第8話 二輪の花
「あの……やっぱり何でもないです。すみません、変なこと言ってしまって……」
私は彼女の言ったことが理解できなかった。
「え……それって、どういう……?」
彼女はクロヒメサヤと言った。
今の言葉、どう考えても名字と名前であろう。
もしかすると彼女は……
そう考えると、異様なほどに胸の鼓動が速くなった。
「ね、もしかして今の名前って……」
私がそう言うと彼女は驚いたかのような顔をした。
「クロヒメって、名字……?」
「ユイさん?」
二人で顔を見合わせた。
「もしかして、日本ってわかります?」
その言葉を聞いた途端、心臓が大きく跳ねた。
「まさか……!」
「嘘……?」
私と同じ境遇の人物がこの世に存在していた?
「変なこと聞くけど、貴女死んだ……?」
この世界であちらの世界のことを知っている人物は私一人だけだと思っていた。
しかし、もしかすると、彼女も……。
「どうやら、死んでこの世界に来たみたいです」
嬉しいような、悲しいような、よくわからない感情が心の中で踊っている。
「ユイさんも、ですか?」
彼女は口元を袖で覆いながら恐る恐る問うてくる。
私は静かに首を縦に振った。
「……なんか、安心しました」
「他にもいたんだ……私と同じ人が」
二人の間に僅かな沈黙が流れる。
「天使に、会った?」
もし私と同じような理由でここに来たのなら、会っているはずだ。
「はい、綺麗な天使さんに。やり直しさせてあげると言われて」
「やっぱり……」
思った通りだった。
「あの、一つ……いいかな?」
私はそう言うと、目の前にいるもう一人の私にあることを話し始めた。
「お母さん!ただいま!」
「ただいま……!」
リビングの扉がバンっと開かれ、二人の少女が入ってきた。
トゥーナとレノだ。
それぞれが手に一輪の花を持っている。
「あ……お帰り……」
二人と目が合った途端、両手を広げて飛び込んできた。
私は二人をしっかり受け止める。
「ただいま!」
「ただいま……!」
二人はもう一度元気にそう言った。
「お帰り、二人とも。どこ行ってたの?」
二人の頭を静かに撫で、そう問う。
「あのね、ちょっと上の方で……はいこれ!」
トゥーナが手に持っていた赤い花を差し出してきた。
「採ってきたの?」
「そう!ほら、レノも」
「う、うん」
トゥーナにそう急かされ、レノが持っていた黄色い花を、今度は彼女に、サヤに渡した。
「はい、お姉さん。どうぞ」
レノからの小さなプレゼントを両手で大切そうに受け取る。
「ありがとう。綺麗な花……」
しばらくその花を眺めていた。
「ね、トゥーナ、レノ」
「ん?なに?」
「どうしたの?」
「ありがとう、二人とも。サヤを連れてきてくれて」
自分でもなぜお礼を言っているのかわからなかった。
でも、一つわかった。
自分と同じく、一度死んで、まだ生き返った人を見て、その人と目を合わせて話して、なんだか少し心が軽くなった。
きっと心のどこかで、この世界に来てからの思いを打ち明けることのできる、私が欲しかったのだろう。
私に会って、私に話すことで、私は少し楽になった気がした。




