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1 妃候補

 左大臣葛城靖仁の長女である琴子は、生まれた時から皇太子殿下の妃になるべく育てられた。礼儀作法や教養、裁縫、舞踊、楽器など何人もの家庭教師がついたが、彼らにとって琴子はすこぶる優秀な教え子だった。

 14歳になった年、琴子は皇女さまのご学友のひとりに選ばれた。週4日皇宮に上がり、皇女さまと共に講義を受けるお役目だ。

 一緒にご学友になったのは、右大臣小笠原峯嗣の次女苑子、式部大臣大野馨の孫娘(あや)、民部大臣高田典介の次女唯子、そして日の女神の大神殿の神主國井光成の孫娘楓。


 初めての講義の日。朱塗りの柱が並ぶ皇宮の中にある姫宮殿に琴子が赴くと、先に到着していた4人の娘たちの視線が一斉に向けられた。その中のひとりに琴子は目を奪われた。目鼻立ちのはっきりした大人びた顔も自信に溢れたような立ち姿も華やかだ。琴子もできる限り美しく見えるようお辞儀をした。

「皆様、初めまして。葛城琴子です。これからよろしくお願いします」

「初めまして、琴子さま。(わたくし)は小笠原苑子ですわ。どうぞよろしくお願いします」

 すぐに先ほど見惚れた相手が艶やかに微笑んで返してくれ、ほかの娘たちも続いた。

 皇女さまも加わった6人は揃ってまず大宮殿の皇太后さまに、続いて中宮殿の皇后さまにご挨拶する。それから姫宮殿の近くにある御学問所で午前の講義を受け、昼食を頂き、さらに午後の講義。これを終えるとお茶の時間になる。

 教わるのは古典、歴史、地理、算術などの教養科目だが、教師たちは皇宮お抱えの名だたる博士ばかり。それまで実家の屋敷で学んでいたよりも高度な内容に、琴子は興味深く聴き入った。


 3度目の講義日、娘たちがお茶のあとで庭園を散策していると皇太子殿下が現れた。偶然でないことはその場にいる誰もが知っていた。皇女さまのご学友の中から将来、殿下のお妃が選ばれるのだから。

 殿下は中性的で眉目秀麗な顔立ちに柔らかな笑みを浮かべ、5人の娘たちからの挨拶を順に受けた。庭園の遊歩道をそぞろ歩きながらも、殿下は自ら話題を提供して娘たちを和ませた。

 そのあとの講義日にも、殿下は可能なかぎり顔を見せた。殿下の数歩うしろには常に2人の若者が付き従っていた。小柄で白皙丸顔の文官は主同様にこやかに、長身で日焼けした肌に黒衣の衛士は感情を顔に表すことなく。

 文官は櫻井真雪(まさゆき)。下級貴族の次男に生まれ、皇宮直属の官吏養成所の入所試験にわずか14歳で合格。2年後には、その年どころかここ十数年で最優秀と言われる成績で卒業し、皇太子殿下付秘書官に抜擢された。

 衛士は松浦朔夜。士族出身で父や2人の兄と同じように12歳で衛門府入り。やがて剣術の才が皇太子殿下の目にとまり15歳で専属護衛になった。

 彼らの来歴を琴子に教えてくれたのは苑子だった。大伯母が皇太后さまに仕えているという苑子はある面では皇女さま以上に宮中のことに詳しくて、琴子にもその知識を伝えてくれた。


 3年がたって皇女さまのお輿入れが決まると、ご学友の役目は終わった。半年後、今度は皇太子殿下の妃候補として琴子は宮中に召された。1カ月東宮殿で暮らし、最後に正式な皇太子妃が選ばれる。お妃候補のための部屋は3つだけで、琴子のほかに苑子と楓がそれを埋めた。

 朝、決められた時間に起床し、皇太子殿下に挨拶をする。朝食。中宮殿と大宮殿に挨拶。皇家の先祖と言われる日の女神を祀る神殿に参拝。

 この宮中神殿は楓の祖父が神主を務める大神殿の分祀であり、彼女の叔父が神主をしている。皇宮に出入りする者なら誰でも参ることができる。

 東宮殿に戻ったあとは、講義、昼食、講義、お茶とご学友だった頃と似た流れになる。ただし、東宮殿御学問所で受ける講義の内容は妃としての心構えや作法、宮中の行事や歴史などが中心で、内容によっては東宮殿や中宮殿の女官が講師を務める。

 お茶の後は夕食まで自由時間になる。とはいえ、まだ妃候補でしかない娘たちに出入りが許されるのは東宮殿の一部と庭園くらいのもので、誰かの部屋もしくは東宮殿の中庭に集まって会話を楽しむことが多かった。

 ある日には琴子と苑子がともに剣道の心得があったため、中庭で試合をすることになった。それを聞き及んだ皇太子殿下も見守る中、侍女たちがどこよりか借り出してきた防具を身に着け、竹刀を構えて向かい合う2人の姿は下手な男よりもよほどさまになっていた。見物人たちが呆気に取られるほどの熱戦になったが、勝ったのは苑子だった。

 続けて楓が弓道の腕前を見せてくれた。神事として弓を持つ機会がたびたびあるので自然と身についたらしい。迷いなく弓を射て次々と的に矢を当ててゆく楓を、皆息を呑んで見つめ、最後には大きな拍手を送った。

 ときに琴子はひとり東宮殿の書庫で過ごした。もともと幼い頃から本を開いてその世界に浸る時間が好きだった。ほかに人のいることはほとんどなかったが、その理由が皇宮の正殿にここの何倍も大きな書庫があるからだと聞き、いつかそちらにも入ってみたいと思った。


 瞬く間に日々は過ぎ、皇太子妃が決まるまであと6日に迫った夜にそれは起こった。


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