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巫女との道中

2話と3話を連結してタイトル変更してますが、ストーリーに変化はありません。

 

 だだっ広い平原に敷かれた一本道。1組の男女が歩を進めている。

 姿勢良くスタスタと前をいく若い娘。その三歩ほど後ろを、食らいつくように青年が追いかける。

 和風装束の娘に対して、男の方は白いTシャツに黄色の短パン、黒いビーサン。


「つまり……さっきおれを襲ったのは、カッパだって言いたいのか?」


 飛鳥は息を切らしながら叫ぶように尋ねる。


「さっきからそう言ってるでしょう? あれが人間だと思うの? あの仮面の下の素顔を見ても――」


 確かにそうだ、あれは人間じゃない。化け物だ。

 飛鳥を襲った襲撃者の仮面の下にあったのは、半魚人の顔だった。両生類のような肌に尖った嘴、大きな皿のような頭頂部。

 確かにあれは昔話なんかに出てくる河童そのものだ。


「それにしても河童も知らないなんて。あなた、西の人?」


 ――西? そうだ、ここは一体どこなんだ?


「あの、ひとつ聞きたいんだけど。ここは日本なの?」


 少なくとも言葉は通じている、そんな飛鳥の淡い期待は早くも裏切られた。


「日本? なんなのそれ。ここは醍醐の国、蓬莱大陸の東の隅よ」


 女が言い終わらないうちに、飛鳥は無言で右の頬を強くつねった。


「いてっ!」


 夢じゃない、現実だ。

 そのことはさきほど切りつけられた左腕の鈍い痛みが何よりも説得力を持って語っていた。


「なるほど、つまりおれは異世界に来ちまったってわけね」


 飛鳥は思わず半笑いで呟く。


「ねえ、何をにやけてるの? 不快なんだけど」


 目の前の女が気味悪そうに吐き捨てる。


 そういえば、この女何者だ?


「あんた、誰?」


「命の恩人に対してそんな口の利き方ある!?」


 ごもっともだ。


「まあいいわ。私は千古、流れ巫女として巡礼をしてるの」


 千古と書いて"ちこ"と読むらしい。かわいい名前じゃん。

 巫女、そう言われると確かに千古は上が白、下が紅という巫女独特の色使いの装束を着ている。しかし、それは同時に飛鳥ぎ知っている現代日本のそれとは幾分か異なっていた。

 白い上衣は肩口から先を潔く切り落としたノースリーブ。真紅の袴は現代日本のギャルたちに匹敵する短さだ。手元を飾るのは細身の金の腕輪。


「あんたほんとに巫女か?」


「あ? なんか文句あるの?」


 ――大いにある。



 千古によれば、流れ巫女と言うやつは各地の村々を回って、祈祷やお祓いをして回る職業のことらしい。

 なんでも、容姿が優れなければ流れ巫女の仲間には入れてもらえないらしく、それを告げたときの千古の顔はこれでもかと言うほど勝ち誇っていた。

 たしかにおれの目から見ても、この娘はなかなかに可愛らしい見た目をしている。

 うっすらと青みがかった艶のある黒髪は、古き良き大和撫子感満載だが、アーモンド型に縁どられた大きな瞳と微かに上向いた細い鼻梁は意志の強さを感じさせる。


「何ジロジロ見てるの? 惚れた??」


「ちげーよっ! ほっぺに河童の肉片ついてますよっ、て教えたかったの!」


「え? うそ! もっと早く言いなさいよ、うら若き乙女の恥よっ!」


 どこが乙女だ。

 雪のように白い彼女の頬の一点が赤黒く染まっている。それは先ほどおれを襲って、彼女の矢に射抜かれて死んだ半魚人野郎の成れの果てだ。

 あの時、河童を殺した千古は傍で怯える飛鳥には目もくれず、死体の頭にくっついた円形の皿に短刀を使って引っ剥がし一心不乱に足で何度も踏みつける。

 そしてそいつを地面に放るとまるでせんべいのように砕き割った。河童は頭の皿を割らないと復活するとかなんとか言い伝えがあるらしい。 


 おれは一生忘れないだろう。メリメリとまるで缶詰のプルトップのように剥離されていく河童の皿を。


 恐怖のスプラッタショーはまだ終わりじゃなかった。千古はすぐさま次の作業に取り掛かる。なんでも河童の脳髄は薬として高く売れるらしい。

 大きな瞳に怪しい光を宿らせた千古が、いましがた皿を剥がされたばかりの頭に刃を突き立てる――


 そこから先の光景は見ていない。正確には見ていられなかった。


 ――この女、やっぱりヤバい奴かもしれない……。


 そんな飛鳥の引き立った顔を眺めながら、頬の肉片をパクリと口に放り込み、血の飛沫を手拭いで拭き取る千古。


 ――ダメだ、もうついていけねえ。早いとこ逃げよう……。


 飛鳥がそんなことを思案していると、千古がふと歩みを止めた。

 背中に背負った木の箱を下ろすと、なにやらガサゴソと中を漁っている。


 ――何やってんだ? でも逃げるなら今しかない……!!


 飛鳥が人生最速の全力疾走をかまそうとしたその瞬間、目の前に竹筒が差し出された。


「ん? なにこれ」


「水よ。喉、乾いてるでしょう? あんな目にあったんだから何か飲みたいはずよ。興奮して気付いてないかもしれないけど」


 毒なんて入ってないわよ。と自ら一口飲んで証明すると、千古は水筒を飛鳥に押し付けた。


「……ありがとう」


 ――あれ、やっぱいいやつじゃん。


「さっさと飲みなね。まだまだ歩いてもらうから」


 背後から吹き抜けた一陣の涼風に彼女の濃藍の髪が揺れる。梔子の香りが鼻腔をやさしく撫でた。


 和風異世界転生、そんなに悪くないかもな。


 ************


「はあ、まだ着かねえのかよ。宿場町とやらは」


 金髪の青年、東条飛鳥は不満げに呟いた。


「なに? もう根をあげてるの? 文句ばっかり言うなら見捨てちゃうわよ」


 濃藍のセミショートの少女も、言葉とは裏腹に疲労の色を隠せないでいた。明らかに休憩の頻度が多くなっている。

 その原因はこの悪路。

 人家ひとつ見当たらない。そんな状況がもう3日も続いていた。


 千古に命を救われてからの飛鳥は、取り敢えずの措置として彼女の旅路に同行している。

 今はこの先にあるはずという宿場町を目指して強行軍の真っ最中だ。ギラギラと照りつける夏の日差しが容赦なく2人の体力を奪い去る。

 さらに彼女に至っては、背中に背負う漆塗りの箱も重荷になっているだろう。

 弓矢など入りきらないものを除けば、彼女の荷物はほぼ全てが、その正方形の箱の中に収納されている。


「あのさぁ、荷物、待とうか?あんた強気な発言してるけど、明らかにおれより進むの遅いじゃん」


 千古は驚いた様に飛鳥の目を真っ直ぐに覗き込んでいる。


「見つめてないで、ほら。さっさと渡せよ」


 我ながら男ぶりが上がってんじゃないか? 悦に浸る飛鳥の耳にようやく千古の声が飛び込んできた。


「それもそうか。私はあんたの命の恩人だし、一人前の流れ巫女は従者を持つのが慣例だしね。じゃ、お願いね」


 言い終わりもしないうちに、飛鳥の目の前に、ドサリと木製の重厚な箱が降ろされる。


「それ《外法箱げほうばこ》って言うの。もしも失くしたりしたら一貫の終わりだから。肝に銘じてね」


 やれやれ、まったく可愛げがないな。

 ため息をつきながら肩紐に腕を通して持ち上げる。


 ――ん……?


「重っっも!! 何が入ってんだよこれ!!」


 千古のやつ、楽しそうにケラケラと笑ってやがる。


「まさかだけど、この期に及んで持てないなんて言わないよね!?」


「ちくしょう……!! こんなもん持ってこの距離歩いて来たなんてありえねえだろ。おまえほんとに女かよ」


「褒めるべきでしょ。こんなにか弱い女の子が、良く頑張ったって」


 身軽になった千古は満足気におれを一瞥すると、スキップするように駆け出した。


「ほら、早く追いついて! 日が暮れちゃったら野宿ですよー??」


 千古は急に上機嫌だ。


 飛鳥がこちらの世界に来て今日で7日目。

 良く言えば冷静、悪く言えば無感動な性格の飛鳥は、最初の頃こそ混乱した。しかし、この状況を受け入れてしまっている自分がいる。

 もちろん帰りたい。だけど、まずはこの世界を生き抜くのが先だ。

 右も左も分からない飛鳥にとっては、千古と名乗るこの巫女にくっついとくのが今のところ最善だと思われた。

 幸いなことに千古は飛鳥のことを邪険には扱っても追い払おうとはしない。

 何も知らない飛鳥のことを、河童に襲われた恐怖で頭を病んだ哀れな男だと思い込んでくれているようだ。


 うるさい千古は先に行ってしまった。


 ここらで、この1週間で得られた情報を復習しよう。

 今いるこの場所は《蓬莱ほうらい大陸》だ。千古に見せてもらった地図によると、この大陸は東側に大きく出っ張った三日月型。

 西から順に、最南端の半東部を占める《渦羅うづらの国》、そのやや北西に位置する群島《早瀬はやせの国》、その東に商業が盛んな《澪津みおつの国》と《御聖領》、百姓が治める《観景みかげの国》がある。ここまでが大陸の西部。

 これより更に東が東部となり、大平原が広がる《醍醐だいごの国》と森林に閉ざされた《氷見ひみの国》がある。

 この東西をちょうど結ぶ位置に、最高位の君主《明王》が鎮座する《蓮華王城》が聳えている。

 飛鳥が今いるのは東部の《醍醐の国》である。

 大陸の地理をざっとまとめるとこんな感じだが、日本の地域すらおぼつかないので覚えてられる自信はない。


 次に蓬莱の社会だが、一応日本史専攻だった飛鳥の見立てでは中世ごろの日本と似通っている。

 道中いくつかの村を通ったが、みな和服を着た農民たちだった。建物は木造の茅葺で今のところ瓦屋根は石造のものは見ていない。

 蓬莱の国々は大名たちが治めており、さらにその下に旗本と呼ばれる大名直属の家臣たちが大小の領地を与えられて統治している。

 ただし、各大名のさらに上に明王ってのがいるらしいし、国の中には、殿様を追い出して百姓が自治をしている地域があったり……。


 ――やめよう。頭がパンクしそうだ。ここらへんのことはおいおい覚えていくことにしよう。


 中堅私立文系大学生の限界だ。頭使うなんて慣れないことに手出すべきじゃない。


「おーい! 何してんの! こっち来て、走って、早く!」


 100メートルほど前方の小高い丘の上で大袈裟に飛び跳ねている千古の号令が耳に入る。


 ――ええ……。こんな荷物持って走れって言うのかよ。ドン引き……。


「ほら、早くしなさい! それ以上遅れたら1秒につき3回鞭打つから!」


 ――いや待てよ。1秒につき1回だろ普通は。いや、そもそも鞭打つな。


「あーもう、はいはい分かりましたよー! すぐ行くから待っとけ!」


 飛鳥は渋々駆け出した。ひと1人背負ってんじゃないかと言うぐらいの負荷だ。しかも千古がいるのは丘の上なので、コースはどんどん傾斜がきつくなっていく。高3で部活引退して以来、食っちゃ寝を繰り返してきた男にはあまりに酷な試練ではなかろうか――


 休み休みではあるが、何とか千古の側まで何とかたどり着いた。


「意外と速かったじゃない。見直したわ」


 ゼェゼェと息を切らし、膝から崩れ落ちている飛鳥はその意外な声に応え、何とか顔を上げる。それと同時に頭上の女ボスが予想外に上機嫌である理由を知った。


 眼下に広がるのは、まるでうねる大河の如く平原を走る一本の大きな道だ。周囲の鮮やかな草の色とは対照的な暗い鼠色。それは、今まで飛鳥たちが歩いて来た草地を踏み開いただけの砂利の道ではないことを表している。

 石畳が敷かれているのは、整備された街道の証である。

 そしてなによりも道の両側にへばりつく様に密集する木造家屋の群れ。


 ――街だ。


 宿場町の所々から昇り立つ白っぽく霞んだ煙は、ここが多くの人間の営みの場であることを示している。建物の数はここからパッと見ただけでは数えきれない。数百軒はあるだろう。


「着いたわ。ここが東国街道三十五次のひとつ、里見宿よ」



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