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12月の天国   作者: 千のエーテル
8/20

Dive08

「アエル。それはあまりよくないんじゃないかな?」


「なんで? 気になるじゃん。転校生の秘密。それに日常生活で尾行する機会なんてあんまないじゃん。もしかしたら彼女はスパイかもしれないし」


「なんのスパイだよ。仮にケシキがIMFか英国諜報部のエージェントだとしても、それをアエルなんかに見抜けるはずない」


「どこに入って行ったと思う?」


「聞かないっ」


「あとで教えてくれって頼んでも教えないよ」


「頼まないよ」


「起きたら直接本人に聞いてみようか」


「やめときなよ」


「なんで? どういう理由であんなとこに行ったのか気になるし」


「だから友達できないんだよアエルは」


僕はなにか言いたそうなアエルを無視して、鞄から教科書やノートを取り出して机に納める。

ケシキは昼休みがはじまるまで起きなかった。終始両眼を開いた状態でピクリとも動かず、いびきもかかなかったので、死んでるんじゃないかと心配したが、昼休みのはじまりを知らせるチャイムと同時に不意に体と顔面を机から引き剥がし、まるで100年の眠りから目覚めたみたいに両手を広げてから、しばらくの間体を伸ばしていた。そして教室をキョロキョロ見渡し不思議な顔をしながら僕に説明を求める視線を向けた。


「みんなが教室にいないのは、今が昼休みだからだよ」


「……昼」


「そう。昼休み。よくあの体勢で長時間寝てられるね」


「お腹……すいた」


「食堂に行ってくれば? 僕は行ったことはないけどメニューはそこそこ豊富みたいだよ」


「人が多い場所で食べ物を口にするのはあまり得意じゃないから」


「そうなんだ。じゃあ何か持ってきてるの?」


「これしか持ってきてない」


ケシキは鞄からゴソゴソとビニール袋を取り出し、それを机の上に無造作にドンッと置いた。


「その物体がなんなのか聞いてもいいかな?」


「食パンの塊とチョコだよ」


カットされる前の食パンの塊とあまり甘くない板チョコが机の上に無造作に置かれる。


「美味しいけど食パンをそんな風に持ってくる人ははじめて見た」

「そう?」


ケシキは食パンの入った袋を開け、適当にちぎり、口の中に入れてから板チョコのかけらを口に放り込むという独特な食べ方を始めた。


「昨日はあまり寝てなかったの?」


「うん。やることが多くて」


「それは引っ越してきた新しい部屋の荷物の整理とか、買い揃えなきゃならない物があるとかそういうの?」


「いや。そういうんじゃないよ。なんだか今日は質問攻めだねレンガ」


「ごめんごめん。そんなつもりはないんだ」


「レンガの質問にならいくらでも答えるよ」


そう言いながらケシキは半分ほど食パンの塊を残して袋に戻す。そしてカバンから水の入ったペットボトルを取り出し口から流し込んだ。

寝る間を割いてでもやらなくちゃならないということだけはわかったが、ケシキがなにをしているのかは結局わからなかった。


「今言葉でうまく説明できないの。とにかく時間もあまりなくて」


よほど僕が複雑な顔をしていたのかケシキは少しだけ申し訳なさそうに言った。


「ケシキにも説明できないことがあるんだね」


「あるわよ。むしろ説明できないことの方が多い。それが人間っていう生き物じゃない?」


「地球が廻ることは説明できても、人間だけがどうしてここまで急速な進化を遂げたのか人間自身が説明できないのと同じで?」


「そう。人間がこの世界で解明できないこと、説明できないことが無数にある理由の一つは、その現象を人間が作り出した言葉や数式だけで解こうとするから。仮に解明できたとしてもそれは人間が勝手にそう思い込んでるだけ」


その日から二週間。僕はケシキとほぼ全ての休み時間にたくさんのことを話し、帰りもほとんど一緒に帰った。くだらない内容から世界のことまで様々なことを話した。そんなおだやかな毎日は、もしかすると、あの日を迎えるためにあったのかもしれない。僕がそれを決断するのに迷いはなかった。ケシキはきっと僕を救うために現れたのだと勝手に思った。ただあの日にケシキがとった行動は、その事実を理解してから次の思考をはじめるまで、僕を狂わせ、号泣させ、僕の魂を一度地獄の底に突き落とした。長い期間ケシキと話し、ケシキを理解したと思っていたのは、結局完全に勘違いだったということがわかった。

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