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短編集

ボクと僕

作者: 朔夜

 ボクには幼馴染がいる。

 醜いアヒルの子の境遇に泣き、シンデレラの継母や義姉に怒るほどに感受性が豊かで、スグに感情が顔に出てしまうヤツだ。

 そんな幼馴染との出会いは、幼稚園の頃に遡る。


 内気で人見知りのボクは、幼稚園に馴染めず孤立していた。そんなボクに何の前触れも無く『ねぇ、僕と友達になってよ!』と声をかけてきたのがきっかけなんだけど、今まで話もした事のない相手からの言葉に、何言ってるんだコイツ? と思ったのは今でもよく憶えている。


 まぁ、そんなボクだから、初めの内は相手にしていなかったんだけど、あまりのしつこさに辟易していたボクは、誰にも言えない秘密を教えてくれたら友達になってあげる。

 と、今思い返すととても傲慢なヤツだと恥ずかしく思う。

 そんなボクに向かって、秘密を共有する仲間を見つけたとでも言うように、悪戯っぽく、けれど飛びっきりの笑顔を向けながら彼女は口を開いた。


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 僕には幼馴染がいる。

 醜いアヒルの子の境遇に憤り、シンデレラのお話には解決策を考えてしまうほどに正義感が強くて、表情筋が感情に追いついてないだけで、誰よりも優しいヤツだ。

 そんな幼馴染との出会いは、幼稚園の頃に遡る。


 どこか羨ましそうに、いつもこちらを見ていた彼。そんな彼をなぜかほっとけなくて、いつも目で追っていたそんな時、もうこれ以上ないってぐらいバッチリと目が合って思わず、『ねぇ、僕と友達になってよ!』と遂に声をかけてしまった。

 その時の彼は目を見開いて、その後スグに目を細め疑わしそうに僕を見つめたと思うと、ぷいっと顔を背けて去ってしまった。


 普通はソレに腹を立てて、もう関わろうとしなくなるのかもしれないけど、僕には彼の後ろ姿が泣き出しそうなくらいに、孤独で辛く映ってしまったものだから、どれだけ邪見にされようと、しつこく彼に声をかけ続けたんだ。

 その甲斐もあって、というよりも、彼が根負けして『誰にも言えない秘密を教えてくれたら、友達になってあげる』と、言ってきた。

 その時の彼の目に、どうせ言えないだろ? という諦めの中に、縋るような思いが宿っていたから、僕は飛びっきりの秘密を彼に教えてあげたんだ。


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「いいとも! 実は僕はロボットなんだ!!

 キミ達と友達になって、じょーそーきょういくの手助けをするために、やって来たんだ!」


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 いやはや、それを聞いたボクの心境を理解して頂けるだろうか?

 そんなおかしな事を言い出した彼女は目を輝かせ、自分の言葉を信じて疑っていなかった。

 そんな彼女を見ていると、『あ、コイツちょっと残念なヤツなんだ』と子供心に思い、とびっきりの笑顔をを浮かべる彼女に手を差し出した。

 そのボクの手を力強く握り返してきた彼女の手の暖かさは、今でも鮮明に覚えている。


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 とびっきりの秘密を教えてあげた僕に、なんだかバカにしたような、諦めたような目をした彼を、時折思い出しては、今でも納得がいかないような、腹立たしいような思いをしているのは、彼に言えない新しい秘密の一つだ。

 けれどその甲斐もあって、『…………よろしく』と、恥ずかしさを隠すような感じで、ぶっきらぼうに手を差し出してくれた手を僕は握り返した。

 あの時の彼のひんやりとした、心地良い冷たさの手の感触は、今でも鮮明に覚えている。


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 それからの日々は、まるで台風に踊らされる木の葉の様だった。

 彼女は衝動を抑えるという事を知らないかのように、ある時は『埋蔵金を探しに行こう!』と言い出して、シャベルと少しのお菓子を持って山に登り遭難。

 またある時は『海賊のお宝を探しに行こう!』と言い出して、浮き輪を片手に海へ入り、沖に流される。


 そんな中でも一番の思い出は街中を探険したことだ。

 『冒険が僕を待っているんだ!』と、よくわからない事を言い出して、生垣を掻き分け、塀を登り、果ては橋の欄干を駆けて行った。

 さすがのボクも危ないから止めるように言ったんだけど、彼女は『これが冒険なんだ!』と力強く言い張り、ボクにも同じことをさせた結果、ボクは欄干から川へと真っ逆さま。

 幸いにも橋の高さは低く、水深も浅かったおかげで、濡れ鼠になるだけで済んだけど、それを見て駆け寄ってきた彼女のしおらしく、申し訳なさそうな表情は今思い返しても、笑ってしまう程に似合っておらず、そんな表情をさせたくなくて『水も滴るいい男なんて言うし、これで少しはカッコ良くなったでしょ?』なんて、気障ったらしい赤面物のセリフを口走ってしまった。

 それを聞いた彼女の大輪の花が咲いたような笑顔は、今でもボクの宝物だ。


 彼女と出会ってからの日々は、灰色だったボクの世界に鮮やかな色をもたらし、そのどれもがボクの心をワクワクさせてくれる。

 そんな彼女との眩しい位に鮮烈な日々が終わろうとしている。


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 それからの日々は、まるでジェットコースターの様だった。

 もう二度と彼に独り寂しく、輪から外れて羨ましそうにこちらを見ているなんて事はさせまいと、何かにつけて彼を振り回し、時には山にわけいり、時には海へと連れ出した。


 そんな中でも一番の思い出は街中を探険したことだ。

 当時ドハマリしたゲームに影響されて、生垣を深い森に、塀を崖に見立てて、目一杯の冒険を楽しみ、クライマックスは背後から崩れ去っていくダンジョンから抜け出す狭い一本道! に見立てた橋の欄干を一気に駆け抜けるという物だった。

 危なげなく駆け抜けた僕は、彼にも同じようにやらせた結果、彼は足を滑らせ川へと落ちてしまった。

 心臓が止まるんじゃないかと思うほどの心が凍っていくような嫌な感じは、今思い返しても、どうしようもなく泣けてしまう。

 慌てて駆け寄ったけど、何を言っていいかわからず、ただぼうっと突っ立っているだけだった僕に、彼はニカッと笑って『水も滴るいい男なんて言うし、これで少しはカッコ良くなったでしょ?』と言ってくれた。

 それを聞いた瞬間、さっきとは打って変わって、心臓が破れてしまうんじゃないかと思うぐらい激しく鼓動を刻み、もうどうしようもないくらい、胸が高鳴ってしまった。

 思えばこの時、この瞬間に僕は彼に恋をしたのだろう。


 彼と出会ってからの日々は、より一層僕の世界に輝きを与えてくれて、そのどれもが僕の大切な宝物なのだ。

 そんな彼との眩しい位に鮮烈な日々は、これからも続いていくのだと、信じて疑うことがなかった。


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 別々の高校に進学した彼と待ち合わせて、久し振りに買い物に出かけていた帰り道。

 大粒の雨が傘を激しく打ち、靴の中は濡れに濡れて、とても不快な事になっていた。

 そんな最悪な天気だったけれど心は笑ってしまうくらい高まっていた。

 今日の出来事をじっくり噛み締め、頬が緩みそうになるのを、どうにかこうにか抑えながら、彼と隣合って信号待ちをしていた。


 それにしても、待ち合わせに遅れて謝る彼に対して、『今朝のニュースで言ってた、アンドロイドに対する倫理問題について考えていたから、気にしなくていいよ』というのは、我ながらにないなと反省しきりである。

 その汚点を払拭すべく気合を入れた結果、予定よりもだいぶ遅い時間になってしまったが、それも彼との時間を多く過ごすことができたのだと思うと、雲に覆われ星々の輝きが届かず、街灯の薄明かりしかない夜道でも、世界が眩しく思ってしまうというのは、自分の事ながらどうかと思う。


 そんな素晴らしくも輝かしい一日の中で、唯一の不満は、気合を入れてオシャレをしたというのに、何も言わずいつも通りの彼の態度だ。

 これでは、連日寝不足になるほどコーディネートに頭を悩ませていた僕が滑稽じゃないかと、彼の表情筋が死んでいる事も忘れて不貞腐れてしまう。

 肩透かしをくらったような気分で、なんとなく面白くない僕は、信号が青に変わったのを横目で確認しながら、彼の視線を僕に向けさせようと口を開いたその時。


 何かが擦れるような甲高い音が耳につく。

 眉を顰めながら、音のした方に顔を向けると、眩しいライトをこちらに向けながら、車が突っ込んできている。

 そんな。まさか。嘘でしょ? 一瞬にして、そんな言葉が脳裏を駆け巡るけど、私の身体はまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直して動けなくなってしまっていた。

 人は危機に直面すると、周囲の時間がゆっくりと流れるように感じるという話を、聞いた事があったけど本当の事だったんだな。とか、まるで怪獣が目を光らせ、大口を開けて迫ってきているようだな。

 などと、自分でもよくわからない事をボンヤリと考えていたら、後ろから衝撃を感じ、その勢いのままたたらを踏み、それでも勢いに負けて思わず膝を着いてしまった瞬間。


 背後から何か鈍い音が聞こえ、重いものが水の上を滑るような音が続いた。

 その時の僕は状況に頭が追いついておらず、困惑の極みにあったのだけれど、エンジン音が急いで遠ざかっていくのをキッカケに、油を注し忘れて錆び付いてしまったブリキ人形のようなぎこちなさで、音の正体を確認するために振り向いてしまった。


 そこには、曲がってはいけない方向に手足が曲がってしまい、その体内から漏れ出た液体は雨に濡れた地面に混ざり合い、不快な色合いを作り出す彼の姿があったのだが、僕はそれ以上に彼のある部位から、どうしても目を離すことができなくなってしまっていた。

 それは、雨雲のせいで暗くなった周囲の中でも、鈍い輝きを放ち、その存在感を主張し続けている。

 それは、人間の可動域を超えて折れ曲がった彼の手足や、地面と擦れて裂けてしまった顔から見えている。


 そこに横たわっている彼は、血が通い、骨や筋肉で動く人間ではなかった。

 そこに横たわっている彼は、油が通い、ゼンマイやピストンで動く機械人間(アンドロイド)だったのだ。


「あぁ……。君が無事で良かった」


 その現実味のない光景をただ眺めることしかできなかった僕に、いつもと変わらず優しい眼差しを向け、心底安堵したといった様に呟く声が耳を打った瞬間、僕の周囲は思い出したかのように時間が動き出した。

 彼の傍へ慌てて駆け寄る。けれど僕は、彼に対して投げかける言葉を見つけることができず、木偶の坊のように、ただ突っ立っている事しかできないでいた。

 そして、自分の迂闊さのせいで彼に視線を向けられず、ただただ地面を見つめていた時、彼の穏やかな声が耳を打つ。


「なんだか、ボクが川に落ちたあの日を思い出すね」


 そう言って思い出し笑いをする彼に、僕はなんと返せば良いのだろうか?

 裏切り者? 怪我の割に元気そうだね? 機械だろうと君は大切な人だよ?

 そのどれもが僕の気持ちであり、そのどれもが僕の気持ちではなかった。

 上手く思考を纏められないままの僕に、彼は言葉を続ける。


「そんな顔をしないで。

 ほら。そんなに泣いてちゃ、せっかく綺麗におめかしした顔が台無しだよ?」


 そのいつもと変わらず、僕の事を気遣ってくれるその言葉に、ようやく自分が雨とは違う物で頬を濡らしている事に気付いたけれど、それ以上に聞き逃せない言葉が僕に言葉を紡がせた。


「何でこんな時に、そんな事言うのさ」


「今じゃなきゃ、もう伝えられなくなるから。ね?」


「そんな事ない!」


「いやいや、この身体見てよ。

 いくらアンドロイドでも、ここまで壊れちゃどうしようもないよ」


 諦めたようにそう言う彼に、僕は言葉を返すことができなくなってしまう。

 そんな僕を知ってか知らずか、困ったような、申し訳なさそうな声音で彼は続ける。


「そんな事よりも、ごめんね。

 せっかくのデートがこんなオチになっちゃって」


「そんな事ないよ。

 最っ高に楽しいデートだったよ」


 こんな時だというのに、彼もデートだと思ってくれていた事に喜んでしまう自分を殴りつけたくなる衝動を抑え、どうにか笑顔を形作り言葉を返す。

 なぜなら、彼からは命の灯火が今尚流れ出しているのだから。

 現実逃避だと言われようと、機械に命なんてないと言われようと、彼は僕にとって決して代わりなど存在しようのない大切な存在なのだ。

 そんな彼に見せる最後の姿が、泣き顔だなんて絶対に許せない。


「そっか……。なら、よかった。

 けど、そっか。

 君もデートだって思ってくれてたんだね」


「当たり前じゃない。

 なんてったって、キミは僕の初恋の相手なんだよ?」


「え? それホント?」


「こんな時に嘘なんてつくわけないじゃない。

 僕は今でもキミの事が誰よりも大切で、誰よりも愛おしく思うよ」


「そっかぁ……。

 もっと早くに知りたかったなぁ……」


 そう言って拗ねたように言う彼は、僕が出会った誰よりも人間らしく、けれども、誰よりも人間ではなかった。


「大丈夫だって。

 そんな身体、スグに元通りになるんでしょ?

 だから、これからは新しい関係で思い出を作ろう?」


 彼の言う最期を頭のどこかで理解していながらも、絶対に認めることができない僕は、努めて明るく言うが、彼はあの困ったような顔をして言葉を返してくる。


「それが、そうもいかないんだ」


「どうして?」


「アンドロイドが倫理に反するっていう問題。

 ほら、会った時に君もニュースでやってたって言ってたヤツ」


「それなら世界だって変えてみせるよ。

 恋する乙女の底力を見せてあげるんだから」


「それは、なんとも、楽しみ、だね…………」


 その言葉を最期に彼は言葉を紡ぐ事はなかった。

 どれだけ声をかけようとも、どれだけ縋ろうとも、彼の声を聞くことは叶わなかった。

 その現実を受け入れる事ができずに、まるで魂を引き裂かれる様な痛みのまま、僕は慟哭する事しかできなかった。


 どれだけそうしていたのだろうか?

 体の中の水分という水分が流れ出てしまったのではないか? と思ってしまう程に涙を流し続けた僕は、物言わぬ姿となった彼にそっと口付けて一つの決意を固めるのだった…………。


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 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか?

 楽しい時も、苦しい時も、健やかなる時も、病める時も、いつだって僕の胸には彼への想いがあった。

 あの日胸に点った決意の炎は、彼への尽きぬ想いを燃料に絶えず燃え盛り、その熱量のまま僕は世界に抗い続けた。

 なんてったって、恋する乙女の底力だ。世界を変える事くらいできないでどうする。


 そんな闘争の日々もようやっと、終着点へと辿り着いた。

 僕の目の前には、あの時と変わらず若い姿の彼が横たわっていた。

 目を覚ました彼は僕に気づいてくれるだろうか?

 自身の手に刻まれたシワが目に入り、そんな不安が頭を過ぎる。

 そんな僕の不安をよそに、周囲の優秀なスタッフ達は、彼の機動シークエンスを始めてしまう。


 幾つものチェック項目をスタッフが確認している声が聞こえている様な気がするが、僕の耳にはうるさい位に鼓動を刻む心臓の音の方が、よほど大きく聞こえて、あの眩しい位に鮮烈な日々が帰ってきたような気がして、どうしようもなく落ち着かない気分にさせられる。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、遂に彼はその目を開けて、あの困ったような笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「あぁ、久しぶり。

 随分と綺麗になっていて驚いたよ」


 久し振りに聞く彼の心地よい声を聞いた瞬間、僕の頬を一筋の涙が濡らした。

 そして、一目で僕の事に気づいてくれた彼に、とびっきりの笑顔と一緒に、あの時とは少し違った言葉を投げかけた。


「ねぇ、僕と恋人になってよ!」

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