
「よし、ここは一つ、そのパワースポットとやらに行ってみようじゃないか! 鈴谷君のお尻を拝む為に!」
ボクがそう言うと鈴谷君と佐野君は同時に「は?」と言った。
しまった、思いもよらず二人にシンクロするネタを提供してしまったみたいだ。
一番近場にあるパワースポットは、何かの建物の二階だった。廃墟のようにも見えるが、閉鎖はされていない。きっと、人気がないだけで何かに使われているのだろう。
階段が急で中々の傾斜だった。或いは、昇り降りすればダイエットに効果的かもしれない。
ボクはその建物の様子をカメラで撮影した。
「そんなものまで用意したの?」
と、それを見て佐野君が言った。
「オカルト研究会から借りたのさ。パワースポットを撮影したいと言ったら、喜んで貸してくれた」
そうボクが説明すると、「あなた、オカルト研究会とも付き合いがあるのね」と、感心しつつもやや呆れた様子で鈴谷君が言う。
「コネクションは力だよ、鈴谷君。実際、こうして役に立っているじゃないか」
ボクがそう言うのを聞くと、「いや、撮影までするほど大袈裟なもんでもないのじゃないかな?」と佐野君。
「まぁまぁ、映像媒体で記録を残しておくという経験もしておくべきだと思うんだよ。情報量が違うしね」
そう言うと、ボクは階段の下のところにレジャーシートを敷いた。そこに座る。準備はOKだ!
「何をしているの?」
と、それに鈴谷君。
「見ての通り、パワースポットを見る為に、階段を上がっていく時に見えるだろう鈴谷君の可愛いヒップをここでじっくり鑑賞しようという趣向だよ。
ボクは言ったじゃないか。
鈴谷君のお尻を拝む為に、パワースポットへ行こう!と」
それを聞いて、佐野君は頬を引きつらせた。
「もしかして、そのカメラで鈴谷さんのお尻を撮影するつもり?」
「いやいや」とボクは首を横に振る。
「そんな必要はまるでない。鈴谷君の可愛いヒップは、この両の眼にしっかりと刻印し、目を瞑れば直ぐに思い浮かべられる一生ものの記憶としてボクの脳内にいつまでも残り続けるのだから」
「あ、そう」と、それに佐野君。
「そうだとも」と、ボクは応えた。
そこで鈴谷君が言う。
「行きましょう、佐野君。きっと彼女には彼女なりの考えがあるのよ」
「どんな考え?」と佐野君は困ったように笑っていたけれど、鈴谷君に促されると大人しく階段を上がっていった。
予想通り、その角度なら、鈴谷君の可愛いヒップを拝むことができた。佐野君がちょっと邪魔で見え難いのが口惜しい。
階段の向こうに二人が消える。鈴谷君と二人きりなんて羨ましいが、どうぜ何にもないから気にしないでおくことにした。やがてしばらくが経つと、鈴谷君と佐野君は階段を降りて戻って来た。
「やぁ、鈴谷君。目的のものは見ることができたかい?」
そう話しかけると、彼女ははほんの少しだけ首を傾け「まぁ、予想通り、何にもないただの建物だったわ。空が広々と見られてちょっと良かったけど」なんて言った。それから続けて、
「それで、あなたの方は見たいものは見られたの?」
そう尋ねて来た。
「もちろんだとも。君の可愛いヒップはボクの脳裏にしっかりと焼き付いている」
そう答えると「あ、そう」とちょっと呆れた感じで彼女は言う。
それからボクは少し離れた場所の見え難い場所にカメラを設置した。
「わざわざこんな場所を、カメラまで設置して撮るの?」
それを見た佐野君が驚いてそう言った。
「ああ、」と、それにボク。
「オカルト研究会に言ったら、面白そうだから是非とも撮ってくれと頼まれてね。もしかしたら、このパワースポットの正体が撮れるかもしれないじゃないか。
実はこのカメラは夜間も撮影可能なやつなんだよ。高いだろうに、彼らはよくこんな物を持っていたね」
「パワースポットの正体? パワースポットに正体もくそもない気がするけど。それに、そもそもカメラに映るとも思えないし」
そう言った佐野君に鈴谷君が言う。
「場合によっては、パワースポットにも正体があるし、カメラにも映るのよ」
鈴谷君に言われたからだろうけど、佐野君はそれ以上は何も言わなかった。
それからボクはカメラの角度や位置を確認し、これなら誰にも見つからないだろうと判断すると「こんなもんだろう。さぁ、そろそろ帰ろうか」と提案した。
すると佐野君が「レジャーシートを忘れているよ。敷きっぱなしだ」と教えてくれる。
「ああ、うん。面倒くさいから、このままで帰るよ。カメラを回収する時に、一緒に回収するさ」
そう言うと、佐野君は「面倒なら手伝うけど?」なんて珍しく気配りをして来た。
そこでまた鈴谷君が言った。
「良いんじゃない? 彼女がそのままにするって言うんだから」
やっぱり鈴谷君の言葉には大人しく佐野君は従う。
いや、本当に分かり易い。ヘタレと有名な彼だけのことはある。
とにかく、そうしてボクらはそのパワースポットを去ったのだった。
心理学研究会のサークル室で、ボクは先日のカメラの映像を確認していた。一通り確認し終えて一息つく。すると、そんなタイミングでノックの音が聞こえた。「どうぞ」と言うと、ドアが開く。誰がこんな寂れたサークル室を訪ねて来たのかと思ったら、なんと愛しの鈴谷君だった。
「やぁ、鈴谷君! 訪ねて来てくれるなんて感動だよ。遂にボクと愛の営みをする決心がついたのだね」
そうボクが感動の言葉を述べると、「面倒くさいからつっこまないわよ」と彼女は淡々と返して来た。
こーいうのが一番辛い。
「カメラを回収したって聞いたから、パワースポットの正体がちゃんと映っていたのか気になってね」
その彼女の言葉にボクはにやりと笑う。
「ああ、バッチリ映っていたよ」
それからボクはパソコン画面に映像を流し始める。夜間用のカメラとはいえ、流石に暗闇はそれほど鮮明には映らない。ただ、それでもそこに人影がやって来て、レジャーシートを取り除いているのはしっかり分かった。
微かな光がレジャーシートに反射して、時折男の顔がなんとなく見えたりもしている。
「あまりよくは映ってはいないわね、隠し撮りの犯人」
それを見ると、鈴谷君はそう言った。
「なに、これでも警察に動いてもらうには充分だよ」
とボクは返す。
そしてそれから続けて、「やはり気付いていたんだね」とそう言った。
「そりゃね。行動が不可解すぎるもの。
あなたはレジャーシートを敷いて、犯人が設置したカメラを覆って見えなくしたうえで、私に階段を上がらせて、私のお尻で女の子のスカートの中が盗撮できるかどうかを検証したのでしょう? 私はスカートは履いていないけど、その想定で。
佐野君だと、身長がちょっと高過ぎるものね」
「ふむ」とそれにボクは返す。鈴谷君はまだ語った。
「犯人は隠し撮りができそうな場所を見つけたら、そこを女子高生が利用しているサイトにパワースポットだと紹介して女子高生達を呼び寄せ、女の子達のスカートの中を撮影していた…… ってところかしらね。
もしかしたら、無線で映像を録画し続けていたのかしら? だから、あなたが被せたレジャーシートを取り除きに来た」
「その可能性はあると思うよ。まぁ、それを考慮してレジャーシートを被せっぱなしにして帰ったのだけど」
そのボクの言葉に彼女は軽く頷いた。それからこんな疑問を口にする。
「だけど、よくちょっとサイトを覗いただけで、パワースポットの噂が隠し撮りの為の罠だったなんて見破ったわね、菊池さん。文章の癖が男性っぽかったとかあるのかしら?」
「いやー」とそれにボクは返す。
「実はボクも驚いているのだよ。まさか、本当に隠し撮り犯人の罠だったとは」
「え?」と、鈴谷さん。
「ボクとしては、鈴谷君のお尻を眺められればそれで良いと思っていたのだけどね」
それに鈴谷君は変な表情を浮かべた。
「何を言っているの? あなたは隠し撮り犯人の証拠をつかむ為にパワースポットに行ったのでしょう?」
「何を言ってるんだい?」と、それにボク。
「ボクの目的は君のお尻を眺める事だよ。初めに“鈴谷君のお尻を拝む為に!”と言ってあったじゃないか。
隠し撮りの検証の為なら、鈴谷君が大人しくボクにお尻を見させてくれると考えたのだけど、予想通りだったな」
それを聞くと鈴谷君は軽くため息を漏らした。呆れた表情で言う。
「あなたは、一体、どこまで本気なの?」
ボクはいつでも、どこでも、どこまでも、全力で本気のつもりなのだけど。