精霊の紋章
「国王様、魔王コルダールはどの様にしてこの国に潜入したのでしょうか?
ミルミット王国で魔境に接しているのは辺境の街ガスタですが、旅の途中、パーフェ男爵領では、村人が石になった村がいくつかあると聞きました。
ガスタから潜入したのならわざわざ隠密にパーフェ男爵領まで行ったのにそこからは派手に暴れるのは不自然ではありませんか?」
「いや、どうも魔族共はグリント帝国の方から進入して来たらしい。
帝国との国境付近で警備兵が殺されていたのが見つかっておる。
おそらく、イザール神聖王国があった辺りから帝国に入り、我が国に直進したと考えている」
「なるほど……」
「国王陛下、他の村にはどれ程の被害が?」
「うむ……襲われた村は3つだ。
うち2つは生存者はない。
だが1つの村では村人全てが石化していたがほとんど砕かれてはおらず、コルダールを倒せば助ける事が出来るだろう」
「そうですか…………何故、その村だけ砕かれていなかったのでしょうか?」
「分からぬ、それにその村の者達には状態保存の魔法が掛けられていたのだ。
この魔法のお陰で精霊の加護が無くとも砕けぬ様に維持できる。
何故わざわざそんな事をしたのかは分からぬがな」
「人質……とか?」
マーリンの予想に国王陛下は首を左右に振るだけで分からないと示した。
「考えても分からないんだからそこは置いておくしかないだ……です。
それより精霊の紋章の在りかは分からないのですか?」
カートは魔族の狙いを読むのを早々に諦めた様だ。
しかし、確かにその通りだ。
分からないのだから仕方ない。
「うむ、詳しくは分からぬが、当てがないならヤナバル王国を目指すと良い」
「ヤナバル王国ですか?
しかしあの国は今、かなり情勢が不安定ですよね」
マーリンが少し眉を顰めて言う。
「うむ、しかし私が集めた情報では唯一、ヤナバル王家が精霊の紋章を所有している事だけが分かっておる」
「つまり、ヤナバル王国に行って精霊の紋章を手に入れたら良いのか」
「ちょっとカート、簡単に言わないでよ。
王家所有の物を『下さい』って言って『どうぞ』ってなるわけ無いじゃない?」
「でもこっちは勇者だぞ?
世界の平和の為に協力してくれるんじゃないか?」
「ところでカート、お前も付いてくるのか?」
「ああ、もちろん!
勇者の仲間なんて憧れるじゃないか」
「まぁ、分からなくはない」
「ちょっとそんな事は後でいいからあんた達もどうやって精霊の紋章を手に入れるか考えなさいよ!」
ガヤガヤとした話し合いは夜遅くまで続くのだった。
昨日は人生で1番長い1日だった。
国王陛下から俺が勇者であると告げられ、両親や村の仲間が俺を守る為、石像へと変えられた事を聞いたのだ。
それに俺を狙った魔族によって殺された無関係な人達も居る。
いくら俺がいずれ世界最強になる男だとしてもショックを受けないはずがない。
その日は、すでに日も落ちてしまった為、王宮に泊めてもらう事になった。
この沈んだ気持ちで宿探しをしなくて済んだのは行幸だ。
しかしまさか俺の様な田舎者が王宮で1泊する事になるとは……。
『ベッドが柔らか過ぎて寝られねぇ』とは翌朝のカートの言葉だ。
朝食(これも信じられない程豪華な朝食だった)を頂いた後、俺達にあてがわれた部屋で旅の準備をしていると、国王陛下とレオンハルト殿下がやって来た。
普通、こう言う場合、俺達の方が国王陛下の居る部屋に呼ばれるんじゃないのか?
いや、よく知らないけど……
後でマーリンに聞いたら『勇者』に気を使ったのだろうと言っていた。
恐ろしい事だ。
「ブゥルルゥ!」
俺達に鼻息を吹きかけるのは立派な体躯をした馬だ。
朝、俺達の所を訪れた国王陛下はこれからの旅への支援として馬と馬車を用意したと言われた。
公務がある為、国王陛下は早々に立ち去って行ったが、レオンハルト殿下が直々に厩まで案内してくれた。
国王陛下が用意してくれた馬車はしっかりとした造りで、華美ではないが、頑丈そうな幌馬車だった。
そして、先ほどから俺とカートに鼻息を吹き掛け、マーリンに顔をすり寄せているエロ馬がシオンだ。
身体能力が高く賢い、精悍な顔つきの馬なのだが、何だか酒場のエロオヤジの様な雰囲気を感じるのは気のせいだろうか?
「水や食料などはすでに積んでいる。
それからコレはヤナバル王国までの地図と少ないが路銀だ。
すまないな、もっと全面的に支援したい所だが、あまり大々的に支援をすると精霊が予言した未来が変わってしまうかも知れないらしい。
それに力を付ける前に魔族に見つかると不味いしな。
この馬車や路銀もオーク撃退と王都までの俺の護衛の報酬と言う名目だ」
「いえ、本当にお世話になりました。
レオンハルト殿下」
「レオでいいさ。
アーサー、カート。それからマーリンも気をつけろよ」
レオンハルト殿下……レオに見送られ、俺達は王宮を後にした。
カートが手綱を握り、向かうはヤナバル王国…………ではなく、ここ王都の冒険者ギルドだ。
これから行動を共にするのならパーティを組むべきだとカートが主張したのだ。
確かにパーティを組んでいれば、パーティ指定の依頼を受けたり、高ランクの討伐依頼を受ける事が出来たりと便利だ。
冒険者ギルドに到着し、受付でパーティの申請書類を貰い記入する。
「パーティリーダーはマーリンでいいのか?」
「なんで私なのよ。あんたに決まってるでしょ」
「発案者はカートだろ?」
「何言ってんだ、どう考えてもお前がリーダーだろ。世界最強なら大人しく自分の名前を書いとけよ」
左右から睨まれた俺は大人しく自分の名前を記入する。
「コレで……あ!なぁ、パーティ名はどうする?」
「何でもいいわよ、常識の範囲内なら」
「貸してくれ、俺に案がある」
カートが俺の手から書類と羽根ペンを引ったくり、サラサラと記入する。
「お願いします」
そしてそれを流れる様な動作で受付嬢に提出した。
受付嬢は書類に目を通し、不備がない事を確認すると俺達のギルドカードを、受け取り何やらゴソゴソとやった後、カードを返してくれた。
「はい、コレで登録は終了しました。
みなさんは全員DランクなのでパーティランクもDランクとなります。
みなさんのご活躍をお祈り致します」
無事パーティを組んだ俺達は門を目指し、大通りを進む。
「ん?」
「どうした、カート?」
「いや、さっきすれ違った栗色の馬が引いていた馬車、王家の紋章を掲げていたんだ」
「まぁ、ここは王都だからね。珍しい事じゃないわよ」
馬車の中から御者台のカートにマーリンが声をかける。
「それもそうか」
こうして、門を抜けヤナバル王国を目指して旅だった。
俺達、Dランクパーティ《精霊の紋章》としての初めての冒険が始まったのだ。




