招かれざる客人
魔王の1人、コルダールの配下の魔族グラーは精鋭の30人を引き連れ、魔王コルダールと共に人間の国、ミルミット王国の奥地まで潜入して居た。
目的の場所まであと少し、途中いくつかの小さな村を蹂躙し、漸く目的地に到着した。
グラーはコルダールと別れ、30人の部下を引き連れ目的地の村に入って行く。
コソコソなどしない。
途中、ついでに襲った村と同様、正面から入り、正面から叩き潰すだけだ。
村人の姿が見えないが、村の中心地、広場のようになっている場所に1人の老人が立っていた。
「おい、爺さん。
この村にアーサーって奴が居るはずだ。
死にたく無かったら大人しくアーサーって奴を出してもらおう」
「かっかっか、魔族がアーサーになんのようじゃ?」
意外にも爺さんは魔族である自分に怯えるでもなく尋ね返して来た。
「爺さんは知らなくて良いんだよ。
言わないなら殺す」
俺が軽く指をふる合図で隣にいた部下のボイスが爺さんに近く。
筋骨隆々の大男であるボイスなら、あんな爺さんなど息をするように殺せるだろう。
その後、アーサーとやらを探せば良い。
ゴォ
グラーが爺さんから意識を外した時だった。
とてつもない轟音にボイスの方を振り向くと、そこにはボイスの下半身のみが残されていた。
「は?」
ゆっくりと倒れるボイスの下半身を見たグラーの口から溢れたのはそんな言葉にならない言葉だった。
「敵を前に余所見とは、まったく最近の若い者はなっとらんわい」
グラーが再度爺さんの方を見ると爺さんの周りには雷を纏った黒い塊がいくつも飛び回っている。
「な、お、お、お前、お前は!」
グラーにはその姿に見覚えがあった。
20年程前、魔族と人間の間で起こった大戦でまだ新兵だったグラーの所属していた部隊を壊滅させた人間の魔術師だ。
幸運にも逃げ延びたグラーは、後で知った事だが、その人間はミルミット王国の筆頭王宮魔導師だった。
「お前は、黒雷のフリジオか⁉︎」
「ん、なんじゃ小僧、お主20年前の生き残りか?」
バカな!なんでこんな化け物が田舎の村に!
「くっ! おい!おい!」
隣に居た部下を呼ぶが返事が無い。
部下の方に目を向けると絶命した部下の右目に矢が突き立っていた。
「な、何が……」
部下の目に刺さった矢の尾羽は真っ赤に染められている。
その矢の話は聞いた事があった。
森の中で何処からともなく飛んで来て、兵士の右目を貫いて命を奪って行く。
「この矢…………赤弓のメルビンか!」
真っ赤な弓と赤い矢羽を使うエルフの弓士だ。
「クソ!撤退だ」
グラーはそう叫び、踵を返し村から出ようとするが、そこには今まで存在しなかった巨大な壁がある。
「なんだこれは!」
グラーが壁を斬りつけるが壁は砂で出来ており斬りつけようともすぐ元に戻ってしまう。
グラーはこれも知っていた。
20年前の大戦で渓谷に巨大な砂の砦を創り出し、魔族の進軍をたった1人で10日間も足止めしたのは若干14歳の天才魔法使いだったと言う話だ。
グラーが砂の壁の上を見上げると恰幅の良い中年の女が立っている。
「今度は砂城のラーナか⁉︎」
「ふん、あんた達の好きにはさせないよ!」
「ぐぅ!」
呻くグラーにフリジオがゆっくりと近づきながら語りかける。
「アーサーは我ら人間の希望、わしらはアーサーを護る為、精霊に導かれし者。
貴様ら魔族にアーサーを……『勇者アーサー』を渡すわけには行かぬ!」
「クソ!散れ!お前ら!誰でも良い、村人を人質に取れ!」
グラーの指示に一斉に走り出す魔族の精鋭達だったが建物の中や木の陰から現れた村人達に次々と倒されて行く。
村人達の動きはとても田舎の村人の動きではない。
それは熟練した戦士の動きだった。
そして、手に持つ武器も並み大抵の物ではない。
少なくともちょっと田舎で名を馳せた様な冒険者が手に出来る様な物でほなかった。
「ぐぁぁあ!」
また1人、部下が倒された。
倒したのは2人組の村人だ。
まるで獣の牙の様な剣を右手に持った男と、まったく同じ剣を左手に持った女だ。
「金狼のバルと銀狼のリンダか……」
かつて『双頭』と呼ばれた2人組の冒険者だ。
脆弱な人間の中に僅かに存在する力ある者、まさか、そんな奴らがこんな山奥に大挙して待ち構えているとは思わなかった。
「この村は精霊の導きで作られし勇者の揺りかご、この村に弱者など居らぬ」
フリジオがこちらを指差した。
その指輪先には黒い雷。
グラーは己の死を悟った。
ゴォ!!!
耳をえぐる様な轟音の後、グラーが目を開くと自分とフリジオの間に1人の男が立っていた。
「あぁん、てめぇグラーよぉ、こんなジジイ共に何を手こずってんだよぉ?」
そこに居たのは自らが忠誠を捧げた主、魔王コルダールだった。
「貴様、魔王コルダールじゃな」
「なんだジジイ、この俺様に勝手に話しかけてんじゃねぇよ」
「コルダール様、お気を付け下さい。
その男は20年前、我が軍に甚大な被害を与えた黒らぅ!」
グラーの言葉が終わる前にコルダールはグラーの胸ぐらを掴み上げる。
「おい、貴様、雑魚の分際でこの俺様に『気をつけろ』と言ったのかぁ?」
「い、いえ、私は!あ!がぁ!あぁぁあ!」
コルダールがグラーと目を合わせた瞬間、グラーの身体が石になって行く。
身体を麻痺させる【石化の魔眼】では無い。
生物を完全な石に変える【石化の邪眼】だ。
コルダールが石になったグラーを投げ捨てる。
地面に叩きつけられたグラーは砕け散った。
「仲間まで手に掛けるか、外道め」
「フン、仲間?
知らねぇなぁ、すり寄って来るから利用してやっただけだ。
だいたい貴様らの様な雑魚共に手間取っている様な奴なんて居ても居なくても同じだろぉ?」
「ほう、わしらを雑魚だと?」
「人間なんてどいつもこいつも大して違いなんてないだろぉ?
ああ、そうだ、ここに来る前に潰した村には少し面白い人間が居たな」
「面白い人間?」
「ああ、女を庇ってこの俺様に斬りかかって来たのさぁ。
だからよぉ、俺様はその男以外の村人を全員石にしてやったのさ。
最後に男の目の前で女を石にしてやった時の顔と言ったら、クックッ……見ものだったぜぇ」
「………………貴様には外道と言う言葉すら生温いのぉ」
「はっ!知らねぇよぉ、どうせこの村の奴は全員死ぬんだからなぁ!」
コルダールが両手を広げフリジオを挑発する。
「舐めるなよ!」
「魔王、覚悟!」
バルとリンダが左右から同時に剣を振るう。
「おいおい、あぶねぇなぁ」
コルダールは右手でバルの剣を、左手でリンダの剣を受け止める。
「ん?」
ガッ!
何処からか飛来した赤い矢羽の矢がコルダールの顔に突き立つ。
しかし、鏃はコルダールには傷1つ付いていなかった。
コルダールは高速で飛来する矢を口で受け止めていたのだ。
「バル、リンダ、退がりな!」
ラーナの声にバルとリンダは剣を捨てて飛び退く。
「砂よ 纏え 絡め 堅固なる戒め 【サンド・ジェイル】」
ラーナの操る砂がコルダールの四肢を拘束する。
「黒き雷雲よ 天の怒りよ 降り注げ 【ブラック・レ……」
フリジオが自身の最大威力の魔法を放とうとした時、その身体に衝撃が走った。
「うぐぅ!」
コルダールの持つ【邪眼】の1つだろう。
身体には傷1つ無いが、身体を真っ二つに引き裂かれた様な痛みがフリジオを襲った。
「村長!」
「フリジオ殿!」
「おいおい、よそ見かよぉ~」
バルとリンダは元とは言え一流の冒険者だった。
フリジオに気を取られたのはほんの一瞬だったのだが、砂で拘束されていた筈のコルダールが目の前に迫っていた。
「ごぉは!」
「きゃっ!」
「バル!リンダ!」
「人の心配なんて、してる場合かぁ?」
「ぐぁ!」
ラーナを蹴り飛ばしたコルダールは自分の頭を狙い飛んで来た3本の矢を受け止める。
「そこかぁ」
コルダールは村の端の木の上に陣取っていたメルビンに急接近すると、メルビンの襟首を掴み広場の方に投げ飛ばした。
「ぐぁぁあ!」
「はっはっは、いいぞぉ、少し楽しくなって来たぜぇ」
「この化け物が!」
村人の1人が振り下ろした巨大な戦斧を片手で受け止めたコルダールは【邪眼】で村人を石に変える。
「はっは~!さぁ最後まで残るのは誰だぁ?」
魔王コルダールの蹂躙が始まった。
フリジオはコルダールに首を掴まれ、釣り上げりられていた。
すでにフリジオ以外の村人は石へと変えられてしまっている。
「クックック、後はお前だけだなジジイィ。
どいつがアーサーだったのかは知らねぇが、この村の人間は全滅だなぁ」
「う、ぐぁぁぁあ!」
首を絞められ意識が朦朧としていたフリジオを激痛が襲う。
コルダールの【石化の邪眼】を高い魔力でレジストしていたフリジオだったが、最早抗う力は残っていなかった。
つま先から少しづつ身体が石へと変わって行く。
「外道め、精霊の導きが必ずお前達を倒す……必ずだ!」
「あぁ?そう」
コルダールが答えるとフリジオは完全に石となった。
「はっ、くだらねぇ」
コルダールがフリジオを投げ捨てる。
「ん?」
村の広場に打ち捨てられたフリジオを見てコルダールは不審に思う。
いつもならコルダールが石に変えた者をなげすてると、先ほどのグラーの様に砕け散るものである。
しかし、石像の様になったフリジオはどこも砕ける事なく転がっている。
よく見れば他の村人も石になっているが砕けてはいない。
「………………」
コルダールは石になったフリジオを蹴り飛ばした。
しかし、傷1つ付かない。
「………………ちっ、精霊の加護か」
どうやら村人には精霊の加護が与えられているようだった。
石化を無効化する程ではないようだが、完全に命を奪う事は出来ない。
「……………………まぁ、いいかぁ」
どの道、コルダールが生きている限りは【邪眼】の効果が切れる事はない。
そう考え、コルダールは帰還する事にした。
王国に潜入した時は多くの配下を連れていたが、帰りは1人だ。
しかし、そんな事は全く気にせずに魔王は立ち去るのだった。